BATTLE:014【対決! 炉模工業高校!!】
今回、バトル描写はないです。
昨日、ユキヒコからメールをもらったイクサは目的地に向かっていた。
本日の正午に、横浜駅に集合とのこと。
メールの概要は、他校との練習試合らしい。
一体どこの学校とやるのか、イクサは半分緊張しつつもワクワクしていた。
―――ガヤガヤガヤ
それにしても、と辺りを見渡す。
本日は日曜のため、当然人がたくさんいる。
それは別にいいとしよう、当然なのだから。
一週間の疲れを晴らすために休日を満喫するのは大いに結構だろう。
だが。イクサはそう思って留まり、待ち合わせ場所の横で繰り広げられている光景に視線を移す。
「ねえねえ、か〜のじょ。いいじゃんちょっとくらい」
「そうそう。おれらさぁ、これからカラオケに行くんだわ、だからちーっとばかり付き合ってってば。ぜってぇ楽しいからさぁ」
羽目を外すな。イクサはそう強く思った。
現在、七月上旬。
もうすぐ夏休みである。
あと少しでやってくる大型連休を前に、はしゃぐ気持ちもまあ理解できないこともない。
イクサだって内心ワクワクしてるのだから。
そしてこの炎天下の中、ナンパするのもまあ……いいんじゃない? と思う。
だけど、節度を守れ。
見たところ、声をかけられている少女は「え? え?」と、困惑と嫌悪感が混じった表情を浮かべながら二人を見ている。相手が嫌がってるなら、早々に諦めた方が賢明だろう。見込みゼロだから。
少女はついに口を開いた。
「あ、あの……ホントに困ります! 友達と待ち合わせしてるんです!!」
「へ〜、いいねー。じゃあその友達も一緒にカラオケ行こうよぉ」
「おっ、ナ〜イスアイデア!」
横浜駅で皆を待っている中、隣で繰り広げられているナンパ。
夏の暑さも相まって、イクサの中で徐々にイライラが募っていく。
少女を助けようと思う気持ちは勿論あるが、如何せん相手は二人。体格差なども考慮すれば少々分が悪い。せめてカードバトル部の誰かが一人でも来てくれればなんとかできるのだが。
そう思い、イクサはとりあえず様子見する。
一方でナンパされてる少女はふるふると震え、しつこい二人のせいで今にも泣きそうだ。
周りは見て見ぬふり。イクサも含めてであるが。
「ホントに……勘弁して下さい」
ついに泣き出してしまった少女を見て、イクサは「フーッ」と息を吐く。そろそろ限界である。
「あ、すいません」
「「ああ?」」
男二人に声をかけると「何こいつ?」という冷たい目で睨まれた。しかし、憶することなく言葉を続ける。
「俺、その子の連れです。だから、ナンパはやめてもらえますか?」
イクサが笑顔で言うと、男二人は明らかに肩を落とした。
「……なんだよ、男連れかよ」
「萎えるわぁ……」
萎えるのはこっちのセリフだ。イクサはそう思いながらも、話が分かる人達で良かったと安堵する。内心、喧嘩っ早い血の気の多い人だったらどうしようかと心配していたが、どうやら杞憂だったようだ。
男二人はぶつぶつ文句言いながら、その場をあっさりと去った。
「あ、あの! ありがとうございます!!」
ナンパに遭っていた少女は笑顔を浮かべてもじもじしながら、イクサに礼を言った。
そんな少女に対し、イクサは申し訳なく頭を下げる。
「いえ、すぐに助けてあげられなくてごめんなさい」
「そ、そんな! あのまま声をかけてもらえなければボク……たぶん流されてただろうし……」
(ボク?)
イクサは一瞬首を傾げたが、俗に言うボクっ娘というものかと納得する。
二次元だけのものと思っていたが、現実にいるもんなんだな。
そう感心しつつ、早々に少女に別れを告げる。
「じゃあ、俺も友人との待ち合わせがあるのでこれで」
「あ、うん! また会おうね!!」
(…………ん?)
