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鎮守の森で、ウィルがフォスターにお礼を言った日から五日後。ウィルとフィーは、アルトディニアの大地に立っていた。掌にあるアイテムは、コンパス。通常のコンパスは北を指すが、このコンパスは何処に居てもノーザイト要塞砦騎士団を指すようになっている。魔境での出来事を思い返して、ウィルのために迷子防止のマジックアイテムをフォスターは創り出していた。
「これなら、僕でも迷わないね」
「キュキュ!」
今回は、ノーザイト要塞砦から王都へ向かう街道沿い。その山中に転移している。ノーザイト要塞砦まで歩いて三時間程の場所だ。時計を見ると、十二時でのんびり歩いても余裕で大門に辿り着ける。
紅龍から貰った宝玉は、フォスターと相談して龍の住処へ帰る時専用に決めた。理由は、人に見られる恐れがあるということ。龍の住処へ帰る場合は、相手が見間違えただけと言い訳が出来る。しかし、いきなりウィルが現れるという現象を見られてしまえば、言い訳のしようがない。
「こっちだね」
「キュイー」
ウィルがコンパスをジッと見詰め、ノーザイト要塞砦の方向を確認する。フィーはウィルの肩に乗り、しきりに辺りを見回していた。ウィルは、腰に着けたウエストポーチ……ブレスレットよりも違和感がないということ、そして既存のアイテムボックスを模して、新たに創られたアイテムボックスにコンパスを収納する。勿論、ブレスレットの収納もウィルの手首にある。
「フィー、どうしたの?」
「キュキュー!」
「ああ、魔物だね。近付いて来ないから、大丈夫だよ」
人が入山しない山中は、野生の動物や魔物の数が多い。フィーは、先程から魔物の気配を感じていた様子で、ウィルの言葉で落ち着きを取り戻す。
「襲って来たら、倒せばいいしね」
「キュキュ!」
「うん、その時はお願いね」
クスリと笑って、ウィルはフィーの頭を撫でてやると気持ち良さそうに目を細めた。相変わらず、フィーは小さくなってしまうと言葉が話せなくなる。それでも、不自由は感じない。
フィーが何を感じているのか、ウィルにはなんとなく伝わる。そして、フィーはウィルの言葉を理解しているし、元の姿に戻れば会話が出来る。なにより、話せなくても龍力の補給に差しさわりはない。
街道に出るまで、襲ってきた魔物は合せて十三体。街道まで距離があったのだが、ウィルとフィーでサクサクと進めた。ここからは一本道になるため、ノーザイト要塞砦まで迷うこともない。昼過ぎということもあって、街道には商隊の荷馬車や辻馬車、旅装の人々が見られる。
街道を行き交う人々は、ウィルを見てフィーを見て、もう一度ウィルを見て行く。そうして、親は何処かと辺りを確認する。ウィルも、そんな人々の視線には気がついていた。
「(僕一人だと、そんなに変かな? やっぱり、器が少年だと、旅とか難しい? 前より冒険者ぽい格好になってるはずなんだけど……)」
装備を一着ボロボロにしてしまったこともあり、また多少でも成長したことも重なって、今では趣味となってしまったフォスターの服作りが大層捗った。以前とは違う装備になり、左腕にはガントレットも着けている。
ちなみに、今纏っている防具はフォスターがイメージした暗殺者というテーマで創られた一式防具だ。仕様なのか、短剣や投げナイフなどの暗器も充実している。
「(ベルトだらけの防具にブーツ、黒いオーバーウェアに、深めのフード。おまけにマスクとか。一体、どこで知識を手に入れてるんだろう?)」
時計型の収納には、フォスターの創り出した王子様風の服や、他に創り出した防具一式、普段使いの私服や寝具も持たされていた。しかし、そんな物騒な恰好をしていても、周りの者からしてみればウィルは少年しか見えなかったようだ。
そして、その少年が見たことのない魔物を肩に乗せていれば、余計に目を引く。商人の一人が、雇っていた冒険者をノーザイト要塞砦へ子供が一人で歩いていると知らせるために走らせたのは、仕方がないことだったのかもしれない。
そんなことになっているとは露知らず、ウィルは街道の散策を続けていた。道端に茂っているハーブや薬草、この世界の人々には雑草にしか見えない草たち。ウィルからしてみればハーブで道行く人に訊ねると、雑草としか返事がもらえなかった。
「うーん。こっちって、あっちに比べるとハーブの種類って少ないみたいだし、皆が知らないだけなのかなぁ?」
「キュ?」
「雑草扱いだったら、貰っても怒られないよね?」
