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グラティア 〜少年は平穏を望む〜  作者: 玄雅 幻
殺意を向けられた少年
22/132

022


 マーシャルは、ギルドマスターへの質問状とノーザイト要塞砦騎士団への召喚状を準備しながら、オーウェン・トマにウィルを紹介した。エドワード王太子の配下に狙われているため、護衛対象としてノーザイト要塞砦騎士団で保護していること。冒険者ギルドに登録へ行ったところ、ハバネル伯爵領の冒険者パーティーに絡まれてしまったこと。今から、昨晩の調書を取るところであったことを手短に話す。その間に『鮮血のワイバーン』の調書が届き、それをオーウェン・トマへ手渡した。


「こちらが問題を起こした『鮮血のワイバーン』の調書です。彼から調書を取った後は、()()第二師団師団長ガイ・ラクロワの官舎へ送り届けてください。鍵は、彼に持たせてあります」

「わかりました。()()ということですね」

「ええ。騎士団敷地内は問題ないと思いたいのですが、念には念をといったところです」

「はっ。承知いたしました」


 そこまで話すとマーシャルはウィルへ振り向き、これからのことを話す。午前中は同道する予定だったが、ハバネル伯爵令嬢の件で総長や冒険者ギルドと話し合いをする必要があること。昼を過ぎるかもしれないため、食事は官舎に帰ってから食べて欲しいと伝えた。


「彼は第一師団の副師団長補佐ですから、安心して信用してください」

「うん。わかった」

「さて。では、私は色々としなければならないことが出来たので行ってきます」

「いってらっしゃい」


 ウィルとオーウェン・トマに見送られて自身の執務室を出ると、マーシャルは第一師団が訓練を行なっている屋外訓練場へ足を運んだ。


 ノーザイト要塞砦騎士団は、第一師団から第六師団、そして特務師団で構成されている。

 第一師団は、総数千二百名。師団の規模としては、ノーザイト要塞砦騎士団の中では小規模である。それは、第一師団が戦闘部隊ではなく、ノーザイト要塞砦騎士団の頭脳を担っているからだ。現在は、ルグレガン・セルレキア・ノーザイトに各四百名で配置されている。


 普段であれば、マーシャルが司令塔となり、ノーザイトには第一師師団、第二師団。そして、ルグレガンに第四師団。セルレキアに第五師団。第三師団・第六師団・特務師団が、領地内を中隊に別れて巡回していた。


 この体制が崩れたのは、エドワード王太子がオズワルド公爵領へ遊学に来られたことで、にわかに領内が騒がしくなったためだ。エドワード王太子の遊学自体は、内密にということになっている。だが、貴族間では公然の秘密だ。

 主に、エドワードと昵懇(じっこん)になりたいという王都の貴族が、オズワルド公爵領内に密かに紛れ込むようになった。此方は第三師団の騎士が民に紛れ込み、不法滞在中の貴族を捜索、摘発にあたっている。


 そう言う理由があり、各師団長は騎士団の任務と掛け持ちで、エドワード王太子を護衛するために、警備隊隊長を勤めるエドワード・アシオス子爵令息と行動するようになった。名目は、警備隊と騎士団の連携確認である。実際、第一師団と第二師団は年二回、警備隊との訓練を行うため、街の住民たちに不信を抱かせることはない。


 そして、現在、第六師団師団長と一部の騎士が次期領主セドリックを王都からオズワルド公爵領へ護衛する任務に就いている。第三師団は動かせず、第六師団師団長は不在。ルグレガンとセルレキアに半数の騎士と副師団長付を残し、第二師団、第四師団、第五師団、第六師団の副師団長が騎士達と領内の巡回にあたっていた。


「……特務は役に立ちませんし、どうしましょうか」


 特務師団のお歴々は、次期領主セドリックの帰還が決まった時点から、この非常事態にも拘らず自分達は特別な師団だと言い張り、頑なにマーシャルの指示を拒否し続けている。通常業務も下位の騎士が行っている状態で、領内の巡回にあたっている騎士も少数だ。真面目な者たちほど師団の片隅に追いやられている。


 アレクサンドラも忠告したが、特務師団増設を求めた前任の副師団長達は、未だアレクサンドラを総長と認めていない。勿論、前任の全ての副師団長が、というわけではない。それでも、半数の元副師団長や元補佐が特務師団に所属している。要するに、特務師団の上役たちは、現体制に不満を持つ者なのだ。


 特務師団は亡くなった前総長ハーバードの名を掲げ、それでいて街の民には、自分達は街を救った英雄なのだと言い広めている。下手に手を出すことも出来ず、厄介な存在と成り下がっていた。


「いっそのこと、エドワード王太子殿下に帰って頂きましょうかねぇ。そうすれば、頭痛の種が一つは減りますし……」



 独り言を呟きながら目的地に着くと、マーシャルは目当ての人物へ歩き出す。昨夜の件で動いている騎士を除き、現在ノーザイト要塞砦へ戻っている第一師団の騎士は、屋外訓練場で訓練を行なっている。マーシャルが近付くと、その騎士は剣を振る手を止めた。


「モラン師団長、取り調べがあったのでは?」

「ええ。その件で頼みたい任務が出来たのですよ。ワーナー副師団長、この手紙を至急ギルドマスターに届けてください。ああ、ギルドマスターを詰所へ招待するので、箱馬車で行くように」

