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グラティア 〜少年は平穏を望む〜  作者: 玄雅 幻
新たな依頼と果たすべき約束
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 ウィルは、アレクサンドラの執務室でガイと合流後、早速ラクロワ伯爵が代官を務める領地ガルドリアへ向けて出発していた。ハワードの提案通り、ガイがウィルを背負って運ぶという話になったが「同じ術が使える」というウィルの一言で却下され、二人で駆けることになったのである。






「じゃあ、これに署名をお願いします」

「おう。ここでいいんだな」

「ありがとうございます」


 ドワーフの村に到着したウィルとガイは、支援品の回収を行なう。ドワーフたちは、物珍しそうにウィルを……ウィルの持つ装備品を見ていた。


「いやあ、フォスター神の新作を見られるとは長生きするもんだ」

「この頃は、めっきり見ることもなかったからなあ」

「いい目の保養になったわい」


 ドワーフ族の会話も、もう三度目ともなると流石に驚くことはない。ウィルは、笑顔で彼らの言葉を聞いている。


「武器も見せてもらえんか?」

「悪いが時間がない。また今度、連れてくる」

「そうか。じゃあ待っとるよ」

「ああ。すまない」


 これも、三度目だ。ガイがラクロワ伯爵家の息子と知っているドワーフたちは、無理強いすることもなく快諾する。そうして、再び訪れる約束をして次の村へとウィルとガイは駆け出した。






 ラクロワ伯爵が預るガルドリアで収集する支援物資がある村は、全部で八か所。ウィルは、ガイから最後はガルドリアの街でラクロワ伯爵家の城があると聞かされている。駆け回るのは、この村で最後ということらしい。


 今までは農村のようだった村々が、ここだけは険しい山を登っていかなければならない。岩を飛び移るようにして登った先に会ったのは、狼の獣人達が暮らす村だった。


「ガイ殿のことは信じられるが、その冒険者、本当に信頼できるのか?」

「信頼出来るから連れて来ているのだ」

「だがなぁ……」


 村長のアシルは、なめし皮を準備してガイ達の訪れを待っていた。しかし、村に来たのはノーザイト要塞砦騎士団の騎士ではなく、代官の息子で第二師団長のガイ・ラクロワと見たことのない一人の冒険者である。オズワルド公爵領で名の売れた冒険者であれば、また対応も違ったのだろうが、アシルは難しい顔をしてウィルを見ている。


「どうすれば、信用してもらえますか?」


 ウィルは困り顔のガイを見て、アシルに訊ねた。ウィル自身、まだ駆け出しの冒険者で簡単に信頼してもらえないことは理解していたからだ。


「そうだな。ウィルといったか」

「はい」

「この村の戦士ガゼルと体術で戦ってもらおう。その者に勝つことが出来たら、物資を引き渡す」

「なっ。そこまでする必要はない!」

「分かりました。それで、構いません」


 アシルが条件を出すとウィルよりガイが反論する。だが、ウィルは何でもないことのように了承した。アシルは準備をさせると言って奥へ戻っていく。


「ウィル!」

「どうしたの?」

「どうもこうもない! 何を考えているのだ!?」


 戦う意思を見せるウィルを掴まえ、ガイは頭を横に振る。獣人のもっとも得意とする体術で戦うことになれば、いくらウィルが強くとも勝てるわけがない。ガイにそう伝えられて、ウィルは笑った。


「うん。勝てないかもしれないけれど、別にそれでいいんじゃない? 戦うとは言ったけど、殺し合いじゃないでしょ?」


 ようするに、信用できる相手かどうかを試すだけだろうとウィルが言えば、ガイは溜息を吐き出す。


「それでも、その分遅くなる」

「そんなにかからないと思うけど」

「ウィル。ここの村は騎士に……」


 物資を運ばせると言いかけたガイの前に、再びアシルが現れると準備が整ったと告げた。ウィルはアシルに頷き、フィーと共にその後を追う。


「勝負は一回。相手を地に伏せた方の勝ちだ。急所への攻撃、武器の使用は認めない」


 アシルがウィルを連れて来た広場には、村人が集まり戦士ガゼルが中央で待っていた。


「俺がガゼルだ」

「ウィリアムです。ウィルと呼んでください。よろしくお願いします」

「……その、随分と幼いな」

「よく言われます。これでも十五歳です」


 ウィルが挨拶をすると、ガゼルは困り顔でガイを見る。ここまでくると、流石にガイもウィルを止めることは出来ない。


「これとフィーを預ってね」

「キュキュ!」

「フィーは、駄目だよ? 僕だけ」

「ギュィー……」

「戦闘訓練は、また今度ね」

「キュキュキュ!」


 ウィルとフィーの会話に、周囲は首を傾げている。確かに聞く限り、何を会話しているのか分からない。ウィルがガントレットとオーバーウェアをガイに預け、その他の装備も外してガイに手渡している様子を見て、アシルが声をかけた。


「全て外すのか?」

「外した方がいいです。着ている僕が言うのもおかしいですけど、何が仕込まれてるか分からない装備なので」

「そうなのか? ちなみに、その武器は全部扱えるのか?」

「え? あ、使えます。使い慣れると結構便利なんですよ」


 ニコニコと笑顔で答えるウィルから、アシルはガイの手元へ視線を向ける。ガイが手に持っている、ウィルのオーバーウェアの内側には投げナイフが大量に仕込まれ、外した防具にしても、何かしらの暗器が取り付けられていた。


