才女と球児~医学部女の子 甲子園野球部
附属高Aクラスでの才女ややの成績は附中1年〜附属高3年と下位ばかり。
かろうじてBクラス転落は免れてはいる程度。大相撲ならばカド番大関みたいか。なんせ成績はさっぱりあがらないのだ。
英語が常に悪いこと、数学の得点にムラがあることが伸び悩みの原因。
「英語は大嫌い。見るのもいやだ」
積み重ねの学習が点数に跳ね返る科目だったから英語はかなり苦戦をしていく。
しかし中高一貫6年の強みは、英語、数学のような地道に努力していけば、いつかは成績に現れる科目をゆったりとしたカリュキラムで教えられることだった。
ややの英語、数学は、附中から附高2年あたりまで身動きすらしなかった。上がりもせず下がりもせず。
附高2年の夏休み。ボーイフレンドのサムから電話を貰う。
サムは附小の同級生だった。ややといつも仲良く遊んでいた同級生のボーイフレンド。
「やや、元気かい」
サムは地元の野球有名高校に進学していた。甲子園大会を充分に狙える位置にいる。
夏休みの前つまり夏の地区予選の始まる前に、
「やや、俺とデートしよう。好きな女とデートしたい」
ややも会いたいわと返事をした。
当日待ち合わせの駅には、可愛らしい女子高生の姿があった。清楚な服装のおおらかなお嬢さんとして、ややはいた。
「サムに会うのは、附小以来。新聞で高校野球はいつも掲載されているわ。たまには見ないとサムすねちゃうかな」
ややは、サムから電話をもらい慌てて高校野球の新聞記事に目を通す。サムの学校はデカでかと優勝候補に挙がっていた。
「やっぱり、大したもんじゃあないの」
高校は大したものだが、2年のサムは残念ながらレギュラーはとれなかった。新聞には補欠のサムとチーム紹介されていた。補欠でもベンチ入り14人には入っている。
「レギュラーじゃないんだな。選手のレベルが高いからなあ」
駅の噴水の清々しさを感じながら、ややは幼馴染みの恋人を待ち合わせする。
「やあ待たせたね、ごめんなさい。出かける時にちょっと用事が出来てしまった。悪い悪い」
久しぶりに見るサムの笑顔。ややは幸せを感じた。
「俺が誘ったんだからさ、なんでもおごって差し上げますよ、やや姫」
ややとサムは一気に附小時代のふたりにタイムスリップをする。
サムがデートに誘ったんだからさっ、の意味は、
「明日から、地区予選始まるんだ。今日は予選前にみんな休みをもらってリフレッシュしていこうというわけ」
サムはちょっと淋しげに笑った。
ややはそんなサムの気持ちがちょっとくみとれた。補欠のサムの気持ちが痛く胸に刺さるところ。
「マック行こうか、それとも、デパートのパーラーかな」
仲良くふたりは、手をつなぎ、ややの行きたい場所に行く。街の風景を眺め、街行く人を眺め、サムは、ややとの一時を楽しみ、補欠選手というレッテルを貼られた自分を忘れたいとだけ考えた。
「ねぇ、サム、お腹空いちゃった。お好み焼き行きたいなあ」
ハハ、お安いご用でございまーす。サムは、ビューンと、ややの手を引っ張り馴染みの食堂街に連れていく。
「ここがいいわ、私お気に入り」
ややが指差す。
「うん、入ろか」
比較的すいていたお好み焼き屋。サムは得意にして入る。
店内を見渡したら、同じ高校ぐらいの男子が、3〜4人でワイワイとやりながら座っていた。
その高校ぐらいの男子は、
「高木じゃあないか、あいつ」
あの奥で左手で食べているのは高木だ、間違いない。
サムのライバル高校の2年高木は新聞記事にもよくとりあげられる大会屈指の速球投手だった。高木はエースではなく、3年の投手との併用であった。
高木達もサムが店に入ってきたことに気がつくと
「おい、あれ、サムじゃないか。高木とシニアリーグで決勝戦った、ほらっ」
高木は振り返りサムを見る。
高木は視線を合わせたが何も言わなかった。
サム、高木の態度にカチンとする。補欠の自分と高木。かなりの開きを感じてしまう。
「ちょっと気分悪いわ、店を出よう」
ややは、わけがわからはいままサムについにて店を出て行く。
「どうしたの?あの高校は知り合いなの」
心配したややは、尋ねる。
「うるさい」
サムは、ややに、声を荒げてしまう。ややは驚く。なんで怒鳴られたのかしら?
