010
「無理やり、ノーザイト要塞砦の中に連れて行かれそうになった後は、マー……モラン様たちも御存じだと思います」
「私やマーシャル達のことは名前で呼べばいい。そこから先は、確かに報告を受けている。そうだな、マーシャル」
「ええ。その通りです」
全てを話し終えて、アレクサンドラが頷くと、ウィルは一息吐く。マーシャルへ視線を遣れば、何故か微笑まれた。
「ウィリアム君も緊張して疲れたでしょう。お茶を準備させましょうか?」
その言葉にウィルは頷きかけて、慌てて頭を振る。ファミリーネームを持っているということは、ここにいるウィル以外は貴族ということを示していた。
「っ、いいえ、必要ないです。それより、他にも話があるんですか?」
「おや? 随分と気を張っていたので、疲れただろうと思ったのですが……。そうですね。部下になれ、そうすれば地位もやるとエドワード警備隊隊長は言ったのですね?」
「はい。言われましたけど、断りました」
「ウィリアム君は、貴族になりたいと思わないのですか? 容易く貴族になれると思われては困るのですが、彼の元で職務に励めば、貴族として召し上げられる可能性があることは確かなのですよ? それでも、部下になりたくないと?」
フォスターにも似た質問をされたウィルだったが、本当に興味がない。否、興味以前に関心すらない。
「その⋯⋯貴族の方々の前で言うことではないんでしょうけど、正直な話、全くないです。それに、僕が貴族社会に馴染むことは、たぶん無理です」
ウィルにとって、貴族社会は他国の制度という感覚だ。アルトディニアで生きるからには、馴染む必要はある。だが、冒険者であれば、貴族と関わることもない。そういう考えで、マーシャルの質問に答えていた。
「どうやら、本心のようですね」
「マーシャル様が、看破のスキルを持っているんですか?」
「そうです。では、ウィリアム君の装備品について、教えてもらいましょう。身に着けている装備品には、何らかの術が施されているようですが、それは何ですか?」
「……黙秘は」
「許しません」
「⋯⋯はい」
笑顔のまま、きっぱりと言い切るマーシャルに、ウィルは大きく溜息を吐く。装備品は保護者が準備した物だと話し、術についても高価な装備品があるため、保護者が物の価値を隠して分からなくする術を施したと正直に話した。
実際のところ、ウィルも『看破』のスキルが発現したからこそ、フォスターが遮蔽術を施した装備品に気付くことが出来た。
ただ、どのような術なのか、さっぱり理解できていない。錬金術と魔術陣、そして魔導術の応用になるのだが、基礎知識を学んだだけのウィルには、遮蔽術の解読が出来なかった。
「僕にも、これ以上は分かりません」
「わかりました」
マーシャルは、ウィルの答えに納得したのだろう。それ以上、装備品について質問することはしなかった。
「では、次の質問です。それだけの装備品を持たせるということは、ウィリアム君の保護者は商人ですか?」
「違います」
「ならば、質問を替えましょうか。ウィリアム君の保護者は、人族ですか?」
マーシャルの質問に、ウィルは答えられずグッと奥歯を噛み締める。
「っ……。人族ではありません。でも、これは拷問されても答えるつもりはないです」
「安心してください。罪のない少年を相手に、そこまでするつもりはありませんよ。総長、他に確認したいことは有りませんか?」
「ふむ……無いな」
ウィルはマーシャルの質問が終わり、ようやく解放されるのだと安堵の息を吐く。
「終わったなら、解放してください」
「今すぐは、難しい。エドワード警備隊隊長の配下が、騎士団の詰所を見張っている。お前が出てきたところを攫うつもりだろう」
「え……? 僕を攫う?」
今まで黙っていたハワードが口を開き、その話の内容にウィルは絶句した。そこまでするエドワードと、その正体に恐怖を感じる。オズワルド公爵家の令嬢であるアレクサンドラが、手を出せない相手となれば、自ずと答えに導かれてしまう。
「(公爵、大公、王族……。でも、あの人は警備隊の隊長をしてたよね? あ、でも貴族として召し上げられるって、そんなこと出来るのって……)」
考えれば考える程、深みに嵌りそうでウィルは考えること自体を放棄した。自分が知るべきことではないと。
「ウィリアムって変わってるのな。総長には怯えた癖に、見張られてることをハワードが教えても落ち着いてるしよ。エドワード様が、何者なのか訊ねもしない」
