小中高等部~青春真っ盛りの学園ドラマ
学園は幼稚園から始まり小・中・高・専・大・大院とすべてあった。いずれも附属からはエスカレーター進学ができる。
しかし呑気に進学できるのは附属小6までだと言われている。
学園の附属中高一貫教育6年の中等-高等部はレベルが高くなかなか進学できなくなっている。高卒後の進路として附属学園の大学に進学を希望する者は少なくなり始めた当たりから大体が国立大学や医学部・有名私学を希望をし進学をする。
学園本部は附属高校から国立大学に入って貰えたら学童生徒が集めやすく学園経営も安定すると見て受験進学校化を奨励をしている。
呼び物の附属中高一貫教育システム。ゆったりとした6年間のカリキュラムは附属のオリジナリティに溢れていた。
附属小は附属幼稚園からのお坊っちゃんお嬢ちゃんがエスカレーター式に入学。気楽なものだった。附属幼稚園の学力を見ることはあまりない。
附属幼稚園からの持ち上がり児童は附属エリート学園エリートの王道をひたすら走り続ける。
附属小を試験入学した児童からは一目置かれる存在となっていた。純金とかダイヤモンドと蔭で呼ばれてもいた。
附属幼稚園にいた年長さんのチャコ。曹洞宗の孫も附属小に進学をしている。1学年下にあみとサムが続く。
活発なチャコは就学前から附小の有名人であり知らない学童はいなかった。テレビドラマにはほぼ毎日出ていた名誉な子役だった。
子役のチャコは附属幼稚園と初等で存在が違っていた。附小から子役の『当たり役』を得て人気子役アイドルとなる。
「まあねおかげさまですわ。当たり役でしょうか、はまり役でしょうか。私しかできない役だと言えるからエヘヘ嬉しい」
はまり役はテレビドラマの"渡る世間は鬼ばかり"の泉ピン子の娘役だった。初演から子役チャコの娘役は好評となり人気になった。
共演ピン子自身からは、
「顔が私に似ているもんね。やることなすこと本当の娘みたい。だから私の分身よ、チャコちゃんは」
と言って特に可愛がられていた。園児のチャコ5歳がピン子60歳の娘はちょっと無理があるなあ。
孫娘ならばいいかもしれないけど。
子役チャコは大御所ピン子に好かれたから芸能界は比較的楽に渡れたようだった。
ピン子ママ役とチャコ娘役の共演でゴォ〜。
附小のチャコは学年が進むにつれ泉ピン子の子役チャコから国民的なピン子の娘として知名度はあがり抜群となっていく。
下手したら日本中、知らない人はいないくらいの有名さとなっていた。
附属小最終学年では"渡る鬼"のレギュラーえなりかずきの恋人役チャコにまでなっていた。
童顔えなりと老け顔子役チャコ。
「あらあ、かずきちゃんとの濃厚なラブシーンも番組ではございましたわ。視聴率がぐんぐん羽上がりますわあ」
お茶の間ではラブシーンを皆さん目を瞑ったらしい。
このチャコとのラブシーンを境にしてえなりかずきはキワモノ役者としての道を歩むことになった。
曹洞宗のお寺のお孫さんはどうだったか。
お寺さんは附小に入ると子役の話はパタリッとこなくなる。たんに学童だけの附小の生徒さんになっていた。その代わりに家業(お寺)がありました。いや、ございました。
附小1年から父親の副住職について名古屋近郊の壇家を土日にまわる学童僧侶になられました。袈裟姿がかわいらしく貫禄すら漂う小学童僧であったのでございました。
お経も附属小の学年が進むに従い覚え始め曹洞経文はすっかり身につくものでありました。
附属小4年ぐらいからは父親副住職に代わり葬儀で木魚を叩く機会も増えてまいります。
「副住職のお父様の跡を継ぐわけですから早くお経を覚えたいと思います。檀家さんと繋がりをしっかり持ちたいと思います。早く偉い僧侶にならないとなりませぬ」
中々学童僧侶は殊勝な心がけです。
「ふんだぁオイラはさぁ〜あっ、いやいや。拙僧は附属小を卒業したら曹洞宗系の中学校に進学します。仏門に入りしっかりと修業をいたします」
曹洞系中学校には袈裟姿で通っても不思議はなかった。
附属中等部。レベルの高い附中に附小からの内部進学もいるがかなり人数は減っていた。附中受験組がどうしても学力は高くちょっと純金のエリート意識が薄れていく。
附中は学力レベルに応じてA・B・C-1・C-2・D-1・D-2とクラス分けがされていた。
附中受験組は入試の得点がそのままクラス分けの基準となり、なおさらエリート意識を植え付けていく。附小組は3月に学内学力試験を実行して附小だけの成績ランクを決めていた。ABCDの中のトップクラス入りをする附属学童は稀れである。
たいがいはCかDに収まりかろうじて進学した。
附属小のチャコは附中進学を希望して学力テストを受ける。このテストは附中のための学力別クラス分けテスト。A〜Dクラスのどこかに入る成績を取らないと、いけない。
附小のチャコは勇んでテストに挑む。しかしあらまあお出来が悪かったようで。
ABCDではなくてE=エラー
チャコ附小の担任から呼び出しを受ける。
「ウチは知ってるように附中進学に関しては無試験で進学できるシステムになっている。なってはいるがそれも成績しだいの話だな」
チャコは呼び出しを喰らいある程度は覚悟をした。
「チャコの成績に附中の所属するクラスがない」
と言われた。成績をE判定だと言われてチャコは、
「…(ベソをかく)」
