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グラティア 〜少年は平穏を望む〜  作者: 玄雅 幻
新たな依頼と果たすべき約束
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「フィーは、バークレーさんをお願いね」

「キュキュ」


 魔境への門を潜り、ウィルはフィーに指示を出す。バークレーは、普通の人族。魔境の瘴気に耐えられるような肉体を持っていない。フィーも、ウィルが何を頼んだのか理解したらしく、返事をするとバークレーの肩へ飛び移った。


「っ! な、何を――」

「瘴気に毒されたくないなら、フィーから絶対に離れないで。ここから先は、人族に耐えられるような場所じゃないから」

「なっ! それじゃ、ウィリアム君は――っ!」


 ガルルルルルゥッ!


 バークレーが最後まで言葉を紡ぐ前に、二人の前方にワーグの群れが出現し、咆哮を上げる。ウィルは、そのままの速度を保ったまま龍刃連接剣を具現させると、跳びかかってきたワーグを斬り捨て、駆け抜けた。


「馬を止めないで、ちゃんと走らせて」


 ウィルは、それだけ告げると襲い掛かってくるワーグの群れを斬り捨てながら駆け続ける。バークレーは、ワーグの群れを見て、馬上であるというのに身体を恐怖で震わせていた。どのワーグも、王都付近で見られる種とは違う。その身に纏う魔力も瘴気も、遥かに強く禍々しい。


「(これが……オズワルド公爵領の実状…………)」


 ノーザイト要塞砦騎士団の屋外訓練場で、ハワードやマーシャルが語った内容を思い出す。


『ウィルを行かせたのは、ウィルが討伐に適した人材だから』


 脚を止めることなく、ワーグの群れを屠るウィルの姿を間近で見せられて、ようやくマーシャルの言わんとしたことを、バークレーは理解する。


「(こんな、こんな、危険な場所だなんて知らなかったんだっ!)」


 メリッサの従者としてオズワルド公爵領へ移り住み、二十数年。バークレーは、冒険者ギルドの職員とAランク冒険者として登録されていた。しかし、実際に冒険者として依頼を受けたことは、一度もない。


 バークレーは、冒険者ギルドでも簡単な受付や買い取った素材の管理、たまに起こる冒険者同士の諍いを仲裁していただけ。難しい業務は、熟知している職員が行っていた。そんなバークレーがギルドマスターに選ばれたのは王都にある冒険者ギルド王都支部にとって、バークレーが上の者に従う都合のいい人物だったからにすぎない。


「(……俺が…………間違えていたのか)っ! しまっ!」



 気がつけば、ワーグが戦闘馬の横から跳躍して、バークレーに飛び掛かろうとしている。


 グシュッ


「考え事しないでとは言わないけど、周りには気をつけて」


 前方を駆けていたウィルが振り返り、龍刃連接剣を連接剣に変化させて空中にいたワーグを貫く。


「す、すまない。気付かなかったんだ」

「ガイとハワードが追い着いてきてるから、もう少し我慢して」


 ガイとハワードと聞いたバークレーは、ウィルと共にいた二人を思い出す。第二師団師団長ガイ・ラクロワ。そして第三師団師団長ハワード・クレマン。


「ウィリアム君は、探索系のスキルを――――」

「取得してるよ。だから、メリッサさんの居場所もある程度は把握できてる」


 バークレーの言葉に被せるように伝えると、再びウィルは駆け出す。止まっていると魔物の的になるだけで、利点はない。


 実際、ウィルは魔境に入って探索スキルを発動させている。魔物の位置を正確に捉え、メリッサとノームの位置を探るために。


「(人を守りながらって、ちょっと大変かも……)」


 ウィルはバークレーの前方に戻りながら、小さく息を吐き出す。今まで他の者と組んで戦ったことが、ほとんどない。ハワードとガイの二人とは組んだことがあるが、彼らはノーザイト要塞砦騎士団の師団長という立場もあり、戦闘慣れしている。バークレーとは、実力的にも差が大きい。


「(冒険者……じゃないとか? そんなことないよね?)」


 魔物の気配を察知することもなく、避けることもせず慌てた様子を見せたバークレーに疑問を感じたが、ウィルは頭を振った。


「(実戦から離れてるって言ってたから、勘が鈍ってるだけ?)バークレーさん、魔物が飛び掛かってきたら避けて――」

「ど、どうやって避ければいいんだ!?」

「は? どうやってって……」

「お、俺は、魔物と戦ったことはないんだ!」


 元々、バークレーを戦わせる予定はない。それでも、バークレーが魔物を避けることが出来ないとはウィルも予想していなかった。


「わかった。少し、スピードを落とすので、何があっても馬を走らせて。絶対に止まらないで」

「わ、わかった」


 ウィルが騎乗出来れば、また話が違っていたのだろうが、残念なことに乗馬の練習は出来ていない。ウィルは、スピードを落とすと、探索の範囲を狭め、バークレーを護衛することに専念することにした。






