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グラティア 〜少年は平穏を望む〜  作者: 玄雅 幻
新たな依頼と果たすべき約束
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 大きな音を立てて、リゲルは扉を開く。そこには、気を失い倒れている使用人とカタカタと震えるエミリアだけが残されていた。


「ウィル!」


 リゲルの後を追い、駈け込んできたガイを目にすると、エミリアは尚更震え出した。


「い、いや! 近寄らないで!」

「……っ」

「来ないで、化け物! あっちへ行って!」

「ガイ、此処は任せて少年を探せっ!」

「分かりました……失礼します」

「いやゃぁぁっ! ロトっ。ロトはどこっ」


 エミリアの叫び声に、ガイは入ってきた扉から外に出ると、頭を振ってスキルを発動させウィルの居場所を探す。跳ね橋から少し離れた場所に見つかり、ホッと安堵の息を吐いた。


「ガイ義兄さん、大丈夫ですか?」


 母譲りの栗毛に茶色の瞳を持つ青年は、牢部屋から出て来たガイの前に立つと、心配そうに義兄の名を呼んだ。


「……ああ、俺は大丈夫だ。義母上を頼む」


 牢部屋の中では、錯乱したようにエミリアが喚いている。こうなると薬師を呼ぶしかないだろう。


「分かりました。今は、母上を鎮めることを優先させます。ガイ義兄さんは、客人を探す前に薬師を呼んでもらえますか?」

「ああ、わかった」

「……それから、先程の話ですが、確かに街や連峰の竜人族は私に従うでしょう。ですが、森の住民たちや龍の住処におられる方々は、私では認めてくれないと思います。私は、龍恵心も使えませんから」

「薬師を呼んでくる」


 とある話し合いを三人でしている最中に、龍恵心で紅龍がリゲルに話し掛けてきた。そうして、エミリアが犯そうとしている罪を知り、リゲルとガイは慌てて駆けつけた。どうやら、最大の過ちは犯さずに済んだが、それでも龍の住処に住む龍が見ていたかもしれないことを考えると恐ろしい。



 離れに住む薬師を呼びに向かい、自室に戻ったガイは私服から騎士服に着替え、置いていた数少ない私物を全てウエストポーチへと収納する。そうして、外へ出ると不寝番をしていた兵士に跳ね橋を降ろすように指示を出した。


「……やはり、此処へは帰って来るべきではなかった」


 跳ね橋が降ろされる様子を見ながら、ポツリと零す。今夜、城に戻ったのは理由があった。義母弟のロトにラクロワ家の後継の座を譲るために戻ってきたのだ。


「化け物、か⋯⋯」


 連峰の竜人族や義母に畏れられる存在が竜人族の長になれるはずがない。それよりも、穏やかで誰にでも好かれる義母弟が家督を継ぐほうが良いと、幾度もリゲルに申し入れた。


 しかし、その都度、当主であるリゲルはガイの申し出を頑なに拒否してきた。それは、ラクロワ伯爵家がオズワルド公爵から預かった領地に関係している。この領地には多種族が多く暮らしている。獣人族は好戦的で、ドワーフ族とエルフ族は排他的であった。そんな中、ガイは上手く関係を築けている。人族とも上手く関係を保てているというのが理由だ。


「(……たとえ、他種族と友好関係が築けようと、己が種族に恐怖されるようでは意味がない)」


 跳ね橋を渡り、森へと続く街道を進むと結界領域が張られたテントが見えてくる。辺りに魔物の気配はなく、その結界に触れようと手を伸ばせば、ガイの手はするりと内側へ入り込んだ。


「(……入れる、のか?)」


 そのまま結界領域へ足を踏み出せば、ガイの身体は難なく結界を通り抜け、内側へ入ることが出来た。


「(どうして……)」


 戸惑ってテントを見ていると、擬態を解いたフィーがテントの内側から顔を出す。


『ウィル、ねてる』

「そうか⋯⋯」

『ウィル、ご飯もらえなかった。ひどい』

「すまない⋯⋯」

『テント、はいる?』

「否。やめておく」

『ウィル、おこる? 約束、守れなかったの、ダメ?』

「否。……謝るのは俺の方だ。外は冷えるからテントの中に戻れ」


 フィーは、何か考えるようにしてガイを見ていたが、そのままテントへ頭を戻した。ガイは、その姿を見届けるとテント脇に座ってウエストポーチから果実酒を取り出す。


「(……朝まで、ここにいさせてもらうか)」


 跳ね橋の近くには、魔物が住む森がある。街道まで姿を見せないが、夜は偶に現れる。いくら職務上、一緒にいる必要があるといっても、人族であるウィルを城にいれる必要はなかった。


