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パチンと音を立てて、最後のピースが填まると青白い光を放ち、アーティファクトが解除される。
「やっと……終わった」
「ご苦労様でした。これで、全てのスキルを習得できましたね。使い方は、言わずとも分かるでしょう?」
「分かるけど……疲れたよ」
「そう言わずに、ちゃんと済ませましょうね」
マーシャルは、広げたままになっている地図を指差す。ソファに身を預けていたウィルは、諦めたように立ち上がると『転写』を発動させた。
一番目に置かれていたレイゼバルト王国の地図。その全体を一枚。そして、一定の区画に分け、覚えたてのスキルで脳内に地図を写し取っていく。テーブルに乗せられていた全ての地図を写し取ると、ウィルはソファに座り『情報集約』を発動させて、写し取った地図を纏めた。
『検索』は、地図を調べる時に使うスキルなのだろうと、ウィルは予想を立てる。しかし『裏情報』だけは、使い道が分からなかった。
「あのさ、裏情報って、何に使うの? 地図を管理するのに必要ないよね?」
「そうですねえ。地図では、必要ないスキルです。これは、対人、対国家の裏情報を管理する為に使用するスキルになります。普段、必要のない情報まで表に表示させると邪魔ですからね。裏情報で繋げておけば、必要な時だけ取り出せるでしょう?」
「それって、冒険者に必要なスキル? いらないよね?」
「依頼主の情報を収集しておく時に、役立てられると思いますよ。どんな人物でも大抵、表裏があるものです」
笑顔で答えるマーシャルに、ウィルは盛大に溜息を吐き出した。
「しばらくは、冒険者ギルドの依頼を受ける時間なんてないんだけど」
「確かに、その通りですね」
少なくとも、アレクサンドラとメリッサ嬢からの依頼、支援物資の運搬や壊れた結界装置の回収が済むまで、ウィルは特別依頼を続ける約束になっている。建物を建てるには、今の物資だけじゃ足りないことぐらいウィルにも分かっていた。
「今回、ウィルに行っていただくセルレキアでは、足りなくなった武器や防具、鉱石などを補充してもらいます。ルグレガンでは、材木と石材です」
「武器庫も燃えたの? あれ? 残ってたよね?」
「建物自体は無事ですが、特務師団の騎士達に武器、防具が破壊されしまったのですよ。修理が可能な武器、防具もあるのですが、鍛冶職人の話では時間が掛かるようです」
魔境から現れる魔物から、街を防衛するために必要な武器が足りない。それは、絶対に避けなければならない事態である。ただ、幸いなことに特務師団の謀反で、第二師団の騎士達は己の得意とする得物と装備は、外に持ち出していた。ノーザイト要塞砦防衛の要である第二師団だけは、無傷で済んだ。
しかし、だからと言って油断することは出来ない。非常事態が続いていることに変わりはない。マーシャルは、ウィルに説明を済ませると、明日の話に移す。
「明日は、セルレキアです。物資は、ノーザイト要塞砦騎士団セルレキア支部にありますので、そちらで受け取ってください。その後、破損した結界装置の探索へ向かってもらいます。案内は、セルレキア支部の騎士が行う予定です。宿泊も、セルレキア支部の官舎になります。明後日は、移動してルグレガンですね」
「ノーザイト要塞砦には、何時頃帰って来れるの?」
「予定通りだと、五日後ですが……何かありましたか?」
不思議そうな顔で問い掛けるマーシャルにウィルは頭を振って、隣で眠っていたフィーを抱き上げるとソファから立ち上がる。
「今日は帰るよ。アーティファクトと睨めっこしてたから疲れたし……」
「無理をさせてしまいましたか?」
「ううん。そんなんじゃないから平気だけど。ほら、もう夕方だしね。フィーも待ってることに疲れちゃったみたいだから」
ウィルは、第一師団の執務室から見える夕日へ視線を向ける。そうして、マーシャルに挨拶をすると執務室を退出した。
「思った以上に、時間が掛かっちゃったね」
「キュー」
