002
「僕のために、色々って……」
ウィルの衣・食・住の全てを、フォスターが準備している。武器も同じようにフォスターが、ウィルに合わせて創造した物だ。ウィルにしてみれば、それこそ分不相応な代物と呼べるものである。フォスターは魔剣と呼んでいるが、似たような物で例えるならば、最も相応しい呼び名は聖剣だろう。
龍刃連接剣は、龍の住処で亡くなった代々の龍王たちが遺した髭と鱗と牙、そして龍宝玉を使って作られている。そこに、フォスターの神力とウィルの魔力を練り込み、魔剣になった。見た目は、剣というより杖……大剣に近い。鞘も存在せず、ウィルの魔力を流し込むことで、剣や鞭に姿を変える。しかも、連接剣というだけあって魔力の込め方で、伸縮自在であり、動きもコントロール出来る優れた魔剣だ。
身分不相応の代物であると返そうとしたが、フォスターは自身が使えば一振りで壊れてしまう脆い剣だと言って、出来上がった龍刃連接剣を受け取らなかった。
「(そんな、とんでもない物を準備するフォスターって、本当に怖いよね)」
ウィルが考え込んでいる間に、大きな木箱に積み重なった品物を持ってフォスターが現れた。その多さにギョッとなり、ウィルは目を見開く。
「準備してくれるのは、とても嬉しいけど。……そんなに持って行けないよ?」
「そこもちゃんと考えてあります。これです」
荷物の一番上に乗せられていたアイテムが、ウィルに手渡される。
「……腕輪? あれ? これって、腕時計?」
「ええ、腕時計ですよ。その腕時計が、収納を兼ねています。時計はウィルの魔力で動くので止まることはありません。完全防水性になっていますから、入浴時も外す必要もないですよ。限界はありますが、数千年かかっても埋まらない広さが在りますから、無制限と言ってもいいでしょう」
「は? 数千年?」
「ええ。ウィルは、不老ですから当たり前でしょう? 当然、持ち物が増えるだろうと考えて作りました。勿論、ウィル専用アイテムなので、龍刃連接剣と同様でウィルが亡くなれば消滅しますし、ウィル以外の者には扱えません。これの名前はウィルが考えてくださいね」
「……ちなみに、収納できるアイテムは在るんだよね?」
「ええ。在りますよ。アイテムバック、マジックバック、空間収納、名称は違いますが全て収納ですね」
その言葉に安堵の息を吐いた。それが、間違いだったと知るのは、その直後。
「太古の錬金術師が造った遺物が数個と、現在の錬金術師が造った劣化品が多数存在します。後は、ドワーフ族が作っている物ですよ。勿論、ドワーフ族は優秀ですから、それなりの性能があります。ちなみに時計は在りますが、腕時計は在りません。ウィルの記憶から採用させてもらいました」
ウィルの記憶でアイテムバックということは、ゲームなどに登場する物を参考にしたのだろうと、ウィルにも想像がつく。
「……ちょっと待って。腕時計がないなら、このタイプの収納は存在しないの?」
「在りません。私だから、創れたのですよ。それに、少し見ただけでは、単なる腕輪で腕時計にすら見えないでしょう? 勿論、盗まれたり奪われたりしないよう術式を豊富に組み込んでありますから心配は要りません」
「そんなことに神様の能力を使わないでよ! 能力の無駄遣いだってば!」
「そんなことではありません。ウィルの命を守る為なのですからね」
流石、創造を司る神である。誇らしげに語るフォスターの姿を見て、ウィルは頭を抱え込みそうになった。
「それから、装備品、生活用品、冒険者として必要になるアイテムもある程度、準備してあります。当分の間は、料理や魔法薬等も作る暇がないでしょうから、それらも、ちゃんと準備しましょうね」
「え? 僕が、冒険者?」
冒険者と聞いて、ウィルは首を傾げる。これだけ沢山のアイテムが揃っているならば、それこそ山中でひっそりと暮らせるように思えたからだ。
「ウィル。山暮らしでも構いませんが、街や村に入るには、その度に身分証が必要になりますよ?」
「うっ……」
図星のため反論できないウィルに、フォスターは困ったような笑みを向ける。
「アルトディニアで暮らすためには、お金が必要です。そうなると、働かなければなりません。ウィルには、オズワルド公爵領へ降りてもらいます。そのオズワルド公爵の街で、冒険者ギルドに登録してください」
「冒険者ギルド……。(ギルドって、歴史やゲームの世界に存在していたよね。この世界だと、リアルであるんだ)」
ウィルは、緑龍から基本的な魔力・龍力の操作方法と制御方法を教わり、その応用である魔法・龍術を叩きこまれた。そして、精霊との関わり方、召喚術の基礎を教えられた。
フォスターからは、スキル、魔術、魔法、魔導、剣術、槍術、体術、錬金術を座学も含めて教わっている。その後の実戦では、魔物との戦闘術、魔物の剥ぎ取りも教え込まれた。
魔法と一口に言っても、種類は多い。生活魔法、攻撃魔法、防御魔法、回復魔法、補助魔法、召喚魔法が、この世界で一般的に知られているものだ。
