027
「ラクロワ師団長の官舎まで、もう少しだな。しかし、ここまで来るのは久しぶりだ」
「第一師団の官舎は、近くじゃないんですか?」
「詰所には一番近いが、第二師団の官舎とは離れているし、此処からだと遠いんだ。……ところで、私はモラン師団長から一応敷地内で危険はないと聞かされていたのだが、間違いないのか?」
オーウェンの言葉に、ウィルは頷く。エドワード王太子の部下が、ノーザイト要塞砦騎士団の敷地に入って来るとは考えられない。そうなると、別な人物となる。しかし、ウィルはノーサイド要塞砦に来たばかりで、知り合いは限られていた。
「元々、僕を狙っている人達とは別だと思います。あの人達は、僕に見つからないように気配を消そうと必死みたいでしたから」
昨日、冒険者ギルドへ出かけた時も居たのだ。ウィルが視線を向けると隠れてしまう人影。その行動で、見張っていますとウィルに伝わってしまう。尾行することに慣れていない人なのか、気配もほとんど隠せていなかった。
「そうなると、騎士団内部にもウィルを狙う者がいるということか?」
「それは……どうなんでしょう? もしかしたら、この人達がマーシャルの言ってた懸念事項なのかも。僕が怒らせたハロ……ガナス師団長だったら、こんな事しないで正面から来そうだし、ガナス師団長以外の人を怒らせた記憶はないです。でも、どう考えても、後をつけられてますよね?」
「確かに、その可能性が一番高いか」
人通りが少なくなる少し前。官舎が立ち並ぶ区域に入る頃から、気配を隠すこともなく数名が後を着いてきていた。オーウェンも気付いていたらしい。
「不味いな。帯剣しておくべきだった。持ってきているのは短剣と……。ああ、これは後々役に立つかもしれない」
オーウェンは歩きながら持っている物を確認している。それを取出し、オーウェンが魔力を込めると掌に乗っていた物は見えなくなった。
「でも、襲ってくる感じはないですよね?」
「……少し急ごう。官舎へ入れば、休暇中の第二師団の騎士たちが居るはずだ」
二人が早足で歩き出すと、後の気配も同じ速度で動き出す。しかし、後ひとつ角を曲がれば、第二師団師団長の官舎という場所で道を塞がれた。一人の魔法士が、ウィルに声を掛けてきたのだ。
「やあ。君が、ウィリアムだろう?」
「私は第一師団ワーナー副師団長補佐オーウェン・トマだ。貴殿の所属師団と名を明かせ」
警戒したオーウェンがウィルの前に立ち、魔法士に問い掛ける。
「ははは。第一師団の君は関係ないだろう? 私は、冒険者のウィリアムに訊ねてるんだ。華奢な体付きに蒼いオーバーウェア。言われた通りの外見だったお陰で、簡単に探すことが出来た」
魔法士は、オーウェンの存在を完全に無視して、ウィルだけを見ている。
「……確かに貴方の言う通り、僕がウィリアムです。何のご用ですか?」
ウィルが答えると、魔法士は小さく「当たりだな」と呟く。オーウェンの耳にも魔法士の呟きが届き、訝しげに魔法士を見た。
「何の用事があって声を掛けたかは知らないが、彼は第一師団で護衛対象とされている。無暗に話し掛けないでもらいたい」
「冒険者稼業をしているウィリアムが護衛対象の筈がないだろう? ウィリアムは草むしりをさせるために雇われた冒険者だと、私は聞いてるがなあ。何処で情報が間違ったんだ? なあ、お前達はウィリアムの事を護衛対象だと聞いたかね? 私は、一言も聞いていないぞ!」
魔法士が声を張り上げると、五人組の魔法士がウィルとオーウェンの後ろから姿を現した。二人の後をつけていたのは、道を塞いだ魔法士の仲間のようだ。
「私も聞いていないぞ!」
「冒険者が、護衛対象だって? 身を守ることも出来ない冒険者? そんな役立たずを騎士団が雇う訳がない。それに、草むしりに護衛が着くのか? それこそ、有り得ない話だろう!」
その者たちは、道を塞ぐ魔法士に同調して声を上げ始めた。しかし、幾ら騒がれようとオーウェンの任務は、第二師団ラクロワ師団長の官舎へウィルを送り届けることに替わりはない。
「たとえ、そうであったとしても、私はモラン師団長に少年を必ず第二師団ラクロワ師団長の官舎へ送り届けるように、指示されている。どうしても草むしりを依頼したいなら、モラン師団長に許可を貰ってくれ」
第一師団でのウィルの立場は、護衛対象となっている。それは、第二・第三も同じ。ただ、特務師団だけは連携が取れていないため不明だ。ガナス師団長の件で、ウィルのことを逆恨みしている者がいる可能性もある。
実際、ウィルをハロルド・ガナスに刃を向けた罪で捕えろと言って、総長の部屋へ怒鳴り込んできた者もいたらしい。それを考えると、周りを取り囲む魔法士たちの所属は、一番怪しい特務師団ということになる。
「ここから詰所、まして第一師団の執務室は遠い。それだったら、其方が送り届けた後、私達が冒険者のウィリアムを見つけて声を掛けたことにすればいい。それなら其方も、このまま帰れるから楽で良いだろう?」
オーウェンは、目の前に立つ魔法士の口調に苛立ちを隠せない。
「そんな無責任なことが、許されるはずがないだろう。それに、貴殿らの所属師団は何処だ? それさえ、答えられないのか?」
「まあ、そう細かいことは気にするな。まったく、これだから第一師団の連中は……」
ブツブツと文句を言い始めた魔法士を一瞥して、オーウェンは道の先へ視線を向ける。どうにかして、この集団からウィルを連れ出し、第二師団ラクロワ師団長の官舎へ駆け込む。そこから先は、他の官舎に残る第二師団の騎士達と連携を取って、魔法士たちを捕えるしかない。そう考えていると、袖を引かれた。
「昨日、確かに騎士団の依頼を受けました。この人たちは嘘を吐いている訳じゃありません。ただ――」
「ほらな。やはり、私の方が正しいではないか。この冒険者は草むしりに雇われただけの者だ。さっさと此方に渡して貰おう」
ウィルの言葉を遮り、魔法士が声を上げる。そうして、オーウェンの隣に立つウィルの腕を掴もうとしたが、オーウェンは前に出ることで阻止する。
「少年に手を出すな! 先程も言ったはずだ。モラン師団長に許可を貰って来い!」
声を荒げるオーウェンに驚いたのか、腕を伸ばしていた魔法士が後退する。しかし――。
「その冒険者に、仕事を与えようとしているのは俺達だ。何故、態々冒険者に仕事をさせてやることに、モラン師団長の許可がいる? それこそおかしいと思わないのか? それじゃあ、何の為に冒険者を雇ったというのだ? 金を払う意味がないじゃないか?」
「くっ……」
畳み掛けるように質問をされて、オーウェンも言葉に詰まる。
「オーウェンさん、僕なら平気です。マー……モラン師団長にも、ラ、ラクトワ……違う。ラクロワ師団長にも、仕事をさせてほしいって話していたんです。僕が部屋に居ないってわかったら、心配して探しに来そうなので、『僕は頼まれていたとおり、草むしりに行きました』と伝えてください」
ウィルは、マーシャルと言い掛けて口を閉ざす。必死に家名を思い出して、オーウェンに自分の思いを伝える。ガイなら探索スキルを使い、ウィルの居場所を見つけられると信じて。




