029
「ここの草むしりなのだが、使っていない間に、こんなになってしまってねえ。燃やしてしまった方が、早いだろう?」
「……そうですね。草むしりと言うより、草刈りになりますね」
「そうだろう、そうだろう。だからな、君に燃やして貰いたいんだよ。魔剣士ならば、火属性の魔法も使えるんだろう?」
「……燃やす以外の選択肢は?」
「私は、燃やせと言ってるんだ。依頼主の言うことは素直に聞くものだよ、ウィリアム君」
使われていない旧魔法訓練場には、結界がない。否、結界装置が故障したため放置されている。一度燃え上がれば、旧魔法訓練場だけではなく、隣接した施設にも燃え広がり、被害は街まで広がる可能性が高い。大騒動になるだろう。
魔法士の狙いは、それだった。火の手が強まれば、逃げ場はなくなる。つまり、魔法を使うウィル自身の命もないということだ。仮に生き延びたとしても、大怪我を負う。そして、大騒動の原因が第一師団、第二師団、第三師団の保護対象者であれば、その責任を言及することが可能なのだから、特務師団にいる古株たちにも恩を売ることが出来る。
「燃やせば、オーウェンを解放してくれるんですね?」
「ああ。勿論だとも」
「⋯⋯」
一方、ウィルは入口で待たされている間の会話を全て聞いていた。フォスターが、ウィルの身体に掛けた肉体強化は、全ての強化。勿論、聴力も人並み外れたものとなっている。
「(嘘つき。……僕を殺すためだけに、関係のないオーウェンまで殺そうとするなんて。僕が余計なこと言ったからだ。僕が仕事したいと言った所為で、オーウェンまで巻き込んだ!)」
黙っているウィルに、魔法士はニヤリと笑う。
「まさか、出来ないとは言わないだろう? それが仕事なんだ。さっさとやりたまえ」
「……僕のやり方で良ければ構いませんけど、後から文句を言わないでください」
「あまり生意気な口を聞くと、手が滑ってしまうかもしれないなあ」
手にした呪符を大袈裟に振って見せ、にたりと嫌な笑みを浮かべる魔法士と、その魔法士を睨みつけるウィルは対立するように立っていた。そして、オーウェンは他の魔法士たちに周りを囲まれた状態になっても、必死にウィルを止めようと頭を振っている。
「それなら、邪魔にならないように端に移動してもらえませんか」
「おいおい。まだ、立場が分かってないのかね? そういう時は、お願いするものだよ」
「っ……。移動してください。お願いします」
「ああ。盛大に、全てを燃やす勢いで魔法を使うんだぞ。わかったな」
オーウェンは頻りに頭を振っていた。ウィルを止めるためだろうが、一人の魔法士が電撃魔法をオーウェンに放ち、無理やり引き摺っていく。そして、旧魔法訓練場の出入口近くまで行くと、一番手前にオーウェンを座らせ、その後ろで魔法士たちが何時でも魔法を発動できるように杖を構えている。
「(……あの人たち、絶対許さない! 絶対に成功させる)」
ウィルは旧魔法訓練場の中央に立ち、媒体となる龍刃連接剣を具現させる。魔法士たちは、忽然と現れた龍刃連接剣を驚いた顔で見ていた。その内の一人がウィルを止めようと足を踏み出した瞬間、巨大な魔術陣がウィルの足元に出現する。
「(……ガイの使ってた魔法は光魔法の『光護壁』だった。僕だって光魔法は使える。それを僕のやり方で大きく広げて⋯⋯囲い込む)」
『光の守護 結界領域』
ウィルの持つ龍刃連接剣の塚頭にある龍の頭、その口腔に隠されている龍宝玉が輝きを放ち、旧魔法訓練所の室内が光の膜に覆われ、魔法士たちはがく然とする。そして、その中でウィルは火属性の魔法を唱え始めた。
『燃え上がれ 火焔』
「(確か、煙も燃える!)」
『焼き尽くせ 焔群』
『煙雲焔に滅す 狂焔』
次々と現れては消えていく魔術陣。その中央でウィルは、一段階、二段階、三段階と火力を上げて唱え続ける。三段階目の魔法で煙の姿が消え、陽炎のようになったことで、ウィルは安堵の息を漏らした。
「(煙が残ったら、街の人達に迷惑が掛かる。それは駄目。ガイやマーシャルにも迷惑が掛かる。そんなことになったら、もう仲良くしてもらえない。もう少し……もう少しだけ威力を上げる)」
『劫火 っ!』
威力を上げようと詠唱を始めた瞬間、耳元でピシッと弾けるような音が聞こえて、ウィルは息を飲んだ。耳元へ手をやると魔力制御装置の一つが少し欠けている。
「(魔力制御の耳飾りが……。そんな。これ以上、魔力は使えない? どうすれば。何か方法を……っ)」
魔力量に限界が来ている訳ではない。ただ、魔力の放出量に問題があった。強力な魔法は、魔力も多く使用する。ウィルの制御装置は、単に魔力を抑えるだけの制御装置ではない。魔法を放つ瞬間、大量に放出されるウィルの魔力を喰らうための装置でもある。しかし、壊れてしまえばウィルから大量の魔力が溢れ出すことになるのだ。先日の二の舞いは出来ないと、ウィルはこの状況を打破できる方法を思案する。
