表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
12/14

廻-1-

 彼女は、裏社会の中でも都市伝説のような存在だった。


 確かに存在しているはずなのに、誰もその姿を知らない。

 -いや、正確には、『本当の姿を知らない』のだ。

 わずか一時間、依頼する時間が違った二人が彼女の話をしたところ、見事に噛み合わないのだ。


 一方は、妖艶な美女だったと言い。

 もう一方は、精悍な顔つきの少年だったと言う。


 ただ、コロコロと変わる外見に反し、その名前だけは変わらずに、裏社会に存在し続ける。

 彼女の名は-



「ねぇ、(ハルカ)


 広々とした部屋に、唯一置かれている大きな鏡。その鏡に向かってメイクをしながら、少女は口を開いた。

「ワタシたち、裏社会では結構有名なんだって。ついこの間飛び込んだばかりなのに…裏社会って、ハリウッドより全然甘いわね」

「………」

「ふふ、事実でしょ?『こちら側』は力の無いものには厳しいけど、力を持つ者には果てしない富を与えてくれるわよね。こんな心地良い弱肉強食を感じられるなんて、この国もまだまだ捨てたもんじゃなかったわ」


 相槌の一つも打たない相手に向かって、少女はマスカラを重ねながら言葉を紡ぎ続ける。

「ねぇ、遥。ワタシたちならきっと、どこに行ったって大丈夫よ。そう思わない?」

「………」


 淡いピンクのグロスを塗り終え、少女はにっこりと鏡の中の自分に笑いかけた。鏡の前の机に広げていたメイク道具の一式を片付け立ち上がると、束ねていた長く美しい黒髪を解き、さらりと流す。

 くるりと振り返ると、ふわりとスカートが膨らみ-先ほどから一言も発しない相手に、少女はやや照れ臭そうに微笑んだ。


「やだ、やめてよ。遥の方が、何十倍も、何百倍も綺麗よ。」


 瓶の中で美しい微笑を浮かべる、その生首に向かって。


               ☆


 洒落た雰囲気の小さなカフェの一席に、少女は先ほどから腰かけている。

 と、彼女の向かいから、一人の青年が現れた。

「ごめんごめん、待った?」

 申し訳なさそうに謝る青年に、少女はにっこりと微笑んだ。

「ううん、全然」



 青年の頼んだコーヒーが来ると、少女は待ちかねていたように角砂糖を二つ、そのカップに入れた。

「おっ、気が利くじゃん」

「ははは、もう慣れちゃったもん。修くんいっつも、お砂糖二つだもんね」

「さすがみー子、俺の将来のお嫁さん」

「もぉ、やめてよこんなとこで!」

 少女の言葉に、二人は声を上げて笑う。


 と、一通り笑い終えてから、少女がすっと席を立った。

「あれ、どこ行くの?」

「お花摘みに」

「ふはっ」

 吹き出した青年を残し、少女は店の奥へと姿を消した。


 その後、青年は突然苦しみだし、倒れ、そのまま息を引き取るのだが-結局少女は、帰ってこなかった。


               ☆


 口座への入金を確認し、青年は依頼人に電話をかけた。

『…はい』

「どうも。入金、確認しました。この度はご利用ありがとうございました」


『…ありがとうございます。…本当に、ありがとうございました』

「いえいえ、俺は仕事でやってるだけなんで。では…っと、そうそう。あなたのお顔の情報は、誰の目にもつかないようちゃんと処分しておきました。ご安心ください」


『…はい。何から何まで、本当にありがとうございます』

「それでは、俺はこれで。またのご利用が無いこと、お祈りしています」


 目の前に通話相手がいるわけでもないのに、にっこりと愛想笑いを浮かべ、青年は通話を終わらせた。

 ふう、と息をつき、鏡の前に腰かける。ストッパーを外し、椅子をくるりと反転させた。青年の切れ長の目と、瓶の中の『遥』の目が、ばちりと合う。


「…ねぇ、遥」


 青年は机の上からメイク落としのシートを一枚取り出し、するり、するりとメイクを落としていく。

「俺…、ワタシ、もう一回あなたのメイクがしたいな。ねぇ、久しぶりに、さ。良いでしょ?」

「………」


「…そっか。…まぁ、遥がそういうなら仕方ないかぁ。ちぇー」

「………」

 瓶から、答えは返ってこない。


 完全にメイクを落とした彼女は、その顔に、ぐるぐると包帯を巻いた。鼻と口は出し、気道はしっかり確保する。

 布団もベッドもソファも、何もない部屋で、彼女は横たわった。


「…ねぇ、遥。」

 愛おしそうに、幸せそうに。生首に語りかける彼女の耳には、確かに聞こえているのだ。

「…おやすみ」


 『遥』の、「おやすみ、(メグル)」という声が。


 裏社会で、『顔の無い女』として有名になっている殺し屋。

 彼女の名は、廻。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