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「ハッハッハ! 確かに、ビリーの今の質問は尋問と変わらんな。よって、ビリーが悪い。冒険者から、保護してやってほしいと言われたんじゃろうが! 坊主は悪人や酔っ払いじゃないんだぞ! ほれ、ちゃんと坊主に謝らんか! 坊主、儂の名はベントン・カバネル。警備隊の新人どもを訓練しておる訓練官じゃ。新人達の研修がてら、ここまで来てみたんじゃよ」
威勢のいい壮年の男性が、杖を突いて歩いてくる。ウィルに詰問をしていたビリーは、そのまま他の隊員達の中へ入ってしまった。
「しかし、坊主――」
「僕は、坊主じゃありません。ウィリアムです」
「ほっほっほっ。そうか、坊主じゃ気に食わんか。して、坊主よ。なぜ、武器も持たず街道を歩き回っていたんじゃ?」
「はぁ……。歩き回っていた訳じゃないです。ただ、今日は予定がなかったので大門が閉じる夕方までにノーザイト要塞砦に着けばいいと思ってました。街道を歩くだけなのに、ずっと武器を持ち歩く必要はないと思ったんです。すぐに取り出せますから」
ウィルが、オーバーウェアの下に着けているウエストポーチを見せると、ベントンは納得したように頷いた。
「しかし、このまま坊主をおいて帰ると、ノーザイト要塞砦警備隊としても困るのじゃ」
「そんなに、目立ちますか?」
「うむ。子供の一人歩きは目立つ」
「だから、子供じゃありません!」
ムキになって言い返すウィルの姿が、可笑しかったのかベントンは、大笑いを始めてしまった。ベントンから見れば、ウィルは自分の孫と歳は変わらないだろうと。だから、どうしても子供にしか見えなかった。
そうして、ひとしきり笑っていたベントンは、顎に手をやって、やや意地悪げな笑みを浮かべ、隊員達を見回す。
「坊主を一人にするわけにいかんだろう。儂は坊主と歩いて帰るから、お前達は隊務に戻って構わんぞ。ビリーは、帰ったら反省文を書いて提出じゃ。ほれ、坊主のギルドカードを渡して、さっさと帰れ」
「なっ! カバネル訓練官、そんなことが出来るはずがありません!」
「儂が帰れと言っとるんじゃ! お前達の指導ばかりで身体が錆びついてきおる。儂の鍛錬に付き合ってくれるというなら、帰ってもええがのう?」
その言葉に隊員達は、顔色を悪くした。ビリーも、そそくさとギルドカードをウィルに返し、皆のところへ帰って行く。
「なんじゃ。軟弱者どもが」
年老いても、片足を失っても、ノーザイト要塞砦第一師団の元師団長であり、元・司令塔ベントン・カバネルは健在だ。訓練でもベントンに勝った強者はいない。全員、ベントンに敬礼すると慌てて馬に乗り、振り返ることなく戻っていった。その様子を見て、ベントンはガハハと笑う。
「まったく、逃げ足だけは早くなって、今年の新人どもは骨がない。そうは思わんか?」
「それを、僕に聞かれても困ります。それに、僕と一緒で良かったんですか?」
「儂と一緒なら大門でも止められんじゃろ。特に、坊主の肩に乗っておる者のことは、何度も聞かれたくなかろうて」
そう言われてウィルは、あっと声を出す。確かにフィーのことを何度も聞かれたくはない。ベントンは、ニッコリ笑ってフィーへ手を差し伸べる。
「竜騎士たちが乗せてもらっとる竜とは違う様じゃが……主に似て随分と賢い。っと、警戒せんでもいいぞ? ほれ、自家製の干し肉じゃ」
「カバネル訓練官さんは、竜を知ってるんですか?」
「王都に竜騎士団があるからのう。まあ、戦のない世の中じゃ、国の飾りじゃよ」
フィーは、差し出された干し肉とウィルの顔を見比べている。食べていいのか悩んでいる様子だ。ウィルが許可を出すと、フィーは嬉しそうに干し肉へ噛み付いた。
「ほっほっほっ。行儀の良い子じゃ。坊主、儂は警備隊の本部におる。偶に連れて来てくれんか」
「警備隊って、遊びに行く場所じゃないです」
「坊主は、固いのう」