引っかかる物言いに首を傾げ、立ち去ろうと背を向けていたイクサは足を止めた。
少女の言葉に疑問を覚えて振り返るが、そこには既に少女の姿は無かった。
「……一体、なんだったんだ?」
イクサはただ、首を傾げるばかりだった。
「おーい、イクサ!」
すると、カイトがやってきた。
時間を確認すると、11時50分。
「カイト、早いね」
「イクサこそ早いじゃん。あ、もしかしてあれか? 今日という日が楽しみで寝れなかったんだろ〜!」
「小学生かよ……。そうじゃなくて、パックを買ってデッキの最終調整をしようと早く来たんだよ」
「おお、そういえばデッキの調整を怠るなってメールに書いてあったな。ま、俺は昨日の段階で改良を加えたけどな!」
「俺はまだ試行錯誤って感じかな」
「デッキ構築は中々難しいからな。イクサはまだ始めたばかりだし、少しずつ慣れていけばいいと思うぞ」
「うん」
イクサはデッキホルダーからデッキを取り出す。
新しくデッキに加えた【カオス・ナイト】をサポートするカードで構築してみた。
あとはどれだけ機能するか、今日の練習試合で確かめるとしよう。
「あ、イクサ〜!」
すると、間の抜けたような声のナミがイクサ達に向かって駆けてきた。
「もう、一緒に行こうって言ったのに!!」
「ぐーすか寝てるお前が悪い」
「うぅ……。そ、そうかもしれないけど、だったら起こしに来てよ!」
「どうせ起こしに行っても起きないくせに」
「起きるよ! ………た、たぶん」
「たぶんって言ってる時点で駄目だろ」
「起きれるもん! イクサが優し~く起こしてくれたら、起きれるもん!」
「じゃあ永遠に寝てれば」
「ひどいや!!」
ナミは「トホホ……」と言いながら、壁にもたれる。
その様子に、さすがのカイトも哀れむような声を出す。
「なあイクサ、もうちょっと早乙女さんに優しく接したら?」
小声で言ってくるカイトの言葉にイクサは溜め息を吐く。
「あいつにはあれくらいで十分なんだよ。昔からの付き合いで理解したんだ」
「一体過去に何があったんだよ」
「……。ナミのペースに合わせるとこっちが疲れるだけなんだよ、昔から」
「……ああ、なるへそ」
カイトもなんとなく理解したのか、苦笑しながら軽く頷いている。
そうやって三人で過ごしていると、どうやらユキヒコ達も到着したようだ。
「やあ、皆早いね」
「今日は全勝するのだー!」
これで五人。全員揃った。
カイトがユキヒコに声をかける。
「東條部長。今日の練習試合の相手はどこなんですか?」
「ん? ああ、そういえば言ってなかったね。炉模工業高校だよ」
「あんまり聞いたことない高校ですね」
「まあ、うちと違って公立だし。進学率もそこまで良くないしね。ただ、結構な強敵揃いだよ」
「へえ……」
強敵揃いという言葉にイクサは思わず手を強く握り締める。一体、どんなカードマスターがいるのだろうか。
「じゃあ、早速行くとしよう」
ユキヒコの言葉に、イクサ達全員が頷く。
ユキヒコに案内される形で炉模工業高校へと向かう。
時間として、約30分歩いたぐらいだろうか。
【炉模工業高校】
校門にそう刻まれていた。ここが、練習試合の学校である。
この時、イクサは内心疲れていた。
「イクサ……」
「聖野くん……」
それは、カイトも東條部長も同じようで二人共イクサに視線を向けた後、ナミとリンナに視線を移した。
道中、ナミとリンナが寄り道しようとして何度か迷子になりそうになり、それを男三人が懸命にフォローしていたのだ。
炉模工業高校自体は、駅から10分も掛からないというのに。
「なんかえらく時間かかっちゃったね」
「なんでサクサク行けなかったのだー?」
あんたらのせいだよ。イクサがきょとんとしている女性陣二人をそう睨んでいると、
「ずいぶん遅い到着だな」
なにやら聞き覚えのある声が聞こえてきた。
恐る恐る目を向けると、
「よっ。久しぶりだな、聖野イクサ」
そこに佇んでいるのはシンヤだった。
「えっ?! 諸星シンヤ?!」
