律-2-
丁度良いスポットを探し当て、さあ殺ってやろうと思った瞬間、着信音が鳴った。
「…」
舌打ちをし、スマホを取り出す。画面に、『兄ちゃん』と表示されている。雇い主からだ。仕方なく、通話ボタンを押す。
「何?今まさに殺ろうと…」
『ああ、良かった。まだ殺ってないんだな?』
焦りながらも、ホッとした、そんな雇い主の声色に、律は眉をひそめる。
「どしたの?何かイレギュラーでも?」
『うん。契約違反が発覚した。マニュアルは覚えてるか?』
―契約違反。
殺し屋の仲介業者と依頼人の間で起きる、最も多いトラブルである。
主に、すでに一つの業者に依頼をした人間が、保険のために別の業者にも同じ依頼をすることをいう。
依頼人の心理を考えれば、仕方のないことだとも言える。もし殺しが失敗し、自らの依頼が露見でもしたら、社会的な立場はまず抹消されるだろう。それ以外にも、失うものはたくさんある。
その不安から、契約違反を犯してしまうのだ。
だが。理由が何であれ、裏の世界の御法度を犯した者への罰は重い。律の雇い主が言った『マニュアル』とは、裏社会の者ならば誰でも知っている、裏社会の法が記されている物である。そしてその契約違反の項には、次のように記されていた。
『契約違反を犯すことは、業者の権威を失墜させると同時に、業者間での争いまでも生みかねない、危険な行為である。よってその場合、依頼遂行の中止と―』
「-依頼人の抹殺を課す。…だったよね確か?」
『さすがりっつん。…ただ、依頼人が新しく依頼した業者っていうのが、理屈の通らない相手でなぁ…』
「??」
依頼遂行の準備を慌てて片付けながら、律は雇い主の言葉に耳をかたむける。
『向こうの業者さんは、何が何でも依頼を遂行する気だ。そこで、今からりっつんに頼みたい仕事は三つ。』
「三つ…多いね」
苦笑しながらスーツケースを持ち、表に止めてあった愛車のところへ戻る。荷台に、手早くケースをくくり付けた。
『一つ目、白百合組の令嬢の保護。二つ目、依頼人の殺害。三つ目は、向こうの業者さんの派遣した、殺し屋の抹殺。…お願いできる?』
バイクに跨り、ヘルメットを被り、エンジンをふかした。口の中に、一口チョコレートを放り込む。
「…給料、はずんでくれよな」
『分かったよ』
苦笑交じりの返事を確認すると、律は通話を切り、スマホをしまった。