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TCG バトル・ガーディアンズ  作者: あんころもちDX
第2章・全国大会編
48/66

BATTLE:035【イクサ、付き人になる】

 今回、バトル描写は無いです。

 バトル描写が無いのに次話投稿がこんなに長くなってしまいすみません!

「えーと、次の買い物は……」


 真夏の炎天下の中、イクサはたくさんの買い物袋を持ちながら歩いていた。

 ずっしりと重い買い物袋を両手に持ち、思うことはただ1つ。


「なんで俺、こんなことしてるんだろ……」


 思わずそう口に出してしまうくらい、イクサの精神は疲弊していた。あまりの暑さで大粒の汗が額から流れている。


 そもそもの発端は、東栄学園全員での全国大会本選出場が決定した日、カイトがお祝いパーティーをしようとLINEで呟いたことである。

 3日前のことだ。


【東栄学園カードバトル部(5)】


【カイト】<せっかくだから、お祝いパーティーやらない?>

18:05


【聖野イクサ】<やってもいいけど、いつやるの?>

既読4

18:06


【ナミちゃん最強】<お、イイね!(*^▽^*)>

18:07


【園生リンナ】<リンナは賛成なのだー>

18:11


【Yuki】<俺も賛成だけど、聖野くんが言うようにいつやるのか、あと、やる場所はどこにするんだい?>

18:11


【カイト】<やるのはまあ、3日後くらいで。場所はこのグループの誰かの家で(汗)>

18:13


【聖野イクサ】<じゃあカイトの家でやればいいんじゃない?>

既読4

18:14


【カイト】<ごめん、俺ん家ムリ。親に怒られる(>_<)>

18:15


【聖野イクサ】<おい言い出しっぺ>

既読4

18:15


【カイト】<(;¬3¬)~♪>

18:17


【ナミちゃん最強】<私ん家も駄目かなぁ、そもそもそんな大人数入れるスペース無いし>

18:20


【園生リンナ】<パパとママが駄目なのだー(泣)>

18:23


【Yuki】<その日は親戚の人達が泊まりに来るからうちも無理かな。聖野くんの家はどう?>

18:25


【聖野イクサ】<俺ですか? まあ大丈夫ですよ。母さんは仕事で家にいないんで>

既読4

18:25


【カイト】<んじゃ、イクサの家で決まりってことで!>

18:27


【聖野イクサ】<そういえば、お祝いパーティーって具体的になにやるの? 買うものとかある?>

既読4

18:31


【カイト】<まあ、そりゃあお祝いしたり飲んだり食べたり……だろ?>

18:33


【Yuki】<じゃあ、飲食物とか買うものを決めて、聖野くんの家で集合でどうかな?>

18:34


【カイト】<お、それいいですね!>

18:35


【聖野イクサ】<飲食物って、具体的にはどんな……>

既読3

18:36


【ナミちゃん最強】<そういえば、イクサって料理すっごい得意だよね!>

18:36


【カイト】<マジか。イクサ、最近流行りの料理できちゃう系男子だったのか。嫁に来てくれ>

18:37


【ナミちゃん最強】<ホモォ┌(^q^┐)┐>

18:37


【聖野イクサ】<嫌だよ気色悪い>

既読3

18:38


【カイト】<それな。俺も言ってて吐き気した>

18:38


【ナミちゃん最強】<ならなぜ言ったし(´・ω・`)>

18:38


【Yuki】<料理が得意なら、飲食関係は聖野くんに任せようかな>

18:40


【聖野イクサ】<え……でも、俺そんなに得意じゃないですよ?>

既読3

18:41


【カイト】<仕方ないな。じゃあ、俺が作ってやろう>

18:42