なんでここに。
そう疑問に思った後、右腕のギブスが視界に映る。
フジミによって負傷した大怪我のものだろう。
イクサはユキヒコに尋ねた。
「これは一体どういうことですか?」
「どういうことも何も、見た通りさ。ここは、シンヤが通ってる高校。そして俺達の練習試合の相手は、この炉模工業高校」
イクサの問いに笑顔で答えたユキヒコは、なんてことないかのように言った。
イクサは再びシンヤに視線を向ける。
すると、シンヤはニコッと笑う。
「立ち話もなんだし、俺が校内を案内してやるよ。ついて来な」
『え……?』
前回は傲慢な感じで嫌な奴だったが、今回はとてもフレンドリー空気を漂わせていた。
その事に対し、イクサ、カイト、ナミの三人は「誰、この人?」と思った。
「東條部長、これは一体……? もしかして諸星シンヤの奴、頭でも打ったんですか?」
イクサが小声でユキヒコに尋ねた。
「フフッ、まあそう思うのも無理ないかな。でも、これがあいつの普段の姿なんだよ。前回のは、俺が襲撃を依頼したからあんな性格を装おってただけでね」
「へ、へえ……」
イクサとカイトは顔を見合わせる。
((信じられない……))
そう物語っていた。
「いやぁ、カードバトルの練習試合は久々だからなぁ。皆、腕が鳴るぞー。がっはっはっ!!」
面倒見の良い先輩のような物言いに、やはりまだいまいち慣れないイクサ達。
ユキヒコはフォローを入れる。
「シンヤは昔から人相が悪くて誤解されがちなんだ。でも、基本的には人情に熱い良い奴だよ。前回のは演技だったからさ、皆ももっとフレンドリーに接してやってね」
しかし前回がインパクト強すぎたのだろう。イクサ、カイト、ナミの三人は「はーい」と返事をするものの、すぐには脳内情報を修正できないようだ。
さて、そんなこんなでシンヤに校舎を案内された。
日曜日であるにもかかわらず、部活などで登校している生徒もいるらしく、大変賑わっていた。
そして最後に案内されたのが、【カードゲーム部・部室】と表札がかけられている部屋。
いよいよ、対戦相手の面々とご対面である。
「ほら、着いたぜ」
シンヤはそう言って、扉を開けた。
「皆、連れてきたぞ」
シンヤは中で待機しているメンバーに言い、イクサ達を部屋に招き入れた。
「やっと来たんスね……」
「ちょっと遅すぎるんじゃないかしら?」
「………」
部屋にいたのは、ヘッドホンを身に付けた金髪の青年に、妖艶な雰囲気を醸し出してる美少女、無言で水晶玉に手を添えている少女の、計三名。
発した言葉からして、既に個性豊かそうなメンバーであることが伺える。
「紹介しよう。このヘッドホンを着けてるのが『阿久津 エンジ』。カードゲーム部の会計だ」
シンヤが金髪の青年を紹介した。
青年はヘッドホンを取ることなく軽く頭を下げる。
「うぃ〜ッス。今、紹介されたように名前は阿久津エンジ。役職は会計」
すると、カイトが一歩前に出てエンジに手を差し出した。
「俺、戦宮カイトって言います。カードバトル部の会計です。今日はよろしくお願いします!」
「ふーん……」
しかしエンジはカイトの手を取らず、目を逸らして自身の手をポケットに仕舞う。
その行動にカイトは目を見開く。
「え……?」
「もしかしてキミ……あれか? 会計同士だから仲良くしましょう、みたいな? そういう甘い考えは早々に捨てた方がいいぞ?」
「え、いや、でも……」
「全国大会じゃ敵になるんだからさ、馴れ合う気はこっちには1ミクロンも無いわけよ。お分かり?」
そう言うと、エンジはソファに寝転がった。
エンジの失礼な態度に、カイトは肩をガクッと落として凹んでいる。
メンタルブレイクしないことを祈ろう。
シンヤは慰めるようにカイトの肩に手をポンッと置く。
「戦宮、悪かったな。だが、あれは阿久津なりの勝負へのけじめなんだ。理解しなくていいが、認識だけはしておいてくれ」
「え……あ、はい。わ、分かりました!」
