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ウィルの推測通り、オーウェンはウィルの真意を理解していた。だが、第二師団がある詰所までの距離を考えると、オーウェンは判断に苦しむ。今の時間なら途中にある屋外訓練場で第一師団の騎士が訓練を行っているだろうが、騎士を集め戻ったとしても魔法士たちがウィルを連れ去ってしまえば、意味がない。結局、モラン師団長かラクロワ師団長を探すしかない。
それならば、危険もあるだろうが、ウィルを連れて第二師団の官舎へ飛び込む方が良い選択のように感じられる。
「ウィル。済まないが、それは出来ない。モラン師団長から君を守るように厳命されている」
「おいおい。冒険者のウィリアムが良いって言ってるんだから、我が儘を言うんじゃない。ほらほら、ウィリアムのことは、私達に任せて第一師団に帰っていいぞ」
「早々に帰ってくれると、俺達としても嬉しいんだ。さっさと仕事を片付けて、美味い酒を飲みに行きたいんだよ」
後ろに居た魔法士の五人が、二人の周りを取り囲むように近寄ってくるが、オーウェンは無視し続けた。
「いや、第一師団のお前も一緒に来ればいい。どうにも信用がないようだからな。それにしても、小賢しいガキだ」
通路を塞いでいる魔法士は、他の魔法士の言葉を否定すると、ウィルを睨みつける。どうやら騒ぎ立てる五人より幾分頭が回るらしい。ウィルがオーウェンに頼もうとしていた事柄に気が付いていた。
オーウェンは、騒ぎ立てている魔法士たちへ視線を巡らせ、その後通路を塞ぐ魔法士をしっかりと見据える。
「信用がないのは、当たり前だろう? 名も告げず、再三の所属師団明示の要求も無視している。あわせて、後追いの真似事をする者達を信用出来るとでも言いたいのか?」
所属師団を表す物を、一切身に着けていない魔法士たち。通常、ローブに所属師団を表す腕章と階級を表すピンを着用しなければならない。そのことを指摘すると、後ろの魔法士五人が反応した。
「所属師団は、関係ないだろう。俺達は魔法士だ!」
「後追いという言われ方は、心外だ!」
「そうだ。我々は、騎士団に雇われた冒険者を探していただけだ。後をつけていた訳ではない。偶々、雇われた冒険者が前にいた。それだけの話だろうが!」
確かに道を塞ぐ魔法士は、後をつけていた訳ではない。つけていたのは、後ろの騒がしい魔法士五人だ。
「流石に屁理屈が上手い第一師団の騎士だ。我々にまで難癖を付けてくるとは」
「然り、然り。しかも、まだ若い青二才と来た。我々の様に貫録もないのに、階級だけは我々より上だ」
「いや、それを言えば、此処の騎士団は皆青二才共に牛耳られている。全く嘆かわしい時代になったものだ」
魔法士たちの余りの言い様にオーウェンが腰にある短剣に手を伸ばそうとすると、ウィルがオーウェンの腕をグっと掴み、顔を横に振ってオーウェンを止めた。
「駄目です。彼らは悪口を言ってるだけで、手は出してないから、そんなことをすれば、オーウェンの立場が悪くなります。それに、マーシャルやガイの立場も」
ウィルは、ずっと黙って遣り取りを見ていた。少なくとも、負ける相手ではない。魔法士たちが、魔法を使うには詠唱する必要がある。唱え終わるまでに倒してしまえばいいだけの話だ。
但し、ウィルやオーウェンが先に手を出すことは出来ない。魔法士たちに攻撃していいという免罪符を与えてしまう。だからこそ、ウィルはオーウェンが短剣に手を伸ばそうとする腕を掴んだ。その遣り取りを見ていた目の前にいる魔法士が鼻で笑う。
「フン。その通り、私達は何も悪いことはしていない。ただ、冒険者のウィリアムに仕事を頼んでいるだけだ。それに、短剣だけで魔法士六人を相手にするつもりか? 帯剣しているようにも見えないが、その短剣だけで私らと戦うつもりかね? 冒険者も魔剣士と聞いているが、武器を持っていないようだしな。まあ、そのオーバーウェアに触媒くらいは持ち歩いているんだろうが」
ウィルは魔法士たちを静観し、オーウェンは怒りを堪える為か歯を軋ませる。
「ここは、大人しく私達に従って貰おう。なに、ちょっとした草むしりだ。子供でも充分できる仕事だよ。そうすれば、すぐに帰ることができる」
