019
「後、必要な物は何でしょうか?」
「はい。草むしり用の手袋が欲しい」
右手を挙手してウィルがマーシャルの問い掛けに答えると、ガイは首を振ってみせた。
「あれは、建前上の理由だ。本当に草むしりをする必要はない」
「そんなの駄目だよ。ちゃんと報酬分は、仕事をしたい」
ウィルにしてみれば、依頼を受けて報酬も貰うのだから、当然仕事をしたい。しかし、ガイやマーシャルから見れば、保護対象が勝手に詰所内を徘徊してもらっては困るといったところだ。
「そうですねえ。では、草むしりではありませんが仕事をしてもらいましょうか」
「おい、マーシャル」
「大人しく守られていてくださいと言っても、おそらく聞かないのではありませんか? ならば、私とガイの手伝いをしてもらった方が、危険なことにならないと思いますよ。 私やガイ、あるいは副師団長や補佐が側にいれば、万が一問題が起きても対処できますしね。手が空いている時には、ハワードにも手伝ってもらいましょう」
「わかった。だが、危険な職務は許可できない。俺達が騎士団の職務で街を離れる時には、大人しく俺の部屋に居ろ。それが約束できるなら、それでいい」
マーシャルの言い分が理解できるだけに、ガイは複雑な思いだった。譲れない部分は、はっきりさせておかなければとウィルに伝える。
「⋯⋯なんだか納得いかないけど、分かった」
「では、冒険者ギルドへ向かいましょうか? あまり遅くなると、登録できなくなりますからね」
マーシャルの話では、第二師団の官舎から冒険者ギルドは距離がある。貴族街とノーザイト要塞砦騎士団の敷地は魔境側の門寄りの場所に位置しているが、冒険者ギルドは正門側に近いらしい。ちなみにノーザイト要塞砦警備隊の本部は、正門側にあり冒険者ギルドの近くだと話す。
ガイは、これも仕事ということで、嫌がるウィルをノーザイト要塞砦騎士団の箱馬車に無理やり押し込み、三人で街へと向かった。
マーシャルは、古本屋の前で箱馬車を降りて数冊の本を購入した後、外で待っていた馭者の騎士へ、周りに気づかれないようソっと話し掛ける。
「ここから冒険者ギルドまで、徒歩での移動は可能ですか?」
「おすすめできません。相手は隠密行動に慣れていない者でしょうが、私達も街中での荒事は不得手なので、出来ることならば避けていただきたい」
「……わかりました。ところで、相手は何名ですか」
「相手の数は三名。クレマン師団長からは、見張ることを優先するよう、指示が出されています」
「それで結構ですよ。では、冒険者ギルドまでお願いします」
古本屋から徒歩で、十五分程度の距離に冒険者ギルドがある。マーシャルは馭者の騎士と話し終えると、再び箱馬車に乗り込み、箱馬車で冒険者ギルドへ向かった。
「ここが、冒険者ギルドです。冒険者ギルドの一階には、食事もできる酒場、素材や魔法薬を販売する商店、簡易宿泊施設があります。そして、こちらの方が大事なのですが、依頼を張り出してあるボードと、其々の受付があります。今日、貴方がしなければならないのは登録なので、受付へ行ってくださいね」
「俺達は、依頼書をギルドマスターへ提出してくる」
「騎士団の依頼って、ギルドマスターに提出するの?」
「依頼の内容に寄りますね。奥に居る職員でもいいのですが、この依頼は少し特殊なので、ギルドマスターへ直接お話をする方が早いのですよ。それに、直接お話した方が、色々と融通をして頂けるので」
「そっか。じゃあ、僕は受付に行ってくる」
「ええ。冒険者ギルドは、荒くれ者も多い場所なので、気をつけてくださいね」
ウィルは、冒険者ギルドの正面入口から中へ入る。マーシャルとガイは、裏から入ると言って先に別れていた。どうやら依頼主は、裏から入るのが通常らしい。
「(へえ。中は広いんだなあ。あっちが酒場で……。商店はあそこでしょ? じゃあ、あの奥が簡易宿泊施設かな? 受付って、沢山あるみたいだけど、どの受付になるんだろう?)」