シンヤに慰めの言葉をもらったカイトは戸惑いつつも、いつもの調子を取り戻したようだ。
「じゃあ紹介に戻るが、このやたら胸がデカイだけの色情魔は『琴原 ヨウコ』。役職は庶務だ」
なんかやたら紹介文がひどい。
紹介された美少女も怒りを露にする。
「ちょ、ちょっとシンヤ! 私の紹介ひどくない?!」
「お前にはこれくらいで十分だろうが」
「もっとソフトな言い方をしなさいよ!」
「十分ソフトなつもりだが」
「ひどいわ!!」
なんだろう、二人のやりとりはどこか見たことがある。イクサはそう思いながらシンヤとヨウコの喧嘩を見つめる。
すると、カイトが小声でイクサに声をかける。
「なんか、お前と早乙女さんのやりとりみたいだな」
イクサはカイトの言葉で納得する。
なるほど、だから既視感があったのか、と。
イクサがそう考えていると、ナミは手を挙げた。
「はーい! 私、カードバトル部・庶務の早乙女ナミでーす! スーパーウルトラグレートアルティメット美少女どぅうぇーっす!!」
ああ、あいつとの幼馴染みという関係を今すぐ断ち切りたい。
ナミのKYな発言にイクサは顔を両手で隠す。
シンヤと口論していたヨウコはナミの方に目を向ける。
そのままナミの身体を上から下まで見た後、胸に視線が止まり、
「フッ」
小さく笑っていた。
「………」
笑われたナミは無表情になり、自分の胸を触る。
――ぺたんぺたん
続いて、ヨウコの胸を触る。
胸を触られたヨウコは顔を赤くする。
――ぽよーん
「ちょ、ちょっと! いきなり何するのよ!?」
「あ…あ……あああ…………」
慌てて両腕で胸をガードするかのように抱えるヨウコと、手の感触を確かめるように手を開いたり閉じたりするナミ。因みに、胸を両腕で抱えたことでヨウコの巨乳がより強調されていたりする。
ナミはその場で片足を地面に付ける。
「負けた!!」
そのまま魂が抜けたような表情となり、真っ白に燃え尽きた。
シンヤは何がなんやらと困惑した表情を浮かべながら、とりあえず三人目の紹介に移行する。
「ええと、紹介を続けるが。この水晶玉を持っているのが『朽木 サラサ』。役職は書記、無口な奴たが、根は良い奴だ」
書記、ということはイクサと同じである。
イクサは早速サラサに挨拶をする。
「どうも、サラサさん。俺、書記の聖野イクサって言います」
「………」
「えーと、あ、あの……?」
サラサは無言で、ただイクサの顔をじーっと見つめている。
「あ、あの………」
「………(ぷいっ)」
顔を逸らされてしまった。
シンヤは目を見開き、サラサに尋ねる。
「朽木、聖野のことが気に入ったのか?」
「………(こくりっ)」
「えっ?!」
気に入られたことに驚きつつ、どこに気に入られるような点があっただろうかとイクサは首を傾げる。
サラサは相変わらず顔を逸らしながら水晶玉を大切そうに抱え、時々撫でている。
「うーん……」
サラサに気を取られていると、リンナの声が聞こえてきた。
どうしたのだろうか。
「副部長はいないのだー?」
そういえばと、イクサとカイトとナミは部室を見渡す。
会計の阿久津エンジ。
庶務の琴原ヨウコ。
書記の朽木サラサ。
部長の諸星シンヤ。
確かに、副部長と思われる人物が足りない。
「シンヤ。もしかして、彼はまた迷子か?」
「……ああ、多分な」
ユキヒコとシンヤの話し声が聞こえ、イクサはユキヒコに尋ねる。
「東條部長。カードゲーム部の副部長を知っているんですか?」
「うん、まあね。中学からの知り合いだから」
「一体どんな人なんですか?」
「「ん〜……」」
イクサの問いに、ユキヒコとシンヤは頭を悩ます。
やがて答えを導き出したのか、互いに顔を見合わせて答える。
「「か、可愛い……?」」
「なんで疑問系なんですか」
シンヤは口笛を吹きながら顔を逸らし、ユキヒコは頭に手を乗せる。
「まあ、あれだよ、聖野くん。君も彼に会えば俺達の言葉の意味が分かると思うよ、うん」
「はあ……そうですか…」
