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幼稚園舎~テレビ子役花盛り

都会と言えるかどうかの中核都市(人口41万人)にその学園は設立されていた。


学校法人の学園は附属幼稚園から始まり小・中・高・(専)・大・院と教育機関は全て備えられていた。


この学園には地元で名士と呼ばれる家庭のお坊っちゃまやお嬢さまらオコチャマが学びの園に集まり学園は有名校として憧れの存在だった。


この中核都市のとある家庭を覗いて見よう。


NHK朝の連続ドラマ終わる頃。附属幼稚園の送迎バスが家の前にやって来た。バスの停車は通学路に従い順番である。


母親が園児によいしょよいしょと朝食である。

「さあさあチャコちゃん早く食べ食べしなさいね。早くしないと園のバスが来ちゃうわよ」

チャコは落ち着きがないのか少しも食べようとしない。

「チャコは一体誰に似たのかしらねぇ。一度テレビを見始めたらなんにもしないんだから。朝ドラは必ず最後まで見ないと。もうませちゃって夜は夜で大人の恋愛ドラマを目の色変えて見ているんだから。しかもラブストーリーは"悲恋専門"ですからね」

園児チャコの母親は朝から食事を与えることだけで忙しかった。


「あらやだチャコまたココアこぼしている。しっかり手にコップもたないから。あーあんいやだなあ。スモッグの前ベチャベチャじゃないの。だらしないなあ」

たらたらと胸にココアが流れていく。

「あらあらココアがスカートまで垂れてしまったわ。早く脱ぎ脱ぎしなさい。新しいの出しますから。汚れたスモッグ脱いだら洗濯機にポイしてきなさい」

ポイッと言われたチャコ。ハイッと返事をするとココアのコップを洗濯機に捨てた。

「あっ!ポイはココアじゃないのよ。スモッグよ。チャコの汚したそれよ。ダメよココアを床に流しちゃ」

スモッグを脱がせたら新しいココアを食卓に用意した。今度はちゃんと飲んでくれます。


母親は忙しく洗濯機に家族の洗い物を入れ洗剤を投入した。その間数分である。


食卓に戻り母親はチャコの顔を見る。テレビはまだNHK朝ドラである。食卓にはココアのコップがなかった。

「あらっチャコちゃん。あなたココアの入ったコップどこにやったの。さっき手に持っていたのに。エッお腹に入れたの。違う違うコップをそんなことしても何にもならないわ」

テレビを見たチャコはにっこりとしてお腹からコップを出す。スモッグは汚れてはいなかった。


「コップはもうそこに置いておきなさい。なにもお腹に隠さなくていいのよ。あんやだなあ。いいのいいの(コップを)ペロペロ舐めなくてもいいの。それにチャコちゃん口の回りべっとりマヨネーズついているわ。黒いのか白いのかわけわかんないわあ」

鼻の頭にもちょんとマヨネーズがついていた。


朝から園児にマヨネーズのついたお好み焼きを食べさせたのはお母さんに問題があるが。


附属幼稚園の年長さんチャコの朝の始まりであった。


おませなチャコさんは朝のNHK連続ドラマや大人の恋愛ドラマが大好きである。


NHK朝の連続ドラマをエンディングテーマまでしっかりと見てから送迎バスに乗るのが日課になる。


テレビドラマが終わってよっこいしょとチャコは腰をあげる。

「さてバスに乗るかなあ」

チャコが立ち上がると母親はスモッグから帽子からと園児の七つ道具を取り揃え準備と確認をする。チャコがもっと早めに準備をすると楽なのだが。


「だって朝ドラおもろいんだもん。私も早く大人になってあんな素敵なヒロインになりたいなあ。特に可愛いお嫁さんになりたいなあ。憧れちゃうもん。誰もが羨む恋愛の果てのゴールイン結婚なんていいなあ。でもですね」


(チャコは大きな目をして瞬きバチバチ)


「不細工なお嫁さんにはなりたーないわい。プイッ」

クルッと母親を睨むチャコだった。


「あらっチャコどうしたの。お母さんの顔になにかついているかしら。やだあマヨネーズかな。そんなにジロジロ見ないで。まだお化粧していないから恥ずかしい」

朝ドラが終了するとチャコは化粧室でぐいぐいと顔をタオルで拭く。ニッコリ笑う。手元にあるココアのカップはチャコが底をシゲシゲ眺め最後にベロンと舐める。名残り惜しみながら食卓に戻しておく。


