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先輩と後輩

才能>才能

作者: 夏野簾

この前上げた短編とキャラは一緒。シリーズ化するかもしれない。

「はぁ~~~」

 教室に着くなり大きなため息をつくと、パタン、と本を閉じる音が。

「何、教室に入るなり。あまりいい気分になれないから、やめてくれないかしら」

「そうはいってもですね、来週から試験週間だって考えると憂鬱で」

「そんなの、普段からきちっとしていれば何も問題はないじゃない」

「毎日ちゃんと予習復習してる人なんて少数派ですよ……」

「全く、今まで何回も試験なんて経験してきたでしょうに」

 やれやれ、といったふうに首を横に振る。

「そうね、じゃあ今日はこんなお話でもいかがかしら」

「今回はなるべくテンションが下がらないのでお願いしますね……」

 先輩はこうしてよく話を聞かせてくれる。その話というのが割かし暗い話が多かったりするので、聞いてる方は気が滅入ってしまう。とはいえ、先輩の話を聞くのは楽しかったりするので、ついつい最後まで聞いてしまうのだ。

「そうね、あるところに凡人と天才がいました。でもそれじゃあ味気なさすぎるから、凡人は努、天才には空、と便宜的につけようかしらね。努と空は幼馴染で、空は何をやってもいつも一等賞。そんな空に努は内心憧れて、嫉妬もしていた。ある時二人はスポーツを始めるの。まあ何でもいいんだけど、卓球にしようかしらね」

「あれ、何となく知ってる話のような……というか、先輩漫画も読むんですね」

「意外?まあ確かに、文学少女でなおかつこんなに美少女だったらイメージないわよね」

「は、はは、全く以て仰る通りでございます」

「何か奥歯に物が挟まった言い方ね」

「いえ、全くそんなことは」 

 つい姿勢を正してしまう。なまじ美人だから迫力が……ともかく、僕には綺麗ですね、なんて返す甲斐性は持ち合わせていないので、そう言われると困ってしまう。ただ、先輩はそういった僕の態度を楽しんでいる風ではあるのだが、分かっていてもなかなか直せない。

「まあ、内容知っているなら話は早いわ。少しだけ私なりに訳してあるけど、気にしないで。空は卓球でも圧倒的で、やっぱり努はそんな空に対して憧れる。小学校の間は一度も勝てなかった努だけど、それからもずっと努力し続けた。中学は同じ学校には行かずに、そのまま月日が流れて高校にあがると、そこで努に再戦のチャンスが訪れるの」

「で、努はそこで勝つんですよね」

「そう。初めての勝利だったからとっても喜んだ。目標にしていた人間に勝てたんだからね。当然嬉しいに決まってるわよね」

「努力が才能を超えたんですよね。あれ、もしかして先輩普通に頑張れ、って言ってくれてるんですか?」

 そんな僕の問いかけを無視して話を続ける。

「勝って喜んだのも束の間。当時実はもう一人の幼馴染がいて、実はその子もとんでもない才能の持ち主だった。そして、努の尊敬している人がその幼馴染にご執心なものだからさあ大変。当時は何をやってもどんくさいあいつが、なんで、なんで。そこで対決を申し込んだら、あっさり負けちゃったのよね」

「……あれ、先輩励ましてくれるんじゃ」

「だから最後まで話を聞きなさいって言ってるでしょ。それにあなた、この話知っているんじゃなかったの?」

 確かに知ってますけど、私なりに訳したって言ってたから天才に勝って終わりだと思っちゃったんですよ。

「そうですけど、それじゃあ結局努力は才能の前には意味がないってことじゃないですか……」

「確かにそうね。だけど、さっきあなたも言ったでしょう?凡人でも天才には勝つことが出来るのよ。才能“だけ”には努力でも勝つことが出来るのよ」

「でもそれじゃあ、努力した天才にはどうすれば?」

「そんなのは知らないわよ。努みたいに自分の才能に見切りをつけることができるのか、それとも圧倒的な力の差があっても好きで続けられるのかは自分次第でしょ」

 結局世の中才能なのかな。少しだけ、釈然としなかった。そんな僕の表情を察してか、先輩が言葉を続ける。

「確かに才能っていうのは無慈悲よ。今までの自分の努力を一瞬で水泡に帰してしまうんだから。だけどね、天才も努力してるのよ。凡人の努力に勝つために」

「あー、そう考えると確かに、悪い気はしないかもしれないですね」

 現金な僕だった。少しだけ頑張ってみようかな、と思った僕に、待ってましたといわんばかりにニヤリ、と笑う先輩。

「まあ、努力の度合いは相当違うかもしれないけどね」

「ですよね……」

 案の定だった。

「色々言ったけど、努力の度合いはどうあれまずはやらなきゃ始まらないのよ。あなたのその疑問は何かに本気で取り組んで、どうしても勝てないな。そう思った時に考えなさい。私が出してあげられる答えでもないんだから」