 多方向から襲ってくる魔物に怯えながら馬を駆けさせているバークレーの後方で、魔物の咆哮と剣戟の音が聞こえ、身体をビクリと撥ねさせた。


「ひっ!」

「振り向く暇があるならば、馬の手綱をしっかり握っていろ!」


 バークレーは、横に並んだ者の姿を見て、声を上げそうになるが、それよりも先に怒声を浴びて、しっかりと手綱を掴み直す。


「き、君達は――――」


 騎士服を纏う人族ではない、種族すら判別することが不可能な者達を畏怖するようにバークレーは見る。しかし、その反応を見ても、彼らはバークレーを一瞥するに留め、ウィルに駆け寄ること優先した。


「ウィル。メリッサ嬢は、まだ先にいるのか」

「魔境に入ってから気付いたんだけど、魔物とは別の気配が深淵の近くにある。たぶん、それ」

「何故、そのような場所に……」

「メリッサさんの言葉、覚えてる? きっと、それが目的」


 メリッサの言葉と聞いて、ガイとハワードは頷き合う。深淵に咲く花、龍葬華。メリッサは、その花のことをアレクサンドラに問うたのだ。そうして、ガイから話を聞かされたウィルは、屋敷で花が現実にあることを答えていた。


「たぶん、龍葬華がある場所」

「……覚醒までに、間に合うのか」

「僕にも、わからない。だけど、絶対に間に合わせる」


 チラリと後方を駆けるバークレーへ視線を向ける。


「バークレーさんは、魔物と戦ったことがないって」

「なるほどな。それで、スピードが落ちたのか」

「うん。バークレーさんの後ろ、任せてもいい?」

「ああ。速度を上げて行け」


 ハワードとガイがバークレーの後方につくと、ウィルはガイに言われたように速度を上げた。

 途中で限界を迎えて死亡した馬の代わりに、フィーが擬態を解いてバークレーを背に乗せ滑空し始めると、彼等の足並は更に上がる。そんな彼等の姿を見て、バークレーは怯えていた。

 







「数が多いな。際限がない」

「ああ。これも、瘴気の影響か」


 襲い来る魔物を屠り、ポツリと呟いたガイにハワードも同意した。普段より濃密な瘴気に、ハワードは顔を顰め、先を見遣る。櫻龍の時ほどではないが、それでも通常より濃い瘴気。それに加え、行く手を阻むように次々と姿を現す魔物の群れに、ガイは眉を潜める。


「ウィル、止まれ」

「どうして」

「いいから、止まれ!」


 先へ進もうとするウィルの腕を掴み、ガイは足を止める。


「ウィル。宙を駆ける術は習ったか?」

「使えるけど」

「ならば、その術で駆け上がり上空から大地へ向かって浄化魔法を使え。瘴気が薄くなれば、魔物の数も減る」

「ああ、そういうこと……。うん、分かった」


 ウィルは、龍力を用いて空中に薄く足場を生み出し、空へと駆け上がっていく。そうして、辺りを見渡せる位置まで上がると、龍刃連接剣を構えた。


『光の加護 広域浄化』


 ルースから受け取った光の加護を使い、巨大な魔術陣を空中に描き出す。そして、その魔術陣を発動させた。輝きを放ちながら大地に浸み込むように消えていく魔術陣。それに伴って、瘴気が浄化されていく。それを見届けて、ウィルは地上へ降り立った。


「これで、暫くは保てると思うけど……メリッサさんがいる以上、長くは無理。急ごう」


 再び駆け出すウィルの後を追うように、ガイとハワードも駆け出す。その上空をフィーは飛ぶ。ウィルが広域浄化を行い、出現する魔物の数は減少するが、それでも魔物は襲い掛かってくる。


「フィー! 高く飛んで!」

『わかった!』

「ひぃぃぃっ!」

「ガイ、ハワード、僕から離れて!」


 それぞれに声を掛けると大地を蹴り、生き残っていた魔物サイクロプスへと龍刃連接剣を振り下ろした。

 

「消し飛べっ!」


 ザンッ


 ウィル自身の魔力を最大値まで込めた龍刃連接剣は、サイクロプスの巨体を縦に引き裂き、その肉体は左右に別れ、大地へと倒れていく。その隣では、ガイがリーダーオークを、ハワードがオークメイジを倒している。


 途中、何度か浄化を繰り返し、目的地に辿り着いたのは夜半過ぎ。ウィルが初めて降り立った時を考えれば、随分と短時間で到着することができた。しかし、それでも瘴気の濃さを見れば、ぎりぎりと思われる時間だ。



 元々、その地を護る龍王の住処であり、龍の住処と同じように鬱蒼とした森が広がっていたであろう場所。今は、龍王の亡骸が封じられ、結界があるため立ち入ることは不可能だ。そして、その手前にある龍王を祀るための祭壇があった荒れ果てた広場。その中央に咲いている龍葬華の前に、メリッサは座り込んでいた。



