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グラティア 〜少年は平穏を望む〜  作者: 玄雅 幻
殺意を向けられた少年
23/132

023


 マーシャルの視線を追うようにガイが扉へ向き直れば、アレクサンドラが扉を開けて姿を現した。


「先に会議室を出たのだ。私の執務室で待っておればよかろうに」

「そういう訳に参りません。公私は、分けてください」

「して、マーシャル。客人とやらは、いつ来るのだ?」


 颯爽と歩きだすアレクサンドラの後を追うように、ガイとマーシャルも足を進める。客人には、確認して貰わなければならない事項があるために時間が掛かる。ウィルには念の為、部下を付けて第二師団のガイの部屋へ帰らせたことを話し、アレクサンドラの執務室へ向かう。執務室へ入り、アレクサンドラが一人掛けのソファに座ると、二人も各々別のソファに腰掛けた。


「マーシャル。話せ」

「冒険者ギルドから参考人として来た女性職員が、第二師団師団長を取調官とするよう希望したため、騎士が却下したところ、女性職員は騎士に対し雷撃を放ち、傷を負わせました。現在は治癒魔法で回復していますが、医務室にて休ませてある状況です。ワーナー副師団長補佐オーウェン・トマより、冒険者ギルドの女性職員は、現在も取調室に立て籠もっていると報告がありました」

「ふむ。その女性職員の名は何と?」

「デイジー・ハバネル。ハバネル伯爵家のご令嬢です」

「っ!」


 短く息を飲み込む音が耳に入り、マーシャルはガイへ視線をやるが、すぐにアレクサンドラへ戻した。


「ハバネル伯爵家のご令嬢ですが、庶子だとガイから聞いています。ハバネル伯爵家からオズワルド公爵家に、滞在許可の申請は提出されていたのでしょうか? 警備隊に確認した限り、オズワルド公爵からの伝達は受けていないようですが?」


 貴族やその親族が他領に滞在する場合、その土地の領主に許可を願い出なければならない。どうやらラクロワ伯爵とガイは、デイジー・ハバネルがオズワルド公爵領へ来ていたことを知っていた様子だったが、オズワルド公爵が知っていたかと問われれば、疑問が残る。


 まず、他領の貴族がオズワルド公爵領に滞在する場合、ノーザイト要塞砦警備隊とノーザイト要塞砦騎士団には、オズワルド公爵家から必ず伝達される。それは、他領の貴族がオズワルド公爵領で負傷や死亡した場合、オズワルド公爵家に責任が生じる可能性があるからだ。

 しかし、デイジー・ハバネル伯爵令嬢に関して、ノーザイト要塞砦警備隊もノーザイト要塞砦騎士団も、彼女の情報を伝達されていなかった。


「……否。そのような話は、父上から聞かされていない。ハバネル伯爵家は、人族至上主義派の一人だろう。しかし、庶子とはいえ伯爵令嬢であるならば、デイジー嬢が冒険者ギルドで働いているのは何故だ?」

「その確認は、客人が詰所に着いてから話しましょう。デイジー嬢の目的、いいえハバネル伯爵の目的は、ラクロワ伯爵家です。彼女は()()ガイの婚約者らしいので」

「ガイよ。あのような輩と交流があったのか? 付き合いは考えた方が良いぞ」

「ありません。我がラクロワ家が、代々オズワルド家と共に共存の道を模索していることを、総長も存じていらっしゃるはずだ」


 アレクサンドラの発言に、ガックリと肩を落とし俯いたまま、ガイは語り出す。


 レイゼバルト初代国王、オズワルド辺境伯、そしてラクロワ伯叔家で結ばれた密約がある。それは、二千年前に起こった人族の反乱が発端だ。龍王を纏める大竜王が人族に貶められ地に堕ち、魔境が生まれた。