釈然としないまま話が終わってしまい、リンナはガックリと肩を落とす。
「私だけ親睦を深められなかったのだー……トホホ…」
そんなリンナの肩を、ユキヒコは軽く叩く。
「親睦も何も、お前は普通に会ったことあるだろ」
「え? ……ああ、そういえばそうなのだー」
どうやらその可愛い副部長とやらは、リンナとも面識があるようだ。
ユキヒコはシンヤに声をかける。
「シンヤ。彼と連絡は取れるかい?」
ユキヒコに尋ねられたシンヤは、懐から携帯を取り出す。
「ああ。番号は登録してるからな。ちょっと待ってろ」
――ピッピッピッピッ
――プルルル……プルルル……プルルル……
――お掛けになった電話は、現在電波が存在しない所にあります
『………』
全員、無言になった。
『電波が存在しないって、今一体どこにいるの?!』
◇◇◇◇◇
とにかく、可愛い迷子副部長の件は置いておき、イクサ達カードバトル部の面々はまだ昼食を食べていなかったので、炉模工業高校の食堂に訪れていた。
シンヤ達カードゲーム部の面々は、なにやらセッティングがあるらしく、イクサ達とは別行動である。
「なあ、イクサ」
「ん?」
カイトはスパゲッティの麺をフォークでぐるぐる巻きにしながら聞いてきた。
「シンヤ…先輩達のセッティングって、なんなんだろうな?」
「さあ? 俺に聞くより、東條部長に聞いた方が早いと思うけど」
「いや、ほら……部長はすっかりあんな感じになっちゃったから……」
ユキヒコの方に目を向けると、なにやら疲労で顔を歪めていた。
実は食券を買う際に、リンナと食券の取り合いで揉めていたのだ。
ふと、イクサはカイトに声をかける。
「カイト」
「どうした?」
「東條部長とリンナ副部長って、付き合い長いのかな?」
「ああ、そうだな。このメンバーだと副部長が一番、部長と付き合いが長いな」
「へぇ……あれ?」
「イクサ、また何か疑問か?」
「……うん。なあ、カイト。お前がうちの学園に入学した時には、すでにカードバトル部はあった?」
「ああ、あったぜ。それがどうかしたのか?」
「いや、うちの学園ってさ、同好会は三人以上でしょ? でも、お前を除けば東條部長とリンナ副部長の二人だけ。だけど既にカードバトル部は存在していた。これって、矛盾だと思わない?」
「言われてみれば……。まあ普通に考えれば、三人目がいたってことなんだろうけど……俺が入部した時にはそんな人いなかったからなぁ」
「カイトが入部する前に退部したとか?」
「ああ、その線が濃厚そうだな」
「二人とも」
色々と考察していたイクサ達の会話に、ユキヒコが冷たい笑顔と共に入ってきた。
「「は、はい……」」
思わず全身が寒くなって動けなくなる。
この一瞬だけは、夏なのに凄く寒かったらしい。
「そういう話は、リンナがいない時にしてもらえないか?」
「え、リンナ副部長がいない時?」
「聖野くん、誰が喋っていいと言った?」
「は、はい! すみませんでした!!」
慌てて敬礼のポーズを取る。
しかし、ヒントは得られた。
謎の三人目の話は、リンナのいない時に話してよい。
つまり、三人目はリンナと何らかの関係があるということだ。
「二人とも、分かった?」
「「はい! 了解しました!!」」
ユキヒコはイクサ達の返答に満足したのか、自分の席に戻っていった。
生きた心地がしないとはまさにこのこと。
そんなこんなで謎を1つ残したまま、平穏な夏模様の昼が過ぎたのだった。
◇◇◇◇◇
ユキヒコ曰く、シンヤからメールが届いたらしい。
メールの内容は、昼食が済み次第、カードバトル部の面々は体育館に来てほしいというもの。
一体、体育館で何が起こるというのか。
初めての練習試合に、イクサは気を引き締める。
「おっ、来た来た」
体育館に到着すると、なんと3Dバトルテーブルが三台置かれていた。
「シンヤ。セッティングってこれの事だったのか」
「おうよ、ユキヒコ!」
シンヤはバンバンッと3Dバトルテーブルを叩く。