渡る世間は鬼ばかりのシーンみたいな感じだった。ご苦労さんでしたチャコさん。これにて附中進学は諦めて市立中学に行きましょう。公立中学生です。チャコは涙がハラハラ落ちてしまう。
附属小からまゆ・コロ・やや。附属中学に進学をする。附属中学進学はかなり難しく内部進学とは言え合格が決まると皆一様に喜んだ。
附属中学校のクラス振り別けはどうなったか。注目の一瞬である。
A組…やや。ややは、附小から唯一トップクラス入りを果たす。Aクラスは間違いないが定員の中あまり上の成績ではなかった。辛うじて入った形だった。かつかつという成績。
B組…コロ。
C組なし
D-2組…まゆ
まゆはかろうじての成績だった。
「勉強あんまり好きじゃない」
とおっしゃってシャアシャアしていた。
エリートコースA組の生徒たち。附中を受験して地元の優秀な生徒が集まった。親は医者、弁護士、会計士、会社社長がゴロゴロしていた。附属小内部進学唯一の優秀生徒やや。
ややは、トップクラスのレベルになかなかついていけず四苦八苦していく。春先の模擬実力テストを受けてみる。数学理科はまあまあだが、国語・社会科はさんざん。総合で28位/30。
「あら、なんと下から数えて」
理数で高い得点であれどだけど。やや、悪い成績にプライドが傷ついてしまう。
「一生懸命やっているのに。ちっとも成績はあがらない。レベル高いなあ」
ややは附中から高等と学年が進むがA組のエリートコースだけは保つ。かろうじてついていく。
がA組の中の成績はまったくあがらないままだった。
「やれやれだ。みんな本当に頭いいもん、負けちゃうわ」
附高2年あたりから、やや、わずかだが成績があがってくる。数学のスコアが徐々にアップと、物理化学が得点に結びつくようになってきたからだ。
担任からは、
「まだまだ成績はあがりそうだな。どうだ理数系が伸びることを考えて医学部狙ったら」
附属高A組はレベルが高い。いくら下位だとしても一定のレベルはレベルだった。国立大は平均より高いところで大抵受かった。ついていけさえしたら大学は保証されていた。
B組の生徒。コロは附属中学から特進クラスAを狙った。
「トップクラスになりたいなあ」
しかしB組にガッカリ。どうしても這い上がれなかった。
「しかたないわ実力ですから」
実力は正直だったらしく附中高あまり移動もせずBクラスで進学をする。
D組にはまゆがいる。
「適当なお勉強していますね」
といたってのんびり。まゆはD組の授業中はいつもお喋りタイムである。
担任の先生もあまり堅いことはいわないのであった。
「やかましく言われたら公立中にさっさと行くモン」
附小から附中に進学したが成績振り分けでD-2組になってしまったあみとまゆの仲良しさんがそこにいた。もう少し悪い成績だと進学拒否だった。
「あらそう。危ないところでしたか。D-2組はなかなかいいんですよねぇまゆちゃん。聞いた話だと附中と附高ぜーんぶD-2で大学入った人いるモン。かなりいると言われてるよ」
成績はよくも悪くもなくで6年を過ごせば附属だから行けますね。
「あら、あみちゃんそれ本当。私、勉強嫌いだからちっとも勉強しないで大学行きたいなあ。花の女子大生になって男の子にいっぱい囲まれたいもん。その点あみちゃんかわいいからいいわねぇ。きゃわいい子役もやっているし。そうそう、ねぇ、モーニング娘。オーデション募集中だよ。一緒に受け行かない?まゆだけじゃあ、恥ずかしくて嫌だなあ」
とD-2組の授業は朝からざわざわ。あみとまゆだけでなく教室全体が騒がしい。とても授業を聞く雰囲気、レベルではなかった。
附属中-高は進級のたびにA・B・Cとクラスは成績が上がったり下がったりしていた。
が、あみ・まゆのD-2クラスは蚊帳の外。まったくひとりとして上のC-1クラスに転出した者はいなかった。上から落ちてくる者はいくらでもいてどんどんクラスメイトは増えていく。落ちてくる者は春先だけでなく年中いつでもパラパラ来客をした。
あみとまゆ。仲良しのふたりは学校でもおウチでも気がよく合った。D-2組(最下位)だからまず勉強の話をしなかった。これが仲良しの秘訣だったらしい。
「勉強嫌いのD-2クラスなんよねぇまゆちゃん。勉強したらいけないクラスとも言われているの。あのクラスで勉強なんて言ったら頭がおかしいかなと思わないかしら。あみは子役プロダクション所属のおこちゃま女優さん。なにかといっちょがしいのえへへ。あみの年齢は附中だからもうおこちゃまではなく立派な女優さんですわ」
そのあみは子役プロダクションから連続ドラマの子役、ハマリ役をもらい附属中の今も連続出演をしていた。
「あみちゃんいいなあ子役さんだもん。テレビにいつも出れるんでしょ。私、羨ましい。だからモーニング娘。のオーデション行きたい」
おしゃまな小娘まゆ芸能界に興味深々だった。
「うーん芸能界ねぇ」子役プロダクションのあみはテレビ番組の子役をこなす。
その姿勢はおこちゃまがピアノを習う、習字を習う、学習塾に通うような感覚だった。
子役のギャラはママが管理していたから働いている感覚はなかった。
「ねぇお願い、まゆをテレビ局に連れて行ってくれない?会いたい人、いっぱいいるもん」
まゆは片手にしっかりアイドル雑誌を握りしめている。
「テレビ局連れていけと言われてもなあ」
あみは困るばかり。
「局に連れて行ってもいいけどまゆちゃん何かしたいことあるの?」