【聖野イクサ】<東條部長、精一杯作らせていただきます>

既読3

18:43


【カイト】<俺が作ると不安かいイクサくん? ん?(# ̄З ̄)>

18:44


【聖野イクサ】<だってお前、この前家庭科の授業で肉焦がしてフライパン駄目にしたでしょ>

既読3

18:45


【カイト】<楽しかったろ?>

18:50


【聖野イクサ】<いや全然。俺まで怒られたし>

既読3

18:51



 というようなやり取りがあり、イクサは夜中のお祝いパーティーに備えて、買い出しをしているのだ。

 それも5人分、かなりの量である。カレーを作ろうとも考えたが、流石にカレーだけでは飽きる。

 中途半端な料理を出すのはプライドが許さないのか、食材にも妥協したくないと思った結果、両手で計5袋ほどの大荷物になったのである。

 そんな時だ。


「ねえねえ、そこの可愛いか~のじょ!」


「おれ達と、一夏の思い出を作らな~い?」


 どこかで聞いたことがあるような声とナンパ文句がイクサの耳に入った。

 なんとなく声のした方向に視線を向けると、そこにはいつぞやのアカネをナンパしていた二人組の男、さらにナンパの被害に遭っていたのは孤高学園の中堅戦を担当した西園寺アンジェだった。

 日傘を差しながら公園の前で佇んでいた。


「……」


 ナンパに遭っている当の本人は思いっきりスルーしており、まるで誰かを待っているかのように辺りを見回す。

 その様子にナンパ二人組は苦笑いを溢し、アンジェと視線を合わすように回り込む。


「そんな無視しなくたっていいじゃ~ん」


「そうそう。おれ達絶対退屈になんてさせないからさぁ」


「……」


 アンジェは相変わらずツーンと二人を無視し、目を合わせないように周りを見る。

 すると、イクサと目が合った。

 アンジェは目を見開くと、イクサに向かって手を向けて「来い来い」と手招きをする。

 イクサは辺りを見回し、自分を指差す。自分を呼んでいるのか、と。

 それに対してアンジェは2回ほど頷いた。

 イクサはまた面倒なことに巻き込まれたと思い溜め息を吐きつつ、アンジェの方にへと足を運ぶ。


「あのぉ、すみません。その娘、俺の連れです」


「「なんだお前――って、あ」」


 イクサの姿を認識した二人の顔が固まる。


「……ちっ、またかよ」


「マジ萎えるわぁ」


 そう言うと、二人はあっさりとその場を立ち去ったのだった。

 良かった、あの二人が本当に諦めが良くて。そう思いながら、イクサはアンジェに声をかける。


「じゃ、俺はこの辺で」


「待ちなさい」


「……え?」


 アンジェはイクサの腕を掴んでイクサの動きを止める。

 イクサは苦笑いを浮かべながらアンジェに向き直る。


「あの……まだ俺に何か用でも?」


「貴方、この付近の地理事情には詳しいのかしら?」


「ええ、まあ。ある程度は」


「なら丁度いいわ」


「何がでしょうか?」


 イクサの反応に、アンジェは落胆したような表情になる。


「全く、鈍い男ね。折角ショッピングに来たというのに、用意してたエスコートが全然待ち合わせ場所に来ないから、貴方が代わりに(わたくし)をエスコートしなさい。これぐらい察してほしいですわ」


「……すみませんね」


 察せるか、と内心で思いながらもイクサは謝罪の言葉を出した。

 イクサの謝罪に満足したのか、アンジェは早速歩きだす。それをイクサが眺めていると、アンジェは歩みを止めてイクサの方を向く。


「何をぼさっとしているのです? 早く(わたくし)をエスコートしなさい」


「え……あ、はい」


 そんなアンジェの物言いに、イクサは大人しく従う。そしてこう思った。


(予想以上に面倒くさいことになった)


