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グラティア 〜少年は平穏を望む〜  作者: 玄雅 幻
新たなる旅たちと老兵の憂い
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 ウィルが息を呑む姿を見て、ベントンは笑った。そして、片笑みを浮かべる。


「ほっほっほっ。そうさのう、おおよその見当はついとるわ。今回の謀反、小童……マーシャルが深手を負ったと聞いとる。そして、それを治癒した少年が、総長やマーシャル達と共に魔境へ向かい、行方知れずとなったことも。その少年、お前さんだろう? 治癒魔法に長け、また戦闘も可能であれば重宝するのも頷けるわい。そりぁ、皆が気にする訳だ」


 あの晩、ノーザイト要塞砦騎士団の幹部が魔境へと続く門を開かれ、総長が何があってもノーザイト要塞砦側から開けることを禁じたこと。その報告を受けたのは、エドワード警備隊隊長の代わりに警備隊を指揮する副隊長とベントンであった。


 そうして、次期領主であるセドリックが帰還し、関連した者達が見守る中、再び門が開かれる時を待った。総長であるアレクサンドラが帰ってきた時、任務を遂行できたというのに晴れ晴れとした顔でなかった理由を、ベントンはその日のうちに知った。魔境へ続く門を潜った者が、一人帰って来ていないと潜らせている部下が知らせたのだ。

 少年を知る者たちが挙って、置いてきたのか、亡くなったのかと詰め寄ったそうだが、返ってきた言葉は、いずれ帰ってくるとだけ。騎士からは、魔境へ派遣する捜索隊をという声も上がったが、少年の件は総長の厳命で箝口令が敷かれたと。


「安心せい。この事を知っとるのは、僅かな者だけで、その者達には騎士団から箝口令が出されておるわい。警備隊の隊長には話したが、隊長とて口には出来んよ」


 真一文字に口を結び、言葉を発さなくなったウィルに、ベントンは大きく溜息を吐いた。


「坊主。お前さん、もう少し狡賢くなれんのか。素直で真面目なことも、美徳だろうよ。だが、そんなんじゃ、そう経たんうちにぶっ壊れるぞ?」


 利用できる物を利用して、何が悪い。ラクロワ伯爵の名や、マーシャル達を利用すればいい。そう、ベントンが諭してもウィルは無言だった。よく言えば、素直で真面目だが、要は馬鹿正直で、融通が利かない頑固者のように見える。


「儂の部下にも同じような奴がおったが、坊主も同じか。何も、悪用しろと言っとるわけじゃなかろうに。友人を頼ることが、そんなに悪いことか? それとも頼れぬ何かが、存在するということか?」


 本部の入口で、ビリーとウィルが話していた内容を聞いて、ウィルが自分たちを警戒してスキルを閉ざした理由を知ることが出来た。今回の件は、正義感が強過ぎ、一方行へ突き進むビリーの矯正も兼ねていた。まさか、本部へ帰ってきてまでウィルに絡むとはベントンも想像していなかった。


「やれやれ。ちっと、いじめすぎたか。警備隊には、ラクロワ伯爵と騎士団、それにマーシャル達から連絡が来とったぞ。マーシャル達の方が坊主の性質を見抜いとるわい。坊主があいつ等の名を出すことを嫌うと書かれておったぞ」


 真実を告げても、ウィルは真一文字に口を結んだままベントンを見詰めている。


「頑なに拒む理由がある……ということか」

「…………」


 ウィルとしては、別に頑なに拒んでいるわけじゃない。未だ、距離感が掴めずにいるという方が正しい。彼らが、ウィルのことを大切に思っていてくれることは有難く、ウィル自身も彼らの事を同じように思っている。ただ、彼等とウィルでは有り様が違う。


「僕は、誰かを利用したいとか、そんな気持ちはないんです。伯爵様にしてもガイ達にしても同じです。伯爵様は、僕の御師様と友達です。ガイ達は僕を助けてくれた人たちです。そんな大切な人を利用するとか無理です」

