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TCG バトル・ガーディアンズ  作者: あんころもちDX
第2章・全国大会編
51/66

BATTLE:038【合宿2日目 混合タッグマッチ戦開幕!】

 今回は混合タッグマッチ戦開幕までの内容なので、カードバトル描写は無いです。ご了承下さい。

 次回はみっちりカードバトル描写を入れる予定です。

 合宿初日が終わり、イクサは不思議な夢を見ていた。

 周りは喪に服し、誰かの葬式のような状況だった。


――なんだ、これ? 誰か、死んだの?――


 泣いてる少女の声が聞こえる。

 視線をそちらに向けると、小さなナミが棺桶に向かって大粒の涙を流していた。

 だが、イクサにはこの光景に関する記憶はない。


――これ、誰の葬式だろう?――


 そう疑問に思った瞬間、目の前の情景は消え失せ、荒野に変わる。

 傷ついた白き少女を、騎士のような風貌の青年が抱えて涙を流している。

 少女は青年に手を伸ばし、儚げな笑顔を浮かべて慰めている。


「どうして、どうしてですか姫様!!」


「……リ…ゲ…ル」


 その光景に、イクサは胸が痛くなる。

 身に覚えがない筈なのに、どうしてこんなに悲しいのか。


(俺は、一体……)


 二人に手を伸ばそうとして、


 悪夢は目を覚ます。



「っ?!」


 イクサは慌てて起き上がり、辺りを見渡す。

 ここは紛れもない旅館の部屋で、まだ合宿の途中。

 見知らぬ夢に頭を抱える。お祝い会の時の写真の件で思い知ったが、自分には明らかに欠落している記憶がある。

 あれらもそうなのか。後者に関してはそうでもなさそうであるが。


(俺は、誰なんだ? 本当に、聖野イクサという人間なのか?)


 答えの出ない疑問の答えを求めるかのように、イクサは自分の手を見つめる。


(あの時、確かに俺は俺じゃなかった)