 残された龍王たちは、これ以上の犠牲が出ないよう協力しあい、龍王とその眷属たちが多く住む龍の住処をアルトディニアから切り離し、隔絶した世界へと龍の住処を送り出す。そして、全ての力を使い果たした龍王たちは、亡骸すら残らず消滅してしまった。


 大龍王が地に堕ちた出来事を起点として、古き神が魔神となり、その魔神を押し留める為に数多の神々が消滅した。そうして深淵(アビス)と呼ばれ、いかなる者も立ち入ることが出来ない大地が生まれた。龍王の眷属たちが殺められた地では、数多くの迷宮が生まれた。多くの龍王の眷属が、人族に寄り屠られた証となった。


 魔境や迷宮から溢れ出る瘴気や魔物たちの手に寄って、数多の命が失われていく。瘴気は疫病を生み、魔物は人々の生活圏を脅かす。徐々に数を減らす人々に、(ようや)く人族たちは己の罪過に気付く。


 どうか、疫病を払って欲しい。どうか、魔物を消してほしい。どうか、赦して欲しい。どうか、再び恵みを与えて欲しい。幾ら古き神の大神殿で祈りを捧げても、赦しの言葉は返ってこない。その間にも、刻々と滅びの(とき)が迫ってくる。


 多くの人族は生きる事を諦め、絶望に打ち(ひし)がれた。滅びの刻が迫るのは、何も人族に限定されているわけではない。多くの種族が、その刻に苛まれていく。たった二人の人族、数多の他種族たちが古き神の大神殿に集い、長きにわたって祈りを捧げ続けた。その祈りは、赦しを求める為の祈りではなく、全てに対しての謝罪であった。


 そして、その謝罪が天へと届き、大神殿に現れた一体の龍王と龍王に仕えし者。『龍王とその眷属を守護する者』は、大神殿に集った人々に告げた。


『神々と龍王は、もう二度とアルトディニアの地に戻られることはない。神々と龍王は、地上に住まう者たちが、己が罪過を悔い改め、皆で協力し、皆で努力し、皆で生きていくことを望む。さすれば、隔絶した世界からアルトディニアを見守り続けよう。我が一族は監視者として此の地に残り、皆の行状(ぎょうじょう)を見定めよう。汝らの行く末は、既に汝らの手に委ねられ、その末路は最早我らにすら見通せぬ。故に、努々(ゆめゆめ)忘れるな。神々も龍王も決して戻られぬということを』


 そうして、龍王は能力を用いて迷宮から溢れ出る魔物を迷宮内に封じ、魔境を堅牢な防壁によって覆い尽くし、龍の住処へと戻った。この時、その場にいた人族がレイゼバルト初代国王とオズワルド辺境伯となる人物だった。


 結ばれた誓約は、神々と龍王を貶める行為を許さない、種族間の争いを起こさない、魔境の地を荒らさない。レイゼバルト初代国王は人々を集いて国を起こし国民の為の政治を始め、アルトディニア大陸全土に龍王の使いである竜人族の青年が告げた言葉を広めた。今ではお伽噺のように思われているが実話だった。

 オズワルド辺境伯は竜人族の青年と協力して、魔境周辺の護りを固めて防壁の周りに小さな町を作る。魔境は防壁で覆われていても、瘴気は漏れ出てくる。レイゼバルト初代国王が住む王都周辺は、薄く魔物は弱い。しかし、オズワルド辺境伯がいる魔境近辺は、漏れ出る瘴気の量が多く魔物自体が強かった。戦える者を集いているうちに、大きな街となり多くの種族が集まった。


 数多の出来事が起き、それを皆で協力し解決へ結びつけ、幾年月が流れた。竜人族の青年は、ラクロワ伯爵としてオズワルド辺境伯の地に根付くことを決める。そうして、王家とオズワルド辺境伯、そしてラクロワ伯爵で結ばれた約定があった。