 今更そう思っても、もう後の祭りである。

 そのまま、イクサはアンジェの付き人の如く、彼女のショッピングに付き合うことになった。


「まずは、衣服からですわ!」


「はあ……でも、俺が知ってるの、普通のお店だけなのですが」


「それがいいんですの! 普通、平凡、素晴らしい響きですわ!」


「(金持ちの考えることはよく分からない……)」


 そしてお望み通り、デパートの衣服店に連れて行く。

 その途中、イクサはふと疑問に思ったことをアンジェに尋ねる。


「あの、ところでさっきはなんで俺に助けを求めたんですか?」


「別に助けなど求めていませんわ。偶々、貴方と目が合ったからに過ぎませんもの」


「……」


「それに、貴方はあのカオストライブの使い手ですもの。(わたくし)に色目を使うとは考えられませんわ」


「え……俺のこと、知ってるんですか?」


「当然でございましょう。貴方は東栄学園所属のカードマスター、対戦校のマスター情報は事前に確認済みですわ」


「なるほど」


 イクサが納得して頷いていると、アンジェは「それに……」と溢す。

 そのアンジェの一言にイクサは首を傾げる。


「それに…なんですか?」


「……なんでもありませんわ」


 そうしてイクサ達はデパートへ向かった。

 そして、デパートの衣服店に到着すると、アンジェはフフと微笑みながら服をいくつか見ながら慣れた手つきで選んでいく。

 その光景に、イクサは意外なものを見た表情を浮かべる。


「なんか意外、ですね」


「何か?」


 イクサの意外という言葉に、アンジェは不快感を滲み出す。

 イクサは慌てて弁明する。


「あ、いえ! その、西園寺さんって良いところのお嬢様って感じだから、てっきりこういう所での買い物には慣れてないんじゃないかって思ってたんで」


(わたくし)だって外でショッピングくらいしますわ。カタログを拝見するより、自分の目で確かめるに越したことはありませんもの。それになにより、下手に凝ってる衣装よりもこのように質素な方が慎みがあって好印象ですわ」