 勝利の一手(ヴィクトリー・ドロー)したカードを見た瞬間、自分の意思に関係なく口が動いていた。

 あの瞬間だけ、あそこに自分は立っておらず、イクサは観客だった。

 自分ではない、でも確かに自分自身である、自分が知らない自分と立ち位置を入れ換えたかのように。

 あれ以降、もう2回ほどカードバトルをしたが勝利の一手(ヴィクトリー・ドロー)が発動することはなかった。

 孤高センリがユキヒコとのバトルで見せた勝利因子(ヴィクター)への覚醒、イクサの場合はそれが不完全なのかは知る由もない。

 壁にかけられた時計を見る。

 時刻はまだ午前6時だ。


「……さすがに、起きた方がいいよね」


 目が完全に覚めてしまったため、二度寝する気も起きず、とりあえず布団を片付け、服を着替える。

 デッキケースからカードを取り出し、1枚1枚を手に取る。

 ここまで共に戦ってくれた仲間達。できることなら全国大会優勝を果たし、ユキヒコと共に皆でカンナの墓前で報告したい。

 そう思う一方で、全国大会にはサクヤのような数多くの強豪達が待ち構えている。

 イクサはカードをデッキに戻す。


「気を引き締めるためにも、朝風呂に入ろうかな」


 他にやることがないため、折角の旅館なんだからと朝風呂に向かった。



 カポーンという風流溢れる音が聞こえる。

 イクサが露天風呂に足を踏み入れると、どうやら先客がいたらしい。


「あ、聖野くん」


「東條部長…と」


 イクサより一足先に露天風呂にいたのはユキヒコだった。だが、先客はユキヒコだけではなかった。

 厳つい容貌の青年がユキヒコと共にいた。

 2人は湯船に浸かっており、イクサも軽く掛け湯をして湯船に入る。

 ユキヒコはイクサにその青年を紹介する。


「紹介するよ。こちら、去年の吹雪学園の部長【湖織ヒョウザン】さんだ」


 青年――ヒョウザンはイクサに一礼する。


「現在はOB兼アドバイザーとして吹雪学園のCG部に所属している。キミが噂の聖野イクサくんか」


「ど、どうも。噂って、もしかして……」


「ああ、キミがワールド・バトル・ボードであの孤高センリを倒したという噂だ。全くユキヒコ、後輩に抜かれてどうする」


 ヒョウザンがユキヒコの頭を軽く殴り、ユキヒコは「あははは」と笑って殴られた部分を撫でる。


「いきなり殴るなんて酷いなぁ。…まあでも、確かにちょっと我ながら不甲斐ないかな」


 ユキヒコの言葉に、イクサは慌てて訂正を入れる。


「ち、違うんです東條部長! あれは、あんなのは勝利なんて呼べないんです!」


「え?」


 首を傾げるユキヒコ。ヒョウザンも顔をしかめる。


「一体どういうことだ?」


「それは……」


 イクサは2人に事の経緯を話す。自分が勝利を諦め、それでセンリが失望し、CPUとの対戦で勝っただけということを。

 話を静かに聞いていたヒョウザンは、やがてその重い口を開いた。


「全くの拍子抜けだな」


「っ……」


 イクサは顔を歪めて俯く。

 その様子を見たヒョウザンは首を横に振る。


「失礼。拍子抜けとは、キミに対して言ったんじゃない」


「え…?」


 ヒョウザンのまさかの一言に、イクサは目を見開き俯いていた顔を勢いよく上げる。

 ヒョウザンはイクサに言う。


「俺が拍子抜けと言ったのは、孤高センリに対してだ」


「そんな、どうして……」


「結果がどうであれ、先にゲームを投げたのは孤高センリだ。一方でキミは最後までバトルを続けた、俺にキミを非難する理由はない」


「でも、俺……あの時勝負を諦めて……」


「どっかの誰かみたいにサレンダーしないよりマシだ」


 ヒョウザンの言葉に今度はユキヒコが「ぐっ」と声を漏らす。

 ユキヒコは乾いた笑い声をあげる。


「全くヒョウザンさん、急にこっちに話題を振らないで下さいよ」


「お前も先輩風ばかり吹かさず、少しは彼を見習え」


「中々手厳しいなぁ」


 ヒョウザンとユキヒコの会話にイクサは戸惑うばかりだ。

 ユキヒコはイクサに言う。


「聖野くん。確かに、早々にバトルを諦めたのはあまり誉められた行為じゃない。でもね、カードマスターだけでなくカードゲーマーなら誰しも一度はバトルを投げ出したくなる局面は多々あるものさ。敗けが見えている勝負なら余計にね。問題なのは、先に卓から立つことだ」


 イクサはユキヒコの言葉をただただ聞く。


「卓から立つということは、つまり、そのバトル全てを手放して逃げることを意味する。どんなにバトルに勝っていようと、卓から立ったのなら、それは立派な敗北なんだよ。それに、俺はキミが少し羨ましいんだ」


「え……」


「失望は期待の裏返しだ。俺が詰んだあの局面、きっと孤高センリはキミならどんなコンボで打ち破るのか、それを見たかったんじゃないかな」


「……」


「その解答はまだ見つからないかもしれない。でも、彼らと戦うチャンスはまだある。全国大会本選を勝ち進めば、いずれきっとね。それまでの時間はまだたくさんあるんだ、焦らずゆっくりと、キミのペースで見つけるといい」


