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「どうやら、来られたようですね」
「第一師団副師団長ワーナー・マソンです。ギルドマスターを、お連れ致しました」
マーシャルが立ち上がり扉を開けると、ワーナー副師団長と女性が並んで立っていた。
「ワーナー副師団長。貴方は、屋外訓練場に残る騎士の指導に戻ってください。ギルドマスター、御足労頂き有り難うござまいす。どうぞ、中へお入りください」
ワーナー副師団長へ指示を出し、ギルドマスターを執務室へ招き入れると、マーシャルは再びガイの隣に腰掛ける。アレクサンドラは、ギルドマスターへ視線を向けると艶やかに笑った。
「久しいな。まあ、座れ」
「大体の要件は、第一師団のモラン師団長より、書状にて承っております」
ギルドマスターは、きっちりと頭を下げてからアレクサンドラと視線を合わせる。そんなギルドマスターの態度にアレクサンドラは呆れた顔を見せた。
「相変わらず堅苦しいな、メリッサ」
「アレクサンドラ様は、相変わらず勇ましいのですね」
「それは、私にとって最上級の褒め言葉だな」
手でソファを指し、そこに座るよう目配せをするとメリッサは大人しく腰掛ける。
「それでデイジー嬢の件だが、どうなっておるのだ?」
「こちらが、ハバネル伯爵領のギルドマスターから頂いた紹介状とデイジー・ハバネルの上申書です。デイジーは、ハバネル伯爵領で五年間勤務していたと紹介状には書かれていました」
手渡された紹介状を受け取ったアレクサンドラは、書状へ視線をやる。
『デイジー・ハバネルは、ハバネル支部で問題を起こしすぎた。いくらハバネル伯爵家の庶子でもハバネル支部においておくわけにいかない。しかし、ハバネル伯爵が、そんなみっともない理由で辞めさせるなと言ってくる。だから、頼む。せめて、彼女が結婚するまででいいから、そっちで面倒を見てくれ。どうやらオズワルド公爵領に結婚相手がいるらしい。結婚するなら、そんなに長く働くことはない筈だ。本人も愛する人に早く会いたいという理由で、移動を願い出ている。上申書にも書いたが、彼女は周りにハバネル伯爵家の庶子だと知られたくないらしい。だから、結婚するまでの間、オズワルド公爵に内密でデイジーの身柄をノーザイト要塞砦支部で預かってくれ』
続いて、アレクサンドラは上申書を手に取る。内容は、ハバネル伯爵領でのデイジーの勤続年数、仕事内容と評価。可もなく、不可もなく。有り体に言えば、真面目に仕事をする娘だったようだ。しかし、それらの評価は随分前のもの。過去半年にわたっては、以前と違い酷評を受けている。どうやら、上申書はギルドマスターが書き記した物ではない。勤務態度の項目が、怠惰、傲慢、嫉妬、強欲と記されている。これで、移動先に受け入れられるとは、書いた本人も考えていないはずだ。要するに、辞めさせろと言いたいのだろう。
移動理由だけは、ギルドマスターが後から記載したのか、紹介状と同じ筆跡で記されている。ハバネル伯爵領でデイジーが伯爵家の庶子と判明し、働き辛い環境にある為と記載があるが、その下に小さく、愛人の子、妾の子と噂されるようになり、喧嘩を起こすようになったと記されていた。ギルド職員同士でトラブル。冒険者とのトラブル。最終的に、依頼主ともトラブルを起こし、ギルドマスターも手に負えないと判断したと締め括られていた。
「ふむ。随分と破天荒な上申書だな。まだデイジー嬢が勤務して数日のようだが、こちらでの様子はどうなんだ?」
アレクサンドラは読み終えた紹介状をマーシャルへ手渡し、顔を上げメリッサへ話し掛けた。
「既に職員との揉め事を起こしておりますので、良いとは申し上げ難い状況です」
「そうか。それで?」
「先ず、デイジー・が冒険者ギルドで働き続けていた理由ですが、辞められなかったようです。彼女が貴族籍に入った後もハバネル伯爵は、彼女を引き取らず自分で生活できるだけの金銭を与えて放置したようです。そこで、デイジーから冒険者ギルドで働き続けたいと申し出があり、ギルドマスターも了承したとのことでした」
