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グラティア 〜少年は平穏を望む〜  作者: 玄雅 幻
魔物の集落と元従者の迷妄
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 ウィルは、ハワードと街道を歩いていた。向かう先は、街道沿いの山中。執務室でアレクサンドラと会い、ガイの説明でウィルが山中で十二体のオークを討伐したことを話し、ノーザイト要塞砦から三時間程度で着く場所だと知って、早目に確認する必要があるとアレクサンドラも判断したのだ。




 オークの集落は、大抵三十~五十体で作られる。大きい集落になると百体以上になる。しかし、三十体であったとしても脅威であることに変わりない。統率力や判断力などは人族に劣るが、知能は魔獣にしては高く戦闘力に至っては、獣人族と同等なのだ。


 通常、冒険者がオークの集落を発見した場合、冒険者ギルドへの報告義務がある。他の領地では、オークの集落を発見すると冒険者ギルドが緊急討伐として冒険者ギルド内で募集をかけて、一定数の冒険者を集めて討伐を行なう。また、冒険者ギルドが開設されていない領地では、傭兵や領主の私兵が討伐を行う。


 だが、オズワルド公爵領では、冒険者ギルドで討伐は行なわれない。必ずノーザイト要塞砦騎士団が行う。それは、オズワルド公爵領が魔境に近く、集落を作るオーク種が通常のオーク種より上位のオーク種の数が極めて多い所為だ。


 オズワルド公爵領に出没する魔物は、最低でもDランク以上。他の領地で出没するEランク、Fランクの魔物は、まず見られることがない。


 貴重な素材や武器が取得できるオークの集落討伐。それでも、冒険者ギルドはオズワルド公爵領での緊急討伐を断念していた。理由は、優秀な高ランクの冒険者を失う可能性が高いということ。それだけオズワルド公爵領は危険な場所なのだ。


 その代わり、オークの集落の発見報告の見返りとして、冒険者ギルドはノーザイト要塞砦騎士団が殲滅した魔物の素材などを受け取れるように要求した。その割合は、五割と多分であるが、オズワルド公爵領としては、勝手な行動を取られ、オズワルド公爵領に住む民に被害が出るよりも良いと判断し、冒険者ギルドの要求を受け入れた。






 アレクサンドラに一任されたマーシャルは、思案していたが顔を上げるとウィルへ視線を向けた。


「ウィル。貴方一人で討ち洩らすことなくオークを処理できますか?」

「マーシャル!」

「集落があると確定しているわけではありません。可能性があるというだけです。それに、ウィルなら集落があったとしても、一人で殲滅が可能だと思います」


 マーシャルの言葉に、ウィルより先にガイが反論するが、マーシャルはウィルから視線を外すことなく答えを待っている。確かに普通であれば、第二師団を百名ほど必要とする。しかし、戦闘をする数よりも周囲を警戒する者の数が多い。それは、オークに救援を呼ばれないためであった。


「どの位の集落があるのか見てみないと分からないけど……逃がすことはないと思うよ?」


 要は、先に集落を結界領域で囲ってしまえばいい。後は、ゆっくり討伐するだけだ。だから、殲滅出来ないことはない。その答えを聞き、マーシャルは頷く。


「ならば、特別依頼としてウィルに任せましょう」

「だが、オークの種類も数も何も分かってないのだ。危険すぎる」

「ですが、ウィルの話を聞く限り、猶予はありません。ウィルが倒したオークは、十中八九斥候です。その斥候が帰って来ないとなれば、恐らくオーク達も今夜中に動き出すでしょう。ガイ、今の騎士団に余力はありません。それは、ガイにも理解できているはずです。念の為、ハワードがウィルと共に向かってください」


 夜になる前に着いた方が良いだろうというマーシャルの判断で、家に帰る時間も与えられず、騎士団の箱馬車に乗せられたウィルはノーザイト要塞砦の大門へ向かった。





 そうして街道へ出たウィルとハワードは、箱馬車を降りて歩き出した。ハワードは騎士服から私服に着替え、その背中には魔弓がある。


「ハワード。付き合わせてごめんね」

「これは、任務だ。ウィルが謝る必要はない」

「でも、怒ってる」

「……」


 溜息を吐き出し、ハワードは足を止めた。確かに怒りはある。但し、今回の件で怒っているわけではない。己の肉体が壊れることを知っていて、龍術を行使したウィルに怒りを抱いていたのだ。私服に着替える時、ガイから話を聞かされていただけに、ハワードは怒りをぶつけることが出来なくなっていた。