「……来たのね、グラティア。私の希望」

「どうして、その名を?」

「ノームが……希望が、グラティアが魔境に降り立ったと教えてくれたのよ」

「希望って、最初からこうなることを望んでたの?」


 ウィルは、ゆらりと立ち上がるメリッサを見詰める。そうして、龍刃連接剣を具現させた。メリッサの髪も皮膚も、既に瘴気に侵され、その色を闇色へ変えている。


「ええ、望んでいたわ。貴方だけが、私の願いを叶えることが出来る唯一の希望だった。だけど……もう、私は私の意思で動くことが出来ない。それほどまでに魔人化は進んでいるわ。こんな嫌な役回りをさせてしまって、ごめんなさいね」

「覚悟は決めて来たから、大丈夫だよ」

「そう……。感謝するわ」

「それより、彼と話さなくていいの? 最期になるけど?」


 荒れ果てた広場に佇むのは、大量のサットドールとメリッサ、そしてウィルのみ。広場から距離を取り、ガイ、ハワード、バークレーがいる。メリッサは、視線をバークレーへ向けたが、語り掛けることはなかった。


「グラティア。貴方は、優しいけれど残酷ね。そう……誰も彼も、私の存在を否定した。その中で、彼は私に憎しみを向けてくれた。私が存在していることを肯定してくれた。憎しみに囚われて、恨んでいる私だけを見てくれたの。それが、私に心からの喜びを与えたわ」

「歪んだ愛情だね。でも、その理論でいくとアレクさん達はどうなるの? メリッサさんを心配してたよ?」

「……そうね。オズワルド公爵領の皆は、とても優しくて、とても暖かい。壊されてしまった私には、とても辛い場所だったわ。その上、私が存在することで、オズワルド公爵家に迷惑を掛け続けることになってしまった。本当は、謝りたかった。姉様、兄様、伯父様と呼びたかった」


 その会話を聞いて、バークレーは顔色を失くす。オズワルド公爵領にきたメリッサは、何も起こしていない。起こしたのは、全てバークレーだ。


「ねぇ、グラティア」


 メリッサの肉体から生み出される禍々しい瘴気から次々とサットドールが生み出されていく。最早、サットドールにノームの意識は宿っていない。メリッサの背後に具現したノームも隷属の鎖に絡め囚われ、メリッサと同調するように魔へ堕ちようとしていた。


「どうして神々は、人族なんて創造したのかしら。……最初から人族なんて、創られなければよかったのよ」

「…………」

「そうすれば、龍王がアルトディニアから奪われることも、こんな美しくも悲しい花が生まれることもなかった」

「…………」

「私が生まれなければ、私がノームを巻き込むことも、ノームの半身が無残に殺されることも、私が闇に堕ちることも、そして大勢の人を私が殺すこともなかったわ」


 増え続けるサットドールの中で、ウィルはメリッサの言葉を只管聞く。


「ねえ。貴方も大切な友達を人族に奪われたのでしょう? それも、私を私の母を貶めた女から。なのに、何故堕ちずにいられるの? 私は、どうして、こんなことになったの?」


 櫻龍と白龍が、堕龍へと堕ちる切っ掛けを生み出したアッカーソン公爵夫人。そして、唆され卵を盗み出したハロルド・ガナスのことを思い出し、ウィルは悲しげに目を伏せる。


「うん。今でも、思い出せば苦しくなるし悲しくなる。怒りで、全てを破壊したくなる。でも、僕がメリッサさんの気持ちを本当の意味で理解することは出来ないよ。それに、僕だって神様の考えてることは、難解すぎて分からない」

「そう……」


 ウィルが、アルトディニアへ初めて降り立つ前にフォスターが話した言葉が心の内に甦る。


『……たとえ、今の人族たちが自分達の力で懸命に生きているのだとしても、私は緑龍のように再び人族を慈しむことは出来ないでしょう。彼等の心の奥底に強欲が存在することを知ってしまいましたからね。どうやっても……知らずに愛おしいんでいた頃には戻れないのです』


 そうして『慈しみ愛していたからこそ許せないこともあるのです』と言葉を締め括った。


「共感することは可能なんだろうけど……。それも、違うよね?」


 フォスターの悲しみと苦しみ。メリッサの悲しみと苦しみ。共感することは出来ても、その悲しみを真に理解することは誰にも出来ない。


「僕に出来ることは、メリッサさんとノームが魔に堕ちてしまわないように、天に還れるように覚醒を全力で阻止することだけ」

「ここまで堕ちても、まだ救えると思ってるの?」

「うん。まだ、覚醒はしてない。だから、ごめんね。(命を奪うこと。眠りに就かせること。どうか、僕を許さないで……)」


 ウィルは、決意を固めると龍刃連接剣を天へ突き出すように掲げた。


『僕の魔力を代償に隷属の鎖を焼き尽くせ!』


 龍刃連接剣の竜頭を象った柄。その中に埋め込まれた龍宝玉から魔力の弾を撃ち出すと、人化を解いた大精霊が姿を現し、その魔力の弾を喰らった。



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