「……はい」


「それと……」


 ユキヒコは入り口の方を見る。


「キミも入って来たらどうだい?」


「……」


 ユキヒコに声をかけられ、姿を現したのはカイトだった。

 カイトはヒョウザンに頭を下げる。


「……どもっす。戦宮カイトって言います」


「ああ。湖織ヒョウザンだ」


 カイトも軽く掛け湯をしてから湯船に入ると、イクサとユキヒコからやや距離を取る。

 その様子にヒョウザンは何かを感じたのか、ユキヒコに小さく耳打ちする。


「(お前、何かやらかしたのか?)」


「(別に何もやらかしてませんよ。ちょっと煽っただけです)」


「(それが部長のすることか)」


「(これがうちのやり方なんです。うちには顧問がいませんから、こういうのも必要なんですよ)」


「(お前なぁ……)」


 ヒョウザンはユキヒコの回りくどいやり方に嘆息し、イクサとカイトを見る。

 イクサはそうでもないが、カイトは明らかにイクサに敵意のようなものを抱いていることが伺える。

 これから全国大会本選が始まることを考えると、良くない兆候だ。


「(で、どう収拾を着ける気だ?)」


「(俺はどうもしませんよ。聖野くんに言ったように、自分のペースで答えを見つけるべきなんです)」


「(……そうかい)」


 ヒョウザンはもう一度だけ、深い溜め息を漏らすと、小さく声に出す。


「こういう時、ユキマルならどうするんだろうな?」


「さあ、俺は兄さんじゃないんで何も言えませんが」


「だろうな」


 そして何かに思いを馳せるように空を見上げる。


「思えば、うちの中高等部の連中が揃って腑抜けになったのも、アイツがいなくなってからだな。ギンカクは早々に愛想を尽かして阿久麻学園に行ってしまうし」


『え?』


 ヒョウザンの言葉に、ユキヒコ達は揃って驚きの声を出す。

 ヒョウザンは小さく笑う。


「そういえば、ユキヒコにも言ってなかったな。阿久麻学園現部長の極道前ギンカクは、元々は吹雪学園の生徒だったんだ。ユキマルがいなくなって皆のモチベーションが明らかに下がったのを見て、ギンカクは吹雪学園をやめたんだ」


「あ、あの」


 イクサはヒョウザンに声をかける。


「ユキマルさんって、誰ですが?」


 その質問は、ヒョウザンではなくユキヒコが答える。


「ユキマルは、俺の兄さんだよ」


「東條部長のお兄さん……どうしていなくなったんですか?」


「……」


 イクサの質問にユキヒコは黙り、ヒョウザンもどことなく気まずそうにしてから「コホン」と咳をする。


「そこから先は俺が話そう」


 話をヒョウザンがバトンタッチする。


「ユキマルは当時の吹雪学園のCG部……と言っても約2年前だが、とにかく、高等部2年の段階で既にカードマスターとしては主将レベルにまで到達しており、そのカリスマ性から多くの部員達に慕われていた。だが突然、ユキマルは吹雪学園を辞めた。理由は孤高学園への編入が決まったからだ。そして孤高学園へと向かう途中……事故に巻き込まれて亡くなった」


「……ぇ」


 あまりの衝撃的な答えに、イクサだけでなくカイトも言葉を失う。

 ヒョウザンは話を続ける。


「俺達は全国大会でユキマルと戦いたかった、だからアイツを送り出した。なのに、その報せが届いたことで俺達の中で後悔が生まれた。ユキマルを引き留めておけば良かった、とな。ギンカクは後悔に苛まれてすっかり意気消沈した俺達に見切りを着け、辞めていったんだ」


 イクサとカイトは互いに顔を見合せて、気まずそうに押し黙る。

 ヒョウザンは「さて」と声を出す。


「暗い話はここまでにしよう。そうだな……ここはカードマスターらしく、今年の全国大会本選の話をしようか」


 ヒョウザンの話題転換にユキヒコはホッとしたような表情を浮かべ、その話題に乗っかる。


「そうだね。ここには泊まっていないけど、界演学園の面々も来てるし、丁度いいかもしれませんね」


「まあな。まずは予選を勝ち抜いた47校、有名所を挙げるなら沖縄代表は八聖高校、京都代表は界演学園、東京代表は孤高学園。他にもあるが、前回のトップ5はこの3校に加えて阿久麻学園と炉模工業高校の計5校だった」


「トップ5……」


 イクサの漏らした言葉にヒョウザンは頷く。


「ああ。お前達は阿久麻学園を倒し、俺達は炉模工業高校を倒して神奈川代表となった」


「えっ?!」


 イクサは驚愕の声をあげる。あの稚推アカネが属する炉模工業高校が敗れたことにイクサは驚きを隠せない。

 ヒョウザンは話を続ける。


「だが本選を勝ち抜くなら、この5校との戦いは免れないだろう」


 するとカイトが口を挟む。


「でも、俺達は阿久麻学園を倒してヒョウザンさん達は炉模工業高校を倒したんですから、俺達の当面の問題は吹雪学園を含めた4校ってことっすね」


「いいや」


 カイトの言葉をヒョウザンは首を横に振って否定する。


「昨日、孤高グループのホームページで敗者復活権を勝ち取った3校が発表された。1つはお前達東栄学園、もう1つは炉模工業高校、そして3校目は、阿久麻学園だ」


「「っ?!」」


 イクサとカイトは目を見開く。


「そんな……」


「まさか…」


 2人の様子にヒョウザンは小さく笑う。


「残念だが事実だ。今年の全国大会本選は、いつになく荒れるだろうな。予選とはいえ、去年のトップ5の一角をそれぞれ下した吹雪学園と東栄学園の参戦とトップ5全ての参戦なんだ」


