律-3-
雇い主からの情報にあった場所が遠目に見えたところで、律はバイクを減速させた。
度が入っている色眼鏡越しに、一人の男が、六、七歳ぐらいの少女の腕を引いて歩いているのが見える。パッと見は、普通の親子連れに見えるかもしれない。が、少女の姿が、律の頭の中に入っていた元標的の姿と、ぴったり合致した。
―あれに間違いないな…
思ったと同時に、律はバイクのエンジンを大きくふかし、走り出した。一気に加速する。
並々ならぬ轟音に、男がこちらを見たときには、もう遅い。
「!?」
微妙なバランスで豪快に前輪を上げた律のバイクが、彼の目前に迫っていた。
前輪は男の顔面にヒットすると同時に、本来走るべき地面へと帰り始め―つまりはバイクがその車体を水平に戻し、そのまま走り抜けた。
「?…?」
一方、幼い顔いっぱいに驚きと呆然を表現している少女は、男とすれ違う瞬間に、律がその腕をつかんでいて、今や彼の愛車にちょこんと腰かけている。
律は彼女の顔を自分の体の方へ向け、その目が、これからの光景を見ないようにする。
「…ちょっと、我慢しててね。」
ふかしたエンジン音で聞こえるか聞こえないかというぐらいの声で、律はそう、少女に囁いた。
そこからの光景は、少女がもし見ていたら、確実にトラウマになっていただろう。
何しろ、律は何度も何度も、往復したのだ。
重量感溢れる、大きな黒いボディのバイクで。
倒れている、男の上を。
十数回ほど、往復しただろうか。先ほどまで痙攣していた男の体が、ピクリとも動かなくなったのを確認し、律はその場を走り去った。
律は少女を抱えたままバイクを走らせ、白百合組の組長宅に到着した。
「よし、到着。降りな」
バイクから降り、少女をそっと地面に放す。
呆然としたままの少女は、フラフラと降り立ち、ぽかんと律を見上げた。
「…お兄ちゃん、誰?」
―うーん…
―誰、って言われても…
呼び名を答えるべきか職業を答えるべきかで悩んでいた律だったが、はたと気付く。
―って、別に答える必要なんて無くね?
―組の偉い人にボクの名前が知れたら、面倒そうだし…
そう思い、律はにっこり笑って、明るく答えた。
「お兄ちゃんはね、ヒーローなんだ」
「…ヒー、ロー?」
「そ。君を救い出すための、ヒーロー。怪我は無い?」
「…え…あ…うん」
「それは良かった。じゃあ、バイバイ」
いまだ呆然自失という様子の少女を残し、律はバイクに乗って走り出した。
―これで、令嬢の保護、相手業者の派遣の抹殺が完了…
―あとは、依頼人の殺害だな。
仕事が半分終わった満足感に頬を緩ませ、律はアポロを五つほど、その口に放り込んだ。
―さ、最後まで気合い入れてかないとね。
タイヤの血が乾き、やっと道路に跡がつかなくなった。
律はさらに、愛車を加速させる。