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グラティア 〜少年は平穏を望む〜  作者: 玄雅 幻
魔物の集落と元従者の迷妄
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 その晩。バークレーは、遅い時間になってタマラの店を訪れた。巨体のバークレーが背を丸くして、その顔は、この世の終わりと言わんばかりで。


「随分と酷い顔してるじゃないか。何があったんだい?」

「……閉めるところだったのか?」


 店の篝火を消しているタマラを見て踵を返そうとするバークレーを一瞥して、タマラは嘆息する。


「まったく……うちの旦那に話したい事でもあったんじゃないのかい? いいから、入りな」

「すまん」





 冒険者ギルドへ帰り、バークレーは王都支部へ連絡を取った。そうして、ノーザイト要塞砦騎士団での出来ことを語り、これからどうすればよいのか指示を仰いだ。

 しかし、王都支部の答えは、そのような指示を出した覚えはない。ギルドマスターであるバークレーが勝手に仕出かしたことだ。己の仕出かしたことは、自分で対処しろと責任の全てをバークレーに押し付けた。ならば責任を取ってギルドマスターを辞職すると言い出せば、前任のギルドマスターを解任したばかりということもあり、バークレーまで辞職すると冒険者ギルドとして外聞が悪いと文句を言い始める。


 そして、オズワルド領の冒険者ギルドが閉鎖されてしまえば、損益は計り知れない。そのため、バークレーは次期領主セドリックのご機嫌伺いをするように命じられた。要は、賄賂を贈ってでも冒険者ギルドを存続させろということだ。早速、オズワルド公爵邸へ出向いたが、既にノーザイト要塞砦騎士団から話が通された後だったのか、オズワルド公爵邸の門さえ潜ることが許されず、帰宅途中にタマラの店へ足を向けた。


「俺に、どうしろって言うんだ」


 昼間、騎士から話を聞いたバークレーが古株の同僚に相談すると、いつも通り、その冒険者に報奨金を渡せばいいじゃないかと答えられ、バークレーは困惑した。確かに、オズワルド公爵領では緊急討伐は発生しない。緊急討伐は、ノーザイト要塞砦騎士団が動く案件として扱うと聞かされていたし、バークレー自身もオークの集落を発見した冒険者に報奨金を手渡したことがある。


 しかし、騎士の話では第三師団の師団長とウィルが殲滅したと。しかも師団長は援護しただけと聞き、たった二人で殲滅できる程度の集落ならば、冒険者ギルドの冒険者たちが倒せる程度の集落であったのかもしれないとバークレーは考えてしまった。そのことをバークレーが同僚に訴えても、難色を示すばかりで埒が明かない。


 同僚曰く、オークの集落の討伐で一体でも見逃せば、応援を呼ばれる可能性があるため、騎士団ですら百人規模で挑むというのに、冒険者ギルドでは数が集まり切らない。以前、同じような主張をしたギルドマスターが大勢の冒険者を死なせた挙句、三つの村が壊滅させられ、ノーザイト要塞砦騎士団も多くの犠牲者が出た。


 その件を冒険者も領民も忘れていない。再び間違えば、今度こそ冒険者ギルドはオズワルド公爵領から撤退するしかないと、同僚はバークレーを諭すように話した。



 しかし、バークレーがギルドマスターに着任した際に、本部の使者から手渡された王都支部の定めた評価規定と冒険者ギルドの規則、そして罰則が書かれた書類には、そのような事柄は一切書かれていなかった。冒険者ギルドは、国から独立した機関であるため、オズワルド公爵領の指示に従う必要はないこと。登録した冒険者は、冒険者ギルド王都支部の命令には絶対従うこと。


 そうして、その書類の巻末には問題が発生した場合は、必ず指示を仰ぐようにとあった。()()()、己の考えが間違いだと気付かずに、バークレーは王都にある王都支部へ相談したのだ。王都支部からの指示は、ノーザイト要塞砦騎士団への抗議と緊急討伐再開。


 冒険者に対しての罰は、今回討伐した魔物に関する全ての物資の押収。今後の活動は、王都支部の定めた討伐を行わせ、討伐した魔物に関する物資の押収を行うことを罰とした。その指示に従わない場合、ギルドカードを没収して捕え、王都へ出頭させること。つまり、その冒険者を飼い殺しにしろと言っているようなものだった。