まゆは待ってましたと好きなタレント・歌手・お笑い芸人をポンポン名を挙げる。
「会いたいなあ、一目会いたいなあ。会ったらチュしたい」
なかば哀願であった。しかし弱りましたね。なんせあみにしたら仲良しの親友の聞き入れです。
しばらくあみは腕組みをして滅多に使わない頭をフル回転させる。なにかいい知恵はないかなと。
「よし!わかった」
ポンと手を叩き、グッドアイデアにニンマリする。
あみは子役プロダクション支配人の雅人に電話を入れた。
あみの話カラクリはこうだった。双子の姉妹役を作ってしまえ。
「あのね、今のドラマの子役を双子に変えたらいいかなと思うの。もうひとり子役を使うようにして」
あみはおこちゃま専用PHSをズルズルとブラウスから取りだし子役プロダクション支配人雅人にかける。
「もちもちぃ、お願いでちゅう頼みたいことあるの。その子役はここにいるの。附中の子なの。私の友達だから役をやるときにうまく演じるから心配ないの。細かい点は私が教えてあげる。ねっ、子役に使って」
支配人雅人いきなりの電話にまず驚く。この手の要求が保護者からはかなりあることをあみにあえて伝える。そしてやんわりと断りをする。
「それはダメだよ」
グッ、あみは落胆する。
「えー、いけないの?じゃあ」
頭をフル回転させるあみちゃん。ここで引き下がるとあみという女が下がる。賢明に考えアイデイアが閃いた。
「私の付き人にまゆちゃんしてしまいましょうか」
支配人雅人は思わず椅子からコケてしまった。
あみのテレビ出演は母親に連れられて出かける。連れていかれたのは子役あみと、
「付き人のまゆです」
子役あみはスタジオに入り役づくりに専念をする。家で暗記している台本を軽くおさらいをする。楽屋裏にまゆを手招きして、
「まゆちゃん、今あみは衣裳着てメイクするからちゃんと後ろをついてきてね。いつもはママがやるんだけどお願いよ。はいこれ許可証ね首からかけてはっきり見せてないとスタジオ歩けないから」
まゆはなにをしたらいいかわからない不安な顔つき。ともかく許可証をぶら下げた。
それでも楽屋に入るとまゆは目がギラギラ輝いてしまう。
テレビで見たことのある俳優や女優さまざまなタレントがそこにわんさかいたからだ。
「わあー凄いなあ。知ってる知ってる。あの人この人。キャア、キャア。わあーまゆの大好きなあのタレントだわキャア」
まゆは芸能界オタクになってしまった。
子役あみのテレビ番組は大人気だった。ドラマは若手俳優が有名女優と恋に落ちるトレンディーもの。当初は人気のある男女ふたり恋愛物語でおしまいであった。視聴率がいたってよかったからスポンサーのご好意によりドラマは延長された。恋愛物語のふたりを結婚させてしまい生まれたのがひとり娘あみとなる。
ドラマの洗剤のスポンサーは洗剤の爽やかなイメージがひとり娘あみに合うと判断。恋愛ドラマから家庭的なそれに修正をした。洗剤コマーシャルにあみが可愛いお嬢ちゃんを演じこれまた大人気となった。
子役あみは幼稚園の年長さんからドラマの出演をし、かわいらしいお嬢さまを子役としてずっと演じる。このあたりのカワイコチャンイメージが固定したらしく人気が出た。
ドラマの展開内容は幸せな夫婦関係にまもなく亀裂が入り、父親は愛人を作ってしまう。離婚への泥沼民事訴訟がクローズアップされた。その離婚劇の中に子役あみが入り、
「大好きなママと大好きなパパお願いだから喧嘩をしないで。あみは悲しいの」
泣きながらの決めセリフは流行語になった。迫真の演技で離婚を思い止まらせるシーンはお茶の間の涙を誘った。
さらに父親の愛人(=敵)に子役あみが猛然と立ち向かい、
「あなたなんか大嫌い。パパを返して、返して頂戴。もう嫌なんだから、どっかに消えて」
迫真の演技の連続は子役あみを番組の人気者から一躍時の人として有名にした。
「まあ迫真だなんて。台本の通りやっているだけよ。さあさ、今日も、早くドラマの収録終わって、おウチに帰りたいなあ」
あみが子役のドラマ収録中は、まゆは何もやることがない。スタジオの中をうろうろあてもなくしてしまう。
まゆは、首から入居許可証をぶら下げていたからタレント控室だろうがメイクルームだろうとどこでも自由に行けた。
「タレント控室に名前が書いてあるからワクワクしちゃう。ワァ、憧れのあのタレントがいるんだわあ。今扉を叩いたら中にいるかもしれない。ゾクゾクソワソワ叩いて入りたいなあ」
まゆが口を開けて眺めたタレント控室の名前に
は、
「倖田來未」
貼り紙があった。まゆは名前を見つけた瞬間一瞬固まってしまう。
「まゆはまゆは倖田來未の大の、大のファンなのらぁー」
何も考えずまゆつかつかと前に出て控室のドアをコンコン。
「いますかあっ」
と叩いてしまった。控室内に倖田來未は運よくいた。今から始まるなま出演バラエティの台本を頭に叩き込む最中だった。歌手倖田來未として簡単なクイズのパネラーを務め、その正解によって自分の曲が歌えるかどうかが決まる番組である。
「クイズは3問あるんだけど答えが覚えきれないわ。あかんなあアホやさかい」
その問の中に子役の問題があった。
問-私は何をする女の子でしょう。
・珠算暗算の天才
・三味線の名手
・一輪車の名手
「答えは赤い服の子ね。なんでもいいわ、答えだけ覚えたら、3問正解したらいいやさかいな。赤い服さんやな」
まゆは赤い服だった。
コンコン!
