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グラティア 〜少年は平穏を望む〜  作者: 玄雅 幻
新たな依頼と果たすべき約束
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 所狭しと並べられたオークとオークの装備品。それらの間を通るようにして、ビアンカが鑑定していく。そして鑑定が終わったオークは、騎士達の手によって装備品が外され、冒険者たちが手早く解体を始めた。


「これで、全部」


 最後にロイヤルオークを取り出すと、再び旧魔法訓練所内にどよめきが起こる。騎士達も冒険者たちもロイヤルオークを見ることは限りなく少ない。いや、見たとしても生還できる者が少ないといった方が正しい。ビアンカも実物を見るのは初めてのことだったので、観察するようにじっくりと見ている。


「このロイヤルオークが持っている剣、魔剣よ」

「どのような効果が附属されているのか分かりますか?」

「こっちは攻撃力強化・体力吸収・氷攻撃。それで、こっちが体力強化・魔力吸収・炎攻撃ね」

「へぇー」


 ビアンカの説明を聞いていたウィルが納得したように呟く。ロイヤルオークと戦うまでは、そう極端に空腹を感じていた訳ではなかったのだが、終わってみると空腹に苛まれ仕方がなかったことを思い出す。


「だから、お腹が空いたんだ?」

「あのねえ。普通だったら、そんな感想有り得ないわよ。これ、かなり強力なのよ? おまけに、この魔剣を持っていたのはロイヤルオークなの」


 呆れたようにビアンカが言えば、周りに集まっていた騎士や冒険者たちも同意するように頷く。


「で、でも、サイクロプスより小さいから力も弱いし、リッチみたいに頭は良くないよ?」

「まったく、どういう基準よ。……まあ、いいわ。これも騎士団で買い取るの? でも、使う人は選ぶわね」


 ここに来て数度目の溜息を吐き出し、ビアンカは魔剣へ目をやった。一対になっている魔剣は、ウィルより大きい。ビアンカでは到底持ち上げることも叶わないだろう。


「そうですね。買い取りましょう。使い道は色々ありますからね」

「ちなみに、二つで一つの扱いになるわ。別にすると、効果が半減するみたい。その点は気を付けることね」

「わかりました」


 ビアンカが手元の書類に金額を記入しながら、他の装備品も見ていく。その中で、手を止めたのは小さな袋だった。


「これ……そこそこ良い感じのアイテムバッグよ。このロイヤルオーク、余程信頼されていたんじゃないかしら?」


 誰にと言わなくても、ロイヤルオークの上にいる魔物はオークキングしかいない。ビアンカは小さな袋をマーシャルに手渡すと、中身を出すように頼んだ。


 小さな袋から取り出されたのは、多数の魔晶石と鉱石、そしていくつかのマジックアイテム。


「恐らく商隊を襲って奪った物から、良い物だけを集めたんだと思う。これなんか、買えば白金貨五枚はするわよ」


 ビアンカが一番近くにあったマジックアイテムを指差して言うと、近場にいた冒険者が何に使う物か問い掛けた。


「まあ、冒険者で欲しがる人はいないでしょうけど、光と音を奏でる芸術品ね。見た目でもわかる通り、宝石もかなり使われているし、価値はある物ね」


 その言葉を聞いて、ウィルはビアンカを見る。それだけの価値がある物ならば、探しているのではないかと考えたのだ。しかし、ビアンカは頭を横へ振った。いつ、どこで奪われたかも分からない品物。探し始めれば、恐らく色々な人物が、自分の物だと偽りの証言をして、手に入れようとする。だから、止めた方が良いと。


「ウィルが必要ないならば、総長に買い取ってもらいましょう。確か、オズワルド公爵夫人がお好きだったはずです」

「そうね。オズワルド公爵様は美術品、芸術品をよく買っていくわ」


 他のマジックアイテムも、ビアンカが説明をするが全て騎士団へ売却が決まっていく。そもそも、ウィルはフォスターから大量のマジックアイテムを持たされているため、必要がない。


「魔晶石と鉱石は、色々使えるから欲しいかも。それとアイテムバッグも、今度の依頼で使えるかもしれないから欲しいかな。後は、フィー用にオーク肉を少し残してもらえると助かるかも。後は、騎士団でいいよ」

「え? 他のマジックアイテムは?」

「うーん。だって、使いそうな物はないよ?」

「使いそうな物って、装身具があるでしょ?」


 ウィルが見る限り、フォスターに持たされたマジックアイテムの劣化版が多く、芸術品にしても装身具も必要がないように思える。


「要らない」

「じゃあ、オークの素材、装備品、魔法薬は? 冒険者にとって大事でしょ!」

「要らない。フィーに食べさせるオーク肉の方が良い」

「それも要らないって……」


 ビアンカとしては、自分が取引したいぐらいの相手だ。上位種、希少種の素材は、普通に手に入らない。その上、売っていても高額なのだ。

 オークソルジャー・リーダーオーク・オークメイジといった上位種の素材だけでも貴重なのに、今回はジェネラルオークが五体もいる。ジェネラルオークの魔力を帯びた骨や牙、魔石は、それこそ貴重な素材なのだ。