オーウェンが前に出ようとすれば、掴まれた腕を再びウィルが引き、頭を横へ振る。確かに不利な状況だろうが、騒ぎを起こせば、近くの者たちが出てくる。少なくともウィルを逃がすことが出来るとオーウェンは考えていた。それでも、ウィルは腕を離そうとしない。
「自己犠牲は反対です。休みに街へ連れて行ってくれるって約束です」
「ウィル……」
「約束は守ってください」
ウィルは、それだけ言うとオーウェンの腕を離して、魔法士の前に立つ。魔法士たちの目的は、ウィルをどこかへ連れて行くこと。それ以外、ウィル自身に関することは分からない。
「僕に用事があるんですよね? 何処に行けばいいんですか?」
「私達が案内するのだ。ここで言う必要はないだろう」
「それなら、オーウェンは関係ないですよね? 第一師団に帰らせてください」
しかし、誰が魔法士たちにウィルと接触するよう命令したのか、それはウィルにも理解できた。彼らは話し過ぎたのだ。
「そうだな。ウィリアムの言う通り、確かに彼は関係がない。だが、帰す訳にもいかなくなった。第二師団長に知らされるのは、こちらとしても非常に困るのだよ。勿論、第一師団の師団長に何事もなく送り届けたと報告してくれるなら返してやってもいいが、その青二才は、どうにも融通が利かないようだ。だから駄目だ」
「じゃあ、オーウェンに手を出さないと約束してください」
「それは、約束できないなあ。君が私達の言うことを聞いてくれるなら、まあ今は怪我はさせないでおこう」
「約束すれば、いいんですか?」
魔法士が、あからさまにウィルをバカにするような笑いを浮かべ、手を掲げる。その瞬間、ウィルの後ろでオーウェンが呻き声を上げた。
「オーウェンさん!」
振り返るとオーウェンの首元を、呪術で生み出された縄が締め上げている。
「ああ、動かないでくれたまえ。うっかり力を入れてしまうかもしれないからね。しかし、君達は私が何も準備していないとでも思っていたのかね? ああ、少し締めすぎたようだ。死んで貰っては、人質の意味がない。今は怪我をさせないと、言ったばかりだしな」
「呪符使いかっ、この卑怯者!」
呪符使い。それは、名前の通り呪符を使う者たちの総称だ。魔物や生物の命を用いて呪符を生み出し、その符を使って攻撃をする。呪符使いの魔力は使わず術が発動する為、ウィルでも反応できなかった。
「戦いに、卑怯も何もないのだよ。最後に立っている者の勝ちだ。それに、余計なことを言うと、彼の寿命が縮むだけだぞ」
魔法士は、チラリとオーウェンへ視線をやる。ウィルの行動次第でオーウェンに危害を加えるつもりなのか、呪符を手にオーウェンへと近寄った。
「さあ。それじゃあ、一緒に来て貰おうか」
魔法士たちがウィルを連れて来たのは、今は使われていない旧魔法訓練場。長期間放置された所為か、草木が生い茂り、中へ入ることも儘ならない。魔法士は、入口にウィルを待たせ、先にオーウェンを奥まで連れて行く。
「まったく。私一人で仕掛けた方が、ずっと楽に策へ嵌められたと言うのに。あの女、余計なことを……」
「頭だけじゃ、策は為せない。お前一人じゃ心配だったんじゃないか?」
「それは、お前達にだって言えることだ。力だけで、頭がともなってないではないか」
「おいおい、仲間割れは勘弁してくれ。あのガキを始末するだけで、大金が手に入るのだろう? いい仕事じゃないか。それに、そっちとこっちの依頼主の意見が一致しただけの話なんだ。細かい話は必要ないだろう。まあ、要は令嬢たちに恨まれるようなことをしたガキが悪いってことだ」
「おいおい、この青二才が聞いているのに話していいのか?」
「どうせ、火が回れば焼け死ぬ運命だ。聞かれても構わんだろう」
「然り然り。大きな騒ぎになれば、青二才共の阿呆面も見れる。今日は美味い酒が飲めるぞ」
オーウェンは、旧魔法訓練場の奥に着くなり魔法で捕縛され、身動きが取れなくなっていた。それでも必死に策はないか辺りを見回す。そのことを恐れていると勘違いしたのか、魔法士は嘲笑する。
「なあに、私達は手を出さない。ウィリアムは火魔法が使えるらしいのでな、草むしりの替わりとして、旧魔法訓練場の草木を燃やしてもらうだけだ」
「っ!」
「お前には、私達が逃げ出すまで人質として役に立って貰うぞ」
魔法士は再び嘲り笑うと、そうオーウェンに告げてウィルの元へ歩き出した。