倖田來未はノックを聞く。
「あちゃあー、なま本番はお呼びがめっちゃ早いなあ。もう時間かいな。ハアーイ、今いきまーす」
まゆ、戸をちょっと開けて控室の中をチラと見る。
「わあー。いたいたいたやんかあ」
倖田來未は訪れた赤い服の女の子まゆをみた。
「うん?なんとなんと赤い服やん」
二人はお互いを見つめ合う。
「アノゥ來未さんのファンなんですラァ、私」
倖田來未は赤い服の女の子はクイズの答えの女の子と見事に勘違いをする。
「なんとかの天才の女の子だわ。えっ、私のファンだから会いにきたのかいな。ええ子やなあ」
來未はまゆを控え室に招き入れた。許可証ぶら下げているからクイズの女の子と思っても不思議はない。
「お嬢ちゃんは、なにをするの?」
倖田來未はクイズの正解は赤い服だとわかっていたが何をする天才なのか知らなかった。
聞かれたまゆは、
暗算?…いいえ
三味線?…いいえ
「となると、一輪車なんだな。なるほど、なんとなく、運動神経良さそうだわ」
まゆは、大ファンの倖田來未がそこにいると思うだけで、
「胸が張り裂けそうなのラー。感激、感激ですラァ嬉しいなあ」
來未としてもこの子はファンの女の子なんだと嬉しい。
「こちらこそ嬉しいわ」
と喜んで、まゆに、手短にあるジュースやお菓子を振る舞う。しばらくお話をしてもらい、まゆは幸せな時間を過ごす。
「あーん、嬉しい、嬉しいですラァ」
まゆはサインまでしてもらい控室を後にする。
※倖田來未、なま番組のクイズはどうなったか?赤い服の女の子が、一輪車だったら、良かったが、問題は、三味線の女の子は誰?だった。赤い服の女の子は、顔が違い、倖田來未は、わけがわからなくなる。赤い服の女の子は、違うんじゃあないかと、選ばなかった。あらまぁ、不正解になってしまう。
「あちゃあ、どうなっとるねん。私はわけわからないわ」
まゆはお菓子をポリポリやりながら、
「嬉しいなあ、嬉しいですラアー。次、誰のところ行こうかな。ワクワクしちゃいますラア」
まゆフラフラ歩き始めた。テレビ局内をまゆは許可証をぶら下げているためいずこもフリーパス。警備やスタジオスタッフもなんで子供がいるのかなと疑問には思う。思うことは思うが、ドラマ番組の子役さんなんだろう特別にスタッフ扱いされているんだろうなと、呼びとめられることはなかった。
「どこに行こうかな。誰に会おうかな。誰かいないかな。誰でもいいや」
フラフラ歩きのまゆ。とあるスタジオにちょこっと顔を出す。
すると
すかさずAD、ヘッドフォンをつけたままお菓子食べ食べのまゆを見つける。丸めた台本を盛んにブルブル回しこっちに入ってこいと手招きをする。
まゆの覗いたスタジオの前の看板には"渡る世間は、鬼ばかり・収録中"
と書かれていた。そのスタジオセットは中華料理店"幸楽"があった。実際に厨房で調理をし本物の中華料理を出していた。
ドラマスタジオとしては、俳優・女優は、台本の通り、セリフをしゃべって演技していただくがそれ以外のエキストラは店のお客さんとなる。調理人は自由に振る舞うことになっていた。
まゆを呼び入れたADは、お客さんエキストラ子役をまゆと勘違いをした。
「早く早く。もう誰でもいいから父親母親役の人と一緒になって適当に家族作ってください」
まゆ、わけわからないままエキストラに紛れ込むことになる。
「では、皆さん、エキストラ役を説明致します。食堂幸楽で食事をしていただくだけの役です。食べているだけですが、カメラの赤いランプがついているときが撮影中です。上手に食べておいしい演技をしてください。ただ、いかなる演技をされても結構ですが、声を出したり、モノを落としたりと目立つことはしないようにお願いします」
ADの合図によりスタジオセット中華幸楽にエキストラはぞろぞろ入っていく。
重要なセリフの場面は、俳優達がその都度時間を割って演技をした。
この渡鬼にまゆの好きなジャニーズ事務所からタレントが出演をしていた。このことを芸能界オタクまゆはまったく知らなかった。
カメラは回り録画取り本番となる。
役者さんはよどみなくセリフをしゃべって収録は順調にいくようだった。そこにいきなりの罵声。
「カット!カット!おいなんだい!エキストラのあの赤い子役は」
撮影監督はまゆを指さし睨みつける。
「なんと下品な食べ方なんだ。ガツガツしている。ありゃああかんや」
子役まゆは実際に出された八宝菜があまりにうまかったので、ガムシャラにガツガツして食べていたらしい。まるで洗面器に顔をつけるようにして。
「あのねもっと余裕を持っておいしい顔しながら食べなさい」
と演技指導をされた。洗面器に顔をつける食べ方はダメだった。
まゆ、しばしショボン
カメラは再び回り録画は順調にいく。役者さんはセリフ間違いもなくスムースだった。
まゆ優雅なお食事を心がけ幸楽の料理を満喫していた。
「ふぅー、優雅に食べたらいいんでしょ。わかってますよ。いろんなこと言われて面倒だにゃあ。あれ、あのいがくり頭、えなりかずきじゃん。おにぎりみたいだなあ。うん?おにぎり食べたくなってきちゃったわ」