「承知しました。ギルドマスターをお連れするのは、何方が宜しいでしょうか?」

「総長の執務室へ案内してください」

「はい。では、そのように致します」


 手紙には、ハバネル伯爵家令嬢が起こした件の詳細と、ノーザイト要塞砦騎士団の詰所へ来る前に確認して貰いたい事項を書いてある。ワーナー副師団長は手紙を受け取ると、素早く数名の騎士と共に屋外訓練場を出て行った。それを見送り残った騎士にも指示を出すと、マーシャルは踵を返す。


「さて、今度は()()()()の総長にも動いて頂きましょうか」


 確認するように呟き、詰所内の会議室へ向かいながら、ハバネル伯爵家令嬢をオズワルド公爵領から追い出す算段を立てていく。まず、その為に領主の許可を必要とする。オズワルド公爵は不在だが、領主代行が総長であったのは、寧ろ好都合だった。


 会議の内容はエドワード皇太子の件と帝国で起こっている問題についてだが、どちらも未だ脅威はない。それ以前に問題となっている人物たちが、脅威となりうる存在なのかも判明していない。


「(警備隊や騎士団に、デイジー嬢の話は全く届いていませんでしたし、冒険者ギルドのギルドマスターが、デイジー嬢を伯爵令嬢と認識していない可能性も視野に要れなければなりませんね。まあ、それはギルドマスターが詰所へ来れば分かることです。向こうのギルドマスターとハバネル伯爵に確認を取って来られるでしょうから、暫く時間は掛かるでしょうが……。会議の内容が無益とは言いませんが、身近で問題を起こし兼ねない存在の排除が優先順位として高いですから、会議は終了してもらいましょう)」


 マーシャルは、会議室の前に立つ騎士に急務であることを告げて室内へ入る。会議室に居るのは、騎士団だけではない。少数だが、貴族も出席している。その中に、ラクロワ伯爵の姿も見られた。


「会議を中断させ大変申し訳ないことですが、総長に至急お伝えすべき件があり、入室致しました」

「構わん。それで、至急と言ったが昨夜の件についてか」

「はい。その件で領主代理であるアレクサンドラ様に伝える事柄があります」


 アレクサンドラもマーシャルの口振りに、内密に済ませたい事柄であると気付き、立ち上がる。


「会議は終了だ。ファーガス師団長とコンラッド師団長は、引き続きエドワード王太子殿下の警護を担当。アルノー男爵、ローレニア帝国の方は、引き続き貴殿の密偵に監視を任せよう。彼らがローレニア帝国から出るようなことがあれば、知らせてほしい」

「畏まりました」


 其々に指示を出すと、アレクサンドラはマーシャルへ視線を向けた。


「私の執務室と屋敷。どちらが話に適している?」

「ワーナー副師団長に、客人をノーザイト要塞砦騎士団へ案内するように指示を出しておりますので、総長の執務室でお願いします。それから、第二師団師団長も御同行願えないでしょうか」

「了承しよう」


 ガイも席を立ち、マーシャルに並ぶ。室内は静かな物だったが、ラクロワ伯爵が挙手した。


「モラン子爵。その件は、愚息で支障はないのか?」

「ラクロワ伯爵、僭越(せんえつ)ながら、御子息に対して愚息という表現は適さないと申し上げます」

「ほう? 何故、そう言い切れる?」

「御子息の立場を考慮なされば、私の言葉など必要ないと思われます。そして、私事で恐縮ですが友として騎士として、私はラクロワ伯爵の御子息に全幅の信を寄せております」

「全幅の信か」

「はい。ラクロワ伯爵にとりましては短い時間かと存じますが、私と御子息とは騎士訓練学校時代より十年来の付き合いが御座います。その期間で培ってきた信頼関係は私の宝と存じます」


 初めて会話するラクロワ伯爵。動揺を顔に出さぬよう返答する。マーシャルが真意を探ろうとすれば、ラクロワ伯爵に隠される。ラクロワ伯爵は、マーシャルより何枚も上手だった。唯一、知らされたのは『全てを知っている』ということ。それはマーシャルが見抜いた訳でなく、ラクロワ伯爵によって知らされたことである。マーシャルは、上擦った声にならぬように、冷静を装い言葉を口にすることで精一杯だった。


「今回の件は、私と御子息。そして、共通の友人も関わっております。是非とも私たちに委ねて頂けると幸いです」

「……そうか。そうまで申すならば、息子に任せよう」


 ラクロワ伯爵の言葉に、マーシャルは安堵の息を零す。会議室の入口で一礼して廊下に出ると、ガイが申し訳なさそうな視線をマーシャルへと向けてきた。


「そのような顔をなさらないでください。ラクロワ伯爵が全てご存じなのは、分かっていたことなのです」


 マーシャルがオズワルド公爵領へ来た経緯も、ラクロワ伯爵家の秘密を知ることも、紅龍との契約もラクロワ伯爵は掌握しているだろう。


「当主への報告は、どこの家でも義務ですからね。ガイを責めるつもりはありません。それに、ラクロワ伯爵にも言いましたが、私はガイに信を寄せているのです。理由があってのことだと理解しています」

「……確かに、理由がある。だが、父上に話していることをマーシャルに伝えるべきだった。すまない」

「ええ、謝罪を受け取ります。さて、それでは総長が来られる前に、お互い気持ちを切り替えましょう」


 それだけ言って、マーシャルは会議室の扉へ視線を向けた。


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