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出迎えたタマラは、ウィルの肩に乗るフィーの姿を見て、安堵の吐息を吐き出した。あれ以上のことが起こることはないと分かっていても、心配なことに変わりはない。
「大丈夫だったかい?」
「はい。ありがとうございました」
「やめとくれ。あたし等は何もしてないさ」
会話をしながら、店の裏に案内されるとウィルは早速オークをウエストポーチから取り出す。三体目を取り出すと、その場にいた三人がギョッとした目でウィルを見る。
「ウィル、それは……」
「うん。なんか、隊長さんぽいよね。僕には、このオークが何なのか分からないけど、知ってる?」
隣に並べられたオークに比べ、ひとまわり大きいオーク。血抜きだけ済ませ、装備品なども身に着けられたままの状態だ。隊長とウィルが呼んだのは、装備品が先に取り出したオークよりも良い装備品だったこともある。
その装備品をクライドは手早く取り外し、ウィルへ手渡していく。ウィルとしては、そのまま渡すつもりでいたのだが、クライドがオークの肉だけでいいと断った。
ウィルが受け取った装備品へ視線をやり、ガイは溜息を吐く。確かにアルトディニアの魔物を知らないウィルから見れば、どのオークも同じに見えてしまったのだろう。
「このオークは、リーダーオークだ」
「リーダーオークって、何?」
ガイが予想したとおり、ウィルは知らなかった。オークの種類は、オーク・オークソルジャー・オークメイジ・リーダーオーク・ジェネラルオーク・ロイヤルオーク・オークキングと細かく分類されている。
一般的に知られているオークとは異なり、他のオークは賢く、人語を理解し会話が成り立つ。ただし、会話が成り立ったとしても、魔物であることに変わりはない。オークはCランク、オークソルジャーとオークメイジはBランク、リーダーオークはAランク、ジェネラルオークもAランクだが上位の魔物になる。ロイヤルオークは極めてSランクに近く、オークキングはSランクの上位に含まれるとウィルに説明をする。その隣で、クライドと共に作業をしていたタマラが顔を上げた。その顔は、険しい。
「リーダーオークがいるってことは、他のオークも居るだろうね。集落が近くにあるってことかもしれないよ。早目に潰さないと、狩りを始めるんじゃないかい?」
「騎士に確認へ行かせよう。ウィル、その付近で丸太で作られた家のような物を見なかったか? せめて、場所の説明をしてもらえると助かるのだが」
「うーん。丸太の家……。なかったと思う。場所の説明は、一緒に行けば出来るだろうけど」
ガイに場所を教えようにも、如何せん地図を知らないウィルは、一緒に行くしか教える方法がない。とにかくノーザイト要塞砦騎士団へ向かうことになり、残りのオークを取り出すと、タマラの予想通り、リーダーオークだけではなくオークメイジも含まれていた。
タマラはオークの代金だと言って、銀貨の入った袋をウィルに手渡す。普通のオークに比べ、名称が付くオークは肉質が良く、店に出回ることもない肉に満足したと言って、ウィルが断ってもタマラは無理やりウィルに持たせた。その隣にいるクライドも、ウィルを見て頷いて見せる。
「これは、事前にオークの襲撃を防いでくれた礼も兼ねている。受け取ってくれ」
オークが人族を襲撃する一番の目的は、女性を攫うこと。それは、男性体しか存在しないオークが、繁殖を行なおうとしているためだ。攫われた女性が、どうなるのか。それを考えるだけで、ウィルはゾッとする。
「分かりました。受け取ります。今度は、ご飯を食べに来ますね」
「ああ。来る時には連絡をくれ。君の好きそうな物を準備しておく」
「ありがとうございます」
挨拶を済ませると、ウィルはノーザイト要塞砦騎士団の詰所へと向かう箱馬車へ再び乗り込んだ。
到着した詰所内部は閑散としていたが、窓から見える敷地内は、騎士や大工と思しき者達が忙しそうに動き回っている。
「騎士さん達、何処で生活してるの?」
「ノーザイト要塞砦に自宅がある者、家族や親族が暮らしている者達は、極力そちらへ帰ってもらうようにしている。遠方の者は、主に敷地内にある屋内訓練場や会議室を利用しているが……ゆっくり休むことは難しい。疲労が溜まっているだろう」
「ガイ達は? 帰ってこないって、伯爵様が話してた」
「城へ普通に帰るとなれば、一日近くかかるから、帰るのは無理だ。それに、俺達には執務室が与えられているからな。そこで休む方が、何か起きた場合の対処に困らない。今は、官舎と大食堂、そして食料庫を建て直すことを最優先して動いている」
住む環境を一日も早く整えなければ、騎士が体調を崩し、任務に支障を出す恐れがある。そう語りながら、ウィルは以前と同じようにアレクサンドラの執務室へ案内された。
そうしてソファに座らされたウィルは、マーシャルから謀反が起こった経緯と裏で暗躍していた者達の存在を聞かされる。ハロルドを含めた首謀者達の処刑は、まだ執り行われていない。ハロルド以外に、ジョセフィーヌと繋がりがあった者がいないか、再度調べ直している最中だとマーシャルは話を纏めた。
「……その話って、僕に話して良かったんですか?」
膝にフィーを乗せたまま、前に座るアレクサンドラへ問い掛ける。アレクサンドラは、マーシャルがウィルに説明をする間、ずっと瞳を閉じ、静かに聞いていた。ウィルの問い掛けに、瞼を開けたアレクサンドラは、ウィルを直視すると小さく吐息を吐き出した。
「まずは、ノーザイト要塞砦騎士団を取り纏める総長として、詫びと礼を言わせてくれ。少年であるウィルを戦場へ巻き込み、すまなかった。そして、ノーザイト要塞砦を救ってくれたことに感謝する」
「……アレクさん」
ノーザイト要塞砦警備隊の本部では気付かなかったが、アレクサンドラを見れば、以前会った時に比べて痩せている。目の下にクマもあり、顔色もあまり良くない。
「アレクさんの謝罪と感謝を受けとります。どうか、頭を上げてください」
「感謝する」
ウィルが謝罪を受けとり安堵したのだろう。ソファの背凭れに背中を預けると、アレクサンドラは大きく息を吐き出した。
「話して良いか悪いかで言えば、機密事項も含まれているのだから悪い。しかし、たとえ隠してもウィルならば真実に気付く。だが、それでウィルは納得できるか?」
「それは……たぶん、出来ません」
「だろうな」
クスリと笑い、再びウィルと視線を交えたアレクサンドラは真顔になって、口を開く。
「詫びはしたが、私はウィルの能力を魔境で龍王の眷属を救おうとした姿を、この目で見て知っている。ウィルの持つ能力は、我々が束になっても敵わぬものだろう。再びオズワルド公爵領が脅威にさらされる時、オズワルド公爵領と近隣の領地を守るためならば、私は迷わずウィルの能力を利用するぞ」
真面目な顔でウィルを利用することを告げるアレクサンドラに、ウィルは笑うしかない。言わなくても良いことを、わざわざ知らせるのだ。ウィルに対して、逃げ道を作ってくれているのだと分かる。
「……構いません。僕は冒険者ですから、依頼してください」
笑顔で了承すると、今度はアレクサンドラが笑う。
「なるほど。ならば、早く冒険者ランクを上げてくれ」
「そんな簡単じゃないです。僕、Eランクですから」
「そうなると、当分は特別依頼ということになるな」
クスクスと笑い合っていると、ガイが立ち上がり、アレクサンドラにオークの集落がある可能性を知らせ、空気が張り詰めたものへと変わった。