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ハワードがクツクツ笑っている姿を見ていた騎士が、辺りを見回す素振りを見せる。ようやくウィルがいなくなったことに気付いたようだ。
「少年は、何処へ行ったのでしょうか?」
「それならば、あそこだ」
部下の言葉に、笑いをおさめたハワードが木陰を指差す。そこには、木を背もたれ代わりにして眠るウィルと、その太腿で丸くなって寝ているフィーの姿があった。
「昨晩は寝れてないから疲れたんだろう。少しの間だが、寝かせてやれ」
騎士であるハワード達にとって、二・三日徹夜することなど日常茶飯事であるが、ウィルは騎士ではない。それも一晩中、戦い続けていれば疲れていない方が異常だろう。そこまで考えて、ハッとなる。
「(食事のことを訊いたのは、その所為か)」
ウィルの体質を思い出し、ハワードは配慮が足りなかったことに気付いて嘆息した。ウィルの肉体は、魔力と食欲・睡眠が直結しているらしい。つまり、魔力を消耗した分、お腹が空いていたはずなのだ。第三師団の騎士達がいる手前、自分だけが食事をするわけにいかず、ウィルは睡眠を優先したのだろう。
昨晩、言い方は悪いかもしれないが魔弓で援護する傍ら、ウィルの戦い方を観察していた。ウィルの意思で自在に姿を変える魔剣。その魔剣にウィルの魔力を流し込み、変幻自在に操っていることは、ハワードにも理解できた。その合間で放たれる魔法も、その魔剣が触媒となっている。
今回の戦いを見て、以前より確実に強くなっていると感じた。恐らく、戦闘系スキルの剣術、短剣術、暗器術、暗殺術、鞭術、体術、短槍術、格闘術、投擲術、護身術、その辺りは覚えているはずだ。
以前は、戦闘も出来たが魔法職寄りの戦い方だった。それが、今回ウィルの使った魔法は『障壁』と『光護壁』。そして、オークを逃さないための『光の守護 結界領域』の三種だけ。完全に後衛職を捨て、遊撃や前衛職に近い戦法だった。
フォスター神に、生み出されて三年。中性的な面持ちで、体格的にも小さい部類に入る少年。それが、歴戦の戦士と同等か、それ以上の能力を持つことに、正直な話、戦慄が襲った。オークの上位種であるオークメイジ・オークソルジャー・リーダーオーク・ジェネラルオークを軽々と斬り伏せていく。そして――。
「(それにしても、ロイヤルオークまで集落へ来ているとは……ウィルがいてくれて助かった)」
木陰で眠るウィルの姿を見て、ハワードは目を細める。名前の通り、ロイヤルオークはオークキング直属の部下であり、希少種の中でも個体数が限られている。そのため、滅多に姿を現すことはない。小さな集落であれば、ジェネラルオークが集落を纏めている。しかし、ここにあった集落は、大きな部類に入っていた。
小屋に集められていた物資、ジェネラルオーク、オークソルジャー、オークメイジの数を考慮すれば、ノーザイト要塞砦を襲撃する予定でいただろうことも予想が付く。ウィルは、そんなロイヤルオークに対して、最初こそ攻めあぐねていたが、それでもほぼ無傷で勝ったのだ。オークの集落に関しては、被害を出すことなく援軍も呼ばれず、完全に殲滅することが出来た。戦闘センスが、ずば抜けて高いウィルだから出来たことだ。
「こうやって見ていると、本当に子供ですね。冒険者というより、貴族の御子息と言われた方が納得できるような気がします」
一般人の男性で髪を伸ばしているのは少数だ。手入れが、十分行き届いている長い髪。確かに、一般人というより貴族に近い。そして、眠っているウィルは普段より尚のこと幼く見える。
「まあ、そうだな」