「「………」」


 全国大会本選優勝。その言葉が、とてつもなく遠くに感じる。


「特にうちのサクヤは八聖高校との戦いに意気込んでたな。あそこにはサクヤと同じシンクロトライブ使いが在籍している。【シャーク】軸の使い手なんだが、アメリカからの留学生らしくてな、しかも年齢はサクヤと同じらしい」


「え、サクヤちゃんが?!」


 イクサの声にヒョウザンは首を傾げる。


「なんだ、サクヤを知っているのか?」


「え、ああ、いや、その、昨日カードバトルをやりまして。あの、サクヤちゃんは吹雪学園のレギュラーなんですか?」


「……なるほど、昨日サクヤが敗れたカードマスターはキミだったのか。キミの言うとおり、サクヤはうちのエースだ。一体どんな相手に敗れたのかと気になっていたんだが、キミなら納得だ」


「いや、俺はまだまだで…」



「あれでまだまだ…かよ」


 イクサの言葉を横で聞いていたカイトは忌々しそうに呟いて顔を歪める。

 イクサは思わず「え……」と溢す。


「別に」


 カイトはヒョウザンに一礼してその場から立ち上がる。


「貴重な話、ありがとうっす。俺はこれで失礼します」


「……ああ」


 ヒョウザンが頷くとカイトは露天風呂から出て行こうとする。イクサはカイトを追いかける。


「ちょ、ちょっとカイト! あ、湖織さんに東條部長、先に失礼します!」



「「……」」


 イクサ達が去るのを見届けるヒョウザンとユキヒコは何とも言えない表情を浮かべる。

 ヒョウザンは苦笑する。


「やれやれ、敵は外じゃなく内側にいたというわけか。昔のユキマルとフブキを思い出すな」


「確かに、かけがえのない仲間はやがて唯一無二の宿敵となる。この手の競技には付き物ですからね。それに、1年前からバトル・ガーディアンズを始めた戦宮くんからしたら、数ヶ月前まで一度もカードを触ったことがない聖野くんがここまで力を着けてしまっては、嫌でも自分の無力さを呪うだろうし」


「フッ…サクヤといい、そっちのイクサくんといい、いつの時代にも天才はいるものだな。だが、天才の寿命は短い、長い目で見たら、一瞬の天才より地道な努力の方が何倍も価値があるというのに、それに気づけないあたりカイトくんはまだまだ青いな」


「戦宮くんの年齢でそれを求めるのは中々酷な話でしょう。それに、努力は自分を裏切りませんが、必ずしも結果が伴うわけじゃない。その歯痒さは、俺も理解できますけどね」


「お前も相変わらずだな」


 ヒョウザンは面白そうに笑った。一方で、イクサとカイトの関係性に僅かな危機感を覚える。


(もう本選まで1週間を切った。できることならわだかまりはこの合宿期間で解消すべきだ。もしできないのなら……)


 全国大会本選は今までのような単調な団体戦マッチではない。時には強いチームワークが要求されるタッグマッチや特別な敗北条件が付加される特殊バトルが存在する。

 それらを勝ち残るからこそ、自身が一流のカードマスターであるという強い達成感を得られるのだ。


(対抗心は強くなるためには確かに必要不可欠だ。だが一方で、それに固執してしまっては、チーム戦ではただの害悪にしかならない)