収録は、第一幕、第ニ幕と進む。第三幕からまゆの好きなタレントが、あらあら三人も登場予定となっていた。
まゆ八宝菜を全部食べてなにもすることがない。そこでコッソリ母親役のエキストラに何か注文してもいいかとこそこそやる。
「こらあー、エキストラ。しゃべるなと言ったら喋るな」
まゆ仕方ないからスネて箸を顎につける。
第三幕。
中華幸楽に若手人気タレント三人登場する。
まゆはこの瞬間を見た。いや、見てしまった。大好きな、死ぬほど好きなタレントだったから、大きな声で、
「キャーア〜タッキー!!」
まゆすぐに襟持たれノラ猫のようにつまみ出された。
出される時に関係者からぶら下げた許可証をしっかり確認された。
「出されちゃった。しかたないわね。あみちゃんとこに戻りましょう。エッ来た道がわからなくなったわ。あらあら迷子の迷子の仔猫ちゃんになったノラァ」
迷子のまゆは廊下だろうがスタジオセットだろうがおかまいなしにフラフラ歩く歩く。
極めつけは、なま放送のニュース報道に入ってしまい、見事に番組に映ってしまう。
「やれやれだわ。廊下なのか、スタジオなのか、区別つかない。まゆは迷子さんなのラアー」
フラフラしていたらそのうち捕まりテレビ局の警備につき出された。
まゆ局内の放浪の旅はおしまいとなる。
「許可証の書いてあるスタジオにいなくちゃだめでしょ」
警備に叱られたまゆ。あみのいるスタジオに連れていかれる。
「お!まゆちゃん、おかえりなさい。もうちょっと待ってくれる。ワンカット撮りましたらおしまいだから。そうしたら帰れるわ」
あみのドラマ収録を待ってから、まゆとあみはテレビ局の関係者出口に向かう。
ここでぶら下げた許可証を返納して帰宅できるんだが。
「あらっどったんかな」
なかなか出口の警備員から帰宅許可が出なかった。
「なんですか?帰れないのはなぜ。なにかあったの、まゆちゃん」
あみ訳がわからなかった。長く待っていたら警備員の後ろから、テレビ局員がしかめ面しながら出てくる。
「こちらの許可証をぶら下げていたのは、あなたですか」
まゆはテレビ制作事務所に連れて行かれてこってり油を絞られてしまった。
「もうテレビ局はこりごりナノラァ」
まゆはショボンとしていた。
こちらは夏休みのある日。名古屋市レインボープールは連日水泳大会が開催をされていた。夏の水泳大会のメッカになっていた。
夏の県水泳予選がまさに行われようとしている。
アナウンスが室内国際プール全体に響きわたる。
「第一のコォース…附属高校。第二のコォース…」
このレインボープールは国際規格。競泳50mプールと飛込みプールがあった。競泳50米プールにはカクテル光線が当たりきらびやか。予選大会が本戦大会になればテレビカメラも導入された。観客はワイワイと騒ぎ競泳水泳選手はさながらスターとしてそこにいた。
一方では。観客があまりいない飛込みプール。そこに飛込みプールがあることさえ知らない観客も大半であった。
静かな飛び込みプール。
今から附属高のあみは飛込み最上台10mにゆっくりとあがるところである。飛込み選手のあみは高台の階段をひとつひとつあがって行く。最後の演技を今からどうやってやろうかと考えて本番を迎える。10mの高さはあれこれと考える時間があった。
「この10m(高飛込み)でなんとか自己最高得点を出したい」
長い髪の毛を後ろでキュっとしばるあみ。均整の取れたあみは高台の上に辿りつき、ひとつ深い深呼吸をする。
「神様お願い致します。あみに力をちょうだい」
あみは口元をキリリとしめ、さあやるぞと決意を新たにする。
「ここで自己新を出したいの。あみの最高の演技をしたいの。予選大会ぐらい軽々突破しないと次のステップに行っても先が思いやられるわ」
あみは飛込み台最高の位置にあがりプールの周りを見渡す。
「たくさんの観客だわね。緊張しちゃう」
あみの視野にあるたくさんの観客はレインボープールにはいた。が観客はメインの競泳プールに注目をしていた。
あみのいる飛込みプールの存在は僅かの観客のみほんの少し数える観客に知れていたにすぎない。
あみとしては飛び込み競技のために静寂が欲しかった。
しかし人気のある競泳プールのアナウンスは一切お構いまかなしガンガン競泳競技レースのアナウンスを流していく。
それに従い競泳プールはワイワイガヤガヤ。観客は盛り上がる。大観衆はやんややんやの声援を競技者に送っていく。高校応援団もいるらしく頑張って、頑張ってとさらに盛り上がる。競泳プールは華やかなものである。
飛込み台にあがったあみ。
「ひとつ、ふたつ、ふぅー」
肩を上下させ深呼吸をし落ち着く。
「なんとかここで落ち着かないと。集中しましょ、よいしょっ」
両手をあげて深呼吸をもうひとつする。
よしやるぞと飛込み10m台の淵までゆっくり進み出る。
視野を水面に。天井に。
意を決してくるりと背姿。