「なるほど。しかし、上申書を見た限り、庶子と分かってからの勤務態度は酷いものだが?」
「アレクサンドラ様がおっしゃるように、確かに問題は起こしました。ですが、一方的にデイジーが悪いと言い切れないことも事実です。噂の所為もあったのだと思われます。後のことは、紹介状に記載された通りです」
噂の所為とメリッサは話すが、それは単に事実を言われているに過ぎない。騎士団に所属する騎士の中にも、庶子はある程度存在するが、限度はあるだろうが庶子だと言われたぐらいで激昂する者はいない。
「メリッサは噂の所為と言うが、単に事実を言われているだけであろうに。そんな理由で、オズワルド公爵家の領主にも話さなかったか」
「はい。そんな理由とおっしゃいますが、女性というものは傷つきやすいのです。皆が、アレクサンドラ様のように強くありません。アレクソンド様は――」
「確かに、私は強い。それは、私が強くあろうと心掛けておるからだ。其の方に、兎角云われる謂れはない」
「⋯⋯」
言葉を続けようとするメリッサを遮り、メリッサを黙らせる。アレクサンドラも女性だ。普通に強くなった訳ではない。強くなければ、守りたい者も守れない者になる。だからこそ、常に意識して強くあろうとするのだ。
「大体、今は私の話をしている場合ではなかろう」
そう言ってアレクサンドラは大息を吐いた。それにしても⋯⋯と、三人は難しい顔で考え込む。確かにギルドマスターには守秘義務があるが、この内容に関しては微妙だ。幾ら守秘義務があったとしても、領主に断りもなくギルドマスターの権限のみで勝手に貴族の不法滞在を容認することは許されることではない。
「メリッサよ。デイジー・ハバネル嬢は、冒険者として活動しておるか?」
確かに貴族であっても、例外はある。それは、冒険者だ。一般的に、第一子が嫡男となり家督を継ぎ、第二子は嫡男の補佐を勤める。そして第三子からは外に出される。大半が騎士団や魔法院、事務次官などの職に就くが、少数であるものの冒険者を職に選ぶ者たちもいる。
「いいえ。違います。彼女は、冒険者ギルドの職員です」
「そうだ。貴族であっても例外として許されるのは、冒険者のみ。ギルド職員の場合は、当然報告義務がある」
「そうですね。ですが、ハバネル伯爵領のギルドマスターから内密にしてもらいたいと依頼がありました。そして、ハバネル支部のギルドマスターは、ハバネル伯爵からデイジーはオズワルド公爵領の貴族に嫁ぐ予定だから、内密にしていても大丈夫だと話があったそうです」
アレクサンドラは、メリッサの返答に側頭部を揉み込む。嫁ぐ予定。つまり、婚約もせず婚姻を結ぶ。平民ならば、それが普通だ。平民でも、商家や豪農であれば、事情が変わる。
「はっ。有り得んな。随分と当家を侮っておるらしい」
貴族にとって、婚姻とは家と家を結ぶ契約だ。先程の商家や豪農の場合も貴族と同じで、契約婚なのだ。確かにお互いが好き合って、婚約に至る場合もあるが、それは少数である。
互いの利益、共同事業、あらゆる利害の一致で婚約に至るのだ。そして、大貴族に紐づいている貴族であれば、報告義務も生まれる。今回の場合、ハバネル伯爵は王家と共にオズワルド侯公爵家にも伺いを立てなければならなかった。ラクロワ伯爵家は、オズワルド公爵領の代官を勤めている。王家にだけ話を通し、そオズワルド公爵家を飛び越えて、勝手にラクロワ伯爵家に婚約を申し込むことは、ハバネル伯爵家はオズワルド公爵家を下に見ているということになるからだ。
「招かれたわけでもないのに、勝手に押し掛けてくる。非常識も甚だしい」
ガイも同様に感じたのか、顔をしかめ眉をひそめている。マーシャルは、普段と変わらず口角は上がっているが、目は笑っていない。
「それで、冒険者ギルドに対し、ハバネル伯爵はデイジー嬢のことをどう扱えと?」
「婚姻を結ぶまで、ハバネル伯爵領を失踪したことにしてほしいとのことだったようです」