 バークレーは、上層部の指示が流石に理不尽だと思い、その者は冒険者になって日が浅いこと、優秀な人材であることを理由に上げて、奉仕と没収、捕えることに反論した。その結果、冒険者クラスの降格と討伐した魔物に関する全ての物資の押収。ノーザイト要塞砦騎士団へ緊急討伐再開の申し入れまで変更させることが出来たのだ。


 そのことを同僚に告げると溜息を吐かれ、有り得ないものを見るような目で見られた。その理由をノーザイト要塞砦騎士団で目の当りにして、ようやっと同僚の「冒険者ギルドで扱うには難しすぎる」と言った言葉の意味を理解できたのだ。


 バークレーも冒険者として登録されているが、実際はメリッサ嬢の従者であり監視役だ。近衛騎士ならば、冒険者ギルドでAクラス程度はあるだろうと王都支部で評価され、己自身も実力はあると自負すらしていた。冒険者ギルドで揉め事が起こっても、負けたことはない。しかし、ロイヤルオークを実際に目にして、マーシャルやアレクサンドラに説明を受けて、バークレーは自身の考えが甘かったことに気付かされた。




「そりぁ、当り前の話さ。人と魔物じゃ、まるで違うじゃないか。大体、アンタがメリッサ様の従者だと知ってる奴が多いってのに、手を出す馬鹿はいないだろうさ。……それにしても、よりにもよって、なんで王都支部に相談するかねぇ。王都支部(あそこ)も昔に比べて、大分腐っちまってるっていうのに」


 今まで話を聞かされていたタマラは溜息を吐いて、バークレーに目を向けた。元々冒険者ということもあり、冒険者ギルドの内情を嫌というほど知っている。他領のギルドマスターも、多少の差別主義はあるものの、しっかりと他種族にも対応し、まともな考えが出来る者が多い。しかし、それでも腐った奴は何処にでもいる。それが、王都支部だとしても同じだった。


「まぁ、いいさ。上の事には関心は無いからね。ただね、ひとつだけ聞かせておくれよ」

「何だ? っ!」


 ヒュンと音が鳴り、バークレーの眼前に短剣の切っ先が現れる。


「まさかと思うが、あの子の名前は出してないだろうね?」

「出してない!」

「本当かい?」

「本当だ!」


 仰け反った状態でバークレーが慌てて答えると、クライドが奥から顔を出してタマラを呼んだ。


「止めてやれ。それから、これを頼む」


 閉める間際になって現れたバークレーに酒のつまみを作っていたクライドは、短剣を収めたタマラに皿を手渡すと自身は酒を持って席に着く。


「驚かせてすまないな。……タマラは、あの少年を気に入っている。勿論、俺もだ。それに、皆が怒るのは当然のことだと、俺も思う。お前は、依頼を受けることがなかったから知らないかもしれないが、王都周辺に出没する魔物とオズワルド公爵領に出没する魔物の質は異なる」

「確かに見せられたのは見たことのないオークだった。だが、魔物は魔物だ。同じだろう?」

「ああ、魔物だ。ただし、オズワルド公爵領に出没する魔物は、その殆どが王都周辺に出没する魔物の上位種だ。Eランク、Fランクの魔物は出没すること自体がない。同じゴブリン種でもランクが違う。凶暴性も遥かに高く、強さも格段に上がる。だからこそ、オズワルド公爵領では、討伐依頼が受けられるようになるまでランク制限が付けられている。その程度、職員であれば知っているだろう」


 他領では下位ランクでも、ある程度の討伐依頼を受注することが可能だ。だが、オズワルド公爵領では制限がかかり、それこそスライムですら受注は不可能となる。それは、冒険者を保護するための措置だ。他領から移動してきた冒険者たちは、最初こそ不満を口にするが、実際に戦って納得する。

 そこで諦めて再び他領へ移る者もいれば、地道に経験を重ねランクを上げ、再び魔物に挑む者もいる。ちなみに、後者の者が現在オズワルド公爵領の冒険者ギルドを支えている者達だ。


 クライドが手元のグラスからバークレーへ目を向けると項垂れていた。どうやら、知らなかったらしい。青褪めた顔でグラスを見詰めている。オズワルド公爵領に住むようになり、二十年近く経った今でも、バークレーの心は王都にしがみ付いているのだろう。クライドは、そんなバークレーに憐れみの目を向けた。