あみのスクール水着は均整の取れた体を包み込んでいた。
一瞬回りの空気がピタッと凍りつく。あみは台の上で静止する。
瞳を閉じ息を止めた。
次の瞬間に宙に跳び出す。最後のあみの飛込みの試技だった。
レインボープールの観客の大半は飛込みプールを知らない。あみが飛込みの最後の演技をしたことをまったく知らない。ただ無名の女の子がわけのわからない飛込みをしてバシャと水面に落ちたことだけだった。
競泳プールはアナウンスが響いた。
「ただいまの平泳ぎの結果を報告致します」
競泳プールけたたましくアナウンスが続いていた。歓声は競泳プールだけ響いた。
最後の演技をした飛込み選手のあみには競泳選手時代があった。
今を遡るは全日本中学水泳選手権大会平泳ぎ100m決勝。
日本の中学生が憧れる大会である。
「位置について、よーい」
ドォン!
全中水泳大会の大観衆は、やんややんや、やんややんやの声援を送る。
プールサイドにはテレビカメラも回り日本で一番早い中学スイマーを注目した。
「あみ、頑張って〜、あーみ、あーみ、行け!行け!ラストだラストだ行け、行け!早いぞ、早いぞ一番でゴールだあ」
大歓声の中、附属中のあみは見事優勝をする。
「ヤッタァ一番だあ優勝だあ」
お見事だあみ。中学スイマーあみは得意の平泳ぎで優勝を決める。
さらにはバタフライも勝ち2種目で優勝を果たす。
あみのバタフライ100mは中学新記録まで叩き出した。
「わぁーいやったぁーやったあー、2種目制覇だわ。最高の気分だわ」
あみは優勝台に二度もあがり大喜びをする。
あみは附小から水泳を趣味から始めた。
当時の水泳指導員にストロークが綺麗、泳ぎに無駄がない女の子がいると見い出され特別訓練を授業以外で受ける。あみは期待に応えて泳ぎ、段々と水泳が好きになり泳ぐたびに記録が伸びた。
「へへっ、いいじゃん、あみは天才スイマーさんだもん。ジャボーン、バシャバシャ」
しかし
スイミングクラブでは誰よりも早く泳ぐあみだが外に出たら、どうしたことか記録がまったく出ない。平常心で泳ぐことができない子であったらしい。
小学のスイミングクラブは大変楽しいかった。しかしタイムを競う水泳は大嫌い。
インストラクターは記録に関しては残念がる。が当のあみがタイム計測を嫌がるため大会に出場させなかった。
だからただ水泳の上手な女の子だけで附属小を卒業して附中にあがってしまう。
多少でも小学生学童大会に出場していたらかなりの記録は望めた可能性があったらしい。
附属中に進学してあみはスイミングクラブをやめてしまい、部活はテニス部に入る。
元来運動神経のいい子だと見え附属中1からメキメキとテニスの腕をあげてくる。
「テニスも面白いわね。目指すはウィンブルドンだもん。えい、スマッシュだあ、バシッ」
夏が近くなりプールが開放される。
附中の体育授業であみは泳ぐこととなった。
附属中学の体育教師は水泳の元国体強化選手であり水泳部の顧問でもあった。
体育教師は授業の水泳であみのしなやかなストロークを一目見てすぐ見抜く。
「あみ、どこで水泳を習ったんだ。やけにうまく泳ぐじゃないか」
あみははにかんでなにも言わなかった。回りの同級が口々に教える。あみはスイミングクラブにいた、かなり上手だった、小学学内大会に出場して、学校で知らない生徒はいなかったよ。あみはもう泳ぎたくはないらしいとつけ加えた。
「泳ぎをやめた原因は、記録が伸びなかったからなのか」
体育教師はあみのタイム測定がしたくなる。
「授業後に水泳部部室に来るように。所属のテニス顧問には僕から話をしておく」
と手短に話した。この瞬間からラケットを握ることはなくなってしまう。
授業後のプール。体育教師はあみにすべての種目を泳ぐようにと命じる。平泳ぎ・クロール・バタフライ・バック。今いる水泳部員とともに泳ぐようにと。
附属小時代は平泳ぎ選手のあみだった。
「全部だなんてやだなぁー。クロールは苦手だから、50mもいけるかな。バタフライは一度も泳いだ記憶がないなあ」
位置について
スタート台には附属中の水泳部員がづらりがと並ぶ。アマチュアのあみに負けないと無用な敵対心を見せて殺気すら感じる。
ズドーン
レースは始まる。あみはとにかく前に出ようと泳ぐ。真剣に泳ぐのは何年振りになるであろうか。
平泳ぎのストロークをしながらブレスをしながらあみは自問する。久しぶりのタイムレースは意外と水に乗ることができた。
50m平泳ぎレースの結果は、平泳ぎあみは1位だった。早かった。2位の選手とは体ふたつは開いていた。
クロールは7位。なんとか泳ぎ着いた感じである。
バタフライは泳げず。途中でやめてしまう。
バックは最下位。クロール苦手がバックやれと言われてもできない。
平泳ぎ1位の結果は水泳部員の度胆を完全に抜いた。ぶっ千切りのトップでゴールした瞬間負けた部員の中には露骨に嫌な顔をするものもいた。小学の元エリートスイマーはまだまだ健在の証明をしたようだった。
レース後、教師は熱心に水泳部に入るように勧めたことは想像に難くない。