「ウィル。お前の命は、確かにお前のものだ。だが、ウィルが亡くなれば、それで悲しむ者が存在することを覚えてくれ」

「悲しむ者?」

「そうだ。ウィルが櫻龍と白竜を失って悲しんだように、龍の住処に住まわれる彼の方々も、俺達も、そして何より彼の神も、ウィルの命が失われたら悲しむ」

「……あ」


 今まで気付いていなかったのだろう。ウィルは驚いた顔で、ハワードを見ている。


「それに、肩に乗る幼龍をどうするんだ?」

「えーと。名前があるから、堕龍にはならないよ?」

「それでも、幼龍は悲しむ」

「キュイ!」


 同意するように鳴き声を上げたフィーにハワードが手を伸ばせば、その手を興味深そうに見つめている。人族の姿をしているが、ハワードはハイエルフだ。その本質をフィーは見抜いているのだろう。言われたことに対して、ウィルはしゅんとしている。


「それは……そうだけど」

「次から、気を付けてくれればいい」

「うん。そうする」


 伸ばしていた手で、そのままウィルの頭を撫でると、はにかんで見せた。己のことを気にしてくれる人がいる。そのことを知り、ウィルは嬉しい気持ちと恥ずかしい気持ちが沸き上がった。


 再び歩き出したハワードを追い、ウィルも歩き始める。そうして、ウィルは自分の状態を話し始めた。ウィルの魔力が龍力に変換されるようになったこと。生命力を使わずとも龍術を使うことが出来るようになったこと。話の内容に驚きはしたものの、ハワードは深く追求するような真似はしなかった。


 再び訪れた静寂の中で、ウィルは脚元の砂利を見ながら歩く。


「ハワード。……今度、あの人達のお墓に行きたい」


 誰と言われなくとも、あの夜に散った第三師団の者達のことだと、ハワードに伝わったのだろう。前を歩くハワードの背が少しだけ揺れた。


「ああ。会いに行けば、あいつ等も喜ぶ」

「うん」




 そうして歩くこと、二時間。ウィルが街道へ出て来た場所に辿り着いたのは、夕暮れが迫る時間帯だった。辺りを見回しても、人影を見ることは出来ない。


「オークを倒した場所に着く頃には、完全に日が暮れると思うけど……」


 山を見上げるハワードに問い掛け、ウィルも山へ視線を向ける。予想以上に、ノーザイト要塞砦に近い位置。そのことに、ハワードは危機感を抱いていた。


「マーシャルが言った通り、猶予はないな。このまま、山へ入るぞ」


 今までもオズワルド公爵領近辺に、オークの集落が出来たことはある。それでも、ノーザイト要塞砦付近に作られることは皆無であった。それは、オークもノーザイト要塞砦が難攻不落であることを知っているためだ。ウィルの倒したオーク達が斥候であったなら、帰って来ないことを不審に思っているだろう。


「ウィル、少し急ぐぞ」


 ハワードは山中に入ると擬態を解いて、全力で走り出す。ハワードから離れないように、フィーを腕に抱いてウィルも走り出した。


「どうしたの?」

「嫌な予感がする」

「もしかして、フォスがこの山に僕を転移させたのって、これが理由だったのかな?」

「わからん……この山で、集落を作れそうな場所は限られている。ひとまず、そこへ向かうぞ」


 ウィルの問い掛けに答えず、そのまま駆け続けると暗い森の中に灯りが見え始め、ハワードは足を止める。後ろを付いてきたウィルはハワードの横に並ぶと、その灯りへ目を向けた。


「うわ……凄い、ね」


 ウィルが小さな声で呟くと、同意するようにハワードは頷いた。丸太で作られた塀。その奥には丸太で作られた小屋が幾棟も見え、外から窺うだけでも、武装した数十体のオークが存在していた。中央には、物見櫓のような建物まで存在している。


「最悪だな。ここまで大きな規模の集落を見落とすとは……」


 山々の巡回を行なうだけの余裕がなかった。だからこそ、この規模になるまで気付くことが出来なかったのだ。しかし、それは言い訳に過ぎない。ここまで大規模な集落を、ウィル一人に任せることは出来ないだろう。そう判断して、ハワードが立ち上がろうとしたが、それよりも先にウィルが龍刃連接剣を取り出した。



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