America
ぽろろんというギターの音、アコースティック特融の丸みを帯びた音色。
ゆっくりと閉じていた瞼をあけると、彼女――美喜は演奏をやめてしまった。
「ごめん、起しちゃった?」
ふーっとタバコの煙をくゆらせながら、美喜はそっとギターを組んでいた足から下ろす。
「いや、もう少し聞かせて」
美喜は煙草を灰皿に一度押しつけてから、再びアコースティックギターを抱きしめるように抱えた。
彼女の長くて細い指が動き、ゆっくりと音色が紡がれていく。
僕はまどろんだ意識の中で、彼女の旋律を追う。
ぽろろん、ぽろろん――。
曲が終わり、彼女はシガレットケースから新しい煙草を一本取り出して火をつけた。
「もう、俺なんかよりも全然上手になったな」
ギターを教えたのはだいぶ昔だけど、今ではすっかりと俺なんかよりも美喜は上手になっていた。
「あんたが何でもかんでも適当すぎるのよ」
煙草の煙の行方をぼんやりと眺めている美喜の横顔を、何となく眺める。
「なに?」
「いや、煙草吸ってる姿がさまになるなーと思って」
「それは、女として喜んでいいのかねぇ」
「俺は、好きだよ」
美喜はハイハイという感じで手を振って応える。なんというか、俺よりも男らしいよな。
「まぁ、いいや。なんかリクエストあるかい?」
根元まで吸いきった煙草の火を消し新しい一本の咥えて、美喜は再びギターを構えた。
「それじゃぁ、アメリカが聞きたいな」
「前々から思ってたんだけども、なんであんたのセンスはそんなに古いんだろうね」
「アコースティックギターと言えば、この年代が好きだからじゃないかなぁ。あんまり最近のは好きになれなくて」
まぁ、いいけど。そういって美喜は長くつやのある黒髪を右側だけ耳にかけて、ゆっくりとギターの弦をはじき始めた。ギターの音に合わせて、女性にしては少しだけ低い彼女の声がハミングする。
少し特徴のある彼女の声も、長く艶のある黒髪も、男らしいところも、彼女の煙草を吸っている姿も、何もかもが愛おしい。
彼女のギターに合わせて、小さな声で歌をのせる。
煙草とミセスワーグナーのパイを買って、アメリカを探しに行こう。
演奏が終わり、美喜は煙草に手を伸ばした。僕はそんな美喜を後ろからそっと抱きしめる。
「どうしたの?」
「二人で未来を築きに行こう、少しの蓄えならあるんだ」
「ばーか」
こちらを向いた美喜と、そっと唇を合わせる。
美喜とのキスは、煙草の味がした。
使用楽曲:サイモン&ガーファンクル 『アメリカ』