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アレクサンドラは、三人の話を見届けると、向かい側に座るウィルを見据えて口を開いた。
「話は変わるが、ウィルは街に張られた結界装置を知っているか?」
その問いかけにウィルは首をかしげ、そして頭を横へ振った。アレクサンドラは、窓から見える塔をウィルに示すと、その塔に結界装置があることを説明する。ノーザイト要塞砦は、街というより都市だ。その為、結界装置も大きな物となる。ただ、村や街にある結界装置は、それほど大きな物ではない。
「魔物の襲撃を受けて壊されてしまった結界装置が、オズワルド公爵領には複数ある。壊れたまま残されている結界装置は、ノーザイト要塞砦にいる錬金術師たちが修復出来なかった物だ」
魔境から湧き出てくる魔物は、村や街を襲う。しかし、魔物だけでなく、盗賊も襲ってくる。結界装置は、そういう魔物や盗賊から民を守るために張られているのだ。
オズワルド公爵領にも、多数の錬金術師が住んでいる。王国錬金研究所の錬金術師たちもいる。それは、魔境でしか取れない貴重な資源を欲しているためだった。
「オズワルド公爵領に自らの意思で住む錬金術師たちは、進んで修復依頼を受けてくれるのですよ。ですが、どうしても修理が出来ない結界装置もあるのが実状です」
そうウィルに説明したのは、マーシャルだった。
「壊されて……。その街や村に住んでる人は、どうしてるの?」
「街や村で冒険者を雇ったり、騎士団から騎士を派遣していますが、正直言って人手が足りていない所が多いですね。村を捨てるしかない場合もあります」
実際に、年寄りが多い村などは、村を守るだけの余力がなく、村を捨てるしかないと判断して、余所の村へ移住する。受け入れる村や街にしても、余力があるかと問われれば微妙な場所が数多くあった。それでも、お互い支え合って暮らしているのが現状だ。
「大変なんだね」
「勿論、移住を受け入れた村や街は税率を引き下げ、移住した者達へは、ちゃんと生活できるように貴族で支援を行ないます。それでも、生まれ育った場所から移住するというのは、辛いものがあるでしょうね」
「そうだな。大切な家族を失い、生まれ育った故郷を捨てる民の心中は計り知れないと、父上も心を痛めておられる。そのためにも、この領地を守る貴族もノーザイト要塞砦騎士団も強くあらねばならぬと、常々おっしゃられている」
強い眼差しを向けられて、ウィルは言葉に詰まる。それだけ、アレクサンドラの想いが強い証拠なのだろう。
「そこでだ。そのような場所に赴き、結界装置の修復が可能かウィルに確認してもらいたい」
修復が可能で、その村や街に帰りたいと望む者達が居るならば、その地で修復をする。戻るつもりがなければ、予備として持ち帰り修復を行う。そうすれば、結界装置の予備が出来る。襲撃を受けたとしても、予備があれば対応も変わってくるのだとアレクサンドラは語った。しかし、ウィルは支援物資の運搬依頼も受けている。
「物資輸送は、どうするの?」
「そちらも同時に頼みたい」
「そうですね。ラクロワ領はガイが同行しますし、壊された結界装置がある村や街の出身の騎士を護衛として着ければ可能でしょうが……」
結果として、とりあえず結界装置は全てウィルが持ち帰ることで話は落ち着いた。放置された村や街を復興するということは、一大事業にもなり得るからだ。そうなると、オズワルド公爵領の貴族議会を通す案件となる。ノーザイト要塞砦騎士団だけで判断することは出来ない。
可能か不可能か、その判断と必要な材料をウィルから詳しく教えてもらう。出来ることならば、錬金術師たちに修復過程を教えてもらいたいところだが、そこまでウィルに頼ることは難しいだろうかというマーシャルの問い掛けにウィルは首を傾げた。
「難しいって、どういうこと?」
「錬金術師は、自分が発明した術や道具の作り方を容易く他の者には教えないと聞いたことがあります。オズワルド公爵領の錬金術師たちも、自分の発明した物に関しては、公開していません」
「もしかして、それで権利とか発生する仕組み?」
「ええ、その通りです。現在、王国錬金研究所所長を務めているジョナサン・トマ……オーウェンの兄ですが、錬金術師の中でも特に多くのマジックアイテムを作り出し、その権利を持っています。なので、発言権も強いですね」
つまり、地球でいうところの『特許』に当たるのだろうかとウィルは考えながら話を聞く。ビアンカも迷宮品のマジックアイテムに関しては権利が発生しないため、研究対象として認められていると話した。
