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律-4-

 時計の針が十六時四十五分を指したのを確認し、律は部屋の床にうつ伏せに寝転がった。

 テナントの入っていないビルの一室。数分前に潜入した律は、持っていたスーツケースからいくつかの筒や部品を取り出し、それらを組み立て、三脚で支えた。


 ライフル。長細く漆黒のボディが美しい、律愛用の武器である。

 脇に置いてあるアーモンドチョコを一つつまみ、スコープから標的の確認をする。情報では、十七時前後に毎日犬の散歩に行くとあった。飼い主を目の前で喪う犬には悪いと思ったが、律も今日中に仕事を済ませたい。この機を逃すわけにはいかない。


 本日最後の仕事、依頼人の殺害。


 依頼人の家の近くには、いくつかのスポット-標的を狙うのに丁度良い場所-があった。が、角度や天候、風向きなどから、今日はこのビルに決めた。

 依頼人の家から、直線距離で三百メートルに位置するビルの四階。


 律がライフルを初めて握ったのは二年前のことだが、どうやら彼には、天才的な才能があったらしい。今では、殺し屋業界きっての遠距離狙撃手とまで言われている。

 正直、今回の位置からだと、ライフルを固定しなくても当てられるくらいだ。

-ま、万全に越したことは無いよね。

 三脚に固定したライフルのスコープを覗きながら、チョコをもう一つつまむ。


 十六時五十五分。撃鉄を下ろした。緊張感を高め、息を潜めて待つ。


 十七時二分。スコープの端に、標的の足が入った。

-…まだ…もう少し…

 リードを解くのに手間取っている。体は完全に、スコープの中に入った。

-まだ…まだだ…こらえろ…

 引き金にかけた指に、全神経を集中させる。律の体は、微動だにしない。


 その時。標的が犬を小屋から出すために、かがんだ。眉間がスコープの中央にきたのを視認すると同時に、人差し指が動いた。


 カシンッ。


 消音器(サイレンサー)からわずかな音が漏れ、律の全身から一瞬にして緊張が解ける。

 スコープの中で、男はぐらりと傾き、血を噴出しながら倒れた。その様子を確認し、律は長く息をつく。

「よしっ、今日のお仕事終了っ!」

 箱に残っていたアーモンドチョコを一気に口に流し込み、律は幸せそうな笑顔でボリボリと頬張った。


               ☆


 翌朝。報酬をもらおうと律が雇い主を訪ねると、事務所にはもう一人、律の知らない男がいた。

-…?

 律が思うのも何だが、奇妙な男だった。

 中国服を身にまとい、男にしては長い白髪は、毛先だけが血に浸けたように赤い。前髪も長く、目が見えない。口元は微笑を浮かべているが、目元が見えないせいなのか、その笑みはむしろ不気味さを際立たせている。

 そして何より、そのまとった空気。殺し屋の律ですら、背筋が凍った。言葉にできない不安が、ピリピリと皮膚を刺すようだ。


 それは雇い主も同様のようで、心なしか顔色が悪い。律は無理矢理に笑顔を作り、雇い主に話しかけた。

「…(あん)ちゃん、こちら、どなた?ボク、お邪魔だったかな?」

 が、律の言葉に答えたのは男の方だった。スッと立ち上がり、律の方を向いて口を開いた。


「初めまして、律くん。私はD(ディー)。彼…君の雇い主と同じように、殺し屋の仲介業者を運営している。今日は、君をスカウトしに来たんだ。」


「…スカウト?」

訝しげに顔をしかめる律にも構わず、Dという男は口元だけの笑みを緩めず、続ける。

「実を言うと、今回君に殺された、殺し屋。彼を派遣したのは私なんだ。」

「…!…すんません…」

「いや、いいんだ。」

 その件で脅されるのかと身構えた律だったが、Dは怒っている様子もなく、それどころかことさらににっこりと笑う。

「君の能力は素晴らしい。今度私は、業界のエリートたちを集めて、少人数だが正規社員として雇おうと思っているんだ。そのメンバーに、是非、君がほしい。自分で言うのも何だが、私の名はこちら側の社会では有名だ。仕事の量は格段に増えるし、質も上がる。当然、給金は倍…いや、三倍以上になることを約束するよ。…どうだい?」

「…」


 Dは確かに、律の意見を求めた。

 だが、律は確信する。

-こいつ。

-断ったら、俺を消す気だろ。

 それは、律の勘に過ぎない。が、何も知らずに踏み入れたこちら側の世界で、今まで何とか生き延びてこられたのは、確かに自分の勘を信じていたからだ。

-何が、『どうだい?』だ。断らせる気なんか、さらさら無ぇくせに。

 ちらりと雇い主の方を窺い見ると、彼もわずかにうなずいた。仕方ない。


「…分かりました。お世話になります。」

 引きつった笑顔で言った律に、Dは満足げにうなずいた。


               ☆


 Dによると、正規社員たちは全寮制で、一人一人部屋が与えられるという。そのため、家に帰った律は、疲れた体に鞭打って、荷物をまとめ始めた。


 と、視界の端で、何かが光った。

「…?」

 散乱した書類を器用に避けながら、光にたどり着く。電話機だった。『留守電』と書かれたボタンが、チカチカと赤く点滅している。


 嫌な予感がした。


『メッセージは、一件 です』

 機械の声が、律以外誰もいない部屋に響く。

 次に流れてきた声に、律は固まった。


『俺だ。』

「!…兄ちゃん…」

 それは、雇い主-いや、元雇い主の声だった。メッセージが録音されたのは、今日の朝。律が報酬をもらうため家を出て、雇い主の事務所に着くまでの間だ。

 メッセージは続く。

『俺だ。律、まず謝る。ごめん。俺はとんでもねぇことをしてしまったみたいだ。今回、契約違反で殺した殺し屋、いただろ。あいつの雇い主が、ヤバい奴だった。ヤバいってのは…その…裏社会で絶対に逆らってはいけない存在、っていうか…っとにかく、すげぇ大物だ。で、そのせいで、本来ならお前はそいつに抹殺されてもおかしくなかった。だけどな、今、その大物から連絡があって、お前の腕が欲しいって言われたんだ。お前を差し出すなら、お前はこれからも殺し屋として生かし、今回の件は俺の命だけで許してくれるとさ。こんなありがてぇ話、無ぇだろ?…まあそういうわけで、お前がこの留守電を聞いている頃には、俺はもうこの世にいないだろう。…なんてな、ハハッ。一回言ってみたかったんだ。まさか本当にそんな状況になるなんて、思ってもみなかったけどな。ま、そういうこった。元気にやれよ。じゃあな』


 ピーという無機質な音が、律の脳髄に突き刺さった。


-…嘘だろ?

 事務所に発信するも、電波は留守電にすら届かなかった。


『-おかけになった番号は、現在、使われておりません。-』


 愕然とする。スマホを取り落とした。落下音すら、耳に入らなかった。


「……嘘だろ……」

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