「まったく、羨ましいったらありゃしないわね」


 作業をしている冒険者たちも同じ意見らしく、苦笑していた。それは、何もウィルだけが羨ましい訳ではなく、素材を売ってもらえる騎士団に対しても羨ましいといった気持ちがある。


「ねえ……もの凄い金額になるんだけど、大丈夫なの?」

「ええ。その金額で、これだけの素材や食料が手に入るのですから、安いものです」


 試算した金額でもかなりのものになる。それをマーシャルに見せても、笑顔で頷くのだからビアンカは唸りたくなった。


「あっそ。まあ、確かに素材は羨まし過ぎて、涙が出そうだわ」

「譲りませんよ?」

「でしょうね。というか、今の騎士団に言わないわよ。そんなこと」


 木箱に詰められ運び出されていく装備品や、オーク肉の塊を横目にしながら、ビアンカは計算の見直しをしていく。そんな中、一人の調理人が騎士と一緒に旧魔法訓練所に入ってくるとマーシャルへ声を掛けた。


「オークの解体をしていると聞いたのですが」

「ええ。その通りですよ」

「食糧が増えるのは嬉しいんです。ただ、収納ボックスに余裕がありません」


 元々大食堂に置かれていた巨大な収納ボックスは、特務師団が起こした謀反で燃えてしまい、ノーザイト要塞砦の商店区で買った簡易型の収納ボックスで何とか使っている状況だった。ドワーフに発注しているものの出来上がるまで時間が掛かると聞かされている。


 だからといって、ウィルに預けてしまえばウィルに遠出をさせられなくなってしまう。


「どうしましょうか」

「オーク肉だけでいいの?」


 話をマーシャルの隣で聞いていたウィルが、調理人に声を掛けると調理人は頷いて、オーク肉だけで充分だと答えた。


「それだったら、このアイテムバッグで充分に入るんじゃない? あれば役に立つかなって思ったけど、騎士団で使っていいよ」


 ウィルは、自分のウエストポーチからロイヤルオークが持っていたアイテムバッグを取り出して、マーシャルへ手渡す。


「あのねえ。これまで渡したら貴方の取り分が全く無いでしょ!?」

「え? でも、マーシャルは買い取るって言ってたよ? それにオーク肉――――」

「それは、当たり前のことなの! 貴方、報奨金も貰ってないって聞いてるわよ? 利益がないじゃない!」

「だって、偶然見つけただけだし。マーシャルの話だと、僕が斥候を倒しちゃってオークの集落にいたオーク達が襲撃に出ようとしちゃったわけだし……」


 ビアンカに対して必死に言い訳を始めたウィルを見て、ビアンカは頭を抱えて座り込んだ。


「誰でもいいから、この子に冒険者の常識を教えてあげて!」


 ビアンカの言葉に、話を聞いていた冒険者の一人がウィルに寄ってくると、目線を合わせるように腰を屈める。


「俺は、デニス。『イセリグの矛』ってパーティのパーティリーダーをしている」

「あ、えと。丁寧に有難うございます。僕はウィリアムです。ウィルと呼んでください」

「……ああ、うん。同じ冒険者だから、敬語は要らないと思うぞ」


 頭を下げて挨拶をするウィルに、デニスは困ったように声を掛ける。周りを見回しても、皆苦笑していた。


「でも、冒険者として先輩ですよね?」

「確かに先輩ではあるが、同じ冒険者だろ」

「はい! 冒険者です!」


 同じ冒険者と認められて、余程嬉しかったのかウィルがキラキラした目でデニスを見詰めると、何故かデニスが突然「無理だ」と呟いて、座り込んでしまう。その後、数人ウィルに挑んだのだが、全員が挫折してしまった。


 好奇心旺盛で、幼い子供のような純粋な眼差しを向けられると、何も言えなくなってしまうのだ。それも、ウィルの肩に乗るフィーと合わせてしまうと、その威力は倍加する。


 そもそも、フォスターの人間嫌いを治すためという名目でフォスターに渡されたウィルの魂。その(うつわ)は、完全にフォスターの好みで創られている。側に居るのであれば、むさ苦しい男より、美少年。そのような者の方が、フォスターとしても好ましかったのだろう。


 座り込んだ冒険者は、他の冒険者たちに声を掛けられて作業へ戻っていった。マーシャルも、これは誤算だったようで小さく溜息を吐く。


「(少しでも冒険者たちと馴染めればと思ったのですが……仕方ありませんかねえ。なにしろ、ウィルですし……)」


 その隣では、帰ることも出来ずに困ったような表情で調理人が待っている。そのことに、ようやっとマーシャルが気付いて口を開いた。


「待たせしてしまいましたね。オーク肉はアイテムバッグへ入れるようにしますので、心配は必要ありません」

「わかりました。料理長にも伝えます」

「よろしくお願いします」


 貴重な食材を無駄にするようなことがないと分かってホッとしたのか、調理人も笑顔で帰っていく。マーシャルは、その姿を見送ると、どうにか立ち直って計算を始めていたビアンカへ視線を向けた。