ノーザイト要塞砦にある家に着いてから毒性があるか調べるつもりで、ウエストポーチへしまう。アルトディニアにも、ハーブが存在する。ただ、日本で見たことのあるハーブと同じかと言われれば、そうでもない。見た目は同じでも、匂いが違う物、味が違う物がある。そういう時は、自分で調べるしかない。
「依頼を受けながら、こういう物を探してまわってもいいのかなぁ……」
それは、それで楽しそうと呟きながら、再びウィルは歩き出す。そうして、一時間ほど歩いただろうか。前から馬に乗った一群が目に留まり、ウィルは街道脇に避けて様子を見ていた。馬に乗る人物たちは、警備隊の隊員達だろう。何かを探すように、辺りを見回しながら走ってくる。
「街で、何かあったのかな?」
「キュ?」
「ああ、あの人達はノーザイト要塞砦警備隊の人達だよ。警備隊の隊員さんは、街を守る人たち。騎士さん達は、領地を守る人たちのこと。僕も教えてもらったんだ。だから、警備隊の隊員さん達は、あんまり街の外に出ることはないはずなんだけど……どうしたんだろうね?」
「キュキュー」
道の端でフィーに説明をしていると、警備隊の隊員達が馬から降りて、その内の一人がウィルの元へやってきた。
「俺は、ノーザイト要塞砦警備隊のビリーだ。すまないが、少し話を聞かせて貰えるかな?」
「えーと、僕ですか?」
「ああ、君だよ」
ウィルが、不思議そうな顔でビリーと名乗った隊員を見れば、ビリーは真面目な顔で頷く。ビリー曰く、子供が魔物と一緒にノーザイト要塞砦に向かってきていると冒険者から報告を受けた。荷物も持っていない、何か起きて一人で歩いているのではないか、そう言った通報があって確認をするために来たのだと。
「それで、どうなんだ? 何かあったのか?」
「いいえ。何もありません。僕は、ノーザイト要塞砦に行くところなんです」
ウィルはウエストポーチからギルドカードを取り出して、ビリーに手渡す。渡されたビリーは、驚いた顔でウィルのギルドカードを見ていた。
「冒険者だったのか?」
「はい。駆け出しですけど、冒険者です」
冒険者なら、なぜ武器を持っていない。登録内容には魔剣士と記載されているが、テイマーでもあるのか。それならば、なぜテイマーであることをギルドに申告していないんだ。連れている魔物は見たことがない魔物だが、いったい、それは何だ。その魔物は、どこで取得したんだ。魔物と行動を共にするには、許可が必要なことを知っているのか。そもそもギルドガードは、本当に君の物なのか。そう立て続けに質問されて、ウィルはムッとした表情になった。
それを見て、ビリーは溜息を吐き、君が反抗的な態度を取るなら、冒険者ギルドへ通報する。それだけ言って、ウィルのギルドカードを持ったまま、仲間たちの待つ場所へ歩いて行こうとした。
「僕のギルドカード、返してください」
「これは、俺が預らせてもらう。君が、素直に本当のことを話さないから、こんなことになるんだ。君みたいな子供が冒険者だと言われても信じることは出来ない。ギルドカードの偽造や窃盗は犯罪だ。君は、我々が連れて帰る。冒険者ギルドで言い逃れをされては、たまらんからな」
「……そうですか。なら、もういいです」
「何?」
「貴方は、僕に反抗的と言いましたけど、答える間も与えられず質問を立て続けにされたら、どう感じますか? 嫌な気持ちになりませんか? 僕は、とても嫌な持ちになりました。……犯罪者って思われてるっぽいし」
周りで様子を窺っていた旅人や商人達も、ビリーを見て、何やらひそひそと話している。ウィルは、ビリーを真っ直ぐ見詰めて、言葉を続けた。
「先程の質問に答えます。僕はアイテムバックを所持しているので、武器はウエストポーチの中に入っています」
ウィルは、話しながら龍刃連接剣を手に具現させて、再び収納する。
「今の魔剣が、僕の武器です。その他にもガントレットも身に着けていますし、オーバーウェアの中に短剣も装備しています。僕は、テイマーではありません。だから、ギルドには申告できません。僕の冒険者登録を担当してくださったのは、ギルドマスターのバークレー・フォールさんなので、確認してもらえば分かります。フィーは拾ったんじゃないです。僕の家族で大切な友達です。従魔の証も、ちゃんと着けてあります。僕は新米だけど、ちゃんと冒険者です。全て、本当のことです。どうですか? 嫌な気持ちになりませんか?」
そう言って、ウィルはフィーの首に着けられたペンダントを見せた。一気に答えられて、ビリーは、バツが悪そうにしている。
「(ギルドカードを返してもらえないなら、再発行するしかないか)」
そんなことをウィルが考えていると、ノーザイト要塞砦警備隊の一群から、一人の男性が歩いて来るのが目に入った。