「ほう? 随分と都合の良い失踪だな。マーシャルが想定していた対応策で……取れるのは、三つめか」
アレクサンドラの呟きに、メリッサは首を傾げる。対応策ということは、何らかの策を立てているということ。その答えを知るのも直ぐだったが。
「オズワルド公爵家領主代理として、ハバネル伯爵家、加えて冒険者ギルドハバネル支部ギルドマスターへ抗議文を作成。そして、ノーザイト要塞砦騎士団総長アレクサンドラ・オズワルドとして、第一師団マーシャル・モラン師団長に命ずる。デイジー・ハバネル伯爵令嬢を取調室にて、捕縛。貴族牢へ移送せよ」
「宜しいのですね?」
確認をするマーシャルに、アレクサンドラは苦笑する。元々、発案したのはマーシャルだ。
「良いも悪いも、これ以外に取れる方法があるか?」
「そうですねえ。有ると言えば、裏取引ぐらいでしょうか。王都の貴族は、醜聞に敏感ですから、ハバネル伯爵に多少なりの恩は売れるでしょうね」
「そんなものは、要らんな」
苦虫を噛み潰した様な表情で言い放つアレクサンドラに、マーシャルは笑いを堪える。
「おや。恨まれることは構わないと?」
「元々、オズワルド公爵家を良く思っている貴族など、王都に存在するとは思えんが?」
「まあ、それは総長の言う通りですね。強いて言うなら、王族の方々でしょうか」
「そう言うことだ。さっさとデイジー嬢を捕えて、片付けて来い。ハバネル伯爵家への使者も立てねばならん」
急かすように言うアレクサンドラに、マーシャルは立ち上がって礼をすると執務室を出て行った。その姿を見届けアレクサンドラは、メリッサへと視線を向ける。
「メリッサ。この件は、冒険者ギルド王都支部に報告させて貰う。いくら守秘義務があるといっても、法を犯してはならん」
「承知致しました。ですが、先に法を犯すように依頼してきたのは、ハバネル支部のギルドマスターです。私ではありません」
「言い訳は、王都支部にするがよい。私は知らん。ガイ、第二師団から馬車を出せ。ギルドマスターのお帰りだ」
ガイは無言で立ち上がり一礼すると、執務室を出て行く。アレクサンドラは、ガイの心中が分かるだけに複雑な思いだった。傍から見れば、メリッサは巻き込まれただけにすぎない。しかし、アレクサンドラから見れば、メリッサは態々巻き込まれたようにしか思えなかった。
「メリッサよ。其の方が王族や貴族を憎んでいることも、デイジー嬢に同情した理由もある程度は理解してやろう。だがな、身勝手な思いで動けば、全く関係のない周りの者まで傷付けることをいい加減に学べ」
「どういう事でしょう? 私は何も存じません」
「デイジー嬢が婚約者と呼んだ人物は、第二師団師団長のガイ・ラクロワだ。勿論、婚約の事実はない。ハバネル伯爵にデイジー嬢との婚約を迫られ、随分と迷惑していたようだ。それに、鮮血のワイバーンが喧嘩を仕掛けた相手は、現在ノーザイト要塞砦騎士団で保護している少年。おまけに、デイジー嬢は少年に対しても敵意を向けていると聞いておる。其の方が、報告を怠らなければ全て起こらずに済んだことよ」
「……それは、私に関係ないことです」
メリッサがギルドマスターに就任して、このような事態になったのは、今回が初めてではない。既に、騒ぎを何度も起こしている。その時は、オズワルド公爵が直々に采配を取った。
「私は、いい加減にしろと言っておるのだが、分からぬか? ああ、確かに関係なかろう。その関係ない者達を巻き込むのが、其の方の悪癖だと言っておるだ。……今回は、父上も陛下からも情状酌量もないと考えろ。其の方が加勢したのは、人族至上主義者の中でも随分と質の悪い貴族だからな」
「そんなこと存じません」
「……そうか、ならば伯母上と同じように、全てから目を逸らして生き続けるがいい」
「私は⋯⋯オズワルド公爵領の方々に助けて欲しいと願ったことは、一度もありません。私には、父も母もおりません」
濁ったガラス玉の様な瞳で、アレクサンドラを見るメリッサに苛立ちを覚えながらも、これ以上話しても意味がないことを悟ったアレクサンドラは、立ち上がると執務へと戻った。