「ならば、なぜラクロワ伯爵から頂戴した従魔の証を皆に見せた? 不用意に見せる物ではないぞ」

「それは……」


 しょんぼりと肩を落とし、再び黙り込んでしまう。冷静に考えて行動しなければならない。そのことを疎かにしてしまったのは、ウィルだ。


「タマラさん達に、フィーのことを認めてもらえて浮かれてしまったのだと思います」

「キュイー?」

「ほう? なるほど。それで、あの説教か」

「説教なんかじゃありません! 僕は、ただ伝えたかったことを言っただけでっ」

「儂には、説教に聞こえたぞ。まあ、坊主の言うことも正しかろうよ」


 確かにウィルが、あの場でビリーに話した内容にも一理ある。ビリーに対して、後ろ盾の有る無しだけで、簡単に判断されてしまうことも悲しいとウィルは言った。その内容は、概ね正しいだろう。実際、ベントンがビリーに語ろうとしていた内容とも一致していた。


「だが、あの場で言う必要があったかと、問われれば疑問が残るがな。どうして、そこまで話した?」

「フィーを……」

「キュィ?」

「ん?」


 今にも消えてしまいそうな声。己が名を呼ばれ、ウィルの肩から首を伸ばしフィーはウィルの顔を覗き込む。そして、ベントンも聞き逃すまいと耳を傾ける。


「フィーを、捕られたくなかったんです。フィーが、害を及ぼすかもしれないって、僕が、フィーを連れて回ることが危険だって、そう言われて。……フィーと離されたら、二度と会えなくなりそうで、怖くなって……。だから、絶対にフィーと、離れないで済むようにしたかったから……。ビリーさんには、悪いことしたかも、しれません。それでも、僕は、フィーと、離れたくないです」

「ギュィー」


 あの時、ビリーは『俺自身の考え』として話していた。ウィルには、ビリーの言葉が一時的にフィーと離れるのではなく、完全な別離のように聞こえてならなかった。


「フィーは、僕の大切な友達の、忘れ形見なのに……。新しく出来た、大切な友達で、大事な家族なのに……。お願いだから、僕から、フィーを⋯⋯友達を、奪わないでっ……」


 ウィルの顔を覗き込んでいたフィーを、ウィルは腕の中に包む。盟友と友を失った傷は、未だ癒されていない。まだ、盟友たちを見送って、一月も経っていないのだ。櫻龍や白龍の望みで、ウィル自身が彼等を天へ還すことになった。その彼等の姿が瞼の裏に焼き付き、離れない。心の奥で、悲しみがジクジクと痛みを訴えている。


 それでも生きている以上、辛くても前に進まねばならない。そういう意味では、龍の住処に留まることは、今のウィルにとって辛かった。かの地は、櫻龍と白竜の思い出に溢れている。


「僕は、フィーと離されたら、きっと……」


 盟友たちが天へ還る原因を作ったハロルドを、同胞である人族を恨んでしまう。そう思えて、ウィルは言葉を詰まらせた。蒼龍に悲しみに囚われてはならぬと忠告を受けている。それでも、何かをしていなければウィルの心は悲しみに染まっていくのだ。悲しみを払拭する方法など知らない。


 乗り越えるしかないことは、ウィルも重々承知している。しかし、癒えるには時間が必要だった。ぽろぽろと涙が溢れて止まらないウィルの顔を覗き込み、フィーはその顔の雫を舐め取る。


「ギュィー……」


 舐めとっても溢れ出てくる雫。とうとう、ウィルはフィーを抱きしめたまま、小さくうずくまり嗚咽を漏らし始めた。フィーは、原因となったベントンを睨みつけるように見上げる。


「ギュイッ!」

「いや、そんなつもりじゃなかったんだがなあ……」


 ベントンは、威嚇するフィーと泣き出してしまったウィルから視線上げて、部屋の扉へ向ける。扉越しに感じる鋭い怒気に溜息を吐いた。


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