精霊魔法は、エルフが使う魔法。時空間魔法や重力魔法に至っては、知る者の方が少ない。ドワーフ族には伝わっているとフォスターから聞かされているが、人族では魔法研究所の一部が研究している程度であるらしい。
魔術は、一般的に魔術陣を用いて発動する類のものが多く存在する。通常、スクロール等に描かれた魔術陣や遺跡に遺された魔術陣を使用するが、ウィルは古書に描かれた魔術陣を記憶させられ、その魔術陣をウィルの魔力を用いて空中や地面に書き込む訓練を受けた。
魔導は、補助具を用いて使用する。そして、魔術陣や魔道具を作るために必要になる術式でもある。こちらも、教科書として古書を与えられ、ウィルは暗記させられたのだ。
そうして、ウィルは暫し悩んでしまった。冒険者ギルドが存在するのであれば、当然、ジョブも存在するだろう。ウィルの武器は、杖であり剣であり鞭でもある。魔法は、ひと通り学び終えた。属性は火と水に適性があり、光も使える。精霊魔法や時空間魔法、龍術も多少ならば使用できる。
但し、龍術に関してアルトディニアに降りた後、殆どの術は使用禁止を緑龍から通告されていた。龍王が存在しない現在、使われることがない術という理由だ。ならば、なぜ龍術を叩き込まれたかというと、ウィルの膨大な魔力とフォスターが造った器が原因だった。
ウィルの膨大な魔力が器から漏れだし、周りの生物に干渉し、生物たちが魔力酔いを起こしてしまうのだ。人族に与えられる最大級の魔力を越えていたウィルの魔力。これが、龍種やハイエルフであったなら、どうにかコントロール出来ただろう。しかし、ウィルは人族である。
魔力を操る繊細な技術を習得するためと、溜まり過ぎて溢れ出る魔力を龍力へ変換し放出する術を習得するために、ウィルは龍術を習得するしかなかった。
ウィルから溢れ出る魔力を制御する。そのために、フォスターが制御装置を幾つも身に着けさせたが、それでも抑えきれず、器に龍宝玉を取り込んで、ようやく龍術を操れるようになり、魔力の流出は止まった。
ウィルが制御装置を外してしまうと、結局のところ体内で処理できない魔力が漏れ出してしまうが、こればかりはどうしようもない。
「ねえ、フォスター。冒険者になるのは分かったんだけど、僕のジョブって、何になるの?」
「そうですねえ……。召喚士と呼ぶには至りませんし、龍術は習得していてもアルトディニアでは使えません。錬金術も教えましたが、まだ必要最低限でしたからね。そうなると、妥当なのは魔剣士あたりでしょうか? 龍刃連接剣は魔法の媒体にもなりますから、丁度いいでしょう」
「やっぱり、そうなるんだ。でも、こんな剣はないと思うんだけど……」
「似たような魔剣が、迷宮のマジックアイテムとして存在しているので、そのままで構いませんよ。その魔剣を基にウィルの武器を作ったのですから」
「うーん。それなら、魔剣士でいいのかなぁ」
「そうですね。それじゃあ、他のアイテムの説明をしましょうか」
ウィルが悩んでいると、フォスターが木箱の中身をテーブルへ並べていく。
「(……どれだけ作ってんの?)」
「これは、マジックテントで地面に広げて魔力を込めれば、テントになります。このテントの中は、空間魔法で内部を広げてあります。簡単に言えば、テントの形をした家ですね。このテントの中に、生活用品の全てが揃えてあります。寝室、リビング、キッチン、錬金術室、簡易浴室、その他にもありますが、使う時に確認してください。ああ、説明の終わった物から収納していってくださいね」
「どうやって収納するのか、説明されてないよ?」
「収納は簡単です。入れと念じれば、勝手に収納されます。取り出す時は、取り出したい物を思い描き、魔力を流し込んでください。まあ、中を確認しながら取り出すことも可能です。アイテム毎に別れているので、取り出しやすいでしょう? ウィルの記憶にあった『げえむ』という物を参考にしてみたのですよ」
フォスターの指示通りにすると、マジックテントがウィルの手から一瞬で消えた。魔力を流し込むと、ウィルの目の前にゲーム画面で見たような枠が浮かんでくる。一番上に、生活用品と文字まで見える。ちなみに、矢印が左右にあり、ウィルが魔力を込めると回転した。次々、回転させて確認する。項目は素材、薬品、食品、生活用品、武器、防具、ウェア、ジュエリー、その他。薬品と食糧、素材は既に入っており、その数も表示され、本当にゲームの画面を見ているような感覚に陥ってしまう。
「うわぁ……。そのまま、ゲームで出てきそうなんだけど……」
「ふふふ。ウィルが居た世界は、面白いですね。魔法も錬金術も精霊もいない世界だというのに、『げえむ』や『物語』の中には色々と存在しているのですから。なので、逆に知識を使わせてもらったのですよ。他にもウィルから得た知識を活用して創ったアイテムがあるのです。じゃあ、次は……」
嬉々として次の品物を手に取って、説明を始めるフォスターに、ウィルは小さく吐息を吐いた。