昔から使われているマジックアイテムは、権利が発生することもなく作ることも自由。しかし、新しく発明されたマジックアイテムは勝手に作ることは違法になり、使うためには制作者の承認と使用料が発生する。ただし、それは人族のみ発生するもので、エルフ族やドワーフ族には発生しない。
「理屈としては、分かるけど……。でも、他種族が作ったマジックアイテムに関しては権利が発生しないって……なんか、凄くモヤモヤするんだけど。それって、どう考えても差別だよね?」
「これでも、以前より良くなったのですよ。ジョナサン・トマが頑張って、権利は発生しないが勝手に作ることは違法というところまで持って来たのです。以前は、他種族が新しく生み出したマジックアイテムを入手しては、補助金を投入して錬金術師たちに研究させていましたから。ただ……」
いくら研究しても他種族が作り出すマジックアイテムが複雑な造りであったり、材料が解明できなかったりで、一年も経たない内に打ち切られたのだとマーシャルは話す。
「私が言い出したことですが、諦めた方がいいでしょうね。今は、王国錬金研究所の方も居ますから」
「そうね。私も同意見。あいつ等、錬金術師と言ってるけど、要は王都の貴族が送ってる諜報員でしょ」
「えっ? 王国の錬金術師って、そんなことまでするの?」
ウィルが驚きの声をあげると、その場にいた他の者達は微妙な顔になる。
「普通はしないわよ」
ビアンカが溜息を吐き出し、レイゼバルト王国は、三つの派閥に別れていると話し出す。
「オズワルド公爵様は、反人族至上主義で反貴族至上主義の筆頭と他所の貴族からは言われるわ。国王様は王妃様のお陰で何とか中立……。王都周辺は人族至上主義、貴族至上主義がほとんどよ」
「恐らくマンスフィールド公爵家も反人族至上主義でしょう。アッカーソン公爵家が人族至上主義、貴族至上主義を唱えていますが、三大公爵家の内、二家が反対派ですからね」
「今まではセドリック兄上が王都に居たことで、王都の貴族達に対する抑止力となっていたが……。頭の痛い話だ」
其々が話し終えると、タイミングよくノッカーが鳴り、ハワードが入室してくる。
「随分と暗い顔をしてるが、何の話をしていたんだ?」
マーシャルがハワードの問い掛けに答えて説明をすると、ハワードはニヤリと笑い、手に持っていた書類をテーブルへ置いた。
「王都へ潜らせていた部下からの報告だ。エドワードが動いた」
「エドワード王太子殿下ですか」
「ああ。王都騎士団がエドワード王太子殿下の指揮の元、アッカーソン公爵邸の捜索に向かったそうだ」
書類を手に取ったマーシャルは視線を書類へと落とす。そこには、奴隷の焼印が焼印が刻まれたエルフ族と獣人達が多数発見されたこと。アッカーソン公爵邸を巣窟として奴隷の密売が行われていた証拠が発見された事。多くの貴族が捕縛されることになったことがエドワードの直筆で書かれていた。
「どうやって、エドワードと接触したのですか?」
「王都に潜らせていた騎士が、オーウェンと接触することが出来た。それで、オーウェンからエドワードに話が回ってな」
「え? オーウェン? エドワード様と一緒にいるの?」
オーウェンと聞いて、ウィルが顔を上げる。特務師団の謀反が起こった日。ウィルは、オーウェンと家で別れた後、オーウェンに会うことが出来なかった。実際には、第一師団の屋内訓練場へオーウェンも来ていたのだが、顔を合わせることが出来ずに別れた。そうして、再びオズワルド公爵領に戻ったウィルは、まだ街中にある家に帰れていない。
「すみません。先にオーウェンのことを話すべきでしたね。現在、オーウェン・トマはエドワード王太子殿下の側近として護衛騎士として勤めています。オーウェン以外にも、三名ほどオズワルド公爵領を離れて、エドワード王太子殿下の側近として王都に滞在しているのですよ」
マーシャルは全てが終わった後、魔境から一人だけ帰って来なかったウィルについて、オーウェンに食ってかかられた。いや、ウィルの存在を知る他の騎士も同様だった。
第一師団、第二師団、第三師団、そして屋内訓練場でウィルの姿を見ていた第五師団の騎士までもが、ウィルを探しに行くと言い出したのだ。それだけ、ウィルの存在はノーザイト要塞砦騎士団では大きくなっていたということだろう。
ウィルの事情を話す訳にいかなかったため、戦いで傷付いたウィルは、保護者であった者が戦いの終わった場に迎えにきて連れ帰ったのだと、オーウェンと騎士には説明してある。
「エドワード王太子殿下から無理強いすることはしない。断られたら諦めるというという条件で、オーウェンを含め、数人の騎士と警備隊隊員と交渉させて欲しいという申し出がありました」