「少年の寝ている姿を見ていると癒されますなあ。魔境から来た時は、どうなるかと思いましたが……」
「ああ、確かに――」
部下の言葉に頷きかけて、ハワードは押し黙るとウィルから小屋へと視線を戻し歩き出す。
「不味いな。 待つのは、止めだ。行くぞ」
「おや? 宜しいのですか?」
「第二師団ラクロワ師団長の話では、ウィルは睡眠を妨害されると、極端に機嫌が悪くなる。おまけに、手におえないほど寝起きが悪いと本人が話していた」
「え?」
部下の言葉を聞いて思い出した。ウィルと初めて出会った時、カーラ嬢がやらかしてくれたことを。ハワードはその場に居なかったが、ガイの話ではカーラ嬢が帯剣していたロングソードを一撃で叩き折ったのだという。近衛騎士団が使っている得物と同じ鋼鉄製の剣。容易く折れる剣ではない。
ウィルが、魔境の何処から歩いてきたのか、ハワードには分からない。討伐した魔物の数でいけば、そこそこ奥から歩いてきたのだろう。その分、魔力を消耗していた。エドワードに睡眠を妨害されたウィルは、カーラ嬢の攻撃で我慢の限界を超えた。エドワード王太子に対して文句を言い連ねると、そのままアレクサンドラの腕の中で気絶するように眠ってしまったらしい。
実際、ウィルは寝起きでもやらかしている。ガイの部下だったオーウェン・トマと共に攫われた時だ。保護したウィルをガイの官舎へ連れて戻り、今後の話をしている最中、目覚めたウィルはその状態で魔法を発動させようとした。あの時、三人で強制的に止めようとした魔法はウィルの意思で止められた。ウィルに魔法が弾かれてしまう。それは、術者として絶対的にウィルの方が上であることを示している。
「今、ウィルを起こされると不味い」
ウィルを止められる人物は、ここには居ない。ハワードは、己もウィルに好まれている自覚はある。だが、それ以上にウィルはマーシャルとガイに信を抱いている。
「相手は三人だ。其々、一人ずつ確保するぞ」
しかし、時は既に遅く――。
「ふざけんじゃないわよ!」
「馬鹿にしてんの!」
「ちょっ、待ちなさい!」
甲高い怒鳴り声と共に小屋の扉が開き、制止する女性騎士を振り払い、冒険者の女性が出て来た。どうやら騎士の非常食が気に入らなかったようだ。
「私達は、食事がしたいと言ったのよ!? そんな粗末な非常食が、食事になると思ってるの? 騎士のくせにそんなことも分からないとか、ありえないんだけど!」
小屋の扉を守っていた騎士に食い掛かるように喚く姿を目に入れ、ハワードは足を止めて溜息を吐く。恐らく、喚き立てている女性がパーティリーダーなのだろう。その女性の後ろで、腕を組み同意見だというように、二人の女性が頷いている。
「それに、私達は砦を救ったわ。粗末な扱いをしていると後悔するのはあなた達の方よ。豪勢な食事ぐらい用意されて当たり前なんだから」
その言葉に、彼女たちを取り囲んで諫めていた騎士は静かになった。言葉の意味が、理解の範疇を越えたからだ。
「あの坊やは、私達『魅惑の妖精』のパーティーメンバーになる子よ。私達を助けに来たのも、私達を探してパーティーに入れてもらいたいと希うためだわ。だから、砦を救ったのは私達ということ。私達が捕まっていなければ、あの坊やは私達を探さなかった。そうなれば、きっと砦は襲われていたわね」
とんでもない理論であったが、騎士は困惑の表情を見せている。この場にいる騎士は、ウィルと面識のある者が少ない。女性騎士に至っては、第四師団から借りてきたのだ。ウィルと接点すらない。
「あ、あそこにいるよ! 全く、私達の世話をしないで、自分だけ休んでるなんて、何考えてるのかしらね。ちゃんと躾けてやらなくちゃ」