「……ガイ殿。俺は、間違えたのか?」

「だから、止めただろう」

「だが、見知らぬ者だ。村人が納得しない」


 全ての装備を外し、身軽になったウィルは中央に戻り準備体操をしている。楽しげに身体を動かすウィルに周囲の方が若干引いていた。


「いつでもいいです」

「……君を地に伏せさせるのは大変そうだ」


 ガゼルは困ったような顔でウィルを見ていた。体格的にも違いが大きい。ウィルはガゼルの半分ほどしかない。


「では、行くぞ!」

「よろしくお願いします」


 ガゼルの言葉で開始された戦いは、圧倒的にガゼルの有利に思えた。しかし――。戦闘が始まった瞬間、ウィルの纏う空気が変わる。


「……クッ! まだまだぁっ!」

「わっ!」


 ガゼルに蹴りをいれたウィルの脚を、ガゼルは腕で受けとめ、その足を掴もうと腕を伸ばすが、それに気づいたウィルが先に距離を取って、そのまま宙返りをする。そうして、ガゼルから充分に距離を取ると、今度は勢いよく駆け出しガゼルの懐に飛び込んで拳を叩きこもうとする。その拳を、ガゼルは手で受け止めると、そのまま跳躍してウィルから距離を置く。軽快に中央広場を駆け回るウィルに、もう三十分以上ガゼルは翻弄されていた。ガゼルもウィルに蹴り技は当てられる。だが、当てた瞬間、その勢いを殺すように縦横無尽に地面を蹴り逃げられる。そして、ウィルを掴もうとすると一瞬先に逃ウィルの方が掴みに来た。


「ちぃっ!」

「っ! させないよっ!」


 やっと捕らえたウィルを投げようとすれば、逆に足払いを掛けられそうになり、慌ててウィルから離れる。


「おまえ、本当に人族か! 強過ぎんだよ!」

「うーん、たぶん人族。って、あ……しまった。ストップ!」

「っ!」


 いきなり、動きを止めたウィルにガゼルは前に突き出そうとしていた拳を止めた。するとウィルは両手を顔の前で合わせていきなり頭を下げた。


「ごめんなさい! 僕の負けです!」

「……は?」


 村人達も、アシルもウィルの行動を見て呆気に取られている。その行動の理由に気づいたのはガイだけだった。そのガイの元にウィルは駆け出す。


「どうしよう? どうやったら肉体強化術って外せるんだろう?」

「はぁ……俺に聞くな」


 困った顔で訊ねるウィルに、ガイは盛大に溜息を吐き出して見せる。そして、しょんぼりと項垂れる頭に拳骨を振るった。


「痛いっ!」

「大体、俺達は任務で来ている。誰が遊べと言った?」

「あ、遊んでたわけじゃ……」

「この村は騎士に任せ、俺達は次に向かうだけで済む話だった」

「はい……ごめんなさい」


 殴られた頭を押さえて動かなくなったウィルを見て、アシルが手を伸ばす。


「ガイ殿。それは、私が提案したことだ。この冒険者が悪い訳じゃない」

「それでも、俺達は職務で村を訪れている。ノーザイト要塞砦への帰還が遅れれば、そのだけ周りに迷惑をかけることに違いはない」

「分かった。この冒険者の勇姿を認めて物資を預けよう。その代わりこの冒険者を許してやってくれ」


 アシルは、村人になめし皮を持って来させるために合図を送ると、屈み込みウィルと視線を合わせた。


「少年、ウィルだったか」

「……はい」

「戦士ガゼルに対し、よく戦った」

「でも、僕、ズルしました」

「肉体強化は、誰しも使う。ガゼルも使っていた」


 驚いたようにウィルが顔を上げると、アシルの隣に来ていたガゼルが頷いて見せた。


「ウィル。君は勇猛な戦士だ。俺も認めよう」

「ガゼルさん」

「俺は、この村で一番強い。その俺と対等に戦えたのだ。誇るがいい」

「……ありがとうございます」


 村人の誰もがウィルを褒め称えるが、ウィルは落ち込んだままである。外していた装具を着け、運ばれてきたなめし皮をアシルとガイで確認作業を済ませても、元気になることはなかった。


「いい加減、許してやったらどうだ? ウィルは反省している」

「……」


 原因となっているガイにアシルは問いかけるが、無言で出発準備を続けている。


「この書類に署名をお願いします」


 ウエストポーチへなめし皮を収納したウィルが、二人の元へやってきて書類を手渡す。その書類へ記名してアシルはガイへと視線を向けた。


「次の村はどこだ? 遅くなったと言うなら、そこまで村の者に送らせる。それで多少の遅れは取り戻せるだろう?」

「送る必要はない。城へ向かうぞ、ウィル」

「……はい。ありがとうございました」


 書類を受け取り、頭を下げるウィルに、アシルは城と聞いて何とも言えない顔を見せる。そんなアシルにウィルは頭を下げるとガイの後を追った。



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