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マーシャルとハワードは、アレクサンドラと共に退出してしまい、取調室に残されたのはベントンとガイ。そして、ウィルとフィーだけになった。気まずそうな顔を見せるガイに、ベントンは溜息を零し椅子へと腰かける。
「……儂が坊主に興味を持ったのは、お主らが隊長に書き送った書状の所為もある。しかし、それだけではないんじゃ」
誰に語り掛ける訳でもなくベントンは話し出した。
「今回の謀反、確かに老害共の所為じゃろう。二年前のことがなければ、起らんかった。儂は、それが悔しくてならん。お主等には、後継を育むことも出来ず退団するしかなかった儂らの無念さが判るまい。王都の者等に懐柔された副師団長共のことも、儂らの注意が行き届かなかったがために起きたことだ。儂らがやってきたのは、なんだったのか……」
二年前、壊滅してしまったノーザイト要塞砦騎士団。ベントンも重傷を負い、退団するしか残された道はなく、それでも後継を望み、こうやって訓練官としてノーザイト要塞砦に残っている。それは、選択の余地なく退団していった同胞達の願いでもあった。
「っ……」
ガイは、前総長と共に最期まで戦い続けたカバネル前師団長の姿を知っている。第四師団長は魔力を使い果たし、第二師団長は、剣を持つ腕を失くし、第三師団長は命を落とし、ベントンは脚を失った。第五師団長も第六師団長も未だ意識が戻っていないと聞く。それでも、彼らは街を守るため民を守るため、必死に戦い続けたのだ。
大勢の騎士が亡くなった。それでも、街が戦場とならなかったのは、その身を犠牲にして戦い続けた前師団長たちと前総長ハーバード、多くの騎士たちの力があったからだ。
「カバネル前師団長は、立派に勤めを果たされたではないか。老害共の件やハロルドのことは、カバネル前師団長には関係ない!」
ウィルを離して、ベントンの前に立つとガイは全力で否定する。しかし、ベントンは無言で首を振った。
「今回の謀反、手口が余りにも二年前に似ていた。違うか?」
二年前。その時、第二王女がオズワルド公爵領を公式視察に来られたこと、その帰路に着かれることで、今回と同じように師団が通常の配置から離れていた。
そして、貴族院から第一師団の精鋭部隊が直々に王都まで第二王女を護衛するよう布令が出された。第二女王と第一師団の精鋭を、第二師団が隣の領主が統治する領都まで護衛の任務に赴いた。
第二王女がオズワルド公爵領を離れても、第一師団の精鋭とノーザイト要塞砦の要である第二師団が留守の間、第四師団と第五師団の半数は、ルグレガンとセルレキアに帰還することが出来ず、ルグレガンとセルレキアが魔物の襲撃を受けたと知らされた時も、まだノーザイト要塞砦に留まっていた。
そうして、領地を巡回中であった第六師団を残し、第四師団と第五師団をルグレガンとセルレキアへ向かわせて半日。普段であれば、国境を越えることがないガルレキア連合国の軍から、非公式で問い合わせが来た。曰く、オズワルド公爵領に戦争の支度をしている恐れありと密告があったのだと。
予想だにしない出来事に、オズワルド公爵は自らガルレキア連合国の軍が守る国境沿いの砦へ向かうことになり、護衛任務のため、第六師団もノーザイト要塞砦を離れた。
ノーザイト要塞砦に残されたのは、総長ハーバードが率いる精鋭部隊とベントンが率いる第一師団の約半数。そして第三師団。そうして、手薄になったノーザイト要塞砦が、Sランクの魔物に襲撃を受ける。
結果だけみれば、全ての街は防衛でき、陥落は避けることが出来た。しかし、ノーザイト要塞砦騎士団は総長を筆頭に、第一・第三・第四・第五師団の師団長を失い、騎士三千八百五十一名が命を落とし、二千名近くの負傷者が出た。
その全てが、仕組まれたものであると判明したのは、戦いが終わった後。防衛拠点であるルグレガン、セルレキア、ノーザイト要塞砦の魔物の襲撃は、魔物寄せの香が使われた計画的もの。ガルレキア連合国へ嘘の密告をした者も、追跡できないよう工作がなされていたが、レイゼバルト王国の貴族からガルレキア連合国にもたらされたものと判明した。
「――そして、今回の謀反」
今回、エドワード王太子が非公式でオズワルド公爵領を訪れていた。非公式といっても、王都にエドワード王太子の姿がなければ、誰でも調べる。そうして、非公式をいいことに他領からエドワード王太子と接触しようという不心得者が現れた。エドワード王太子と同じ警備隊に所属しているベントンは、いち早く気付きオズワルド公爵へ進言した。
結果、第四師団と第五師団がルグレガンとセルレキアを離れるという事態を引き起こす。それでも、まだ第六師団があるとベントンは考えていた。しかし、こんな非常時に再び貴族院から布令が出された。次期領主セドリックの帰還命令だ。第六師団は、ノーザイト要塞砦を離れることを余儀なくされた。恐らく、その時点で不審を抱き始めたマーシャルが動き出していたのだろう。