 フフンと得意気に胸を張るアンジェに、イクサは思わず笑う。

 イクサが溢した笑いにアンジェは頬を膨らます。


「なんですか、笑うことはないでしょう?!」


「いえ、すみません。なんか思ってたイメージとずいぶん違うなぁと思いまして。ほら、ナミとバトルしてた時は割りと高慢ちきな感じがしたんで」


 相変わらず笑ってるイクサにアンジェは思わず顔を赤くする。


「わ、(わたくし)は西園寺の名を背負っているんですもの。庶民相手に無様な戦いはできませんわ」


「まあ、結局はナミに負けたわけですけど」


「う、うぅぅぅぅぅぅ!!!」


 アンジェは赤面しながらイクサをぽかぽか殴る。

 殴られているが、力が弱いため全然痛くない。これにはイクサも思わず可愛いなぁと思ってしまう。


「ば、バトルは一度で終わりませんわ! 次、戦うことがあれば、今度こそ(わたくし)が勝ちますわ!」


「ええ、その時はよろしくお願いします」


「ふんっ、まあ貴方達が(わたくし)と戦うなんて、来年の全国大会しかありえないでしょうけど!」


「あ、いえ、俺達も今年の全国大会本選に出場しますよ」


「え?」


 アンジェは目を見開き、途端に笑い出す。


「く、くくく…ご、ご冗談を……貴方達は私達(わたくしたち)に負けたではありませんか!」


「確かに俺達は孤高学園に敗北しましたけど、それでも、敗者復活でまた本選への出場資格を得たんです」


「敗者復活……そういえば、そんなシステムもありましたわね。ということは、また早乙女ナミとも……」


 アンジェはそう呟くと、また服選びを始めた。その表情は少し嬉しそうだった。

 その様子にイクサは首を傾げる。


「どうしたんですか、西園寺さん?」


「フフ、楽しみが増えただけですわ。あ、そうだイクサ」


 アンジェはイクサに赤と青の2つのワンピースを見せる。


「これとこれ、どっちが(わたくし)に似合うかしら?」


「え? いや、そんなこと言われても」


「貴方のセンスに任せますわ」


「ええ……」


 イクサのげんなりした様子にアンジェは笑う。

 その後、イクサがアンジェのショッピングに付き合わされること約二時間。

 時刻は午後4時だ。デパートに設置された時計を見たイクサは慌てる。


「え、もうこんな時間?!」


「どうしましたの?」


 イクサの様子にアンジェは小首を傾げる。


「あの、実は本選出場のお祝い会をやろうってことになりまして」


「お祝い会……なんだか楽しそうな響きですのね」


「え?」


 アンジェの予想外な一言に、今度はイクサが首を傾げた。

 アンジェは慌てて首を横に振る。


「な、なんでもありませんわ! 別に(わたくし)はそんなのにこれっぽっちも全く憧れなんかなくってよ!?」


「……あの、もしよかったら参加します?」


「ですから! (わたくし)は別に参加したいわけでは!!」


「いえ、食材を多く買ってしまいまして、今日中に全部消費したいんで出来れば参加者が多いと助かります」


「……そ、それなら仕方ありましたわね! 庶民を助けるのも貴族としての当然の責務ですわ!」


「あ、あはは」


 イクサは苦笑いしながら、本格的にメニューをどうしようか思案するのだった。


(西園寺さんも食べるんなら、これはいよいよマジでやるしかない……かな)