「いや、すまない。つい怒鳴ってさ」
気がつくとサムは苛立ちを隠せないでいた。
ややとサム、静かな喫茶に入り落ち着く。
サムはここで思いの丈を爆発させてしまう。
小中とリトルリーグ時代から野球エリートの道を走り続けるサム。野球エリート高校に、喜んで進学したら投手として、一流でないと判を押されてしまう。ならば、打者だと、猛練習して2年になる。
「聞いてくれ。俺はねレギュラー取れなかったんだ」
サムは話すと大きく肩で息をする。
「俺が野球エリートだなんて誰がデマかせ吹いたんだろうなあ、ハハ」
明日からの県予選は補欠だ。サムはずっとベンチ入りし、ただ、ボゥーと座っているだけ。まず、レギュラーの1塁手が、サムと交代はないからなあ。ボヤキ始めてしまう。
やや、サムをジッと見つめたまま動かず聞く。
「サムは附小の時からスポーツ万能だったわね。なんでも抜群に出来たわ。サムが野球エリートだってことはリトルリーグのあの活躍を見たら、誰が疑うの。凄い活躍だったじゃないの。打って走って。また覚えている?私が附小6年の体育で逆上がりができなかったこと。なんどやっても。それを見てサムは授業後、私を誘ったんだよね。逆上がりぐらい出来なくたって恥ずかしくはないよ。でも、逆上がりが出来たら、ややを褒めてあげたいなと言ってくれたよね。私は嬉しかった。大好きなサムがそう言って逆上がりの練習に付き合ってくれたんですもの」
ややは、懐かしい気持ちに段々なっていく。
「逆上がりできなくてもって、やんわり言った。サムは、あの附小のサムは、私の自尊心を傷つけたりしない優しい人だった」
だから、今度は、私が、サムを助ける番だわ。
「やや、悪いなあ、こんな話聞かせてしまって。さっきのさあ、静高の高木(投手)を見たら、ムショウに悔しくなってしまったよ。同じ野球やっていて日の当たるやつと日陰の俺だしな」
ややは、おとなしく話を聞きサムにこう言い始める。
「サム、まだ高校2年じゃないの。サムの高校野球挑戦は、まだまだ続いているわ。ねぇ、競争しない?」
競争とは。
◎ややは、学校の成績をAクラスのトップに。
◎サムは、レギュラーの1塁手。
話を聞きサムは笑い出す。
「こいつは、いいや!ややの成績と俺の野球の成績とかけっこさせ競争と言うのか、アッハハ」
サムは泣き顔で笑う。おいいいか!よく聞けよ、あの学校でいかにレギュラーを取ることが難しいのかこの女にはわからないだろう。説明しても説得させてもわからないだろう。笑いながらレギュラー1塁手のやつの顔が浮かんでくる。ひとつ勝負かけてやるか。
夏休みにはいる。ややは予備校夏期講習(医歯薬コース)に申込む。予備校の時期サムの野球大会と日程が揃い野球と同時に勉強に打ち込むことになった。
「私は普段あまり机に向かわないからなあ」
その机には、サムと仲良く撮られた写真が立掛けられていた。サムの手は肩に回されややは少しはにかんでいた。
「なんだかんだと言っても素敵な人だわ」
予備校夏期講習は基礎より応用に重きを置かれ大変な苦労をする。基礎は出来ていると言う前提だった。苦手な英語は、完全に開き直る。
「こうなったら英単語/英熟語やみくもに覚えてしまえー」
とにかく、ややは、英語を口に出して、わやわやと貪欲に記憶していった。そのお陰で秋以降の単語力はメキメキ上達していく。数学は予備校を丸暗記。二度目に同じ問題が来たら、
「よくいらっしゃいました。しっかり解かせてもらいます。満点取るわよ」
受験技術を習得しつつあるが、なんとなく虚しい受験科目ばかりだった。
「今頃サムはどうしているのかな?」
お互いメールアドレスは知ってるがコネクションはあえて取らなかった。
秋の気配の漂う頃。サムは、夏休みの過酷な練習に耐えに耐え、ついに新チームのレギュラー1塁手を手に入れた。新聞にも小さい記事で新チームは紹介されサムの名前は1塁手として載る。
ややにその喜びメールが届く。
「おめでとう。良かったわね、頑張って」
ややも、秋以降Aクラスの成績をじわりあげる。英語の成績が附中進学以来、最高の得点、席次ともなっていた。この秋の成績以後、附高を卒業するまで一度も下がらないまま突っ走った。
冬から春、高校3年。
サムは、秋予選で、高木に破れ、選抜は無理となった。負けた日から頭の中は夏の甲子園のみを目指すことになる。高校最後のチャンス。
ややは、附高新3年の担任から、
「どうだ真剣に医学部受験してみろ」
附高の学園には医学部はないが系列の大学に医学部推薦枠がある。内申を重視されるが、今から一年頑張って行けば推薦枠に滑り込めるはずだと言われた。
ややは嬉しかったが問題は、私立の医学部。
「学費がねぇ」