「(外でテントを使ったほうが、かえって安全に過ごせたのかもしれない)」


 苛立った気持ちを鎮めるために、そのまま果実酒の入った瓶を煽る。カサリと音がしたような気がして、ガイが後ろを振り向けばウィルの姿があった。


「そんな飲み方するから、二日酔いになるんだよ。テントに入って、グラスで飲みなよ」

「……ウィル」

「ほら、そんなとこに座ってたら風邪ひくよ」


 何もなかったように、腕を引いて立ち上がらせようとするウィルからガイは顔を逸らす。怪我も疲れも見られないウィルにホッとするが、苛立ちも湧いた。


「何故、そんなに平然としている? 何故、怒らない? 何故、文句を言わないっ!」


 怒鳴るように吐き出した言葉。ガイの耳にもウィルが息を呑む音が届く。それでも止められなかった。


「お前が弱るように龍力を使わせたのは、俺の義母上だ。ウィルも気付いているのだろう! 何故、俺を責めないっ!」


 静まり返る森の中で、ガイの怒鳴り声が響く。そうして、少し時間を置いてウィルが動いた。腕を掴んでいた手を離し、ガイと背中合わせになるように座る。


「……気がついたからだよ」

「何を――」

「ガイは、僕を城に連れて行くことが怖かったから、あんな言葉を言ったんだよね?」

「っ……」

「あのさ。僕もマーシャルと同じスキル持ちだから、嘘はわかるんだよ? まあ、スキルを使わなくても気づいたことだけどね。怖かった? 不安だった? どちらも気づいてたよ」


 ガイの身体がウィルの言葉を聞いてびくりと揺れる。図星だった。城に近付くにつれ、ガイは不安になっていた。


「跳ね橋の途中で、ガイのお母さんが人族嫌いだって話してくれたでしょ。その時、お母さんや城の人達が、僕に何かするんじゃないかと不安になってるのかなって。だから、僕なりに考えて、外にいた方がいいかとも考えたんだけど……」


 ウィルは言葉を区切ると、立場的に無理だよねと独り言のように呟いた。

 

「職務で一緒に行動してるのに、一人だけ外にいると変に思われるかもしれない。だから、出来るだけ大人しくしていようと思ったんだけど……」


 ガイは紅龍から龍恵心で伝えられたことを思い出す。ウィルは反論することもなく、エミリアの言葉に従っていると。ウィルは落ち着いているようだが、フィーが酷く取り乱していると。その理由が、街へ入る前にガイがウィルに告げた言葉だと気付いたのだ。


「身体は……」

「まだ怠いけど、少し眠ったから平気。それに、前のように龍力で生命力を消費しない身体になってるから、多少のことなら大丈夫」

「……そうか」

「ガイ、ごめんね」


 いきなり謝罪をするウィルに、ガイが何故と問い掛ければ、魔法を使ったからと返ってくる。


「きっと、怖がらせた……。ガイのお母さんに怪我をさせるわけにいかないから、龍力を使ったんだ。だから、きっと怖かったはずだよ」


 フォスターの創った従魔の証。それに掛けられていた盗難防止の魔法。鎖を引き千切ろうとしたことで発動したフォスターの魔法は、直撃をくらえば命の保証出来なかったとウィルはガイに伝えた。


「それは……してはならぬことをしたのは義母上だ。確かに、竜人族は人族を許していない。だが、いくら許していないとしても、人族を殺めていいはずがない」

「まあ……確かにね。だけど、止められない感情って、誰の中にもあると思うんだ。僕はハロルドの身勝手な思いで、櫻龍と白竜を失った。処刑になるって分かっていても、だからなんだと思う気持ちがある。殺したらいけないって分かってるけど、ハロルドの姿を見てしまったら、きっと僕は僕を止められない。きっと、それと同じなんじゃないかな?」

「…………」

「なんとなく……本当になんとなくだけど、フォスターが人族を許せないって言ってた気持ちが分かるようになったんだ。頭では理解できるてるんだ。だけど……心が、それを認めない。心が追いついてこない」

「ウィル……」

「えーと。話が逸れちゃったけど、僕はガイのお母さんを責めるつもりはないよ。それだけ」


 ガイの背中からウィルのぬくもりが離れると、代わりに毛布が置かれる。


「一人が良いって言うなら、使って。テントも好きな時に入って構わないから、テーブルにグラス置いとくね」


 それだけ言うと、ウィルはテントへ帰っていく。ガイは、手にしていた果実酒を流し込むように飲むと、そのまま横になった。








 日が昇る時間、ウィルはリゲル・ラクトワの訪問を受けていた。


「昨晩は、私の妻が済まなかった」

「はい。謝罪を受け取ります」

「……ありがとう。後、これを渡しておく」


 疲れ切った顔で現れたリゲルを、ウィルは紅茶でもてなす。テーブルに置かれたのは、龍の涙だった。ウィルが死ぬと言ってフィーが泣いた時の物だ。ウィルは、それを手に取るとウエストポーチへ仕舞う。


