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グラティア 〜少年は平穏を望む〜  作者: 玄雅 幻
殺意を向けられた少年
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026


「おや? 総長、お一人ですか?」

「ああ。ギルドマスターなら、帰らせたぞ」

「そうですか⋯⋯。ところで、ガイはどうしたのです?」

「ガイは、ギルドマスターの見送りをして、執務へ戻っている頃だろう」


 マーシャルがアレクサンドラへ報告に戻った頃、ガイはアレクサンドラの予想と異なり、第二師団の騎士を伴い旧魔法訓練所へ疾駆(しっく)していた。








 ガイがギルドマスターを送る箱馬車の手配を済ませてアレクサンドラの執務室へ戻ると、既にアレクサンドラは執務へ戻り、メリッサは応接セットのソファーに座ったまま、ガイを待っていた。


「総長、箱馬車の準備が整いました」

「そうか。ならば、箱馬車までギルドマスターをお送りしろ」


 アレクサンドラは書類から目を上げることもなく、言葉だけを返す。メリッサは、そんなアレクサンドラの態度にも表情を変えることなく無言で立ち上がった。

 しかし、ガイの立つ扉へ向かう途中で振り返ったメリッサは、(いま)だ執務を続けるアレクサンドラへ視線を向けるとポツリと呟いた。


「……深淵(アビス)に咲く花とは、どんな花なのでしょう?」

「そんな花は、知らん。大体、深淵(アビス)など魔人にでもならねば行けぬ場所だ。そのような場所に咲くとは、花が悲しすぎる」

「そう、ですね。そんな悲しい花は、存在していないのでしょうね」


 アレクサンドラが書類から目を上げていたならば、メリッサを呼び止めていただろう。誰にも笑顔を見せたことのないメリッサが、アレクサンドラへ微笑みかけていたのだから。それは、寂しげな微笑みだった。


 そうして、ガイの先導で歩き出したメリッサは、人通りのない場所まで来ると立ち止まる。


「ギルドマスター?」


 足を動かそうとしないメリッサに、ガイは訝しげな視線を向けた。そんなガイを見ることもなく、空へ視線を向けたままのメリッサの顔色が見る見るうちに青褪めていく。流石に何事か起きたのかとガイがメリッサへと踏み出せば、祈りを捧げるように両手を組んで呟いた。


「っ。ダメよ⋯⋯あの子に⋯⋯手を出さないで⋯⋯あの子は私の……」


 まるで、誰かに話し掛けるよう紡ぎだされたメリッサの言葉にガイは息を呑む。しかし、メリッサは次の瞬間、ガイへと視線を向けた。


「ラクロワ師団長。強欲な者たちが、あの子を陥れようと動いています。今は使われていない魔法訓練所へ向かってください」

「強欲な者? 何を言っている?」

「今なら……今ならまだ間に合うのっ。だから、早く、早くっ、あの子のもとへ向かって!」


 あの子と呼べる年頃の者は、ノーザイト要塞砦騎士団の敷地内には、ウィルだけだった。今は使われていない魔法訓練所は旧魔法訓練所のことだと分かる。まるで、悲鳴を上げるように告げられたメリッサの言葉に、ガイは舌打ちをすると 駆け出していた。


「お願い。私の希望を守って……」


 小さくなっていくガイの姿を見送り、メリッサは虚空へと呟き、そして歩き出した。







 デイジー・ハバネルの件で、ウィルの取り調べを任されたワーナー副師団長補佐のオーウェン・トマは、モラン師団長からウィルを第二師団ラクロワ師団長の官舎まで送り届けるように命令された。


 ノーザイト要塞砦騎士団の敷地は、貴族街が丸々収まってしまうほど大規模である。敷地内には、各師団の詰所がある建物の他に、大食堂、武器庫(バリスタ等の巨大兵器)、鍛冶場、武器庫(剣・盾・鎧)、食料庫(日常用)、食糧庫(備蓄用)、各種訓練場、そして騎士が住む官舎といった設備がある。

 一般的に妻帯者は街中に住み、独身の騎士達が官舎に住む。それでも、騎士見習いの者が暮らす宿舎までは敷地内に収まらず、居住区の一角を独占している程だ。


 詰所から第二師団ラクロワ師団長の官舎までは、そこそこ距離がある。護衛を任されたオーウェンは、なるべく人通りのある道を選びながら、護衛対象であるウィルに自身の話をしていた。


