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『光の守護 結界領域』
ハワードが視線をオークの集落へ戻すと、武装をしているオーク達が塀を出ようとしている。その動きを察知して、ウィルは結界領域を展開した。
「このままハワードが騎士さん達を呼びに行くことも出来るけど、どうする?」
魔力と龍力の循環機能のお陰でウィルの魔力が枯渇することはない。結界領域も魔術陣を展開してしまえば、維持は少量の魔力で出来る。オークの集落は、半透明の結界領域に包まれ、中に閉じ込められているオーク達は何か起こったのか理解できず、戸惑っている様子だ。
「否。このまま、殲滅しよう。俺は魔弓で援護する。出来るか?」
「そうだね。それじゃあ、最初はこの場所。それで、あの物見櫓の周りを殲滅するから、物見櫓から攻撃してもらえる? フィーも空から援護してくれると嬉しいんだけど、大丈夫?」
「キュイ!」
「分かった」
肩に乗っていたフィーが空へと舞い上がり擬態していた小さな姿から灰白龍へと姿を戻すと、物見櫓にいたオーク達が騒ぎ始めた。
『限定解除 フィー ハワード』
「これで、フィーとハワードも結界の出入りが出来るから。じゃあ、行ってくる!」
掛け声とともに、困惑しているオーク達の中へ、ウィルが龍刃連接剣を手にして斬り込んでいく。ハワードも背負っていた魔弓を手に取り、ウィルの背後から斬りかかろうとするオークを射抜いた。
ウィルは、標的であるオークに対し、龍刃連接剣を変化させ戦い続けていた。棍棒を持つオークや杖を持つオークメイジには、鞭で戦い、剣を持つオークソルジャーには、剣で戦う。ガントレットでオークの剣の軌道を変え、龍刃連接剣で斬り捨てたりもしている。そして、ウィルの行動で驚いたのは、左手に握る短剣や投げナイフ、ダガーを器用に使い分け、オークを牽制していることだ。時に龍刃連接剣を手放し、両方の手に短剣を持ち、オークを交わしながら急所を狙い、走り抜けるような戦い方も見せる。以前なら、こんな戦い方はしていなかった。恐らく、龍の住処へ帰り傷を癒やした後、訓練を行ったのだろう。
リーダーオークは双剣を扱う者が多く、ジェネラルオークに至っては大剣やバトルアックスなどを両手に持ち、ウィルへ襲い掛かってきた。
「オレ、強イ。オマエ、弱イ! オレ、オマエ、殺ス!」
「わっ。ホントに喋るんだね」
「ウルサイ!」
「早っ!」
リーダーオークの双剣を軽々と交わしながらウィルが呟くと、怒りを露わにしたリーダーオークが双剣を交差させながら突進してくる。強化されたウィルの目は、その双剣の動きを捉え、的確に躱すことが出来る。そして、鞭と化した龍刃連接剣で腕を斬りおとすと、叫び声を上げるリーダーオークの頭へ剣に戻った龍刃連接剣を振り下ろした。
グオァアーーー!
その前では、元の姿に戻ったフィーが龍鳴を上げながら、オークソルジャーの頭を掴み潰しては、放り投げている。集落に住むオーク達からしてみれば、この世のものとは思えない程、悲惨な光景だ。集落が発見される前に、ノーザイト要塞砦へ先制攻撃を仕掛けようとしていた矢先、人族の子供とハイエルフ、そして龍が現れた。救援を呼ぼうにも、ここから逃げようにも、見えない壁に阻まれ、オーク達は集落の外に出ることは叶わない。
容赦なく襲う矢の雨に、逃げ惑うオーク達。オークメイジが魔法を使っても、ウィルが『障壁』や『光護壁』を展開して防いでしまう。フィーに向けて火弾を飛ばしても掠ることもなく、下手をすればフィーの尾で魔法が打ち返される。オークの数が優っている。それなのに、ウィルに疲弊した様子は窺えない。徐々に、オーク達は恐れを感じ始めたのだ。
「アイツ、オカシイ!」
「オマエ、行ケ!」
「イヤダ!」
「オレ、死二タクナイ!」
正常な判断が出来なくなったオーク達は、統率が乱れると戦闘力が高いだけで、雑魚の集まりとなった。その中を駆け巡り、ウィルは只管オーク達の命を龍刃連接剣で奪い取っていく。