「さて、では次に行きますわよ!」


「え"……」


 イクサとしては早く帰宅して料理の下準備をしたいのだが、アンジェの買い物に付き合うと一度了承してしまったため、そのまま数時間ほど巻き込まれるのだった。



「さあ、イクサ! 次はあのお店に行きますわよ!」


「もう……勘弁して下さい」




◇◇◇◇◇


 結局、イクサ達が帰宅できたのは午後7時だった。

 やっとアンジェの買い物ツアーから解放され、イクサは十数個もの袋を抱えながらアンジェと共に自宅に到着した。


「ふーん、イクサはここに住んでいるんですのね」


「狭くてすみません……」


「別に狭いだなんて思ってませんわ、趣のある良い家ですわね」


「あ、ありがとうございます……」


 イクサは曖昧に頷きながら、自宅の扉を開けた。



「イエーイ! イクサおっそーい!!」


 ぱんぱかぱーん。

 扉を開けた先、ヒゲメガネを着けたナミがクラッカーをイクサに向けて『ぱん!』と鳴らした。

 クラッカーから飛び出た紙くずがイクサの頭にかかる。

 イクサは静かに怒りを露にする。


「おい、ナミ……なんでお前が家にいるんだよ」


「え? イクサママが普通に入れてくれたよ? あ、イクサママは仕事に行っちゃって今はいないよ」


「母さん……」


 ナミが家にいた理由がまさかの身内の犯行にイクサが頭を抱えていると、ナミはイクサの後方に視線を向ける。

 イクサの背後にいるアンジェの姿を見て、思わず目を見開いて指を差した。


「え、なんで西園寺アンジェがここにいるの?!」


「人に向かって指差すな、失礼だろ」


「あ痛!」


 失礼な行動を取るナミにイクサは軽くナミの頭を叩く。

 一方のナミは叩かれた部分を撫でながらイクサに抗議する。


「うー、だって~! なんでいるのか気になるじゃん!」


「そ、それは…まあ、事の成り行きっていうか」


「えー、なにそれ?」


「と、とにかく!」


 イクサはナミの背中を押す。


「ちょ、ちょっとイクサ! 背中押さないでよ!!」


「ほら、もうすぐカイト達がやって来るんだから、お前も料理作るの手伝え!」


「ええっ?! 私も?! 無理だよ、私料理なんてしたことないもん!」


「いいから、いいから。あ、西園寺さん。料理ができるまで適当にリビングでくつろいでて下さい」


 イクサの言葉にアンジェは静かに頷き、イクサ達に続いてイクサの自宅に入る。

 そのままリビングに着くと、ソファーにとりあえず腰かける。


「ここがお義姉様の……あ」


 アンジェがリビングの内装を見回していると、テーブルに置かれた写真立てに視界に入った。

 写真立てには、幼いイクサとイクサの母親の姿を映した写真だ。

 アンジェは思わず写真立てを手に取る。


「やっぱり……」


「うへー、やっぱダメだー」


「っ?!」


 がっくり項垂れながらリビングにやってきたナミに驚き、アンジェは慌てて写真立てをテーブルの上に戻す。

 ナミはそのままアンジェの隣に座り、アンジェに笑いかける。


「やっぱ慣れないことはするもんじゃないね」


 すると、リビングにまで焦げ臭さが漂ってきた。アンジェは思わず両手で鼻を覆う。


「あ、貴女、一体何をしたんですの?」


「いやぁ、食中毒を警戒して強火にしたら表面だけ黒焦げになっちゃって。フライパンもダメにしちゃった。……てへ」


「………」


 アンジェは何とも言えない表情を浮かべる。

 ナミは笑顔のまま、アンジェに話しかける。


「それでさ、どうしてイクサと一緒にいたの? イクサに聞いても、『料理作ってる最中だから話しかけるな』って怒られるし」


「なんてことありませんわ。(わたくし)のショッピングのエスコートをしてもらっただけです。ここに来たのも、イクサの言うとおり、事の成り行きですもの」


「ふーん、エスコートかぁ。今度私もしてもらおうかな」


「……その、すみませんでしたわね」


「え、なにが?」


 アンジェは申し訳なさそうな表情を浮かべ、ナミに弁明する。


「あの決勝戦での3Dバトルシステムのシステムエラー。あれは、フェアではありませんでしたわ。最初、(わたくし)はあれは単なる事故と思っていましたわ、運が悪かっただけ、と。でも……」