「(それだけは、避けなきゃ……)」
ウィルは堅く目を閉じて深呼吸を繰り返し、動揺した心を無心にしていく。そして詠唱を始めた。
『劫初から劫末 流れる龍脈 噴き出でる力 仮初の依巫に宿る』
「(御師様、ごめんなさい。だけど……これなら、やれる。やり切れる! 絶対にやってやる!)」
『劫火 灰塵に為り 火威翔龍』
黄金に輝く力を解放し、ウィルは結界領域内を燃やし尽くす。チラリと魔法士たちへ視線を向ければ、真っ青になっている者、真っ赤になっている者、結界領域に攻撃しようとしている者、様々な反応を見せていた。
「(…………あの人達、馬鹿だ。結界領域を壊したら、自分達も焼け死ぬことに気付いてないの? あの人たちが死ぬのは、自業自得。でも、オーウェンさんまで死ぬ。そんなの、駄目……)」
ウィルが創り出した結界領域は、容易く破壊できる魔法ではない。それは、分かっていても、彼らが不安要素であることに変わりはない。
『光の封印 声縛連鎖』
ウィルが唱えると、一人の魔法士が喉を押さえ口をパクパクさせている。伝染するように周りの魔法士たちも口をパクパクし始める。
「(邪魔しようとするから)」
膝から崩れ落ち、呆然とウィルを見ている魔法士から旧魔法訓練所内へ視線を戻す。敷地内は完全に燃やし尽くされ、高温に晒され続けた灰も粒子のようになっている。その中央に立つウィルに、怪我はひとつもない。
「(もう、いい……?)」
『大地を癒せ 慈雨』
完全に草木が焼き尽くされたことを確認したウィルは、結界領域に雨を降らせる。途端に水蒸気が立ち上り、ムッとした空気になるが、慈雨のお蔭で不快感はない。ウィルは、そのまま瞼を閉じて慈雨に身体を預ける。そうしているうちに、沢山の人の気配と足音が近づいて来ていることに気付き、目蓋を開けた。
「貴様等、何をやっている!」
幾つもの靴音と共に耳へと届いた声にウィルは小さく安堵の息を吐く。それと同時に慈雨も止んだ。
『光の守護 終焉』
結界領域を解除して、ウィルは歩き出す。その目には駆けこんできた者達は映っておらず、オーウェンを害そうとした魔法士たちしか見えていない。
「ウィル! 何故こんな――」
「退いて」
「っ!」
ウィルの気迫に当てられガイが数歩下がると、そのままウィルはガイを素通りして、魔法士たちの元へ行く。膝立ちのまま固まっている者、尻もちをついてガクガクと震えるも者、居直って顔を赤くする者。ウィルが声を縛っているせいで、何を喚いているのか聞くことが出来ない。
『光の加護 声戻連鎖』
「……声、出せますよ」
第二師団の騎士に囲まれている魔法士たちにウィルは声を掛ける。ウィルが近付くと、目を見張り腰を抜かす者、座ったまま後退ろうとする者、四つん這いになって逃げようとする者と、様々な反応を見せた。
「考えなしに、僕の結界領域を攻撃するから、声を縛りました。自分達が何をしようとしたか分かってますか? 僕が使っていた魔法は、煙さえ燃やし尽くす高位魔法も含まれていました。その熱気を直接浴びると、骨すら残らない。この地面の灰と同じになるほどに火力が強いんです。だから、街に被害を出さないために結界領域を作り出していたんです。それを攻撃して壊そうとするなんて……。それで、貴方たちが死んでも自業自得です」
ウィルは無性に苛立っていた。オーウェンに危害を加えられたこと。強制的に魔法を使わされたこと。師である緑龍との約束を破る方法でしか打開策を見出せなかったこと。目の前に座り込む魔法士が真っ青になり、ガタガタと震えていること。何より、自分自身の愚かな行動に苛立っていた。
「僕の所為で、オーウェンが怒られるのは嫌なんです。だって、僕がオーウェンに余計なこと言わなかったら、僕がもっと慎重に行動していたら、貴方たちの思い通りにならなかったはずなのに……」
最後の方は、ウィル自身の懺悔とも取れる言葉。しかし、想像以上の力を見せつけられた魔法士たちの耳に、ウィルの言葉は全く届いていなかった。そんな中、ウィルは一人の魔法士の前に行く。ウィルに命令をしていた呪符使いの魔法士だ。
「ねえ、依頼主の言うことは素直に聞くものなんでしょう? 貴方の言った通り、盛大に、全てを燃やす勢いで魔法を使いましたよ。これで、満足ですか?」
「ば……化物、お前は化け物だ! そんな力、人族が待っていいものじゃない!」
「はっ、あは――」
化け物と言われ、ウィルは確かに自分は化け物だと笑いそうになった。しかし、それよりも先に旧魔法訓練場に怒声が響く。
「ふざけるなっ! 卑劣なのは、お前達だろうが! ウィルは、お前達に無理やり魔法を使わされただけだ! その上、ウィルを化物扱いするなど、貴様らなどノーザイト要塞砦騎士団の面汚しだ!」
声を上げたのは、助け出されたばかりのオーウェンだった。