「(冒険者の中には、若干妬ましそうな目でウィルを見る者がいますが、それでも男女共に好意的な者の方が多いですね。それにビアンカ嬢も……いえ、ビアンカ嬢の場合は商売になるという気持ちの方が大きいのでしょうが……)」


 見られていると気付き、顔を上げたビアンカ嬢にニッコリと笑いかけると、途端に嫌そうな顔つきになる。


「その笑顔、止めてもらえる?」

「おや? どうしてですか?」

「胡散臭いからに決まってるでしょ。それより、アイテムバックは買い取るつもり? それとも借りるつもり? それで金額が相当変わるのだけど」


 胡散臭いと言われてもマーシャルは笑顔のままだ。ビアンカもそれ以上言うつもりはないのか、仕事の話へ戻して書き上げた書類をマーシャルへ見せた。


「出来れば、買い取りたいですね。アイテムバッグは遠征などにも役立つので」

「そうね。確かに役立つのでしょうけど。あのアイテムバッグ一つで、白金貨四十五枚ってところかしら。全て合せると白金硬貨九十一枚、金硬貨二十枚、銀硬貨十一枚、銅硬貨十五枚よ」

「まあ、妥当な金額でしょう。その内の幾つかは、買い手が居ますからね」


 芸術品は、オズワルド公爵家が買い取るだろう。残った物は、客室に飾る物として使える。武器……魔剣に関しても、第五師団師団長ダリウス・コンラッドが喜んで買い取るだろう。マーシャルが、そう話すとビアンカは納得がいったのか、頷いて見せた。


「あー。確かに、ダリウスさんだったら喜んで買うわね。この間、迷宮品で良い物は出てないかって、うちの店にも来たわよ。いくつか買って帰ったわ」

「それは、奥様や御子息へのお土産でしょうね。なんといっても、彼は子煩悩で愛妻家ですから」


 第五師団師団長ダリウス・コンラッドは兵器の専門家で、奥方は錬金術師である。夫婦仲が非常に良く、二人そろって研究家だというのは、オズワルド公爵領で有名な話だった。


「ところで、あの子は何処に行ったの?」


 ビアンカに言われ、マーシャルも辺りを見回すが、近くにウィルの姿はない。騎士に訊ねると言い難そうに上を見上げた。

 旧魔法訓練所には屋根があった。あったというのは、今はないという意味なのだが、その屋根は魔晶石で作られた結界が屋根の一部となっていたためだ。結界装置が壊れてしまった現在、骨格部分のみとなっていたのである。その壊れた結界装置の上にウィルの姿はあった。


「これ……魔晶石の魔力は残ってるよね。どこが壊れてるんだろ? あ、接続部分が焼き切れちゃったのか。それだけの負荷がかかるって、どんな魔法使ったんだろうね?」

「キュキュキュ!」


 冒険者たちがオークの解体に戻り、することがなくなってしまったウィルはフィーが上を見上げていることに気付き、ウィルも上を見た。そこにあったのが壊れて放置されたままになっていた結界装置である。


「これだったら、材料さえそろえば何とかなるね」

「キュ?」


 フィーが首を傾げると、ウィルはソッとその頭を撫でた。


「ほら、ここの部品が壊れてるんだ」


 フィーにも分かるように指差してやれば、その部分を覗き込むように、じぃっと見ている。


「確か、神様から貰ったプレゼントの中に材料があったと思うんだよね。……あ、これだ」


 接続部分に必要な鉱石や素材と道具を幾つかアイテムバッグから取り出して、錬金術で調合していく。


「使える場所が足りなくて騎士さん達、困ってると思うんだ。今は頑張ってるから、なんとかなってるんだろうけど……疲れてくるとそういう訳にもいかなくなる。病気になっちゃう人とかも出てくるだろうし……」

「ギュー……」

「だからね、少しでも使える場所が増えたらいいかなって」

「キュキュ!」


 フィーが同意するように鳴くと、ウィルも自然と笑顔になる。そうして部品が出来上がり、焼き焦げた部品を取り外して新しい部品を填め込む。


「これで、動くと思うんだけど……」

「キュキュキュ?」


 しばらく一人と一体が見つめていると徐々に輝きを取り戻していく結界装置がヴィンと鈍い音を立てて、装置の上部分が回転し始めた。


「わっ!」

「キュッ!」


 ウィルもフィーも結界装置が回転するとは考えておらず、慌てて結界装置の上から飛び降りると、下から声が掛けられた。


「ウィル!」

「あの子、何やってんの!」


 マーシャルやビアンカ、騎士や旧魔法訓練所の中で作業をしていた冒険者たちも、上を見上げている。その間にも半透明のベールのような物が旧魔法訓練所を覆っていくのが全員に分かった。



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