手元の大学資料には、入学金、授業料と明確に記載されている。他の私立大学と比べても一桁違う金額が書いてあった。
「奨学金制度を利用してもなあ。特待は推薦にはないし」
あまり減額されはしなかった。
「学費を考えたら国立大学だね」
国立大学医学部は自宅から電車で、一時間にあった。
「ダメダメ。あんなにレベルの高い大学の医学部を受験だなんて。夢の夢」
やや、口にチャックをしたくなる。
附高3年の夏。
1塁手サムは、地区予選大会、ライバル高木と戦い接戦ながらも破れてしまう。ややは、サムからメールを貰い球場に応援に行き応援していた。最後の負けた瞬間まで見守った。
「いい試合だったわ。サムはいいプレーだったわ」
ハンケチは涙で濡れ、グラウンドで泣き崩れるサムを見るのも苦労をした。
翌朝サムからメールが届く。
「甲子園を目指すのが夢だった。まあ残念だけどさ行けなくなった。今からは大学野球の夢を見るよ」
2〜3の有名大学からすでに接触もあったと書いてある。
「甲子園だけが野球じゃないんだなあ。サムは、大人になっていくなあ」
やや、夏期講習で医歯薬特進クラス(最難関クラス)を受講。毎回実力試験があり成績は上位20%ぐらいをマークしていく。大学名を選ばなければ医学部80大学のどこかに進める成績まで仕上げてきた。
秋からは訳のわからないうちに、時間が過ぎてしまう。担任には医学部受験と志望大学を知らせておく。さらに医学部推薦は諦める。
11月。
テレビ新聞でプロ野球ドラフト会議があったと知らされる。静岡高校高木投手がオリックスに指名された。テレビには笑顔の高木が写る。
ドラフト会議にサムの名はなかった。
「俺が指名される?まさか!ないない。これで、スキッとして大学野球に行けるよ。希望大のセレクト受けて学校は決めたい。ややも、頑張ってくれ」
サムからのメールはライバルに負けた悔しさが随所ににじみ出ていた。
「サムの顔は見えないけどドラフトは悔しかっただろうなあ。ライバル高木投手はプロだもんなあサムの行きたい世界だ。確かサムのお父さん、プロ野球選手だったはず」
ややの冬。
成績は志望大合格圏内に突入していく。受験科目の化学は常にフルマークを叩き出し最大の武器となった。担任からは気を緩めず、入試には臨めとアドバイスだけ受ける。
年が開け私大から入試は始まる。
「私大は滑り止めのつもりだけど受けるわけにいかないのね」
私大医学部はたんに滑り止めにはならない。もし合格して莫大な入学金を払えと言われても、とてもではないが、支払えはしなかった。
「だから学費のかからない医療関係学校を滑り止めにしたいな」
※国立公立医療学校には学費を負担する奨学制度もあり、本人が実質払わなくてもいいケースもある。
「探すと、看護、臨床、放射、理学、作法、(歯学だが)歯科技工。あるわね」
ややは、一番、医学に近い内容だとして、臨床検査を選ぶ。地方自治からは学費の奨学金制度を利用できるメリットがあると知り受験の決め手になる。
「ま、国立落ちたらだけど」
臨床専門学校入試は基礎を問われた程度。すぐに合格、奨学金制度を利用しますかと、学校から連絡も入る。
「よし!これで、プータローにならないで済むぞ。ぞ。後は医学部に合格するだけだわ」
2月。
最終の医歯薬模擬を受験しA判定B判定を叩き出すだけ。バレンタインの前の日が模試。模擬は、午前と午後だが昼休みに携帯が鳴る。
「あ、しまった!電源切らないといけなかった」
出ると母の声だった。
「あ、ややかい。おまえ、ゆっくり、お聞き。いいかい、ゆっくり落ち着いて聞くんだよ。お父さんがね、お父さんがね」
ややは、息咳切って、母の指定した市民病院に駆け付けた。父親は交通事故に遭って危篤状態だった。横断歩道を歩いていたら、赤信号無視のトラックに突っ込まれてしまったのだ。
「お父さん、聞こえる。お父さん、私は私は」
医者になるのよ、命を救う医者に。だから死なないでちょうだい」
父親は昏睡状態から眠ったままスゥーと息を引き取った。
市民病院の霊安室には目を真っ赤に腫らす娘ややがいた。泣けるだけ泣いたら、気が晴れるのではないかと誰もいない部屋で泣いてみた。霊安室の父親は手を握って欲しいのではないかと父親の手を今はしっかり握りしめる。
「手が冷たいのは、なぜなの?お父さん。なぜ私とお別れしないといけないの」
父親は好きなお酒を欲しいと言っているのではないかとお酌をしてあげなくちゃ。何か父親の気に入ることをしたら目を醒ますのではないか本気で考えた。すぐ霊柩車が到着し仏さまの父親は自宅に無言の帰宅をする。
翌日の三面記事に交通事故の囲い込みは小さく載っていた。同じ紙面のスポーツ欄にはサムの記事があった。志望大学に進学が決まったとあった。