 早朝、ウィルがテントから出るとガイの姿は消えていた。リゲルにガイの行先を訊ねると龍の住処にいると答えて、支援物資の書類をテーブルに置く。


「手紙と一緒に私の執務室に置かれていた」


 支援物資はテントまで運ばせると話し、リゲルは小さく息を漏らす。


「少し、昔話に付き合ってくれんか」


 そうして切り出された話は、ガイとエミリアの関係に亀裂が入った出来事。そして、ガイと連峰の竜人族との確執についてだった。


「ガイの母親であるアデルは、竜人族として能力の高い女性だった。だが、アデルは二十五歳になっても村では相手が見つからず、私の妻になったのだよ」


 強すぎる能力は畏怖の対象となる。アデルもその能力の高さ故、畏怖され、龍王を守る巫女とされた。早婚である竜人族の中で、ただ一人未婚のまま二十歳を過ぎていた。

 リゲルも竜人族として能力は高い。それは、龍王を守る一族としての能力があるからだ。龍の住処で顔を合わせることが多かったリゲルとアデルは自然と恋仲になった。そうして、夫婦となり子を授かった。


「……龍王を守る巫女としての能力だったのだろう。アデルは、お腹にいる子は先祖返りで私達より強い能力を持つことになると言っていた」


 そうして、アデルは自分の命と引き換えにして、男児を生んだ。


「今の妻エミリアは、そのアデルの妹なのだ。アデルが出産で亡くなり、ガイの母親代わりとして城に留まってくれた」

「…………」


 喪が明けて一年後、エミリアは正式に後妻としてラクロワ家に嫁いできた。そのエミリアが、精神に病を持ったのは、今から十五年も前の話になる。ガイが十歳になる直前の出来事だった。


「ガイの成長に合わせるように、魔力も増えていく。最初はエミリアもアデルの忘れ形見であるガイの成長を喜んでいた。ところが、十歳を過ぎたあたりから、ガイの魔力は自然と龍力へ変化し始めた」

「…………」

「ラクロワ家の歴代当主の中には、ガイと同じように龍力を扱う者も存在していた。しかし、それは遠い過去の話だ。連峰に住む薬師も、アデルと同じように先祖返りだろうと話し、エミリアも納得していた。しかし、ガイの身体を覆う鱗が増え始めると徐々にエミリアの怖がり方は酷くなったのだ」


 そして、事故が起きた。五歳違いの義母弟ロトとリゲル、ガイの三人で鍛錬中にガイの龍力抑制装置がロトの放った一撃により破壊され、ガイの龍力が暴走した。

 正面にいたロトが暴走した龍力で弾き飛ばされ、大怪我を負ったのだ。


「化け物! 化け物よっ! ロトが死んだら許さないっ! 貴方が生まれたから、姉さんは死んだのよ! 貴方なんて生まれなければよかったのよっ!」






 そこまで話すと、リゲルは紅茶を飲み、吐息を吐いた。執務室に置かれていた手紙には、廃嫡してほしいという願いと騎士団を辞した後は、生涯の友と一緒にウィルといるつもりであることが書かれてあった。だからこそ、リゲルはウィルに全てを伝えようと思ったのだ。



「大怪我を負ったロトは五日ほど生死を彷徨ったが、今は元気に暮らしておる。だが、その出来事でエミリアは心を病んでしまった。ガイを見ると怯えるようになってな」


 同じ城にいるというだけで、恐怖の対象となってしまったガイは、義母弟が止めるのも聞かず逃げるように騎士訓練学校へ入学した。そうして、ラクロワ伯爵家の嫡男だというのに騎士になったのだ。


「アデルがそうであったように、ガイも連峰の村人から畏怖されている」


 幼い頃からの婚約者も、ガイの龍力が暴走したことを知って婚約が破棄されることを望んだ。エミリアの病の所為で城に居場所はなく、婚約破棄に応じたガイは連峰にある村の居場所も失くした。その孤独を埋めるように、ガイはノーザイト要塞砦騎士団の仕事に励むようになり、自然と城へも帰って来なくなったのだと。


「昨晩、久々に帰ってきたガイは、私とガイの義母弟であるロトを呼び出して、後継問題の話を始めた。後継の座はロトに譲ると言ってな……」

「…………」

「恐らく……ガイは、もう二度と城に帰るつもりはない。少ない私物も全て片付けられていた」


 何も語らずリゲルの話を聞いていたウィルに、恐らく仕事に戻るだろうが、どうか何も言わず見守っていてやってほしい。それだけ伝えるとリゲルはテントを出て行った。


 リゲルと入れ替わるようにやってきた兵士たちから荷車に積まれた荷物を受け取り、責任者に署名を貰うとウィルはテントをウエストポーチへ収納する。そして、街道の奥へ視線を向けた。


「ねえ。……僕が聞いていい話だったの?」


 ウィルが振り返ると、そこにはガイの姿がある。龍の住処に向かったならば、恐らくウィルがラクロワ伯爵から話を聞かされていることを緑龍や紅龍から耳にすると考えて訊ねだのだ。


「ウィルが己を化け物というならば、俺も同じということだ」

「ガイ……」

「それに、俺と義母上の確執はハワードやマーシャルも知っている」


 クスリと笑いウィルに歩き出したガイの顔は、いつもと変わらない。しかし、城に来る前と比べて明るくなっていた。


「帰りは、廃村をまわるのだ。忙しいぞ」

「……うん。わかったよ」


 背後にある城を一見して、ガイとウィルは職務を果たすべく駆け出した。


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