 ラクロワ伯爵は竜人族として、アルトディニアに住まう者たちの監視者であることに変わりがない。人々に溶け込み暮らしているが、アルトディニアに暮らす者と交わることは許されない。龍王とその眷属を護る者として純血を貫くと。そのため、婚姻を強いるような真似はしてくれるなと。レイゼバルト初代国王とオズワルド辺境伯は、決してそのようなことはしないと誓約書を綴った。



「以上が、ラクロワ一族の語り部が伝えるレイゼバルト王国の成り立ちとオズワルド辺境伯家、ラクロワ伯爵家の出来事です。マーシャルが話した通り、デイジー・ハバネルは()()婚約者であって、婚約の事実はありません。総長は、オズワルド公爵から俺のことを聞いているでしょう。俺は、人族とは婚姻を結べません。何故、ハバネル伯爵家からの婚約を王家が差し止めなかったのか、疑問しかありません」


「予測はつくぞ。王家というより、オーガスト国王陛下以外にそのような者は居らぬ。大方、甘言を弄する家臣に、立派な姿でも見せようとしたのだろうよ。オーガスト国王陛下は、陛下に甘くご機嫌取りに精を出す輩を側近に据えたがるのだよ。何度、過ちを犯そうが反省なさらぬ。愚鈍な国王だ」

「随分と酷評なさるのですね」

「散々振り回される方々の側にいたのだ。言いたくもなるわ。今回の件は、私からデメトリア王妃へ報告書を提出しておく。そうなるとハバネル伯爵家を焚き付けた愚者がおるな。当家に恨みを持つ者は多いが⋯⋯しかし、ここで話すということは、マーシャルもガイの事情を知っているということか」

「ラクロワ家の秘密についてなら、存じ上げております。先程の話は聞き及んでいませんでしたが」

「なるほど。ガイも生涯の友を見つけたか」


 アレクサンドラは片笑みを浮かべガイに問う。ガイとの付き合いは、幼少の頃からになる。同じオズワルド公爵領を守る者として引き合わされた。そして、ラクロワ伯爵家の真実を教えられたのも同時期である。  


 ハワードとも付き合いは長いが、貴族的な付き合いは皆無だ。ハワードは、いずれクレマン家を出ると決めている。付き合いは続くだろうが、そのうち離れていく立場の者としてアレクサンドラは考えていた。


 マーシャルとは、エドワード王太子の遊び相手のモラン侯爵家の嫡男として、王宮で出会った。出会った瞬間、相容れないと気付くほど己の同類。貴族の闇を知り、人を欺くことに慣れ過ぎた男だと一瞬で理解した。仕事をする分には、互いに判断が早く、円滑に物事を運ぶことが出来る。傍から見れば、相性が良く見えるのだろうが、只管(ひたすら)腹の探り合いが続くのだ。正直、疲れる。


 マーシャルがガイの側に在る理由は、アレクサンドラと同じ理由に辿り着く。心が休まるのだ。しかし、少し寂しくも思う。ガイの生涯の友となったということは、亜人となったということだ。長くは此処に留まれない。だが、それでもマーシャルがガイの側に在ってくれることは、心から感謝も出来る。ラクロワ伯爵家の嫡男であるガイは、いずれ王都の闇に触れるだろう。いや、まさに王都の闇が襲わんとしている。マーシャルならば、そんなガイの助けになるだろう。


 ガイの清廉潔白な性格は好ましく、アレクサンドラも裏を考えずに付き合える数少ない友人であり、信頼できる監視者だと考えているが、その清廉潔白な性格は貴族としては致命的だ。だからこそ、マーシャルの存在が有り難い。現在のラクロワ伯爵も、そういう部分はガイと同じで融通が利かないと、父から愚痴を聞かされた記憶がある。そこまで思考して、はたと気付く。


「ラクロワ伯爵もさぞ喜んでおられる。……否、先程の様子では、息子を取られて拗ねているようだったな。クククッ。良かったではないか。これで、私の心配事もひとつ片付いたな」