フィーが干し肉を食べ終わると。ベントンはウィルを促し、ノーザイト要塞砦へ歩き始めた。ベントンは取り留めのない話を、ウィルと語りながら街道を歩く。
ウィルは、ベントンの話す内容が、街の知らない情報やオズワルド公爵領の話だったため、熱心に聞いていた。そうしているうちに、早々とノーザイト要塞砦の大門まで辿り着いてしまう。ウィルは、せっかく街道を歩いていたのに、半分も散策できなかったと肩を落とし、大門へ向かった。
ベントンが儂と一緒なら大門で止められないと言った通り、検問を行なっている隊員はウィルとフィーを、あっさりと中へ通し、大門前広場まで二人で歩く。
「さて。それじゃ、本部へ一緒に来て貰おうかね」
「僕も行くんですか?」
「うむ。一応、話は聞かんとならん。そういう決まりだ。街道では儂が話してばかりで、坊主はほとんど話さんかったからな」
「むう。なんか、騙された気分です。でも、聞かれても答えられないことが多いですよ?」
ベントンの後を追い、ノーザイト要塞砦警備隊本部へ向かう。ベントンは先に奥へ入っていったが、入口には先程の隊員たちがいた。ベントンの後を追おうとすれば、その新人隊員たちに入口を塞がれる。
「いくら従魔の証を着けていても、建物の中へ連れて来るのはどうかと思う。外に置いて行け」
「ギュィー……」
口を出してきたのは、街道で詰問をしてきたビリー。フィーは、ウィルを見てフルフルと首を横へ振っている。その頭を撫でて、ウィルはビリーへ頭を向けた。
「駄目なんですか?」
「駄目に決まってるだろっ!」
「お、おい、子供に怒鳴ることはないだろう」
「う、うるさい。お前達は魔物が中に入ってもいいのかよ!」
「そ、それでも……。またカバネル訓練官に怒られるんじゃ……」
しょんぼりと頭を垂れたウィルの様子に、周りの隊員たちはビリーに声を掛けたが、引っ込みがつかなくなったのだろう。ビリーは、仲間の隊員にも怒鳴っている。
「じゃあ、預けられる人の所へ行っていいですか? フィーを預けたら、ちゃんと帰ってきます」
「そう言って、逃げる気だろ!」
ウィルなりに必死に考えた妥協点だったのだが、それもビリーは却下してしまった。それには、フィーも頭を下げてしまう。
「フィーの所為じゃないよ。帰ろうか」
「ギュィー……」
「おい、勝手な行動をするな! どこに帰るというんだ!」
「ノーザイト要塞砦の外です。街に入るのが悪いなら、街の外へ戻ればいいんですよね?」
「そんなこと、認められるはずがないだろう! っ!」
「⋯⋯何がしたいんですか?」
ぺこりと頭を下げて、本部から離れようとするウィルの腕を、咄嗟にビリーは掴まえていた。ビリー本人も驚いた顔で、自分の腕を見ている。ビリーがガントレットを着けていた左腕を掴んだため、ウィルにダメージはない。
「だ、誰も悪いとは言ってない!」
「でも、ベントンさんと話す時、フィーが一緒だと駄目なんですよね? 僕にとって、街に入ることよりフィーの方が大事です。街道でも話した通り、フィーは僕の大切な家族で友達ですから」
ウィルに、質問されてビリーはたじたじになる。幼いといっても、ウィルの顔は整っているのだ。その迫力に気圧されそうになる。
「ギュィー」
「うん? 大丈夫だよ」
しょんぼりと耳を垂れて鳴くフィーの頭を撫でて、ウィルはビリーの手を外そうとするが、それより先に横から腕が伸びてきてビリーの手を掴み上げた。
「痛っ! いだだだだっ!」
「あんた、この子に何やってんだい!」
「あれ? タマラさん?」
横から出てきた腕の持ち主は『タマラの店』の店主、タマラだった。捻り上げていたビリーの手を離すと、タマラはウィルに向き直った。
「元気だったかい? また来るって言ってから、ぱったり来なくなっちまったから、何かあったのかと亭主と話してたんだよ」
タマラの後ろには、タマラの夫であるコックのクライドが立って頷いている。買い出しの途中なのか、その両腕には大量の食材が持たれていた。