あみとしては、
「あらまぁー中3年生にも勝っちゃた。やっぱり一番になると気持ちいいじゃん。またっ、泳ごっかな。楽しんで行こうかな。水泳は楽しいなあ」
附属中水泳部のあみ誕生の瞬間。
この附属中水泳部顧問の教師は教え方がうまかった。よき指導者に恵まれてあみの附中1年の記録は伸びに伸びて中学記録に並ぶまで来る。子供の場合は指導員のよしあしで決まる。あみはどうやら息のあった指導員に巡りあった。
附属中学時代に順調に記録が伸びた。附属中3年では全中学水泳大会に平泳ぎとバタフライの2種目で優勝を果たすことができた。全中優勝は中学の最高峰である。
あみは愛知県大会にも入賞を果たす。(バタフライのみ)
バタフライは苦手で好きでなかったが水泳顧問教師の専門種目だった。ちょっと先生の希望を聞こうかなで泳ぎ始めた。このバタフライの記録が伸び始め得意の平泳ぎには多分に気分転換となり相乗効果をもたらした。
全中に優勝し水泳有名高校に特待で来て欲しいと申込みが殺到する。
「きゃあー嬉しい。だって、だって行きたいなあと思う有名高校からバンバン特待で来て来てと言っているんですもの。あみは行く行くよー。どれにしようかな。アハハ、嘘よ。あみは附属高校水泳部に進学するもん」
天才スイマーあみ。平泳ぎとバタフライのメダルが一層キラリと光輝いた。あみを指導した元国体強化選手教師は全中の優勝報告を聞き少し涙ぐんでいた。
「あみはもともと素質はある。なにしろ水の捉え方は天下一だと思う。後は本人のたゆまぬ努力の賜。僕はたまたま効果的なアドバイスをしただけ」
水泳教師は、全中優勝のあみを育てたという功績は学園で高く評価された。翌春からは大学水泳部の顧問に就任する。
附属高校水泳部。こちらは日本でトップとは言えないが県内ではまま強い学校だった。あみは附属中学から希望して進学した。
あみは附属高校に進学しタイムを競わせられる。
「新附高生は軽くオーミングアップしろ。それから、タイムレースだ」
附属高指導員は手短にレースを説明をする。
あみはしっかり聞き耳を立る。チラッと指導員を見る。
「あれあの指導員どっかで見たような気がする。誰だっけ」
パッと、思い出す。
オリンピックの平泳ぎ強化選手(大学在学)だ。
あみの憧れのスイマーのひとりで名前はよく知ってる。
「じゃあ附属高はあのオリンピック選手が教えてくれるの?ラッキー」
位置について
ドォン〜
レースは各種目(50m100m)が行われた。
全中優勝のあみのことである。断トツのトップかと思われた。
「あちゃあー、ダメ、ダメ。しっかり泳げないわ」
あみはレースは最下位に近い成績でゴールした。得意の平泳ぎもバタフライも。
特待のみの附属高1年の中で競わせたら遅かった。ここから附属高校水泳部のあみの苦悩は始まる。
タイムレース後喜んだのはあみに勝った他の生徒たち。まさか全中優勝のあみに勝てるとは思いもしなかった。
このケツマヅキがすべての悪い前兆となった。
附属高校で熱心に泳いでもあみの記録はサッパリ伸びていかない。中学時代に出した自己タイムにすらまったく手が届かない。オリンピック強化選手の指導員が悪いのかわからないが記録は来ない。
附高1年生になったばかりだから。まだまだ練習不足だから。水泳の量と質を高めたら記録は出るだろう。附属高水泳顧問教師も、附高そのものも、多少、我慢をして見ていた。特待のあみ。全中優勝のあみ。
附高1年の秋。あみは学校に呼び出されてしまう。
「あみは水泳特待で附属高校にいるんだ」
と。
あみは苦しかった。確に記録はまったく伸びていない。自分が一番わかっているつもりだった。
「あみは水泳が楽しいから泳いできたのよ。いくら遅く泳いでもそんなの関係のないことでしょうに」
その夜、あみは枕を悔し涙で濡らす。辛かった。
「なぜいけないの?早く泳ぎたいのに、体が水に乗れないのはなぜ」
毎晩、涙をためて悩み続ける。
早秋の水泳大会。夏の競技水泳の最終の大会である。
あみは一大決心をして、大会を泳いでいく。
「この大会でタイムが出ないなら附属高校を私はやめる」
レースは得意の平泳ぎ50mから始まる。
水泳特待あみが、たかが予選を通過出来ないならば、プライドもなにもありはしない。あみはかなりの優越感を持ちスタート台にあがる。
あみがスタート台にあがるとかつては大声援が飛び交った。今は静かなものである。観客はあみを知る者すらいなかったのだ。
スターターの合図により選手は一斉に飛込む。あみは最初からやや出遅れだった。
「えっ。平泳ぎの予選が通過できない」
平泳ぎ予選は敗退だった。得意の平泳ぎ100mは惨敗というべきか。
次、バタフライ50m予選。こちらは平泳ぎと違い、競技人口が少ないため、なんとか予選通過する。それでもかなり後ろの成績。
「これで、バタフライ本戦は優勝または2位に食い込めばいける」
なんとか本戦に残り。
位置について!よーい
バシャーン!(落ちた)
あ!
