廻-2-
その青年は、突然廻の前に現れた。
「あ、いたいた。お姉さん、こっちだよー」
「…は?」
全く知らない青年に、街中でいきなり声をかけられた。
-何?ゴロツキ?
-面倒ね…
この近隣の界隈には、どうにもガラの悪い人間が多い。廻はため息をつきながら青年の方を向く。
赤い髪の、青年だった。へらへらと笑う様子は軽い印象を与えるが、その赤茶色の瞳はしっかりと廻を射抜いていて、すぐに裏側のプロの人間だと分かった。
「…あなた、何なの?誰?」
「いやぁ、急に呼び止めてごめんね。俺はカスト。よろしくね」
「…カスト…」
聞き覚えのある響きだと思い、記憶をひっくり返す。
こんなに調子の良い人間は知り合いにはいなかったはずで、おそらく名前を聞いたことのある同業者だろう。が、どうにも思い出せない。
そうこうしているうちに、青年-カストはさっさと話を続ける。
「お姉さん、廻、でしょ?」
「!…ええ、そうだけど?」
別に、名乗ったところで害は無い。この姿を二度と使わなければいいだけだ。
廻の隠さない警戒心に気付いているのかいないのか、カストは人当たりの良い笑顔をぱっと浮かべた。
「良かった、会えた!ちょっと話したいことがあるんだけど、今から時間ある?」
☆
カストが廻を案内したのは、この前廻が一人の男を殺したカフェだった。
「お洒落ないい店でしょ?俺の行きつけ」
「…そう」
それは暗に、廻の仕事を見ていた、と言いたいのだろうか。いい気分はしない。
「俺、ココアで。メグちゃんは?」
「…レギュラー、ブラックで」
カストの二人称に眉をひそめながらも、注文をする。
ウェイターが去ると、カストはニコニコと廻に話しかけた。
「まあまあ、そんな険しい顔しないでよ。とりあえず、飲み物来るまでは雑談しよ?」
「呼び方」
「へ?」
ぽかんとするカストに、廻はやや苛立ちながら告げる。
「呼び方を変えなさい。言っておくけど、ワタシ、あなたより年上だから。メグちゃん、なんてやめてもらえる?」
「あれ、そうなの?ごめんごめん、だってメグちゃ…って、素顔も年齢も分かんないんだもん。んじゃあ…メグさん、でいい?」
「……いいわよ」
ため息をつきたいのを、必死でこらえる。
と、ココアとコーヒーが運ばれてきた。それぞれが一口ずつ飲んだことを確認し-カストが笑みの質を変えた。
「じゃ、本題に入ろうか。」
笑顔から感じられる真面目な雰囲気に、廻は心中、わずかにカストを見直す。
-あら、普通にそういう顔もできるのね。
「何かしら?」
対抗するように挑発的な笑みを浮かべ、廻は頬杖をついた。
「いや、至極簡単なことだよ。俺が今いるのが、Dってやつの事務所なんだけどね。ウチと、契約してくれないかなぁ、って」
「……契約」
「そ。メグさん、今フリーでやってるでしょ?色々不安定だし、危険もあると思うんだよね。良い提案だと思うけど?」
「………」
確かに、悪い話ではない。ついこの間裏社会に入ってきたばかりの身に、事務所からの誘いはありがたいものだった。
が。廻には一つ、懸念がある。
「…ええ、良いお話ね。」
「!だろ?じゃあ…」
「でも、ちょっと待って。ワタシは-『廻』は、もう一人いるの。彼女にも訊かないと…」
「…もう一人、ね」
「そうなの。待ってもらえるかしら?」
「………」
黙り込んだカストに、廻は試すような視線を投げる。
「じゃあ、そういうことで。お代はお願いしていいのかしら?」
「…ああ、払うよ」
「そ、ありがと」
席を立つ瞬間、ちらりとカストに目をやった廻は、彼の瞳に違和感を覚える。
-?
だがその違和感の正体には気付けぬまま、彼女は去って行った。
☆
「…なぁ、D」
廻が去ってしばらくの後、カストはスマホを取り出してDにコールした。
『-?』
「メグさんの友達って、確か…」
『--。-?』
「いや、確認したかっただけ。そうだよな、そうなんだよな。」
『…-?』
「いや、メグさんが、今もその友達が一緒にいる、みたいな喋り方するからさ。ちょっと怖くて」
『-』
「ああ、大丈夫大丈夫!同情なんかこれっぽっちもしてないから!むしろありがたいよ」
『-?-?』
「だって、生首を手に入れたら、メグさんもついてくるってことだろ?」
『-』
「えっ、Dに酷いとか言われたくないんだけど!俺、これでもだいぶ優しいんだからね!?今日もメグさんに奢ってあげたし」
『-』
「…うるさいな!もう!もう切るから!明日にはメグさん連れて行くから!じゃ!」
廻が覚えた違和感の正体。
あの時、カストの瞳は確かに、笑っていたのだ。