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ウィルとフィー、マーシャルとビアンカは、旧魔法訓練所からアレクサンドラの執務室に移動していた。マーシャルは、結界装置が再稼働した報告。ビアンカは、旧魔法訓練所で制作した支払用紙の提出後、店に戻らなければならない。ウィルとフィーは、ガイとの待ち合わせ場所がアレクサンドラの執務室だった。
アレクサンドラは執務中で手が離せず、先にマーシャルの方でウィルに対する支払いを行なうことになったのだが……。
「あのねえっ! 水銀にオリハルコン、おまけにアダマンタイトって……馬鹿でしょ! 大馬鹿よっ。なんで、そんな勿体ない使い方するのよ!」
「で、でも、あの場所が使えるようになれば――」
「確かに、水銀は手に入るわよ! でもね、オリハルコンやアダマンタイトは簡単に手に入るような物じゃないの! そんな物を何で、そんな簡単に使っちゃうのよ!」
結界装置の修復に使った材料の話になった途端、ビアンカが怒り出したのだ。力説するように訴えるビアンカに、ウィルの膝に乗っていたフィーは驚き、目をギュッと閉じて首を縮めている。
「そんなに大きな声出さなくても……」
「大きくもなるわよっ! だって、オリハルコンよ! アダマンタイトなのよ!」
なぐさめるようにフィーの頭を撫でながら反論するウィルに、尚もビアンカはがなる。しかし、フォスターがウィルに与えた知識では、レイゼバルト王国でもオリハルコンが採掘されている。確かにアダマンタイトは、隣国の方が採掘量は多いだろうが、全く採掘されていないわけではない。そこまで声を荒げる理由が分からなかった。
「オリハルコンやアダマンタイトって、レイゼバルト王国でも採掘されてるよね? それなのに、そんなに貴重なの?」
「そうですね。国内のオリハルコンは、その殆どを王国自体で独占していますから、そもそも市場に出て――」
「そんなの微々たる量よ! アダマンタイトに至っては全く出て来ないわよ!」
ウィルがマーシャルに問い掛ければ、食い込むようにビアンカが言葉を発する。所謂、商人魂というものなのだろうが、ウィルはビアンカの食い付き具合に引いていた。
「ああ、勿体ない。売れば、がっぽり稼げるのに……」
「ビアンカ嬢から見ると勿体ないのでしょうが、騎士団としては有難いと思っていますよ。これで、仮眠スペースや作業が出来る場所も増えましたからね」
崩れ落ちるビアンカに苦笑しつつ、マーシャルがウィルに伝えると自分の判断は間違えていなかったのだとホッとした顔を見せる。
「ですが、良かったのですか?」
「使ったと言っても、少しだけだし」
「じゃあ、残ってる分を私に売って!」
「嫌」
ウィルが使った材料は、龍の住処で山積みにされていたプレゼントの中にあった品物である。使う分には良いとウィルも考えているが、売ることは考えていない。
ビアンカは、ウィルの言葉に再び崩れ落ちていたが、それでも書類を作る手は止まっていない。カリカリと無機質な音を立てていたが、それも少しの間だった。
「はい、これ……全部で、この金額よ。結界装置の修理代に関しては、騎士団が錬金術師に支払う金額を換算してちょうだい。私、そっちは分からないわ」
「そうですね。それでは、書類を預かりましょうか」
「はい、どうぞ」
マーシャルは、ビアンカから預かった書類を手に取るとアレクサンドラの執務室から退室する。どうやら、ウィルへの支払額が決まったらしい。
「はあ……オリハルコン……アダマンタイト……」
「駄目」
「ケチ」
じぃっとウィルを見詰めながらビアンカがつぶやくと、ウィルは頭を撫でていたフィーへ視線を落とす。頭を撫でられ、気持ちよさそうに目を細めているフィーを見て、ウィルは癒される。
アレクサンドラの執務も、ようやくひと段落ついたのか呼び鈴を鳴らし、部下を呼び出して書類を手渡していく。その部下が立ち去るとアレクサンドラは立ち上がり、ビアンカの真向いに腰掛けるとニヤリと笑った。
「諦めることだ。ウィルは、意思を曲げることはない」
「はあ……仕方ないわね。今回は、諦めることにするわ。その子がオズワルド公爵領に居るなら、取引できる機会があるってことだもの」
ビアンカの店は迷宮品を扱うのだから、依頼を出して迷宮へ潜ってもらうと話したのだが。
「当分の間、ウィルにはノーザイト要塞砦騎士団の専属で動いてもらうことになっている。諦めるのだな」
答えたのは、ウィルではなくアレクサンドラだった。ウィルがアイテムボックス持ちであること。そのアイテムボックスを活用してノーザイト要塞砦騎士団の修復で必要となる物資を集めて回ることをアレクサンドラが説明すると、ビアンカは溜息を吐き出した。
「そういうことなら、どうしようもないわ。オズワルド公爵領の民としては、少しでも早くノーザイト要塞砦騎士団には元通りになって欲しいもの」
オズワルド公爵領を守護するノーザイト要塞砦騎士団は、民にとっても大事なものだ。そのことが理解できるだけにビアンカも引き下がるしかない。
そうしているうちに、マーシャルがアレクサンドラの執務室へ戻ってくる。その手には、小箱が握られていた。
「ウィルへの支払額です」
「ふむ……。これからも動いてもらうことを考えれば、妥当な金額だろう」
アレクサンドラが書類にサインすると、マーシャルはウィルの前に小箱を置く。
「オークの集落殲滅。丸太の搬送、物資の買い取り分。旧魔法訓練所の結界装置を修理していただいた件。合わせて白金貨百五十枚です」
「……そんなに、貰っていいの?」
「正当な評価額だと思うわよ。通常ならオークの集落を殲滅させるために第二師団の中隊、百名から二百名を動かすことになる。今回の規模になると、師団長クラス含め中隊四つは必要になるわ。その分の必要経費を考えたら、安くついたほうなんじゃない?」
積み重ねられた白金貨に戸惑うウィルにビアンカが答えると、ウィルも納得したのかウエストポーチへ白金貨を収納していく。
「ビアンカさんって、随分と騎士団のことに詳しいんだね?」
「ビアンカ嬢は、ノーザイト要塞砦騎士団所属の鑑定士ですから詳しいのですよ」
「でも、商店区でお店を経営してるんでしょ?」
「ええ、してるわよ。だって、騎士団に所属していても、鑑定って職種だと仕事が少ないんだもの。だから、所属はしていても常勤ではないってこと。治癒師のベアトリス様も私と同じで、普段は街の治癒魔法院にいるけど、非常時は騎士団が優先になるの」
ビアンカの説明に首を傾げているウィルに、マーシャルが補足するように口を開く。
「ノーザイト要塞砦騎士団に所属している者は、何も騎士だけではありません。非戦闘員も多く所属しています。政務、財務、税務、法務、聖職者も所属していますし、調理師も多く所属しています。鍛冶職人も所属しています。ビアンカ嬢やベアトリス嬢のような専門職の方もいらっしゃいますが、ビアンカ嬢の話されたとおり、常勤して頂いても仕事がありませんからね」
「だから、所属はしているけれど本職ではないのよ。それに、オズワルド公爵領の騎士団は王都の騎士団と違って非戦闘員に限り、別に仕事をすることが許されてるの」
勿論、守秘義務や騎士団の職務を優先することが前提となるが、それでも自分達の住むオズワルド公爵領に役立ちたいと思う者は多いと、ビアンカが話を纏めた。