「ちょっとシンヤ! もっと丁寧に扱いなさいよ!! これの予算もバカにならないんだから!!」
「ケチくせえぞ、琴原!」
ヨウコの抗議の声をシンヤは一喝して黙らせた。
ヨウコはとても不満そうだ。
すると、エンジが助け船を出す。
「諸星部長、そうやってこの前も専用機器を壊したじゃないスか。修理代っていう無駄な支出は極力抑えたいんスけど、こっちとしても」
「うぐっ……」
シンヤの口が淀んだのを見たヨウコは「そうよそうよ!」と調子を取り戻した。
イクサは3Dバトルテーブルを見つめる。
最後にこれを使ってバトルしたのは、フジミとのバトルの時だ。
しかし、この3Dバトルテーブルは全国大会にのみしか実装されていなかったはず。
イクサはエンジに尋ねる。
「あの、すいません」
「ん〜?」
「3Dバトルテーブルって、たしか全国大会にしか実装されてないシステムなんじゃないですか?」
「あー、そだよ」
「なら、どうしてここに」
「んなの簡単な話。これは俺達が自作した3Dバトルテーブルだからだよ」
「えっ?!」
イクサはもう一度3Dバトルテーブルを見る。
これが自作とはとても信じられない。
「で、でも、どうやって……」
「炉模工業高校は文字通り、工業関係に力を注いでる学校。俺達が学校でカードゲーム部を作ったのも、学校側からの指示で3Dバトルシステムの多角的利用を模索するためだし」
エンジは、かったるそうに肩を回す。
「材料も製造方法も一切不明。その段階から、なんとかここまでオリジナルに近づけたんだ。早々に壊されたら悲しすぎっしょ」
その言葉に、シンヤはギクッと肩を震わせた。
なるほど、よく壊してるのだろう。
「でも、一から造るって……一体どうやって?」
「それも簡単な話」
エンジは目を細める。
「俺達が毎年全国大会に出場してるからだよ」
「っ……」
雰囲気が、変わった。
まるで、初めてバトルした時のフジミのようだった。
そう、強者だけが出せるオーラ。それを、エンジは全身から惜しみなく放つ。
「全国大会でなら、色々と研究できるからな。だから、今年も俺達は全国大会に出る」
「阿久津、威嚇はそれほどにしておけ」
シンヤがエンジの首根っこを掴んだ。
「諸星部長、痛いッスよ。それに、威嚇だなんて人聞きが悪い……。ただの“挨拶”ッスよ」
「どっちにしろ、程々にな」
シンヤはエンジを放した後、ユキヒコに向き返った。
「ユキヒコ。勝負方法はビギナーズルール、そして全国大会で用いられているスタンダードマッチで行くつもりだ。異論はあるか?」
「ううん、無いよ。じゃあ、俺は皆に説明するから、作戦会議でもしてなよ」
「ああ、そうさせてもらう」
シンヤとユキヒコは別れた。
ユキヒコはゆっくりとした足取りでこちらにやってきた。
「皆、聞いての通り。今日の練習試合はビギナーズルールでのスタンダードマッチ形式で進行する」
イクサは手を挙げる。
「なんだい、聖野くん?」
「スタンダードマッチってなんですか?」
「あ、そうか。聖野くんは知らないはずだよね」
ユキヒコは柔らかな口調で説明してくれる。
「全国大会では、メンバーは最低五人は必要なんだ。これは分かるね?」
「はい」
「よし、じゃあ話を続けるよ。でも、一試合で戦えるのはその内の三人のみ。先鋒・中堅・大将で、先に2点先取した方の勝ちだ」
「え、五人全員での3点先取じゃないんですか?!」
「驚くのも無理はないね。全国大会は、文字通り全国の高校が一同に集結する一大イベント。だからこそ、五人全員が戦うより、その内の三人が戦った方が時間の短縮にもなるし、より円滑に大会を進行できるんだ。これが、スタンダードマッチ形式」
「なるほど……」
「それと、三人のメンバー構成は毎試合変更可能だよ。これは、メタの対策だね」
「メタの対策?」
「うん。五人全員が出ちゃうと、どうしてもメタられる場合がある。でも、三人にすれば五人の内で誰が試合に出るか直前まで伏せられるから、メタられる確率はグッと下がるんだよ」
「そうなんですか……」