お相撲さん時間前の塩撒きの所さそのものだった。


「さて時間です。チャコも塩を撒きたい気分さんだぁ。園に行って参りまぁーす」

チャコは新しいスモッグ姿。ガキんちょの女児のくせに鏡の前に立つ。その日の園のスモッグファッションをチェックする。

「あらんやだわあ。鏡を見るのはちょっとした乙女さんの身だしなみですわよ。ハイポーズ」

スモッグでセクシーな姿をバチっと決めた。

「よっ、決まってますこと。チャコはカワイコチャン!私はチャコちゃまだあ。いい女はいつもバシッと決まっている。だからうっとりしちゃうなあ」

チャコは朝ドラの可愛いいヒロインの真似をし身も心も成りきってしまう。


母親の鏡台からカラフルな化粧品を手にして鏡に向かう。顔に塗るのか手につけるのか皆目わからない化粧品。

「お顔にちょっと塗る。よいしょよいしょ。これでカワイコチャンになれたぞ。もう少し髪の毛ボリュームあればなあっエヘヘ。そんじゃあ行って参りまぁ〜す」

ダッダと狭い廊下を走り靴をはく。後ろから母親に化粧品のことを叱られないように急ぐ。


玄関先からもチョコチョコ走って園のバスに向かう。飛び乗る際には真っ白なパンツをヒラリと見せます。


パンチラ決めて附属幼稚園送迎バスに乗り込むチャコ。出迎えの幼稚園の先生も驚く早さ。


「きりきりセーフ。チャコちゃん間に合いました」

チャコは共稼ぎサラリーマンのひとり娘。附属学園幼稚園としては共稼ぎは珍しい家庭環境である。


附属幼稚園バスには若い幼稚園教員(保育士)が乗る。

「おはようございます。あらっチャコちゃんいつも元気いいわね。あまり慌てないでね。バスに乗って転ばないでちょうだいね」

時間通りの送迎バスのお迎えは附属幼稚園に採用されたばかりの新米女教諭(20歳)だった。


この春から学園に採用された新人さん。新人教諭らしいういういしさと明るさがあった。きっちりとした挨拶は父兄に好感である。いつも絶やさぬ笑顔は新米教諭として女のチャームポイントになっていた。附属幼稚園の煩いPTAには大変評判がいい笑顔と礼儀正しさ。他の園の職員給与水準より高めはこの笑顔に要約されていようか。


ところが笑顔の教諭はどうしたことになるのか。ませた女児チャコの手にかかると話はややこしいことになりそうである。


女児チャコはバスの中でジイッ〜と新人教諭を見る。頭から胸から下から眺めて鋭く観察していく。

「ふんっ。やけにひねた女だわねぇ。20歳にしては断トツにペチャだしさあ。私があのくらいの年齢ならもう少しデぇーンと胸のオッパイあるわよ。あれじゃあ嫁の貰い手が見つからないね。お気の毒さまだけど。化粧を濃くしてスカート短くしたらどうにかなるかなあ。ダメだな。女を磨く努力もまず無理。セックスアピールが不足」

さらにジロジロ観察をする。

「去年高齢から首になったアッチの先生のほうがまだまし。モーニング娘。の中澤裕子と言われたアレの方がまだまだいいわ。女として役に立つわ。なんていっても色気だけはあったなあ。でも歳が歳だから。いけず後家ちゃんやあ」

まったくませたガキンチョ。新米教諭はチャコに陰口叩かれて苦笑いをするのが精一杯だった。なんとなく敵を意識して顔はひきつり加減である。


毎朝の送迎バスだから教諭には同情したい。


チャコは附属幼稚園送迎バスにツカツカと我がもの顔で乗り込む。バスにはチャコ指定席がある。仲の良い運転士の後ろの席がチャコ専用だった。

「おはようございます。運転手さん今日はね。えっとヒロインがさあ、告白されて戸惑うんだよ。結婚してってさ。いいなああんなハンサムな男に好きだなんて言われてさあ、ワクワクしちゃうわ」

