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013


 マーシャルとガイは、魔境へ続く門へ向かい、魔境内部へ続く獣道を愛馬に騎乗して進んでいた。

 ウィルが姿を消して、一晩が経つ。夜間の魔境への立ち入りは、余程のことがなければ許可が降りず、夜明けを待っていた。


「おかしくありませんか? 魔物の気配がありません」

「……ああ、そうだな」


 ウィルが降らせていた癒しの雨が上がり、ガイのスキル『捜索(サーチ)』で、ウィルの居場所は判明している。予想通り、魔境奥地へと至る獣道にウィルの存在は見つかるが、見つかったのはウィルだけではない。巨大な力を持つ存在がウィルを取り巻いていると、ガイはマーシャルに告げた。

 それでも、ウィルを捜索する二人はノーザイト要塞砦騎士団へ愛馬を迎えに行き、魔境奥地へと向かっていた。


「普段なら、魔境の中に入ると魔物の発する瘴気で具合が悪くなる」

「ええ。いつもより、瘴気が薄いようです」

「それに、ウィルの居場所を中心にして、魔物達の反応が距離を取るように移動している」

「ここまで近付いても、まだ存在の正体は判りませんか?」

「否……こいつ等が怖がっていないだろう」


 ガイが、愛馬の首筋に触れる。彼らの愛馬は、普通の馬と違い、戦場で使われる戦闘馬だ。馬の大きさも普通の馬に比べ、ひとまわり大きい。魔物を恐れるようなこともない。それでも、魔境は本能的に畏れるのだ。


「確かに、奥地へ向かっているというのに、怖がりませんね」


 マーシャルもガイと同じように、愛馬の首筋に触れた。伝わってくる愛馬の感情は、平常となんら変わりがない。それどころか、駆けることを楽しんですらいる。


「魔境内部の魔物たちが恐れ、動物たちは怖がらない存在ですか」

「魔境内部の魔物で例えれば、Sランク以上だ。まあ、魔物でSランクより上が存在しているのか知らないが」


 魔境内部の魔物は、低くてCランク。奥地に近いほどランクは上がっていく。滅多に姿を現さないが、少なくともSランク、そしてAランクの上位種、希少種は確認されている。


 オズワルド公爵領の中央に位置する魔境。その魔境を堅牢な壁で取り囲み、魔境内部の魔物を外へ出さないようにしている。通常の要塞砦とは異なり、魔境を取り囲む檻として存在する砦だ。

 そして、監視と討伐のために、三つの砦がある。一番の要となっているのが、ノーザイト要塞砦なのだ。


「Sランク以上ですか。それは、流石に困りますね」

「敵とは限らない。その証拠に、ウィルへ危害を与えていないだろう?」

「それだけの知性を兼ね備えているとなると、微妙ですね。ウィルの敵と判断されてしまえば、我々などあっという間に瞬殺されてしまうかもしれません。ウィルを大切にする者なら、尚更でしょう」

「……ウィルの保護者が来ていると?」

「ええ。ウィルは保護者が人族ではないと言っていたので、可能性はあると思います。私は竜人族を想像していたのですが……」

「竜人族は、人族を嫌うと言われている。除外していい」

「ガイが言うのでしたら、竜人族ではないのですね。ですが、ガイの話を纏めると、そういう枠に嵌められる相手ではないのかもしれません」


 マーシャルは、オズワルド公爵領の北東、ガイの父親であるラクロワ伯爵が代官を務める連峰の頂で暮らす竜人族を思い出していた。

 殆どの竜人族は、龍王を堕とした人族を嫌い、人族の住む場所へ姿を現すことはない。しかし、麓に住むドワーフ族とエルフ族、そして獣人族の村とは交流があった。



 マーシャルは、行商に訪れていたドワーフ族が竜人族から聞かされた『アルトディニア大陸と隔絶した場所に、龍の住まう地がある』という話を切っ掛けにして、太古アルトディニア暦と龍王とその眷属について独自に調査を行ったことがある。


 アルトディニアの大地に住む竜種ではなく、龍王とその眷属が住む大地、龍の住処。その中央部に、鎮守の森と呼ばれる龍王の暮らす地があると。

 話を聞いて調べ始めたマーシャルも、最初は竜人族の古い言い伝えだろうと思っていたが、調べてみると確かに大地の痕跡が残されていた。


「(そういえば、魔境は龍王の墓標であるとドワーフ族が語っていましたね。……ならば、その魔境から現れたウィルも龍王と龍王の眷属と関わりがあるということでしょうか? それとも、ウィルの保護者の方が関わりのある者?)」


「マーシャル、戻ってこい。もう少しで見えてくるぞ」


 ガイに声を掛けられ、マーシャルの意識が浮上する。綺麗に晴れ上がっていた獣道は、進む内に霞が掛かる。魔境で霞が掛かる時は、大概、有毒性の霧が発生しているのだが、この霞は白く――澄んだ空気を漂わせている。