そうハロルドに指摘されても、ウィルにとってエドワード単体は怖い相手だったが、その関連は脅威とは思えないのだ。
「貴族の方々には、関心がありません。アレクサンドラ様には、失礼な物言いをしてしまったので、怒らせたと思ったんです。見張られてることに関しては、ハワード様が教えてくれたので、支障は出ませんから」
「どうして、そう思う?」
ハワードの問い掛けに、ウィルは真っ直ぐとハワードを見据えた。
「ハワード様が慌てていないからです」
「お前は、戦闘に自信があるのか?」
その問い掛けには、ウィルも疑問を抱いている。今まで暮らしていた龍の住処で人に出会ったことは一度きり。しかも、人族ではなく竜人族だ。罵倒は受けたが、戦闘になった訳でもない。
魔物や野生動物との戦闘は、数多く経験している。フォスターが師範として剣術なども覚えたが、フォスターには一度も勝てたことがない。ウィル自身、神に勝てるとは考えていないが、人族とは戦闘をしたことがないことは事実だった。
「どうでしょう? 魔物との戦闘はよくありましたけど、人を相手に戦闘をしたことがないので分かりません。でも、攫うってことは、捕まらなければいいんですよね? それだったら、逃げるだけです」
「人を殺すことに抵抗は?」
「全く無い……とは言えませんけど。言った通り、人を相手に戦闘をした経験がないですから。でも、相手が僕を殺しに来たら、全力で戦うと思います。僕も死にたくありませんから」
地球で人を傷付けることは、犯罪で罪に問われる。それは、ウィルの記憶の中に残っている。しかし、この三年で受け取り方が変わっていることにウィル自身も、気付いていた。そう『日本では』なのだ。
強いて言えば、昔を懐かしむ感覚だろうか。今は、殺そうとするのであれば、殺されても仕方ないというように考え方が変わっている。恐らく、フォスターが封じた一定の倫理観に含まれているのだろう。
「出来れば、早目に解放してもらいたいんです。冒険者ギルドに登録しないと、お金を持っていないので生活に困ります。ギルドで登録して、依頼を完了させれば報酬がもらえるんですよね?」
「え? マジでお金、持ってないの?」
「はい。全く有りません。それ以前に、お金自体が分かりません」
ウィルはハロルドの問い掛けに、きっぱりと答える。フォスターも知らなかったのか、教えられていない。ただ、自分の力で稼ぐことを言われただけだ。
「お金を知らないって、どんな生活してたんだよ」
「普通に生活してました。でも、お金を使う機会がなかったので分からないんです」
「俺等より、よっぽど貴族じみた生活してるじゃないか」
「そうなんですか?」
「……あのなぁ、ギルドに登録するのにも、お金が掛るんだぜ? そこから躓いてるだろ」
「あ……じゃあ、これ売れませんか?」
ウィルは、アイテムバッグから、魔石や牙、角を取り出してテーブルに並べる。空間転移術で飛ばされた場所から、ノーザイト要塞砦までの道程で倒した魔物の素材だった。
「ほう。この魔石はどうしたのだ?」
アレクサンドラは、一つの魔石を手に取り、ウィルに問い掛ける。
「それは、リッチの魔石ですよね? 単体で居たので、取れましたけど……」
「こっちはオークソルジャーの牙か。肉もあるのか?」
「オークソルジャー? 有りますけどオークの肉なんて、どうやって使うんですか?」
「オークソルジャーの肉は、美味だからな。金が欲しいなら、騎士団で買い取ってやろう」
「え゛……。オークを食べるんですか?」
「ああ、美味いぞ。そうだな、倒した魔物の種類と数を言って見ろ」
「覚えている分だけで良いですか?」
「ん? ……ああ、構わん」
「最初に、オーク三体。ホブゴブリンが六体。次が、アルミラージ四体。コボルトが三体。それで、スケルトンが三体。スケルトンメイジが二体。次が、確かオークぽいのが二体。その後、スケルトンが二体とスケルトンメイジが二体、リッチが一体で……あれ? その前にゴブリンが出てきたはずだから……。あれ?」
指折り数えながら計算をしていると、全員から呆れたように見られ、ウィルは言葉を止めた。
「どうしたんですか?」
「ウィリアム君、屋内訓練場に行きましょう。そこで、集めた素材を私達に見せてください。総長、それで構いませんよね?」
アレクサンドラが了承すると、その場に居た全員で屋内訓練場へ向かうことになった。