 本気で取り組む、か。確かに今まで誰かに誇れるほど頑張ったことなんてなかった。まずは、それを見つけないと……いや、一つだけあったな。本気で頑張りたいこと、一つだけ。

「……そうですね。まずはやらなきゃ始まらないですもんね」

 とは言いつつも、やっぱり勉強はな。どうしてこうも勉強というのは続かないものなのか。そうだな、なぜ勉強をすることが出来ないのかということに関してまずは本気で考えてみよう。そうしよう。

 そんなくだらないことを考えていると、下校のチャイムが鳴る。今日は少しだけ来るのが遅かったせいか、あっという間に終わってしまった。

「あら、もうこんな時間なのね。そうそう、明日からここにきても私はいないから」

「え、どうしてですか?」

 そんな僕の問いかけに、呆れた表情で返された。

「どうして、ってあなたね。来週から試験週間、って誰が言ってたのかしら」

「ああ、そういえばそうでしたね」

 そうだった。勉強が楽しいとか楽しくないとかそういう話じゃなかったな。うっかりど忘れ、人間だもの。

「とにかく、誰もいないから。分かった?」

 そうか、ということはつまり来週から一週間以上先輩に会えない、って事か。会おうと思えば会えない事もないけど、ここで会うのが日課になっていた分、他で会うなんて考えたこともなかった。もしかしたら僕は、試験よりも先輩に会えないその事が。

「さて、じゃあチャイムも鳴ったことだし帰りましょうか」

「はぁ」

 さっきまでとは少し違う僕の態度に、怪訝そうな顔をする。

「……まだ何か不満でもあるわけ?」

「いえ、来週からしばらくここに来れないと思うと少し寂しくて」

「寂しい?」

「先輩と……って、あれ、な、何でもないです」

 つい思ったことを口走ってしまった。そっと先輩の方を見てみると、あ、なるほど。鳩が豆鉄砲くらったような顔ってこういうんだな。そういえば、最近先輩の驚いた表情ってよくみるな。

「ふ~ん、そうなの。ふふっ、じゃあそうね、明日から勉強見てあげましょうか?私は毎日ちゃんとしてるからあわてる必要なんてないもの」

 さっきまでの表情はどこへやら。だけど、折角明日からも先輩に会えるんだったら、断る選択肢なんてあるはずもなくて。

「どうなの?早くしないと心変わりしちゃうかも」

「ぜ、是非お願いいたします」

「いい返事ね。それじゃあ、明日から覚悟しておきなさいね」

 二人っきりで勉強か。いつも二人きりだけど、なんだかとても親しそうなイベントだな。正直、嬉しすぎてその場で小躍りでもしたい気分だった……最後の不穏な言葉を除いては。

「あ、あの、出来れば優しくお願いしたいんですけど」

「無理ね」

 一刀両断だった。まあそうですよね。仲睦まじく勉強なんて、淡い夢でした。

「私が教えてあげるんだから、全教科90点以上は最低でも取りなさい」

「そ、それはいくらなんでも少し厳しい……」

「ああ、それと。教えてあげる間は私が先生、あなたは生徒。返事はイエスかはいしか認めないから。分かった?」

「え、えぇっと」

「へ ん じ は ?」

「は、はいぃ!」

「よろしい。じゃあ、明日校門で待っていなさい。勉強道具は私の方が用意してあげるから」

「よろしくお願いします……」

 サディスティックな笑みを浮かべて、楽しそうに考え出した。え、これ勉強ですよね?勉強を僕はこれから教えてもらうんですよね?間違ってないですよね?

 先輩が指導してくれる中、努力って単語は簡単だけど、実行するのはとても大変なんだな、と。そう思いましたまる。


 後日。

「うわぁ……」

 正直、少し引いてます。掲示板を見ると、一番上に煌々と輝く僕の名前が。あれぇ、一週間しか勉強してないんだけどなぁ。

「あれ、お前どうしたの?こんな勉強できたっけ?」

「ははは……」

 乾いた笑しか出てこなかった。

「なんだよ、今度勉強教えてくれよ」

 そんな友人の肩を叩いて、僕は一つ、身を以て知った助言をしてやった。

「努力で才能に勝とうと思うとね、それ相応の犠牲が必要なんだよ……」

 何がなんだか分からないといったような顔をしていたが、それ以上僕は何も言わなかった。いや、何も言いたくなかった。

 

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