あみはフライングして失格してしまう。
翌日、附属高校水泳部に呼び出されたあみ。
「あみよ。すべて、わかっていると思う。学園としてもだ」
あみは話をジッと下を向いたまま聞いていた。
秋の深まり冬の訪れである。附属高校1年は重い足取りで街を行く。繁華街を行く人がすべて羨ましくてたまらなかった。マクドナルドの店、ゲームセンターの騒がしさ、同じ高校のアベック。
なにもかも特待の特権を剥奪された元全中優勝者には虚しく無関係なものにしかうつらなかった。
「みんな知ってる。私はスイマーなのよ。ねぇ、みんな、みんなぁ〜!知ってる!あみは、あみはスイマーなの。いいこと、あみは誰よりも早く泳ぐ天才な水泳選手だよ。泳いだらかっこいいのよ。附属高の水泳のあみといたらみんな知ってるのよ。高校大会、全日本大会軽々優勝だあー」
あみは自然に涙が溢れ街角のビルの谷間に入り悔し涙を流す。秋の気配はいたってもの悲しい。
「でもねあみは水泳をやめる。もうやめることに決めたの。だってもう泳ぎたくないから。誰がなんと言っても、泳ぎたくないの。だから、あみは泳ぎをやめるの。誰から言われたわけじゃあないのよ。誰から言われたわけじゃあない。あみが自分で」
マクドナルド店のピエロが、秋の風に吹かれ、ゆらゆら、あみの丸まった背中を見つめていた。母親に連れられた子供がピエロを指指しなにやら言っている。母親に聞いているのか、母親にピエロとはなにか聞いているのだろうか。
あみは一息すると立ち上がりとぼとぼと帰宅する。いつまでもここには
いられないから。家族にはなんと言い訳をしようかと悩む。秋期水泳大会の成績は母親がすでにネットで知っているはず。
自宅の呼び鈴を鳴らし、
「ただいま」
庭の白鳥の噴水もあみの帰ってきたのを見ていた。ちょっと今のお嬢さん元気ないかなと。
「おかえりなさい、あみちゃん。遅かったわね。夕飯出来ているわよ」
母親はいつもと変わらない。しばらくして、院長の父親も来る。やああみ寒くなったなあと挨拶した程度だった。
父親も母親も水泳の話はまったくしない。夕食は終わりその夜は更けていった。
附属高校3年のあみ。夏になる前に県の水泳予選大会がおこなわれていた。
附高3年のあみは飛込み10m台を力強く蹴り華麗に、優雅に、全神経を、演技に集中して、宙を舞う。
飛込みを知る僅かな観客は固唾を飲む。この試技で最高得点を出せばあみの逆転優勝が決まるからだ。
飛込みの着水は水渋きが最少の泡立ちがベスト。
あみはすぅーと入水した。着水。
「やったぞぉ」
完璧な試技であった。
最高得点の挙がることは試技を終えたあみが、一番わかっていたかもしれない。
観客からは拍手が沸き起こる。
「えらいぞー、すごいぞー、あみ」
あみは飛込み部門で見事トップとなり予選通過を決めた。
「本戦でも今の演技をしたらまず優勝できるわ。」
あみの実力からしたら優勝するのはあたり前だ。
さらに全日本。オリンピック代表と進むことも、まんざら、夢ではない。
あみは飛込みプールサイドにチョコンと座り嬉しさに奮えた。
私は、あの日あの時に、水泳を辞める、学校を辞めるつもりだったわ。
やめるつもりだった?
あみは、水泳を辞めてどうするんだい。水泳しか能がない女の子じゃないか。
「あらん、はっきり言うわね。失礼な一言だわ」
当時のあみは水泳は競泳以外知らなかったし興味がなかった。
オリンピック競技種目だと、飛込み・シンクロ・水球。
「水球は女子はないから、飛込みか、シンクロだね」
水泳の特待のあみ、なんかやらないといけなかった。早速シンクロナイズドスイミングを見学にいく。シンクロは附属プールではなく民間のスイミングスクールだった。
しかし、門前払いを受ける。なぜなら小学からシンクロやっているやつばかりで、高校1年生のオバチャンには立ち入る隙はないと言われた。
「オバチャンで、悪かったわね」
最後の選択が飛込み競技。
「やるわよ。タップリ、飛込み台から落ちてやる。爆弾投下、バシャンバシャバシャ」
頑張れ〜落ちあみ、武者修業。
「ぷぅー落ちます、落ちます」
あみの新たなる挑戦が始まった。