 カイトが廊下を歩いていると、イクサがカイトに追い付いて肩を掴む。


「なんだよ、イクサ」


「なんだよじゃないよ。東條部長に挨拶も無しに行くなんて、それにあの言葉……俺、もしかして何かカイトを怒らせるようなことした?」


「……いいや」


「でも――」


「いいから、ほっといてくれよ! これは俺の問題なんだ、お前は口出すな!!」


「……ごめん」


 カイトの表情から、自分が出過ぎた真似をしたことを痛感したイクサは謝罪する。

 一方でカイトの方はイクサの傷ついた顔を見て自分が言ったことに後悔する。イクサは何も悪くはなく、ただ単に自分の力不足なのだから。


「……くっ」


 カイトはそのままイクサに背を向けて走り出して行った。



「ちくしょう…ちくしょう……俺は最低野郎だ、こんちくしょう!!」


 廊下を走りながらひたすら自分を罵倒する。

 イクサにつらく当たった自分が堪らなく恥ずかしい。そう思いながら走り続ける。

 気がつくとカードショップにまで来ており、そこでやっと足を止める。

 そこでふと、初めてイクサとカードバトルをした日のことを思い出した。

 あの頃のイクサは初心者で、自分は初心者にルールを教える側の人間だった。


「……俺の方がスタートダッシュは早かったのに、随分と差を詰められたもんだな」


 昨日、セカイから聞かされたイクサの噂話。それによってカイトは気づいてしまった。

 カードマスターとして強くなるために、イクサは越えるべき大きな壁であると。イクサはもうおんぶに抱っこの初心者でも、肩を並べて共に戦う戦友でもない。

 数多く存在する、たった一人の、宿敵なのだと。


「薄々は、分かっていたさ。イクサは強い、強くなった。きっと今のアイツとやっても、俺が勝てるかは五分五分だ」


 懐からデッキケースを取り出し、ディヴァイントライブのカード達に目を向ける。


「俺は、このデッキで最強になるって決めたんだ。いずれはあの孤高センリにだって――なのに」


 イクサに先を越された。

 カイトには分かる。イクサの使うカオストライブは扱うのが難しい玄人向けのトライブであり、決して初心者が軽々しく扱えるトライブじゃない。たとえバトル・ガーディアンズでは中級者レベルであるカイトであろうとも、カオストライブを使いこなすのは至難の業だ。

 それを使いこなせるイクサは異質であり、イクサには潜在的なカードバトルへのセンスがあることが伺える。


「才能が無いから勝てないなんて、ただの言い訳だ。頭では分かってる…分かってるんだ……でも」


 炉模工業高校との練習試合の時、阿久津エンジとの会話が脳裏に過る。


――俺は、もうあの時とは違う! トライブを研究して、強くなったんだ!!――


――それを評価するのはお前じゃない、相手をしてる俺だ。そして、お前が強くなる以上に、周りも強くなる。故に……お前は相対的に弱いままだ――



「……俺は、強くなりたいんだ。だって俺には、もうバトル・ガーディアンズしかないんだ。父さんと母さんを見返すには、もうこれしかないんだ!!」


 カイリのような、イクサのような、そしてアイツのように、自分には彼らのような才能は無い。

 無いものを埋めるには努力しかない。でも、そんな努力でさえ差を埋められないとしたら?


「……学校でも家でも、もう居場所が無くなるのは嫌なんだ」


 カイトは自身の過去に意識を沈める。


◇◇◇◇◇◇◇◇



 父さんは俺に言ってくれた。


――お前は世界一になる男だ!


 母さんは俺に言ってくれた。


――貴方は私達の自慢の息子よ。


 だから、彼らの期待に応えるために、必死になって勉強した、スポーツにだって励んだ。

 妹のカイリも生まれて兄として、妹の誇りになるように努めた。

 とても辛かったけど、3人の笑顔が見られるなら軽いと思えた。

 その甲斐あって学校では教師や級友から慕われた。


――カイトくんは凄いよね!


――戦宮は、まさしく我が校の誇りだよ。


 全てが順風満帆だった。努力は積み重ねればその分だけ自分に還元される。

 だから、この時は微塵も思わなかった。


 どれだけ努力を積み重ねようが、たった1つの才能で容易く崩れることを。


 東栄学園じゃない私立の中学1年の時、俺のクラスに1人の転校生がやってきた。


「皆さん、どーもー。雲永ミコトって言いますぅー、よろしゅうな!」


 雲永ミコト。俺みたいな努力の範囲内でしか結果を残せない凡人とは違う……本物の天才。

 雲永が転校してきてから、俺は常に2番手になった。

 徐々に俺から離れていく皆。俺は雲永に勝つために必死に勉強した、スポーツの自主練だってした。

 それでも勝てない。それどころか。


「どうしたん、戦宮くん? え、一位の秘訣? 才能とちょっとの努力やないかなぁ」


 雲永に少しでも追い付きたくて奴の強さの秘訣を聞いてしまう始末。雲永はそう笑いながら答えて皆と一緒にカラオケへ遊びに行った。

 俺はこれから勉強と自主練だというのに。

 俺が2番手になったことで両親の雲行きも怪しくなってきた。


「カイト、ちゃんと勉強してるのか?」


「カイト、どこか具合でも悪いの?」


 ちゃんと勉強してるさ! どこも具合も悪くない!