おませなチャコは朝見たドラマのストーリーを逐一仲良しの運転士さんに報告する。

「あのねあのね、それでね」

チャコは身振り手振りでドラマストーリーを伝えることが楽しみだった。

「ほお、そうかいそうかい。いよいよ告白されたのか。でどうするのかなあ。好きだよと認めちゃったらドラマは終わってしまうしなあ。まだまだ揉めちゃうだろうな。チャコちゃんはえらいなあ。ちゃんとドラマを見ているんだからなあ。チャコちゃんも大人になったらヒロインみたいな素敵な彼氏が見つかると言いなあアッハハ」

チャコは朝のドラマのヒロインになった気持ちで延々と喋りまくる。


運転士は話をうんうんと聞いてお昼の再放送で確認をすることが日課になっていた。なにせチャコの話術は巧みだった。天才的なものがあった。


この才能が名・子役としての資質に生きていた。

「そうかそうか。チャコちゃんは子役さんだったもんなあ。ドラマは見るだけでなくチャコちゃんが出演をしているんだもんな」


チャコはちょっとハニカむ。

「ドラマはお得意さまだよ」

とチャコは得意気な顔をする。

「エヘヘッまあね。子役さんは事実でございますけど」


附属幼稚園の園児

たちは子役さんというもうひとつの顔があった。


市街地の駅前に司法書士事務所がある。こちらの司法書士宅は朝はゆっくりとしている。炒り立てのコーヒーのミルの香りが漂うような上流階級ハイソな家庭環境だった。


「サムくん。朝のお食事済んだかしら。ちゃんとお口くちゅくちゅ(口腔洗浄液)しましょうね。大人になってチュするときに困らないためにね」

サムの母親は息子サムに世話を焼きあれこれと躾をしていた。


サムは法律家司法書士のひとり息子さんでいいとこのお坊っちゃんである。


こしゃまな凛々しいお子ちゃまだから蝶ネクタイに半ズボンがよく似合う。背筋をパリッと伸ばし白い歯を見せて笑うと、

「かっこいいねサムお坊っちゃん」

事務所の顧客さんからよくハンサムだと言われた。


おぼっちゃまサムの父親は努力の司法書士である。


野球名門校からドラフト会議で指名され騒がれてプロ野球選手になった過去がある。野球の道は努力すれどもまったく芽が出ずプロ野球万年2軍暮らしを強要されていた。その2軍暮らしで練習を無理し投手の大事な肩を壊してしまう。


肩が痛いならとかばった投球をしたらフォームを崩し膝を痛めと災難続きである。


3年目の秋には球団から自由契約(首)を宣告され野球とはキッパリとおさらばをする。


野球を首になり途方に暮れた22歳は今後なにをしようかと迷う。その時に妻の実家からアドバイスを貰う。岳父は司法書士・行政書士であり地元の名士であった。

「長い間野球一筋でご苦労さんだったな。まだ若いんだから新たなる人生を歩んで欲しく思う。どうだひとつ資格を取ってみたら」

法律家の考えで目の前に国家試験/民間資格のガイドブックが静かに置かれた。義理の息子は唖然とした。元高校球児は全く勉強をしないで青春を過ごした。本を手にするのは自分自身の高校受験以来のことだった。


ガイドブックをペラペラめくると昔の高校受験が蘇ってくる。高校進学は公立高校。公立から甲子園に行きたいと意地を張りそれを通した。


中学野球で優勝したので県内外の強豪私学からの誘いを受ける。それを断わり公立を受験したことを思い出す。

「結果俺は公立から甲子園に行けなかった。あのまま有名私学の誘いに乗っていたら3年に一回くらいは甲子園に行けただろう」

プロ野球を野球が下手だから首になったくせにまた野球の思い出が蘇る。


未練はいくらでもあった。グラブをはめて大好きな野球をしたくてたまらなかったからだ。22歳のギブアップはあまりにも若すぎた。


が現実を見て野球を断ち切り国家資格取得に全力を傾けることにする。


資格は法律・経済・医療・コンピュータ。多種多様な資格は元エースと呼ばれる男にはいずれも満足をするものでなかった。

「なるほどみんなが騒ぐ司法試験とはこんな難関なのか」

プロ野球争議で見た弁護士の姿が頭をよぎる。1軍のスター選手の契約更改の席にいた弁護士はこんな世界であったのかと気づく。


難関だからひとつ司法試験をやってやろうか。法律に詳しい岳父に相談をしてみた。

「司法試験もいいだろうだがね」

岳父の経済的援助と勧めもあり同じ法律でも司法書士を薦められた。司法書士に決めた。

「司法書士は岳父の持つ資格だった。だったら跡を継いでやろうかと燃えたね。難解な司法試験や法律家の入門的な行政書士とはちょっと違うイメージだった。勉強を始めたら結構面白い分野だった」