「――そうしてマーシャルは、わざと二年前と同じく、ノーザイト要塞砦が手薄になったように見せて、敵を謀ったんじゃろうな。しかし、それだけで同じような状況が作り出せるはずがない。敵も、同じく二年前を模倣したことが窺がえる。もし、そうであったなら……二年前と同じように、冒険者を隠れ蓑にした者が紛れ込んでおったんだろう?」
ウィルにも分かるように配慮して、ベントンは二年前の出来事を語った。そうして語り終えると目頭を押さえる。
「儂とて、長く第一師団を取り纏めてきた者じゃ。老いても、まだ耄碌しとらん。最後の信号弾は魔境から撃たれておった。それくらい、わかる」
第一線を退いても、独自の情報網まで手放したわけではない。そこまで話をして、大息を吐き出したベントンはガイからウィルへと視線を移す。ウィルは、黙ったまま二人を見詰め、その話を聞いていた。
「そして、お主らが大事に抱え込んどる坊主は、儂や小童と変わらぬ能力を持っとるじゃろう。否、儂やマーシャルを越える能力だな」
その鋭い視線は、年老いた老兵のものではなく、第一線で戦う戦人と変わらぬ眼差し。
「……」
「図星か。相変わらず、分かりやすい奴じゃ」
カカカと盛大に笑い声をあげると、その眼差しを和らげ、再びウィルへ目を戻した。
「坊主は、その幼さ故未熟じゃ。しかし、正しく導けばオズワルド公爵領にとって必ず頼もしい力となる。そう、儂は見込んだのじゃよ。小童……モランは、第一師団を率いていくに十分な才がある。しかし、其方ら二人は、そう遠くない内に騎士団を離れる。そうなった時のためにもモランと共に並び立てるような有力な者を探さねばならん」
「マーシャルは……マーシャルも長くは続けられない。ハワードも恐らく無理だ」
「そうか、モランもハワードも離れるか……。そうなれば、なおもってノーザイト要塞砦騎士団の将来が不安じゃのう」
「どうして、ガイ達が騎士団を離れるの?」
ガイの言葉に肩を落とすベントンを見て、ガイは拳を握る。その後姿が、とても悔しげでウィルは思わず口を開いた。ラクロワ伯爵を継ぐガイが騎士団を退団する。それならば、ウィルにも理解できる。マーシャルやハワードに至っては、理由さえ分からない。
「それが、オズワルド公爵領が騎士団を持つための約束事だからじゃ。レイゼバルト王国の騎士団は、人族が所属することと定められておる。他種族がノーザイト要塞砦騎士団に在籍出来るのは五年間と定められておるんじゃ」
ウィルの質問に答えたのは、ベントンだ。約束事とウィルは呟き、ガイに近寄ると、その腕を引く。
「そんなの、変だよ」
「ウィル……」
「だって、オズワルド公爵領には、他種族が多いんでしょ? それなのに……って、もしかして他種族が多いから? 他種族の能力を恐れて?……だから、人族に限定されてるの?」
困ったような視線をウィルに向け、ガイは名前を呼ぶ。ハワードは在席できる年数が過ぎ、ガイも在席できる年数が過ぎようとしている。そして、亜人となったマーシャルも、そう遠くない時期に退団することになる。
それは、オズワルド公爵領が辺境伯であった頃、五代前のレイゼバルト国王と四代前のオズワルド辺境伯の取り決めが元となっていた。
四代前以前のノーザイト要塞砦騎士団は、オズワルド辺境伯の私兵団として活動をしていたと騎士団に残る書類にある。騎士団と私兵団では、持てる兵士の数が大きく違い、そのため度々魔境からの被害を受けていたとも。
その私兵団を騎士と認め、騎士団として擁立することを認める代わり、オズワルド辺境伯の嫡男と第一王女の婚約をオズワルド辺境伯に強く求めた。四代前のオズワルド辺境伯嫡男は、他種族も騎士として認めるならばと王に返答した。
そうして、王から返された言葉は、『たとえ、他種族であろうとも、貴族として民を守る立場である限り、騎士団に五年の在席は認める』であったのだ。その結果、第一王女はオズワルド辺境伯の嫡男に降嫁することとなり、オズワルド辺境伯は公爵へ陞爵されたのだ。
「ベントン殿は、父リゲルの友人で、俺達が人族でないことを知っている数少ない人族だ。今、話した内容を知っている者は数が限られている。人族では、オズワルド公爵家の嫡男、ノーザイト要塞砦騎士団幹部とレイゼバルト王国の王位継承者にのみ知らされる。……元々、ラクロワ伯爵家の者がオズワルド公爵領で騎士となるために定められた約束だった。それが、いつの間にか、他種族全てにおいてと変わってしまった」
ガイは、ウィルに事の経緯を説明するように話す。そうして、オズワルド公爵と現国王との話し合いで、ガイ達の在席が壊滅したノーザイト要塞砦騎士団を立て直すまでと延ばされていることも話した。
「既に、ノーザイト要塞砦騎士団は建て直しが終わっていた。俺とハワードは、年内に退団する予定だった」
「そんな……。じゃあ、今度も――」
「無理だ。確かに謀反が起きて、ノーザイト要塞砦に残っていた第一師団は、壊滅に追い込まれたかもしれない。だが、全てではないのだ。第一師団の騎士達は、その殆どが……」
今までガイの話を黙って聞いていたウィルが、ハッとしたように顔を上げる。その目は、何かに怯えるような目付きに変わっていた。