パーティーリーダーの後ろにいた女性が、目敏く木陰で休んでいるウィルを見つける。だが、女性がウィルに近づく前にハワードが遮るように立った。
「あら、いい男ね。あんたも、冒険者? だったら、魅惑の妖精に入れてあげてもいいわよ?」
「そうそう。私達って女の子三人組だから、めちゃくちゃ心細くってー。坊やだけじゃ、私達を守れないかもしんないしぃ」
「ほら、私達って、とっても魅力的じゃない? だから貴方のように容姿が良い男がいたら余計なことしてくる男も少なくなると思うの。貴方だって、私達みたいな美女と一緒に居られるのは嬉しいでしょ?」
彼女たちの斜め上発言に、流石のハワードも頭が痛くなった。確かに、今のハワードは冒険者と同じような服装をしているが、騎士を従える冒険者が何処の世界にいるというのか。周りにいる騎士の反応も、それはないと顔を引きつらせている。
しかし、騎士に囲まれて平然としている様子から、彼女達は謀反が起こったことを知らないとハワードは判断した。
「ちょっと! 黙ってないで、何とか言いなさいよ! この私が声を掛けてやってるのよ!」
「では、確認するが、お前達は『魅惑の妖精』で間違いないんだな?」
「は? なにそれ? 馬鹿にしてるの! 当たり前でしょ!」
パーティーリーダーがハワードの物言いにカッとなり怒鳴り声を上げた瞬間、ハワードは女性の腕を掴んで取り押さえる。それに続くように、ハワードの背後から女性の後ろへ移動していた騎士も、各々女性を捕らえていた。
「ちょっ! 何するの!」
「お前達三人には、商業ギルドの配達依頼を隠れ蓑に、不法滞在者の手引きをした容疑で捕縛命令が出されている。既に、証言は揃っているから言い逃れできると思うなよ」
「……あ、ちがっ。それはっ」
ようやく自分達の置かれている状況が、把握できたのだろう。後ろの一人は、騎士から逃れようと暴れ出し、もう一人は座り込み項垂れた。ハワードに取り押さえられているパーティリーダーは、ぎしりと歯を噛み締めると、目の前にいた騎士を睨み上げた。
「アンタ等お貴族様に、私らの何が分かるってのさっ! お貴族様が、国民から巻き上げた金を取り返して、何が悪いっ! ここの民が、どれだけ恵まれてるか、あんた等は知らないんだ!」
がなるパーティーリーダーに、騎士が一歩後退る。女性の言葉通り、オズワルド公爵領の民は、恵まれているだろう。しかし、それは魔境という過酷な環境に置かれているからであり、身の危険は他の領地に比べ、格段に上がるのだ。
「ああ、それがどうした? 免罪符になるとでも思っているのか。それと生憎だが、ここにいる騎士の殆どは、貴族じゃない。領民や元冒険者だった者達だ。それでも、貴様のように腐った考えを持つ者はいないがな」
ハワードは、辛辣に言い放つ。女性騎士たちも、他の女性を捕らえた騎士も、ハワードの言葉に同調するように頷く。
「そうね。この中で貴族なのは、師団長と私だけよ。この地では、たとえ令嬢として生まれても剣を持つの。この地で生き抜くために、甘えは許されないのよ」
「領民は、病気でもない限り十歳から男女関係なく剣術を習う。そうしなければ、オズワルド公爵領では生きていけない」
パーティーリーダーを制止しようとしていた女性騎士が言えば、後退った騎士も話し出す。騎士達の言葉に、ガックリと肩を落としたパーティーリーダーをハワードは前に立つ騎士に預ける。
騎士は、捕らえられた女性に縄を討つと、彼女達を連れて山道を下りていく。ハワードは、応援にきた騎士達を呼び、小屋の中にいる衰弱した女性二人を、担架に乗せて運び出すように指示を出した。
「どうやら、無事に済ませられたな」
全てが終わり、ハワードは、静かに眠り続けるウィルの姿を見て、そっと安堵の吐息を吐き出した。