「理解できたかい?」
「はい」
「よし。じゃあこれでスタンダードマッチの説明はおしまい。本題に入ろう」
ユキヒコは作戦会議をしているシンヤ達を一瞥した後、イクサ達に向き直った。
「こちらは、どのメンバーでいくか、だ」
どのメンバー……つまり、この中からバトルをする三人を決めるということ。
「前もって言っておくが、俺は今回の練習試合には出ない」
『えっ?!』
ユキヒコの言葉に、イクサ達は驚愕の声をあげた。
ユキヒコはあくまで柔らかな口調で言う。
「この数日間でキミ達がどれほど成長したのか。その成果を見せてほしいんだ」
『………』
イクサ達は確信した。
これはユキヒコがイクサ達に課したテストだ、と。
イクサ達がユキヒコと共に全国大会を勝ち残れるのか……それを試すテストである、と。
「東條部長! 俺が先鋒をやります!」
すると、カイトが真っ先に手を挙げた。
そんなカイトに、ユキヒコは頷く。
「うん、分かった」
「じゃあ中堅はリンナがやるのだー」
のほほんとした相変わらずの口調で、リンナが手を挙げた。
ユキヒコはリンナに視線を移す。
「リンナ、やれるか?」
「善処するのだー」
先鋒はカイト、中堅はリンナ。
ということは残るは大将のみ。
イクサとナミのどっちかだ。
「うーん……私はパスで」
「えっ……?」
ナミの申し出にイクサは目を見開く。
そんなイクサの様子にナミは小さく笑うと、デッキを取り出した。
「昨日、イクサとのバトルで発見した欠点を補おうと思ってデッキの編成をし直そうと思ったんだけど、中々うまくいかなくて。結局、今日の試合まで間に合わなかったんだ。だから、大将はイクサに譲るよ」
「……。分かった」
ナミの言葉に頷いたイクサは、ユキヒコの方を向く。
「大将は、俺がやります!」
「期待してるよ、聖野くん」
「はい!」
イクサは決意を込めて返事をした。
「おーい、そっちはもう決まったかー?」
すると、シンヤの声がイクサ達の方に響く。
どうやらあちらもメンバーが決まったようだ。
イクサ達カードバトル部の五人と、シンヤ達カードゲーム部の四人が整列する。
『よろしくお願いします!』
互いに挨拶が終わり、控え用のベンチに移動する。
まずは先鋒。カイトだ。
「カイト! 頑張れよ!!」
「おう!」
カイトはガッツポーズを決め、3Dバトルテーブルの前に立つ。
対する相手は、
「あららぁ……まさか先鋒がキミとはね」
阿久津エンジだった。
エンジはヘッドホンを外すことなく、デッキホルダーからデッキを取り出す。
「おい、阿久津エンジ!」
「んあ?」
カイトの声に、エンジは首を傾げる。
「なんか用?」
「バトル中はヘッドホン外せよ! マナー違反だろうが!!」
「ああ、そういうこと。別にいいよ。ただし……」
エンジはニヤリと笑う。
「俺を本気にしてくれたら、な?」
エンジのその言葉に、カイトは笑う。
「ああ、だったら本気にさせてやる! 俺の強さにビビるなよ!!」
互いに試合前の宣戦布告を終え、カイトとエンジはデッキゾーンにデッキを置き、初期手札5枚を揃えた後、手札の入れ換えを済ませた。
そしていよいよ、互いのサイコロをテーブルに置いた。
「「ダイス・セット!!」」
練習試合、先鋒戦。
バトル・スタート!!
【号外! 舞台裏!!】
イクサ「夏だなぁ」
カイト「夏だねぇ」
イクサ「この舞台裏って何するわけ?」
カイト「適当に雑談だとよ。作者の奴、丸投げしやがった」
イクサ「そうか……」
カイト「そうだ……」
ナミ「じゃあ、脱ぎます!!」
イクサ&カイト「暑さに負けるな!!」
ナミ「てへへ……」
イクサ「まあ、あれだ」
カイト「うん」
イクサ「水分補給は、小まめに摂ろう。作者のように、倒れるぞ」
※この前倒れました
カイト「次回は俺のバトルだ、絶対に勝つ!!」
イクサ「がんばれよー(棒読み)」
ナミ「応援してるよwwwwww」
カイト「……もっと心を込めて」
次回もお楽しみに☆




