ヒカル-3-
「…お前、何言ってんだよ」
驚きを通り越して呆れ返った様子のカストに、ヒカルは明るい笑みを崩さずに話し出した。
「俺はさ、今までいろんな事やってきたんだ。酒や煙草はもちろん、ギャンブル、女、クスリ…世の中の人間が『楽しい』って言うものは、大抵やった。…でも、ダメだったんだ」
「ダメ?」
わずかに悲しそうに眉を下げるヒカルに、カストは訝しげに首をかしげる。
「どれもこれも、心底楽しいと思えなかったんだ。結局俺には-」
彼の美しい緑の瞳が、すうと暗くなる。瞳孔が開いたのだ、と分かった途端、カストの背筋が凍った。
「俺には、人殺ししかなかった。」
少しの間をおき、カストは長く、長く息を吐き出して、首の後ろをかいた。
「…で?殺すの大好きなお前が、なんで殺してもらいたいわけ?」
引くことは無い。いや、正直少なからず引いたが-カストもこの業界は長い。ここまでではないにしろ、変な輩は結構見てきた。耐性はある。
対するヒカルはカストの反応が嬉しかったようで、瞳孔を開いたまま、にこりと笑った。
「俺はね、楽しく生きたいんだよ。」
「…ああ」
「だから、殺してほしいんだ。」
「…悪い、繋がんねぇんだけど」
「だーかーらー」
口を尖らせ、ヒカルは小首をかしげた。かくりと傾いた首は人形のようで、気味の悪いものがある。
「俺はすべてを試したんだ。相手を傷つけることも、自分を傷つけることも。今のところ、その中での最高の形は『人殺し』なんだけど。自分が殺されるってのは、経験したことなくてさ?」
「そりゃそうだろうな。お前生きてるし」
「うん。ふふふ」
カストの返答が愉快だったのか、ヒカルの目がキュッと細くなり、口の端がクッと上がった。
「で、どうするの?やっぱりやめる?俺はお前が殺してくれない限り、お前の所とは契約しないけど」
-いや、殺したら死ぬし、死んだら契約どころじゃねぇじゃん…
からかっているようにも見えるが、無邪気に笑うヒカルは、カストが殺せば本当に契約する気のようだ。
ふむ、としばし考え-カストはうなずいた。
「分かったよ、お前を殺してやる。」
「!本当か!!」
ヒカルが嬉しそうに瞳を輝かせると同時に瞳孔も戻り、カストは心中ほっとする。
「ああ。-ただ、文句は言うなよ?」
「言わない言わない!-ああでも」
「?」
まだ何かあるのか、と面倒そうに構えていた無防備なカストを、ヒカルのその一言が襲う。
「殺されるのが楽しかったら、また殺してもらうかもしれねぇけど、そん時は頼むな!」
☆
「なぁD、俺だけど」
『-?』
「いや、さ。その、ヒカルの件なんだけど」
『-。-?』
「…いや、ちゃんと契約には漕ぎつけるよ。だけど、いいの?」
『-?』
「…あいつ、気持ち悪い」
『-?-!』
「笑い事じゃねぇんだよ!本当に、今まで見てきたどいつよりも気味が悪いんだよ」
『-。-。-?』
「…もう!その通りだよ!一週間後には連れて行くから!覚悟しとけ!本当に気持ち悪いんだからな!」
☆
あの日以来、カストはヒカルの前に姿を現していない。と同時に、ヒカルを取り巻く仕事状況が、わずかにおかしくなってきていた。
標的の元に出向くと、大抵の場合、他の業者の殺し屋とかち合うのである。もっとも、その全ての状況において実力はヒカルの方が数段上で、彼は深く考えずに、殺し屋もろとも標的を殺した。
裏と表の境界にある事務所には、裏社会のルール-特にマニュアルなどという正式なものは、あって無いようなものだった。
そして、その時は、来るべくしてやって来た。