「そんなに王都が、恋しいのか?」

「っ。違う……とは、言いきれない。従者の任が解かれれば、帰れると思っていたんだ。ははっ。馬鹿だよなぁ。帰ったとしても、今更近衛騎士に戻れるはずがないのに……」

「確かに王都の人族には、オズワルド公爵領は住み辛い土地なのかもしれん」


 クライドも元々は貴族の三男で、騎士を目指し王都にある騎士訓練学校へ入った。バークレーも同じ三男として、騎士訓練学校ではクライドと親しくしていた。

 しかし、クライドは王都の風習や思想に馴染めず、早々に騎士訓練学校を退学してオズワルド公爵領へ帰ってきたのだ。そうして、騎士にはならず冒険者となり、メリッサの従者としてオズワルド公爵領へやってきたバークレーと再会した。


 項垂れたまま、ちびりちびりと酒を口にするバークレーは、クライドの言葉に頭を横へ振る。


「どう、なんだろうな。確かに、オズワルド公爵領へ来たばかりの頃は驚いた。他種族が当たり前のように生活していることにも、貴族が民を大切にしていることにもな。だが……ここに来て、王都が異常なんだと気付かされた。それでも、王都の暮らしが染みついている俺には、正直に言って居心地が悪い」

「居心地が悪い……か」

「ああ。そうだとも。居心地が悪い。どいつもこいつも俺なんかに優しくて親切で……なんで、俺なんかに優しくするんだよ……あの女だって」

「…………」


 バークレーは、他人を蹴落とすことが当たり前の世界で育った。他人を陥れること。他人の足を引っ張ること。他人を嘲笑うこと。その全てが、当たり前の世界。民を虐げるのは日常茶飯事で、無礼を働いたと言っては斬り捨てる。反抗的な態度を取る者は、見せしめとして捕らえていた。以前のバークレーは、子供であっても無礼を働けば容赦なく斬り捨てた。


 他人と助け合い、貴族が民と手を取り合って暮らすオズワルド公爵領に来て、自分のいた世界がどれだけ残酷で歪だったのかを知った。バークレーが民を斬り捨てようとすれば、近くに居た貴族や騎士が、バークレーの振り上げた剣を受け止めて、そのような事はするべきではないと説教を受ける。欲しい品物を取っていくと騎士や警備隊が駆け付け、それは盗みになるから、ちゃんと金を払うようにと説いてくる。王都では当たり前であった行いが、オズワルド公爵領では異常な行いであると、同じ貴族から何度も諫められる。


 その度に、従者の不備は主の不備だと言って、メリッサに頭を下げさせ、金を払わせていた。苛々している時はわざと騒ぎを起こし、メリッサに頭を下げさせて溜飲を下げ、憂さ晴らしと言って、金も払わず歓楽街で遊び散らかし、メリッサの金を使ってやった。


 メリッサのことも、不義の子として見下していた。メリッサの所為で、出世街道を外されたと逆恨みし、メリッサが何も言わないことをいいことに、王都の貴族達の指示通り、オズワルド公爵領でメリッサの居場所などなくなってしまえばいいと何度も裏工作をした。その度に、国王やオズワルド公爵がメリッサを庇い、失敗に終わった。その度に苛立ち、再びメリッサに八つ当たりをした。殴る、蹴るは、日常茶飯事。とどめに、お前が仲間の命を奪ったくせに、何故お前は生きている? お前こそが死ぬべきだったと呪詛のように恨み言を吐く。


 マーシャルから聞かされた真実は、王城の者たちがメリッサを虐げていたこと、メリッサが正当な王女であり、何ひとつ悪くなかったということ。メリッサの想いは、助かることを望んでいない、死を望んでいるということ。


 一度話し出せば、箍が外れたように溢れ出した。酒が入っていたこともあって、懺悔するようにバークレーは語り続けている。


「そこからは、罪悪感に押し潰されそうだ。俺は……俺は、取り返しがつかないことをしてしまったんだ」


 クライドは妻のタマラに目配せをして、バークレーへ視線を戻す。タマラはクライドの意図に気付き、静かに店の奥へ姿を消した。


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