初めて見る冒険者ギルドは、夕方ということも重なり冒険者たちで混雑していた。受付も五人の職員が対応している。その内の四人は女性だ。どうやら、若い女性の受付は人気があるようだ。
「(確か、受付嬢って呼ぶんだったはず⋯⋯うーん。素材っぽいの出してるから、あっちの方は邪魔になるよね。人が多い所は並びたくないし……あの人の所でいいかな)」
女性の中に一人だけ、男性職員が受付に座っている。元冒険者なのか、頬に傷痕があり雰囲気も少し怖い。それでも、ウィルにしてみれば、順番待ちをする必要がない受付があったので助かった。
「すみません。冒険者登録をお願いしたいのですが、ここで出来ますか?」
「……出来るが、あっちじゃなくていいのか?」
「人が多いのは無理なので、お願いします」
男性が視線を一番長い列へ向けたが、ウィルは頭を横へ振った。流石に大きな街の冒険者ギルドだけあって、受付嬢も綺麗な女性だ。
特に、男性が視線を向けた先にいる受付嬢は、綺麗だと素直にウィルも思う。だが、その女性の仕事振りが他の受付嬢に比べると雑に映った。それと、冒険者との無駄な会話が多い。
そのままを伝える訳にもいかず、ウィルは無難な言い訳を口にする。男性は、ウィルの言い訳に納得したのか、ウィルを一瞥するに留めた。
「そうか。俺の名はバークレー・フォールだ。この紙に必要事項を書くんだ。字は書けるか?」
「あ、はい。書けます」
「なら、この欄が名前。此処が年齢と性別で、此処が出身地だ。書けるなら、全て書いておけ。それと、ここがジョブだ。ジョブは分かるか?」
「はい、わかります。…………これで、いいですか?」
「魔剣士か。魔法が使えるなら、その属性も書けよ」
「⋯⋯書き終わりました」
ひとつひとつを丁寧に教えてくれるバークレーに感心しながら、ウィルは書類の空白を埋めていく。書き終わると、不備がないかバークレーが確認していく。
「書類は、これで大丈夫だ。登録は金がかかる。銀硬貨五枚だ。これは依頼を受けて帰って来なかった場合の捜索依頼に使われる。払えないなら依頼から差し引くことも出来るが、どうする?」
「今、払います」
ウィルはポケットに仕舞い込んでいた銀貨五枚を取り出し、カウンターに乗せる。バークレーは、それを確認すると頷いた。
「確かに銀貨五枚だな。じゃあ、ギルドカードを発行してくるから待ってろ」
「はい。分かりました」
後ろに誰も並んでいないこともあり、ウィルは受付でバークレーの帰りを待つことにする。隣の列へ視線をやると、相変わらず受付に座る女性は、雑な仕事をしていた。今は、若い男性冒険者に口説かれているようだ。その奥の三人は、手慣れた様子で淡々と仕事をしている。
「(あの人だけ、すごく面倒そう……)」
女性から視線を受付側へ戻そうとすると、ウィルの肩に手を掛ける者がいた。振り向くと、無精ひげを生やした酒臭い男が立っている。他にも二人、ウィルを囲むように近付いてくる。どうやら、酒場で飲んでいたらしい。
「おい、嬢ちゃん。尺してくれよ。ぎゃはははははっ」
「おいおい、色気のねえ体つきのガキなんだ。どう見ても嬢ちゃんじゃないだろ」
「何処から来たかしらねぇが、ここに来たからには『鮮血のワイバーン』に挨拶するのが普通なんだよ。ほら、金を出せ。登録料を一括で払えるんだ。俺達にだって、払えるんだよなぁ? なあ、お坊ちゃんよぉ」
「(こういう冒険者って、どこにでもいるんだね。これ……よく言う『フラグ』とか『テンプレ』ってやつ? それにしても、口が悪いし、お酒臭いし、どこかに行ってくれないかなぁ。鮮血のワイバーンって、血を流した竜ってことだよね? 駄目じゃないの? 血が流れてると死ぬよね? この人たち……バカなの?)」
黙って様子を見ていると、何を勘違いしたのか、男たちは余計に騒ぎ出した。その様子を他の冒険者や職員達が遠巻きに見ている。先程まで受付をしていたバークレーも、ギルド内にいる誰もがウィルを助けてくれるつもりはないらしい。ウィルは、大きく溜息を吐き出した。