 トマ男爵家の三男で、第一師団ワーナー副師団長の補佐であること。ウィルと同じ十五歳の弟がいることを話しながら歩みを進める。


「うちは爵位があると言っても男爵家で、領地にあるのは小さな村が三村だから、収益も大したことがなくてね。長男以外は家を出ることになっている。次兄は、既に王都の国立錬金術研究所に就職して家を出ているし、姉と妹も嫁いだから、嫡男以外で残っているのは弟だけだな」

「国立錬金術研究所。そんな場所があるんですね」

「興味があるなら紹介するよ。次兄が所長をしているから、色々教えてくれると思う。私や弟も、次兄に色々と教えてもらっていたからね」

「楽しそう。兄弟が多いって、良いですね」


 羨ましそうに見上げてくるウィルに曖昧に笑う。確かに兄弟が多ければ、助け合いながら生きていける。中には、そうでない者もいるが。


「まあ、次兄とは母が違うけど兄弟仲は良い方だな。とても面倒見の良い人で、俺や弟のことを大事にしてくださる、私達にとっても大切な兄だ。今でも週に一度は手紙が届く。そういえば、少年には兄弟がいないのか?」

「いません。僕は、保護者代わりの方と御師様と一緒でした。僕にとって大切な家族です」


 ウィルはフォスターと師である緑龍を思い出して笑顔になる。それを聞いたオーウェンは、微妙な面持ちになった。エドワードと同じ勘違いをしたのだ。


「そうか、少年は大変だったのだな」

「え? 楽しかったですよ? あ、でも御師様たちとの修行は大変で、僕の考え方は甘い、人として未熟だって言われたり」

「私の弟と比べると、君はしっかりしていると思うが」

「でも、マーシャルとガイにも心配されてます」


 二人の師団長の名前を呼ぶウィルに、オーウェンはギョッと目を見開く。


「少年は、モラン師団長とラクロワ師団長の知り合いなのか?」

「知り合い……なんですかね? お世話になっているのは、僕なので」

「は?」


 疑問形でオーウェンに訊ねるウィルに、思わず間抜けな声を出してしまう。しかし、その後ウィルが上げる名前に絶句してしまった。騎士団の総長、師団長たちの名前が呼ばれた。羨ましいことにベアトリス嬢とも知り合いだという。しかし、その理由を聞いてオーウェンは納得してしまった。


「魔境から現れた少年というのは、君のことだったのか。それにしても、魔境内部の魔物、しかもデモンズリッチを倒すことは凄いことだ。それは、誇っていい」

「ううっ。そんなに凄くないです。だって、魔石を引っこ抜いただけです」

「いやいや。普通に考えれば、デモンズリッチの魔石を抜くという発想に至らない。それこそが凄いと思う。やはり、認められるだけの才能があるということだ」

「僕としては、認められるより、早く街で生活したいです」


 褒めれば小さくなっていくウィルに、オーウェンは首を傾げてしまう。モラン師団長からウィルが護衛対象になった経緯をオーウェンも聞かされたが、それこそウィル程の腕があれば返り討ちにすることも可能だと思えたのだ。


「そういえば、なぜ護衛対象に? それだけの実力があるなら、騎士団に護衛されなくても、普通に身を守れると思うんだが?」

「僕も平気ですと皆さんに伝えたんですけど……。貴族の揉め事に巻き込まれているからなんでしょうか? どうしても許してもらえなくて……。当分の間、騎士団で生活することになってしまいました」

「まあ、確かに相手がエドワード王太子殿下の配下なら、迂闊に手出しするわけにいかないか。配下や側近ともなれば、伯爵位以上の子息の可能性が高い。怪我を負わせれば、問題になる可能性もある」

「そうですね。出来れば、そういう問題には巻き込まれたくはないです。昨日、少しだけ街に出して貰えたんですけど、料理も美味しくて、本も沢山あって、沢山の人がいて⋯⋯早く街で暮らしたいなぁ」


 最後は独り言のように呟くウィルに、オーウェンは苦笑する。オズワルド公爵領、特にノーザイト要塞砦は魔境のお蔭で栄えているといっても過言ではない。魔境に近い分危険も多いが、(もたら)される恩恵も大きい。