どれほどの時間、そうやってオークを斬り伏せる作業を続けていただろうか。屋外に立っているのは、ウィルだけになっていた。ウィルが時計を確認すると、四時を過ぎている。十時間近く、戦い続けていた。この集落を纏めていた特に巨大なオーク ――ウィルにしてみれば、全て大きく見えるのだが―― そのオークの討伐に手間が掛かった。そのオークの武器は、ウィルより巨大な剣が二振り。その所為で間合いを詰めることが難しく、鞭も容易く弾かれる。動きも俊敏で、ウィルの速度について来れた。それでも、戦闘が続けば、疲れで集中力が鈍ってくる。結果的に、先に集中力が途切れたのは巨大なオークの方だった。
「もう少しで朝とか……。そりゃ、お腹も空くよね」
ポツリと呟いて、今度は小屋に隠れているオーク達を探し出して、斬り伏せていく作業に移る。ちなみにフィーは、初めての大きな戦闘に疲れたのか、先程までハワードが居た物見櫓で寝ていた。
ひと通り小屋を見て回り、討ち洩らしたオークがいないことを確認すると、あちらこちらに散乱しているオーク達を手早くウエストポーチへ収納していく。
「ウィル、少しいいか?」
「どうしたの? まだオークが残ってた?」
「いや。オークじゃない。人族の女性を見つけた。俺が行くより、ウィルの方が良いだろう」
「うん。人が居るのは気付いてたけど、どうするの?」
「恐らく五人だ。その内の三人は冒険者だから、何とか出来ると思うんだが」
「冒険者が捕まるって、それってどうなの?」
「分からん。新人だったんじゃないか?」
僕も新人なんだけど。そう呟きながら、ハワードに連れられて頑丈な扉が付いた小屋へ向かう。その前に立つと、すすり泣くような声が聞こえる。ハワードに即されて扉を開けると、女性たちが悲鳴を上げ、ウィルは両手で耳を塞いだ。行儀は悪いが足で扉を蹴り閉めると、その音にも女性たちは悲鳴を上げている。
物見櫓で休んでいたフィーにも女性たちの悲鳴が届いたらしく、ウィルの元へ飛んできた。ウィルは、危険だからとフィーに離れた場所から見ているように指示を出して、再び扉を開ける。
今度は悲鳴が上がっても扉は閉めず、ウィルは室内を確認した。ハワードの話していた通り、五人の女性が腕を縛られた状態で部屋の隅に固まっている。どの女性も、衣服に乱れはない。どうやら、未然に防げたらしい。そのことに安堵して、ウィルは首を傾げた。女性たちの中に見覚えのある顔がいたのだ。しかし、止まない悲鳴に限界を迎えたウィルは、扉を閉めて外へ出ることにした。
「無理。あんな状態じゃ、僕が声を掛けても聞こえないよ。扉を開けると、条件反射みたいに声を上げるんだもん。ただ、悲鳴のお陰かな? 彼女たち、何もされてないよ」
「そうか。だが、攫われただけでも恐ろしかっただろう。しかし、放って置く訳にいかない」
「そう言われても、僕じゃ無理。帰るまで、小屋に居てくれた方が邪魔にならないよ」
「しかし、そう言う訳には……」
聞こえ続ける悲鳴を聞いて、ハワードは困った顔で小屋を見る。男性のハワードより少年のウィルであれば、女性たちも受け入れることが出来るだろう。そう判断してウィルを呼んだのだが、意味がなかったようだ。
ウィルへ目を向ければ、こめかみを押さえて眉を寄せている。これ以上、無理強いする訳に行かず、ハワードは溜息を吐いた。
「なんとかする方法があればいいんだが……」
「ねえ。ノーザイト要塞砦騎士団には、女性の騎士さんがいたよね?」
「ああ。数は少ないが在席している」
「なら、その騎士さんを連れて来た方が早いよ。女性なら、対応の仕方も分かると思うし。正直、助けても歩けると思えない。とりあえず、討伐したオークと使えそうな物は、僕のポーチに収納して後片付けを進めておくから、ハワードは女性の騎士さんを呼びに行って」
「……そうだな。その方が早いか」
闇夜であれば、ハワードが擬態を解いたままノーザイト要塞砦付近まで駆け抜けられる。彼女たちが歩けなければ、馬車が必要になる。集落を解体する人手も必要だ。ハワードはウィルと話し合い、役割を分担するとオークの集落を離れた。