「このロープを握って、俺の後ろを着いてきてくれ。この霞は幻術だ。俺から離れると迷うぞ」


 ガイに投げ渡されたロープの先端を、マーシャルは左手首に巻き付けた。


「ガイは、龍王とその眷属が住む大地の話を聞いたことがありますか?」

「……その話が、どうしたのだ?」

「ウィルの側にいる大きな存在が、龍王の眷属だとしたら、どうしますか?」

「……マーシャルなら、どうする?」

「そうですねえ。そもそも、私達の言葉が通じるのでしょうか? 通じるのなら、ウィルを返してくださいと説得も出来るかもしれませんが。通じなければ、隙をついてウィルを奪還して逃げますかねぇ」

「ウィルを諦めて、そっとしておいてやるという選択肢はないのか?」


 ガイの言葉に、マーシャルは静かに吐息を吐き出した。


「エドワード王太子殿下との件がなければ、その選択も可能でした」

「エドワード殿か。確かに、アレは厄介だな」

「その通りです。たとえウィルを他の領地へ逃がしたとしても、ウィルがオズワルド公爵領を離れたことを知れば、配下の者に追わせる可能性もあります。それよりは、この地でウィルを保護した方が良いと思うのですよ。ノーザイト要塞砦ならば、ウィルが冒険者であっても守る方法は幾らでもありますから」

「守る、か。マーシャルは、ウィルの能力を戦力として利用するつもりはないと?」

「……ガイ。確かに、ウィルの能力は魅力的だと思いますが、少年に助けを求めなければならない程、この領地に住む者は弱くないでしょう? それにしても、先程からの質問はどういうことです? 私には、ウィルに係わるなと言っているように聞こえるのですが?」


 マーシャルの問い掛けに、ガイは愛馬の脚を止める。そして、向かい合わせるように方向を転換した。


「…………答えは、出ているのだろう?」

「そうですね。ガイは、ウィルの存在を以前から知っていた。違いますか?」


 そう考えれば、ウィルが魔境に現れたことも、ガイの行動にも納得がいく。魔境には、龍王の眷属と竜人族のみが立ち入ることの出来る禁域があると言い伝えられている。

 そして、ウィルに対するガイの行動も普段と違っていた。他人に対して距離を取るガイが、ウィルには始めから距離がなかったようにマーシャルには感じられた。

 エドワードが屋敷へ無理やり連れて行こうとした時も、ノーザイト要塞砦騎士団の医務室へ迎えに行く時も、お金の使い方を教える時も、全てガイ自らが動いていた。

 ウィル自身を知っているか、ウィルに近い者の中に知り合いがいる可能性をマーシャルは考えている。マーシャルが自身の考えを口にすると、ガイは頷いてみせた。


「そうだな。ウィル自身とは面識はないが、ウィルがどんな人物なのか見る機会を作ってもらったことならばある」

「では、ウィルの保護者も御存じなのですか?」 

「ウィルが御師様と呼んでいる存在は知っている。だが、保護者は知らない。恐らく、父上も御存じないだろう。但し、龍の住処に入ることを許されている者は多くない。アルトディニアで許される者は、竜人族のみ。それを考えたならば……」


 どうやらマーシャルの読みは、正解だったらしい。つらつらと話し出すガイに、マーシャルは目を丸くする。


「まさか……神界が関わっていると? それは……私に話して良い内容なのですか?」

「ああ、マーシャルなら信じられる。ラクロワ伯爵家の秘密を他言しないお前なら、真実を知ってもウィルの味方になると思い、話をした。実際、お前はウィルを守る方法と言ったからな」


 マーシャルは言われた言葉に息を飲み、そして吐息を吐き出して肩を竦める。まさか、知られているとは思っていなかった。


「私が調べていたことを、ガイは知っていたのですか?」

「龍の住処のことを迂闊にも人族に話してしまったと、ドワーフが俺の所に謝罪へ来た。そして、ドワーフの言葉からマーシャルに辿り着いた。我が一族を探っていたことも、その時に知った」

「龍が住まう地があると聞いて興味本位で調べていたら、ラクロワ伯爵家に辿り着いてしまったのですよ。そこで、調べることを諦めました。そこまで分かっていたならば、私を殺して闇へ葬ることも出来たでしょうに……」

「俺は友人が少ない。信頼できる友人が減ると困る」

「……降参です」


 ガイが警戒せず霞の中を進むということは、この先に居る者はガイの見知った者なのだろうことに察しがつくとマーシャルは両手を上げる。


「ガイの事も、ウィルの事も……これから見ることも、全て他言しないと誓いますよ」

「先に誓って貰えて助かる。マーシャル、先に言っておくが、ウィルの側におられる方はウィルの保護者でも御師様でもない。……紅龍殿、話が纏まった。霞を消してもらえるか?」


 ガイは、霞の向こうへ話し掛けるように声を出した。


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