 魔境近辺で取れる鉱石、魔石、素材を求めて冒険者が集まり、その素材で作る武器を扱う鍛冶屋も増えた。鉱石、魔石、素材を求めてやってくるのは、冒険者だけではない。錬金術士や商人たちも、冒険者が集めた珍しい物を買い取るために集まってくる。

 そして、冒険者や商人が集まれば、宿屋、酒場、食堂と店が増えていく。オーウェンはウィルが早く街で暮らしたいと思う気持ちが分からなくもなかった。


 ノーザイト要塞砦騎士団は、街の中心部より魔境に近い。端は防壁に隣接しており、そこから直接、魔境側の門へ行くことも出来るようになっている。ノーザイト要塞砦騎士団の向かい側は、代々総長を務めるオズワルド公爵家があり、その奥は貴族の屋敷が立ち並ぶ貴族街。貴族街に店はない。


「ラクロワ師団長の許可が下りれば、私の休日に街へ連れて行くことも出来るだろう」

「え? ええっ! 良いんですか?」


 立ち止まってオーウェンを見上げるウィルの姿にクスクスと笑いが漏れる。


「許可が貰えたら、だ。しかし、遠くまでは無理だぞ。ノーザイト要塞砦騎士団の近場にも、本屋や美味しい料理を出す店は沢山ある」

「僕、マーシャルとガイに頑張って許可貰います!」

「頑張って……。プッ、クククッ。それは、間違った頑張り方だと思う」


 ウィルの言動に、とうとう笑いを堪え切れなくなったオーウェンは、お腹を押さえて笑い出した。


「そ、そんなに変じゃありません! 僕は、街に行きたいから頑張るんです!」


 必死に力説するウィルの所為で、余計にオーウェンの笑いは止まらなくなる。オーウェンは、モラン師団長たちがウィルに構いたくなる気持ちが理解できたような気がした。笑われたことに拗ねたのか、ウィルはプクッと頬を膨らませている。


「いや、笑ってすまなかった。あまりにも可愛らしいので、笑いが止まらなくなってしまった」

「可愛らしいって……。僕、男ですけど」

「いやいや、まだ子供だ。弟と同じで、充分可愛らしいものだよ。そうだ、私のことも名前で呼んでくれないか?」

「名前で、ですか?」

「ああ。モラン師団長を名前で呼んでいるのに、私だけ家名というのもね」


 少しの間ウィルは思案していたが、オーウェンの提案を受け入れ、ウィルの事も名前で呼ぶ約束になった。


「ある程度の期間、ノーザイトで暮らすなら、家を借りるか買った方が良いだろう。勿論、長期滞在できる宿屋もある。宿屋の利点は、食事を作る手間や掃除の手間がないという点だろうな」

「宿屋は考えてないです。当分、ノーザイト要塞砦で生活するつもりでいますから、借家が良いです。冒険者なので、冒険者ギルドの近くにありますか?」


 二人の話は、ノーザイト要塞砦騎士団を出てからの話になっていた。今はガイの部屋にある客室に住んでいるが、護衛対象の期間が何時までもあるわけではない。当然、ウィルも街での生活になる。護衛対象から外れてから探すとなると、色々と支障が出るのだ。家が決まるまで、宿屋で生活するのは金銭的に困る。ウィルの希望する場所は、冒険者ギルドに近い場所。依頼を探しに行くにも、商店にも近い。


「冒険者ギルドの近くか。空き部屋はあるかもしれないが、借家は少ないな。あの辺は酒場も多い。『タマラの店』の近くは、空き家が何件かあるが……」

「何か問題があるんですか?」

「警備隊の本部が近い。警備隊の隊員が多いから、安全でもあるが騒がしい。子供には、あまり勧めたくない場所だ。何より、昼間より夜が騒がしい。酒場が近いと話しただろう? その所為もあって、冒険者同士の喧嘩が多い。居住区にも良い場所があるから、一緒に探してみよう」


 オーウェンの提案に、ウィルは素直に頷く。長期間住む家ならば、多少ギルドから離れていても、快適に暮らせる方が良いだろう。そう、考えたからだ。


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