在栖-2-
入金が確認できてから、在栖はまず情報屋のもとへ向かった。
裏路地のマンションの一室に事務所を構える彼は、在栖に弱みを握られ、格安で情報を提供する羽目になった哀れな人物である。
「何?嘘は教えてないけど?」
苦虫を噛み潰したような。よくもそこまでできるものだ、と感心してしまうほどのしかめっ面に、在栖は気付いてもいないように変わらない無表情を向ける。
「それは分かってます。ただ、今回の仕事、あんまり気乗りしないんですよね」
「おいおい、前金受け取っといてお前…」
呆れたように言う情報屋は、相手の無表情からその真意を計りかねているらしい。瞳から警戒の色は消えない。
「第一、依頼内容が非現実的なんですよ。契約社員がニイガタ、メグル、ヒカルって何なんですか?後が怖いじゃないですか」
「え、怖いの?本当に怖いとか思ってる?」
「冗談です」
「………」
冗談を本気にしたことに対する、からかいすら無い。情報屋は在栖をじっとりと見、長く深いため息をついた。
「…まあ、非現実的っていうのは同感だよ。俺も今回の相手はマジでヤバいと思う。…ていうか、何忠告してんだろ俺…こいつが死んでくれたら黒字復帰できるのに」
「黒字なんて、あなたみたいなパチンカスには縁の無い話だと思いますよ。」
「…言うなよ泣くぞ」
「どうぞご勝手に」
冷蔵庫から勝手にグレープ味の炭酸飲料を取り出して飲みだした在栖に、めそめそとしていた情報屋はついに声を荒げた。
「で!?何しに来たんだよ!?もういい加減怒るぞ!?」
「Dに、俺の情報売ったでしょ」
唐突な在栖の言葉に、しばらく呆けたようになっていた情報屋だが-何か言おうと口を開き、思い直したように閉じ、はあ、と息をついた。
「また聞いたのか…お前、本当その能力はチートだと思う」
「なんとでも。」
「~ああ、売った、売ったよ!だって先方、お前より二個ぐらい0多い値で買ってくれるってんだぜ?そりゃ俺もお前なんか売っ払って借金返して残金パチンコですってまた借金するわ」
「…せめてもっと意味のあることに使ってくださいよ。俺の情報で稼いだ金なんですから」
無表情のまま呆れたようなため息をつく在栖に、情報屋はやけになってかみつく。
「うるさいよ!もう帰れ!いつもいつも俺のこと諦めずに注意してくれやがって!もっとウチをご利用しろ!」
「はいはい」
マンションを出た在栖は、バイクに跨りヘッドホンを耳に当てた。考え事をするときは、大抵こうやって洋楽を聞く。もちろん、思考を邪魔しない、静かなバラードを。
-今回の、依頼。
-今後の損得勘定をするならば、受けないのが最良の策だというのは明らか…
-でも、一回受けちゃったしなぁ。
-…俺も情報屋のこと言えないな。新しい冷蔵庫のために受けちゃったよ…
だだっ広い自室に置く家具が冷蔵庫ぐらいしか思い浮かばなかったため、新しく容量の多い冷蔵庫を買おうと決めていた。ただ、預金を下ろすのは面倒くさい。そう思っていた矢先の依頼で、つい、二つ返事で受けてしまった。
-んー…
-ま、いっか。
-情報屋も言ってたけど、俺にはこのチート能力があるし。
「よし。」
小さく一つ呟いて、在栖はヘッドホンを片付け、ヘルメットを被った。