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フィーを抱き締めたまま、ウィルはガイの顔を見上げる。
「ちょっと、待って。そんな話、伯爵様から聞いてないよ? 第一師団の騎士さん達が、壊滅って……どういう、こと?」
「ウィル?」
「答えてよっ」
叫ぶような声に、ガイはマーシャルに聞かされた話を思い出し、息を呑む。
家への襲撃でウィルを守り、亡くなった第三師団の騎士たち。ウィルが負傷したマーシャルの元へ向かう最中、大通りでウィルを襲撃した特務師団の騎士と応戦し、亡くなった第一師団の騎士たち。そうして、ウィルを戦場へ立たせてしまったと、懺悔するようにマーシャルはガイとハワードに語ったのだ。
「……儂は、第一師団の騎士は、百十九名が命を落としたと聞いておる。第一師団単体では、その倍以上の騎士達が負傷した」
ガタガタと震えるウィルの身体を支え、ガイが答えあぐねていると、代わりにベントンが答えた。
「……その人達が負傷した、亡くなった場所は……もしかして、大通り?」
「違うっ!」
「嘘吐かないでよ!」
「確かに大通りで亡くなった者もいたが、彼の場所以外も戦場だったのだ!」
「そんなの、言われなくても知ってる! あの場にいたのは僕なんだっ」
ガイが否定しても、確かにあの晩あの戦場に立っていたのはウィルだ。確かに戦場だった。しかし、それはウィルを殺そうとする者と、守ろうとする者たちの戦場だった。
「落ち着け、ウィル」
……自分が人を切り刻むよりも、多く見る夢がある。それは、櫻龍や白竜が天へ還る夢。そして、第三師団の騎士や第一師団の騎士が自分を守り血塗れになって倒れていく夢。
『止まるな、少年! 行けっ!』
『ここは、俺達が引き受ける!』
『師団長を頼んだぞ!』
『振り返るな! 行けえぇぇぇっ!』
第三師団の騎士の声が、切り結ぶ音が、ウィルを庇い倒れていく第一師団の大勢の騎士が夢に現れるのだとウィルが語ると、ガイはフィーごとウィルを抱き締め、ウィルの額に自分の額を重ねる。
「ウィル。俺たち騎士は、常に死を覚悟している。この街の民を守ることが騎士の役目であり、俺達の誇りなのだ。ウィルには理解できないかもしれない。だが、ウィルを守った騎士たちは、それを誉れとして亡くなることができたのだ」
言い聞かせるようにガイが口にした言葉を聞いて、ウィルはクシャリと顔を歪める。同じ言葉を、あの晩にマーシャルからも言われたのだ。
「マーシャルも同じこと言ったよ。だけど……死んじゃったら、お終いなんだよ? 大切な人や……家族に会えなくなるんだよ?」
「ああ。確かにウィルの言う通りだ。それでも、お前を守ることで、マーシャルを生かすことが出来た。この街を守ることが出来たのだ。そして、謀反の首謀者たちを捕らえることが出来た。それは、此度の戦いで亡くなった騎士たちの誉れとなる」
司令塔であるマーシャルが亡くなっていれば、ノーザイト要塞砦が陥落することはなくとも、街は大きな被害に遭っていただろう。
「以前、冒険者ギルドの前でマーシャルと三人で話したことを覚えているか? 忠誠を誓う相手は一人でなくてもいい」
死んだら終わりという言葉に頷きながらも、ウィルの目から零れ落ちそうになっている涙を指で拭い、ガイは問いかける。真っ直ぐと見返す瞳には、もう怯えは見られない。
「護りたいと思う相手が多ければ、その分強くあれ」
「そうだ。忠誠を誓う相手は自分で見つけ出せ。大切な人を護る意志が大事なのだという言葉だ。ノーザイト要塞砦に残っていた第一師団の騎士たちは、民を守ると誓った者達が多かった」
民を守るということ。それは、オズワルド公爵領で、一番尊い誓いだ。民の尊厳を守り、民の命を守る。人族は、脆く儚い。それでも、この地に住む全ての種族を守るために生きる騎士たちをガイは誇りに思っている。
「気に病むなということは、容易いことだ。だからと言って、ウィルに騎士の死を背負えとも言わない。だが、そういう騎士が居たことを忘れないでほしい。それだけで、亡くなった騎士は、浮かばれるのだ」
「……忘れないよ。絶対に忘れない」
「それでいい」
頷き返すウィルの姿に、ホッと安堵の吐息を吐き出し、ガイは額を離すとベントンへと向き直った。
「カバネル前師団長の憂いは、俺にも分かる。だが、俺達はノーザイト要塞砦騎士団から退団しても、オズワルド公爵領を離れるわけでも、剣を捨てるわけでもない。違った形で、オズワルド公爵領に貢献することは出来る」
ガイの言葉にベントンは頷きつつ、今代の師団長たちを思い出す。全て、オズワルド公爵が師団長に命じた者たちだ。その采配は見事だったが、如何せん曲者揃いなのだ。
第一から第三は、言わずと知れたマーシャル、ガイ、ハワード。マーシャルは、スキルズテイマーとして戦略・策謀に長けた者達を率いて、ガイは戦闘に特化している師団を、ハワードは隠密・諜報・潜入に特化した師団を率いていた。
第四師団師団長ディーン・ファーガスは、魔獣研究家として有名で、弱点特攻に優れた師団を率いている。ルグレガンを守護しつつ、魔境へ潜っては魔獣を観察しているらしい。
第五師団師団長ダリウス・コンラッドは、兵器の専門家で、師団も大型兵器の取扱いが上手い騎士が集まっている。師団長の中で、唯一の妻帯者で、子煩悩で愛妻家としても有名だ。元騎士の奥方と新しい武器を考案しては、各地に配備してまわっている。
第六師団師団長ロイド・オニールは、人心を操作することに長け、師団も人を護ることに長けた者達が集められている。巡回コース上にある村や街の連携を強め、民兵団を育てている。
そして、その全てを纏める総長は、女傑として有名なアレクサンドラ・オズワルド。第一師団、第三師団は任務内容自体が他の師団と異なっていたが、歴代のノーザイト要塞砦騎士団を見ても、ここまで特色が分かれる師団はなかった。
「はあ……。個性が豊かすぎるのも、問題じゃわい。お主らの後を引き継ぐ者等が苦労するだろうに……」
言われている意味が分かったのだろう。その内の一人であることを自覚しているガイは苦笑して頷いた。ベントンは、フィーを抱き締めたまま立ち尽くすウィルを見て「勿体ない」と零したが、それ以上言うことはなく立ち上がり扉へと向かった。
先に取調室を出た三人は、既にノーザイト要塞砦騎士団へ帰還したことを警備隊隊員に聞かされ、ウィルをノーザイト要塞砦騎士団の箱馬車へ無理やり押し込むと、ガイは見送りに出てきたベントンへ振り返る。
「恐らく……俺は、後継から外れます」
「……ふむ。矢張り、奥方殿と連峰に住む者達とは相容れなんだか」
ガイは頷くと、敬礼をして箱馬車へ乗り込む。そして、そのまま箱馬車は動き出す。
「強すぎる能力故に疎まれ、畏怖される……か。難儀よのう……お主もハワードも……そして、マーシャルも」
見送るベントンは、その箱馬車を見詰め、誰に言う訳でもなく呟いた。