腕の中にいるフィーに語り掛けながら、ウィルは階段を駆け降りていく。夕食時ということもあり、出会う騎士の数は少ない。
「明日、朝が早いって言われたけど……今夜も探しに行きたいんだ。フィーも、付き合ってくれる?」
「キュキュキュ!」
「ありがとう。じゃあ、一度家に帰ろうか」
フィーの返事を聞いて、ウィルは詰所の入口まで到着すると、門に立つ騎士に挨拶をした。
「失礼しました!」
それだけ言って、あっという間に姿が見えなくなってしまうウィルに騎士は苦笑する。門の前には送迎用の箱馬車が準備されているのだが、ウィルは箱馬車から逃げるように走り出すのだ。馭者の騎士も、ウィルの気持ちが分かるだけに、無理に乗せようとはしなかった。
ガルドリアから帰ってからの時間を、ウィルはノーザイト要塞砦の外で過ごしている。ラクロワ伯爵が代官を勤めるガルドリアから帰還する際、夜遅くになり、ガイから途中で宿泊することを進められても、ウィルは頑なに拒み続け早く帰ることを望んだ。
ウィルが、ノーザイト要塞砦に一刻も早く戻ろうとした理由。それは、前任のギルドマスターであり、前国王ベネディクトの娘であるメリッサを探し出すため。騎士団からの特別依頼も、確かに優先度は高い。だが、それよりもウィルにとって大切な依頼だ。時間が経てば、確実にメリッサの魔人化は進む。
特務師団の起こした謀反。その最中、オズワルド公爵邸とノーザイト要塞砦騎士団の詰所を守るように具現していたサットドール。いくらウィルの魔力をノームへ分け与えていたとしても、既に限界が近いノームとメリッサに、どれほどの魔力が残されているか考えると、じっとしていることなど出来なかった。
駆け足で家に戻り、フィーの食事を準備するとウィルは自室に入って、明日からの支度を済ませる。約束の時間に騎士団へ向かうことになれば、家へ帰って来る時間はない。必要な荷物の整理を済ませ、ウィルは再び食堂へと戻った。
「フィーが、ご飯を食べ終わったら出るよ」
『ウィル。ご飯、食べない?』
擬態を解いたフィーに問い掛けられて、ウィルは頷くと椅子に座る。
「今日は、お菓子をたくさん食べてるから平気」
『ホント?』
「うん。ほら、食べ終わったらごちそうさまでしょ?」
『ゴチソウサマデシタ!』
「はい。おそまつさまでした」
空っぽになったお鍋をフィーから受け取ると、ウィルは立ち上がって、水に浸けた。
「(……今夜、精霊に会えなければサラマンダーに訊いてみようかな?)」
ウィルが街の外で探しているのは、精霊である。『捜索』を使って探そうにも、ウィルはメリッサ本人と会ったことがない。探しようがないのだ。そうなると、ノームの居場所を探すしかないのだが、そちらも何故か『捜索』で見つけられないでいた。
他に取れる手段として、ノームを知っている精霊を探す方法をとっているのだが、この二日間は精霊自体と出会えていない。
「……まさか、魔境にいるとかは、ないよね?」
『マキョウ、危ない?』
「うん。……そうだね」
魔人に近くなっているメリッサ嬢にとって、身体的に楽になれる場所が魔境だ。しかし、瘴気に触れれば、魔人化は加速する。
「とりあえず、今夜までは外を探すよ。フィー、小さくなってくれる?」
鍋を洗い終わったウィルは、その鍋をウエストポーチへ収納して、小さくなったフィーを抱え、家の外へ足を向けた。扉の鍵を閉めて、ウィルが庭へ歩き出すと空から赤い光がフワリと舞い降りる。
『大精霊に頼まれた』
「……ありがとう」
口に紙の切れ端を加えた赤蜥蜴が、頭を上げウィルを見詰めた。その赤蜥蜴から、ウィルは紙の切れ端を受け取る。
『魔人覚醒まで時間は然程残されていない、急げ。そう、伝えろと承った』
「わかった。サラマンダーにありがとうと伝えて」
『伝える』
伝言を頼むとジュッと音を立てて、赤蜥蜴は姿を消した。ウィルは、受け取った紙の切れ端を見詰める。その紙は地図で、中央に赤く丸が付けられていた。
「どうして……」
それは、ウィルが初めてアルトディニアに降り立った場所から離れていない魔境奥地だった。