 焦る気持ちばかりが先行する。

 その結果、期待を取り戻そうとして無理が祟り、体を壊しかけた。

 体の健康管理もできないのかと教師に詰られた。

 空回りする努力で目が回りそうだ。

 そして、そんな時だ。

 カイリの才能が開花するのは。


 カイリはとても優秀な妹だ。昔からパズルゲームが得意で、一度基本を理解すれば、自分で応用を勝手に模索して完成させる。誰に教えられなくとも。

 俺には考えられない。俺には決してできない。

 小学校時代の俺なんて目じゃないぐらいの成績を残した。

 当然、両親の関心は俺からカイリに向かう。


「カイリ、お前はカイトのようにはなるなよ」


「カイリ、貴女は私の自慢の娘よ」


 もう、無理だった。

 結局俺はその私立の中学を辞めてワンランク下の東栄学園の中等部に転入した。

 どうせ両親にはもう期待されていない、俺は努力することをやめて自由に過ごした。

 イクサや早乙女さんっていう友人にも恵まれて、とても楽しかった。

 そして中学2年の時、カイリがバトル・ガーディアンズをやっているのが両親にバレた。

 俺が全ての責任を背負い、その場を収めた。

 やがてカードマスターになり、俺はバトル・ガーディアンズに一筋の希望を見出だした。


「これなら、バトル・ガーディアンズなら……俺でも一番になれるかもしれない。失ったものを、取り戻せるかもしれない」


 そう、俺にはもう、両親を見返すには、バトル・ガーディアンズしかないんだ。


 だからイクサ、俺は、お前みたいな天才に負けるわけにはいかない。

 もう居場所を失わないためにも、昔の惨めな自分に戻らないためにも。

 そのためなら、そのためなら俺は――



◇◇◇◇◇◇


 そこまで考えて、カイトは頭を慌てて振る。


「……はは、何考えてるんだ俺。俺とイクサはチームメンバーなんだぞ、争う必要なんてそもそも無いんだ……そう、争う必要なんて」


 カイトは自分のデッキを見つめる。デッキを握る手が震えている。

 そのことに顔を歪め、壁に背を着ける。


「仲間だから戦えない、当たり前の筈なのに、なんでこんなに辛いんだよ……」




「………」


 カイトの悲痛な声を物陰で聞いていたフブキは懐からスマホを取り出し、電話をかける。


「ユキ、私だ。1つ提案があるんだが、乗らないか?」


 通話相手であるユキヒコといくつか言葉を交わし、通話を切るともう一度カイトの方を向く。


「あまり他校の事情に口出したくはないんだが、な」


 まるで昔の自分を見ているようだと、フブキはそう自嘲染みた笑みを浮かべた。


 それから数時間後の正午。

 東栄学園の面々は界演学園の宿泊施設に訪れた。

 東栄学園カードバトル部のグループLINEにおいて、ユキヒコから連絡があり、界演学園との練習試合を行うとのこと。


「ユキヒコー! 会いたかったよ!!」


 満面の笑顔でユキヒコに抱きついてこようとするセカイを軽く避けて、ユキヒコはマオに話しかける。


「突然に練習試合を申し込んでしまってすみません」


「いえ、こちらとしても願ってもない申し込みだったので問題ありません」


「そう言っていただけて幸いです」


 ユキヒコとマオが話をしていると、ヒデオがカイトに突っかかる。


「よお、戦宮カイト! やっと戦えるっすね!!」


「……」


 だがカイトはそれをスルーし、ぼーとしている。

 無視するカイトに、ヒデオは少し語気を強める。


「おい、戦宮! 今日こそはどっちがナミさんに相応しいか決めるっす!!」


「……」


 カイトは尚も無視する。

 これにはヒデオも顔を赤くして怒りを露にする。


「さっきから俺を無視して……おーい! いーくーさーみーやー!! 聞こえてるっすか!!!」


「……」


「おーい!!(泣)」



 カイトの様子を遠目で見たユキヒコはセカイに話しかける。


「セカイ、少し頼みたいことがあるんだ」


「なになにー? ユキヒコの頼み事ならなんでも聞くよ!」


「実は……」


 セカイの耳元で小声でごにょごにょと喋る。


「――というわけなんだ。それと、このカードを使ってほしい」


 そしてセカイに1枚のカードを渡す。

 それを受け取ったセカイは神妙な表情を浮かべる。


「このスペルカード……。うーん……つまり、ユキヒコはウチに当て馬になれって言いたいの?」