「総長。今は俺や父上の話より、デイジー・ハバネルです。マーシャル、誤解が生じているようだから話すが、デイジー・ハバネル本人だと確認が取れたのは、一昨日だ」


 ガイは大きく息を吐き、続ける。


「送られてきたデイジー嬢の絵姿に似た女性を街で見かけた。それで、ガルーダに個人的に依頼して調べてもらった。一昨日、封書で結果を知らされて本人だと確認が取れた。前々から知っていた訳ではない」

「そうだったのですか。申し訳ないことをしました」

「いや、いい。俺も直ぐに話せればよかったのだが、すまない」

「内容が内容ですから、致し方ありません。さて、本題に戻りましょう。なるほど。王都の何方かが絡んでいるとなれば、私の情報網も少しは役立つはずです。ハバネル伯爵家に関しては、私が調べさせて頂きます。さて、アレクサンドラ様」


 マーシャルは普段使わない敬称でアレクサンドラを呼び、居住まいを正してアレクサンドラを見据えた。


「正直に申しあげるとするならば、私もガイもデイジー・ハバネルが、非常に邪魔なのですよ」


 邪魔と言い放つマーシャルにガイは溜息を吐き、アレクサンドラは器用に片眉を上げて見せる。


「ガイが、ハバネル伯爵と令嬢を嫌う理由は理解できるが、マーシャルも邪魔とは、随分と辛辣な物言いだな?」

「では、言い直しましょうか。デイジー嬢がウィリアムを敵視しているのですよ。手を出す可能性を捨てきれないと言えば、アレクサンドラ様も納得なさるかと思いますが」

「ほう? デイジー嬢がウィルを敵視とな。クククッ。なるほど。要するに、悋気か。確かに、ウィルの外見は随分と整っている。それにしても、悋気か」


 アレクサンドラは、マーシャルの説明に納得したのか頷いて見せる。マーシャルが、冒険者ギルドでの出来事をアレクサンドラに説明し終えると、アレクサンドラは大きく頷く。


「そうか。それは、非常に邪魔だな。ウィルは、オズワルド領に必要だ。天秤にかけるまでもない」


 アレクサンドラとしても、ウィルという存在は手元に置いておきたい。何故、ウィルがオズワルド公爵領を選んだのか、その理由は分からない。だが、今更ウィルを他領にくれてやろうとは思えない。ノーザイト要塞砦騎士団に入団しなくとも、冒険者としてオズワルド公爵領に残るならそれでいい。それだけウィルの戦力は、魅力的だ。


「それで、デイジー嬢をどうするつもりなのだ? 話してみろ」

「そうですね。まず私が呼ぶ客人とは、ギルドマスターのことです」


 マーシャルは、眼鏡のブリッジを人差し指で押し上げ、アレクサンドラを見る。


「ひとまずデイジー嬢がオズワルド公爵領の冒険者ギルドへ来た経緯の確認です。オズワルド公爵領のギルドマスターに、ハバネル伯爵領のギルドマスターからの紹介状がある場合は、持参するよう指示を出してあります。そして、オズワルド公爵領のギルドマスターが、デイジー嬢を伯爵令嬢であると御存じだったのか。平民としてオズワルド公爵領へ来たのであれば、ギルドマスターは知らずに職員とした可能性があります。後は、ハバネル伯爵ですね。今回の件、デイジー嬢が単独で起こした行動なのか、ハバネル伯爵に命令されて行動しているのかで、判断が変わってきます。この件は、オズワルド公爵領のギルドマスターに、それとなくハバネル伯爵領のギルドマスターへ訊き出すように指示を出しました」


 アレクサンドラは、マーシャルの返答に満足そうに口角を上げた。


「勿論、対応策も考えているのだろうな?」

「ええ。考えてありますよ」


 マーシャルが浮かべる妖笑に、ガイは長い吐息を吐き出して目元を手で覆った。こういう状態になった友人を止められた記憶がない。そう、良い意味でも悪い意味でも、こうなってしまったマーシャルは止まらない。


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