短期に集中し受験勉強に没頭する。2回目の受験で手応えを見い出し司法書士試験に合格を果たす。この受験時代に息子サムが生まれ第二の人生は順風なるもの安定したものとなる。


試験合格はマスコミから注目もされた。


朝のサムお坊っちゃんはお口をクチュクチュして爽やかな園児に早変わりをする。エナメルのお靴をかろやかに穿きお迎えの附属幼稚園バスを待つ。玄関先には父母の姿がある。また同じ敷地内に住む祖父母を見ると元気ににこやかに、

「パパママ。おじいさんおばあさん行ってきまぁーす」

サムお坊っちゃん大きな声で見送る家族に挨拶をし附属幼稚園バスに乗り込む。家族の宝がサムと言ったところだった。


バスからは新人教諭がニッコリ笑って降りてくる。

「おはようございます。あらあらサムくんはいつも元気いいわね」

将来の貴公子サムお坊っちゃんはチラリと新人幼稚園先生の顔を見る。サムは不思議そうな顔をする。

「あれ。なんたることか新人の先生は美人じゃないぞ。附属の教諭採用試験は面接重視してくれなくちゃあ。いつも美人の新米教諭がいいなあ。

この新米は化粧がヘタなのかな。いやいや僕の見た限りどうも美人のカテゴリーにないね」

ませたおこちゃまサムだった。

「美人先生でないから何をしても無駄な努力。もしタレントオーディションに応募したら落ちまくりだ。タレント事務所を首だな。ミスコンテストもだろうなあ。致命的なのはペチャパイだということさ。彼氏作りたいとしたら苦労するだろうなあ。あの女では一生できないかもしれない。鼻が低いし顎が無用心だ。附属幼稚園も高い月謝を親からフンダクっているんだからさ、もっとましな幼稚園教諭雇わないといけないぞ。園児の楽しみ美人先生と手を取って御遊戯することを奪うのは基本的人権の侵害にあたるぞ。教諭採用には面接に力を入れかわいい女を選ぶように。でないと園児にソッポ向かれちゃうぞ」

一通り文句を並べたサム。スタスタと附属幼稚園バスに乗り込む。


ませたガキだなあ。司法書士が父親だけある。

「お父さんがいつも新米教諭に言っているセリフを言っただけだけど」

サムは父親の真似をした話だった。


バスの中でジィッとサムに睨まれた新人幼稚園先生は、

「あらっサムくん。なんでジロジロ見られたのかな」

一瞬たじろぐ。かなり鋭い視線だった。

「こちらの附属幼稚園にはいろんなおこちゃまがいらっしゃいますから気にしないもん。気になるけどあっさり流しちゃえ。切りがない。サムみたいな変わり種もいるんだなあ」

新人先生は作り笑顔を強調しながらサムを車内に入れた。父兄に軽く会釈をして次に行く。


シャキとした将来の貴公子くんは附属幼稚園年中組だった。


サムはシャキっとしているばかりでなく運動神経も抜群であった。元プロ野球選手の息子さんである。


附属幼稚園送迎バスによいしょと乗り込む。チャコの横にちょこんと座る。そこはサムの指定席になっていた。ハタからみたらカップルよろしく仲良くチャンチャン座りをする。

「僕もねチャコちゃんの朝のドラマの話を聞いて一日が始まっているんだ」

道理でマセてるわ。


繁華街から遠く郊外に園児のバスは行く。


郊外には江戸時代から続く由緒ある曹洞宗のお寺さんがあった。数多い壇家さんを持ち住職の辣腕ぶりはたいしたものだった。ご住職さんの孫は附属幼稚園の年長さんである。


孫は曹洞系列の幼稚園や保育園もあったが附属幼稚園の入園試験を受けたらたまたま受かる。地元である附属幼稚園だからとそのまま進ませることにした。

「今の附属幼稚園でも曹洞宗幼稚園でも構いはしませんよ。将来の僧侶だからと言ってなにも曹洞宗の幼稚園に行けとは言いません。しかしその拙僧の孫には参りましたなあ。孫は幼稚園で寝てばかりと言われてしまいました。幼稚園の年長さんなんですが暇さえあればグゥ-グゥ寝てるらしいんですよ。まあワシも息子の副住職も寝付きはよくコテンと眠ることは特技なんですが」