「でも?」


「点検したところ、何者かがウイルスを流し込んだ形跡が発見されたそうですの。つまり、あれは意図的な妨害行為……」


「……ふーん。でも、まあ、それはもういいよ。もう過ぎ去ったことだし、それにリベンジなら本選でできるし。さすがに本選ならセキュリティ面は大丈夫でしょ?」


「ええ、それは保障しますわ。今回のことでセキュリティレベルを強化することになりましたから」


「そう、それなら私からは特に言うことはないかな。そういえば、あの話ってどうなったの?」


「あの話……?」


「うん、今朝のテレビで見たよ。孤高アイズ会長が会見開いてたし。あ、ドレス姿綺麗だったよ」


「………あれは」


 ナミの言葉にアンジェは何とも言えない表情を浮かべる。

 何か言おうと言おうとすると、唐突にチャイムが鳴った。


「あ、戦宮くん達かな。ごめん、ちょっと席を外すね」


「え、ええ……」


 ナミが立ち去るのを見て、思わず手を強く握る。

 すると、カイトの元気の良い声が聞こえてきた。


「ういーっす! ……ありゃ、早乙女さんが一番乗りか」


「戦宮くん、おひさー! ふふふ。実は今日は特別でね、もう1人来てたりする」


「もう1人?」


「ささ、どうぞこちらへ。1名様、ご案なーい!」


 カイトがナミに案内されてリビングに着くと、アンジェの姿を見て目を見開いた。


「もう1人って、西園寺アンジェ?! え、なんで!?」


「まあ、いいからいいから。人が多いことに越したことは無いでしょ」


「いや、でも気になるよ?!」


「細かいことばっかり言ってるとモテないよ、戦宮くん」


「マジで!?」



「……ふふ」


 カイトとナミの会話に、アンジェは小さく笑った。

 アンジェにとって、学友との会話は腹の探り合いに過ぎない。貴族の世界とはそんなもの。

 だからこそ、カイトとイクサと裏表なく会話するナミに対して少し羨望の感情を抱く。

 自分が持ち得ない自由を持った同い年の少女。


「……だからこそ、(わたくし)は“普通”という響きに惹かれるのですけれどね|



 そしてやがて、ユキヒコとリンナもイクサの家にやって来ると、いよいよお祝いパーティーが始まった。


「ええ、では、東栄学園カードバトル部の全国大会本選出場を祝して、乾杯!」


『かんぱーい!』


 ユキヒコの一言に、他の全員がグラスを持って答えた。

 イクサが作った料理は6人分のサラダと鳥の唐揚げ、カレーライスにシチューだ。

 早速、会話を交えつつ食事を始める。カイト達はイクサの料理に称賛の言葉を言う。


「いやぁ、やっぱ料理上手いな、イクサ」


「うん、味付けも丁度良いし、とっても美味しいよ」


「とっても美味しいのだー」


「ふふふ。さすが私の幼馴染みだよね」


「まあ、中の上、といったところですわね」



「あはは……家庭科の授業で習った範囲内のことしかできないけどね」



◇◇◇◇◇



「ふう……」


 お祝い会が一段落し、アンジェはベランダで夜風に当たっていた。


「気分はどうです?」


 すると、イクサがアンジェの元にやってきた。アンジェはイクサに対して微笑む。


「ええ、とても有意義な時間でしたわ。招待してくれてありがとう、イクサ」


「いえ、喜んでいただけたなら」


「……そろそろお暇させていただきますわ。はあ、どうして楽しい時間はこんなに過ぎ去るのが早いのでしょうね」


「……」


 イクサは黙ってアンジェの話に耳を傾ける。


「実は、今日が(わたくし)にとっての、最後の自由な日なんですの」


「最後の……自由な日?」


「ええ。イクサは知らない? 今朝のニュースでも取り上げられていましたわよ」


「え、いや、今日は色々と忙しくて、ニュースを見る暇が無かったので」


「……そう。実は…」


 アンジェはそこで区切り、意を決したように言う。


「実は、西園寺グループと孤高グループの同盟締結に伴い……(わたくし)とセンリの婚約が正式に決まりましたの。明日から、花嫁修業という名のレッスンが始まりますわ。孤高家の婚約者として相応しくなるために。だから、こうして自由に外に出てショッピングができるのも今日が最後なんですの」