エドワード王太子遊学に関して、デメトリア王妃と次期領主セドリックで密約が交わされていたのである。デメトリア王妃は、アッカーソン公爵家に不穏な動きがあることを知り、次期領主であるセドリックを王宮へ呼び出し、エドワード王太子に信用できる側近をと望んだ。マンスフィールド公爵領からも四人が選ばれ、エドワード王太子の側近として動いている。
セドリックはエドワード王太子に自分が選ぶ人選で良いのか、それともエドワード王太子本人が選びにオズワルド公爵領へ赴くか選択を迫った。そうして、エドワード王太子は遊学という形で自らの手で側近となる者を選ぶ選択をしたらしいとマーシャルは説明をする。
マーシャル自身も、エドワード王太子の本来の目的を知らされたのは、エドワード王太子と王都帰還の交渉をした折だ。
「アッカーソン公爵家は、人族至上主義、貴族至上主義の筆頭ですからね。カーラ嬢は、アッカーソン公爵家からリーガル家当主へ間諜役としてエドワード王太子殿下につけるよう命令されていたようです」
カーラ嬢の父親もアッカーソン公爵も、カーラがエドワード王太子やアレクサンドラに対し敬慕の念を抱くようになるとは考えもしていなかったのだろう。どうでもいい情報ばかりを送り、大事な情報はリーガル子爵の元へは送られた様子がなかったのだから。そういう点を考慮すれば、カーラは貴族至上主義を脱することが出来る可能性があったのだ。
「オーウェンについては、彼の兄であるジョナサン・トマも関係してくるのでしょう。あちらも派閥があるそうですから」
「お兄さんも他の錬金術師と対立してるってこと?」
ウィルの問い掛けにマーシャルは大きく頷く。現在、王国錬金研究所も王国魔法研究所もトップに立っている者は、反人族至上主義者である。お互いに結束して動いているものの、王都では敵が多すぎて動きが取れないでいる。特に権利が発生する錬金術については、人族至上主義者の反発が大きいとのだと、マーシャルはウィルに説明をした。
「ウィル、エドワードは戦うことを決めた。『たとえ我が道が血濡れた道になろうと決して違たがえはしない』と語っていた。本気で、戦うことを決めたらしい」
「それって。……もしかしなくても、エドワード様が内戦をおこすってこと?」
「いいえ。内戦をするまでもありません。三大公爵家の内、オズワルド公爵家は反人族至上主義。公に明言していませんがマンスフィールド公爵家も反人族至上主義です。戦力で言っても、人族至上主義を掲げている貴族では、オズワルド公爵領やマンスフィールド公爵領の者に勝てませんからね。たとえ他国が干渉してきても、彼らが勝つことはないと言い切れます」
第三王女の嫁ぎ先であるデファイラント公国が干渉してくることは、可能性としては低い。もし、デファイラント公国が動けば、その隣国であるユニシロム独立迷宮都市も動く。人族至上主義を大義名分に内戦を起こせば、尚の事だ。
「ただ、アッカーソン公爵家と捕縛された貴族の今後で大体の者が動きを決めます。恐らく中立派が増えるでしょうね」
「どういうこと?」
「私が、エドワード王太子殿下の立場であれば、アッカーソン公爵家は、一族諸共奪爵。領主であるエイハブ・アッカーソンは公開斬首刑。他の貴族も見せしめとして斬首刑ですね。勿論、そちらも一族諸共奪爵です」
「奪爵って、爵位を取り上げるってことだよね? そんなことが出来るの?」
「出来るか、出来ないかと問われれば、出来る。明らかにされた罪が多い」
「そうですね。これだけの犯罪を犯していれば、たとえ公爵家といえども擁護する者は出ないでしょう」
エドワード王太子がアッカーソン公爵家の捜索にあたり張った天幕には、人の出入りがないにもかかわらず、アッカーソン公爵家一族が行っていた脱税、奴隷売買の密約書、届け出の無い鉱山の書類、薬物の違法販売、傭兵団との違法契約など、他にも彼らが公に出来ない大量の書類が何時の間にか山積みにされて置かれていたという。
ただ、その日は晴天に恵まれたはずなのに、非常に風が強かったらしい。天幕の入口に張られた布が、バタバタと忙しなかったのだとか。
「なるほど⋯⋯。これが、ハワードの話していた怒りの矛先か」
「でしょうね。他にも禁制品の薬物が多数並べられ、オーウェン達も驚いていたようですが」
「精霊の怒りとは……恐ろしいな」
「そうですねえ。ですが、その怒りのお陰で今回は素早く動くことが出来たのですから、善しとしましょうか。ただ、彼等を敵に回すようなことはしないでおきましょう」
アレクサンドラとハワード、マーシャルの意味の分からない言葉にウィルとビアンカは首を傾げるのだった。
アレクサンドラ、ハワード、マーシャルが話していた『怒りの矛先』というお話は、60話で出て来た精霊たちの話です。風の精霊たちは、虎視眈々と同族を苦しめた者達へ報復する機会を狙っていました。