「まあ、似たようなものかな。こっちの事情に付き合わせちゃうのは本当に忍びないけど」


「それに関してはまあ良いよ。だって、それだけユキヒコはウチを信頼してるってことでしょ? 全くユキヒコは罪作りなヤツだよねー」


 セカイはくすくす笑い、愉快そうに言う。


「オーケー、引き受けるよ。でも、この埋め合わせはいつかしてね?」


「勿論だ」


「じゃ、行ってくるよ!」


 そう言うと、セカイは「皆聞いて聞いてー!」とイクサ達の元へと走り出した。



「こ、混合タッグマッチ戦?!」


 イクサの驚いた声が響く。

 声には出さないが、イクサ以外にも驚いてる者がちらほらといる。

 セカイは大きく頷く。


「そう。単純なタッグマッチだとつまんないでしょ。ウチらは京都、東栄学園は東京。距離的にこの両校の練習試合って中々できるもんじゃないし、だったらちょっと面白いルールで行きたいと思うんだー。だからタッグメンバーも決めてみたよ! はい!」


 ホワイトボードにタッグメンバーの一覧が貼られる。


早乙女ナミ&虚木コノハVS園生リンナ&魁座マオ


聖野イクサ&輝島ヒデオVS戦宮カイトVS天神セカイ



「あ……」


「……っ」


 イクサとカイトは互いに顔を見合わせる。

 カイトは目を閉じてから、覚悟を決めたようにイクサを視界に映す。


「イクサ、これは練習試合だ。でも……」


 意を決して、言葉を紡ぐ。


「俺は、お前に勝ちたい。一人の宿敵(ライバル)として、お前に。お前に勝つことで、俺はもっと強くなりたいんだ。強さを得るために……だから、本気で俺と勝負してくれ!」


「……分かった」


 カイトの覚悟を感じ取ったイクサは、重く頷く。

 しかし、イクサはまだ納得していなかった。

 カイトとは幾度となく共に戦い、時には助けられ、また時には助けてきた。

 その間で培ってきた2人のコンビネーション、それら全てをリセットして、彼らは混合タッグマッチに臨まなければならないのだ。



「さて、と。お膳立てはこれくらいでいいかな。あとは2人で答えを見つけるといい」


 ユキヒコがそう呟くと、ガシッと肩を掴まれる。

 嫌な予感がし、思わず背後を見ると、般若のような表情を浮かべたユメルが立っていた。


「互いに一人残っちゃったわね」


「そ、そーですね」


「話を変えるけど、さっきセカイと2人で何を話していたのかしら?」


「いや、別に大した話じゃ」


「話が大したかどうかなんて、どうでもいいのよ!!」


 ユメルはクワッとさらに顔を歪める。


「問題なのはね、セカイが特上の……普段なら私にしか見せないような思わず食べちゃいたくなる極上の笑顔を、貴方みたいな薄汚れたオスネコに見せたことよ!!!」


 ユメルのあんまりな言動に、ユキヒコは思わず冷や汗を流す。


「薄汚れたオスネコって……」


「私もう、我慢ならないの! 貴方だけは私のプライドにかけて全力で潰すわ! さあ、こっちに来なさい!! 貴方と私、どっちがセカイの恋人に相応しいかバトルよ!」


「え、えぇ?! ちょ、ちょっと待って!! 俺とセカイは別にそんな仲じゃなくて――」


「言い訳無用! 年貢の納め時なんだから観念なさい!!」


「だから……なんか色々誤解だああああ!!」


 そのままユメルに引きずられていくユキヒコなのだった。

【作者のコメント】


 天才に人生を潰された本作のもう一人の『努力』を司る主人公、戦宮カイト。

 実はカイトの本質はフジミに少し通ずる部分があります。しかしフジミとカイトの人間性が全く異なるのは、単にカイトにはイクサという心の支えとなる親友がいたからです。

 ただ、その心の支えとなる親友が、自分の人生を壊した天才側の人間というのは、書いててかなり皮肉だなぁと思いました。



【次回予告】


 ついに始まる混合タッグマッチ戦。

 このバトルの中で、カイトは1つの答えを見つける。

 果たしてその答えとは―――。


「俺は勝ち続ける。勝って両親を見返すんだ。だって俺がそう決めたから……だから、俺は逃げない!!」


 1つの分岐はやがて1つの交わりを生み出し、いつか再び分岐する。


 次回、【交差する絆】

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