「政略、結婚ってやつですか?」


「……そうですわね」


「俺、貴族の世界のルールは知らないですけど、そういうのって、今もあるんですね」


「ええ、(わたくし)も、西園寺に生まれたから覚悟はしていましたが、いざ婚約が決まってしまうと、どうも決心が鈍ってしまいますのね」


 ふと、視線を下に向けると、リムジンがイクサの家の前で停車しているのが見える。


「……魔法の時間は、もうおしまいですのね。……イクサ、次会う時は敵…ですわ」


「……」


「……では、さようなら」


 アンジェがイクサの横を通ってベランダを後にしようとすると、イクサはアンジェに声をかける。


「あ、あの! 色々と大変かもしれないけど、俺で良ければいつでも話し相手ぐらいにはなりますよ」


 そう言うと、懐からスマホを取り出す。


「……どうして」


「俺は貴女のエスコート役ですから」


「……それなら、仕方ありませんわね」


 アンジェは儚げな笑みを浮かべてスマホを取り出し、イクサとメアドを赤外線で交換した。


「ありがとう、イクサ」


 そう言って、ベランダを後にした。

 イクサは何とも言えない表情でそれを見送る。果たして、これで良かったのか。余計なことだったのではないか。

 だがあの時、イクサはアンジェに対して何か言わなければならない焦燥感にも似た感情に囚われたのだ。そう思ってしまうほどに、アンジェの姿は危うかった。


「何もできないのは、歯痒いよね……やっぱり」




◇◇◇◇◇



「あら、アンジェ…ちゃん?」


 アンジェがイクサの自宅から出てリムジンに乗ろうとすると、後ろから女性の声が聞こえてきた。

 振り返ると、そこにいたのはイクサの母親の『聖野サオリ』だった。


「お義姉様……」


「どうして、ここに……?」


「イクサにお祝い会に誘われたんですの」


「そう…イクサが。元気そうね、アンジェちゃん」


「ええ。お義姉様もお元気そうで何よりです」


「……あれから、10年も経つのね」


「そうですわね。イクサは、10年前のことを覚えていないんですのね」


「ええ、10年前に起きた事故で記憶障害が起きたみたいで」


「忘れて良かったと、(わたくし)は思いますわ。10年前の彼より今の彼の方がよっぽど人間らしいですもの」


 遠い彼方に想いを寄せるような瞳を向けながら、アンジェはサオリに笑って語りかける。


(わたくし)、楽しみにしてたんですのよ? サオリお義姉様が(わたくし)のお義母様になってくれるのを」


「……ごめんなさいね、アンジェちゃん。でも私には、あの子を救い出すにはあれしか方法が無かったの」


「分かっていますわ。だから(わたくし)は、イクサとは面識の無いフリをしたんですから」


「気を遣ってくれてありがとうね」


「いえ。では……」


 アンジェはサオリに軽く会釈するとリムジンに乗り込んだ。

 リムジンが走り去るのを見て、サオリは自宅の扉を開けた。






――おまけ――



「お、アルバムはっけーん!」


 カイトはイクサの部屋に入って漁っていると、1冊のアルバムを見つけた。

 イクサは慌ててアルバムをカイトから奪い取る。


「こら、カイト! 勝手に部屋を漁らないでよ!」


「えー、いいじゃん。減るもんじゃないし」


「駄目なものは駄目!」


「ノリ悪ぃなぁ、イクサ!」


 カイトがぶーぶー文句を言ってると、ナミがイクサの背後に忍び寄り、アルバムを奪い取った。


「あ、ナミ!?」


「へっへーん! 隙あり、だよ!!」


「早乙女さん、ナイス!」


 ナミは早速アルバムを広げ、カイトと共に写真を見る。イクサはなんとか奪い返そうとするが、カイトとナミに阻まれて断念する。

 そこへ、ユキヒコとリンナもやって来た。


「どうしたんだい?」


「何の騒ぎなのだー」


「え、あ、いや!」


 イクサが両手を振ってアルバムを隠そうとすると、


「イクサのアルバム鑑賞会ですー」


 カイトが爆弾を投げ込んだ。

 ユキヒコとリンナの関心がイクサのアルバムに向く。


「アルバム?」


「なのだ?」


 ユキヒコとリンナは互いの顔を見合わせてからアルバムを覗きこむ。


「中々面白そうだね」


「ちっちゃいイクサ、可愛いのだー」


「ちょ、ちょっと二人共!!」


 イクサががっくりと項垂れていると、カイトが「お、懐かしい!」という声をあげる。

 カイトはアルバムの一番最初のページの写真を指差す。

 その写真は、幼いナミとイクサのツーショットを映したものだった。無表情なイクサとそのイクサの頬を引っ張っているナミ。二人共、5歳から6歳ぐらいだろうか。


「この頃のイクサはホント無愛想だったよな」


 カイトの言葉にナミは首を傾げる。


「あれ? 戦宮くんって私達と小学校違うよね? なんでイクサのこと知ってるの?」


「ん、ああ、確かに小学校は違うけど、俺が友達と公園でサッカーしてたら急にイクサが突っかかってきてさ。『貴様ら、ここは今から僕が使う。直ちに立ち去れ』って言ってきてさ」


 イクサは驚愕の声をあげる。


「え?! 昔の俺ってそんな感じだったっけ!?」


「うーん、昔のイクサはそんな感じだったような……あ、初めて私と会った時に『なんだこの山猿は』って言われたの覚えてるよ。ほら、だからこの写真だと私、イクサの頬っぺたを引っ張ってるんだよ」


「昔の俺って……」


 イクサが過去の自分の言動に落ち込んでいると、ユキヒコが疑問に感じたことを口にする。


「あれ、そういえばこのアルバム、赤ちゃんの写真が1枚も無いね?」


『え……?』


 全員は同時に目が点になり、アルバムのページをめくる。

 確かに、赤ちゃん時代のイクサの写真が1枚も見当たらない。



『なんでだろう?』


 全員はただ、首を傾げるばかりだった。

 LINEの内容は、大体高校時代の友人達とのLINEを元にしてます。


【次回予告】


 合宿するために海へとやってきたイクサ達。

 そこで会ったのは、意外な人物達だった。


「ハロー、ユキヒコ」


「あ、天神セカイさん?!」


 界演学園との邂逅は、イクサ達にどのような影響をもたらすのか。


 次回、【合宿開幕! 天地創造の邂逅】 

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