住職の祖父さんであった。

「附属幼稚園で寝てばかりでは困ったもんですな」

祖父僧侶は嘆く。

「ただでさえ園児を預かってもらう時間が少ない上に孫だけ特別お昼寝の時間じゃあ授業料が高いなあ」

将来のご住職3代目は眠れる獅子のごとくであった。いや単に眠るだけの肥満児だった。


朝の曹洞宗のお寺は慌ただしく忙しい。寺男たちが御勤めを始め食前にお堂で一斉に座禅を組む。


禅宗のお寺さんの行いだった。お寺の女将の母親は息子の園児など構っていられない。寺に寝泊まりをする全僧侶たちの食事の世話をまずしなければならなかった。


毎朝気がつくと附属幼稚園バスの時間がやってくる。

「さあさあ附属幼稚園のバスが来ますよ。早く食べて準備しましょうね」

母親は半眠状態クタッとした息子を襟を持ち上げよいしょよいしょと食卓に運ぶ。


なんせ早く幼稚園に送って寺男の世話をしなければならないせわしい女将さんである。眠る息子に靴をはかせ附属幼稚園バスに荷物を載せるようにポイッと投げ入れる。母親はゴミ袋を処分したかのごとく手をパンパンと叩く。

「一丁あがり。さて修業僧に座禅の終りを知らせないと。いつまでやらせるんだと若い僧が怒ってしまうわ」

母親は駆け足でお堂に入っていく。


荷物を受け取る方の新人幼稚園教諭も心得たものである。ホイさと眠る園児を受け取る。

「おはようございます。ご住職さま。今日も一日大変ですわね。あらまだお孫さまはオネムさんなのかな」

新人教諭はニッコリ笑って母親同様に園児をグイッと持つ。襟首を持ち上げバスに投げ入れて次に進む。将来のご住職さまはクタッとしたまま座席に頭からもぐりスヤスヤ。寝息を立ててなにも悩みなく寝てしまう。


眠るままの未来の住職は夜いつまでも起きていた。最近は携帯ゲームに熱中しているようでいくらでも眠くなる時間も起きてピコピコやっていた。お寺さんなんだから早く寝て早起きすれば問題がないようなものだが。

「ゲームは面白いね。だいたいさなかなか脱がないからやになっちゃうな」

頭の中にはアダルトゲームが駆け巡る。


市街地は駅前一等地に産婦人科医院がある。


この産婦人科は江戸の末期から続くお医者さま一族だった。


由緒ある産婦人科医院のひとり娘あみは附属幼稚園の年中さん。あみの家系は父親が医者・祖父が医者・その祖父も医者・祖父…みんなお医者さんだった。


たぶん世の中みんなお医者さんだろうなあと思いながら成長していた。


そんな年中さんのあみに弟が誕生しなければ、あみが頑張って女医さんにならなければいけない。

「あんいやだあ。あみは勉強あんまり好きじゃないの。お医者さまは勉強しなくちゃいけないもんね」

ならばそこはあみの家は産婦人科が専門なんだからなんとかするだろう。

「あみはお医者さんが好きなの。でもね、あみがお医者さんになるのは嫌でちゅ。勉強とデブ嫌い」

勉強嫌いなあみであった。


そんなあみの願いが天に届きました。あみの母親がオメデタだとわかる。


祖父の院長、父親の副院長はやったなあと大喜びだった。

「2人目こそは跡取り息子を頼む」

オメデタニュースは産婦人科病院の噂になっていた。若い看護師さんから妊婦さんまでも、

「よかったね、よかったね、男の子だといいね。男の子なら跡が心配いらない」

まるで長女あみは病院にはいらない。新しく弟がいたらそれで充分だかの扱いである。


あみは別にそこにいてもいなくても、どうでもいいようなお飾りさんみたい。

「まあ、ひどいわねぇ。あみは不要さんですか。こんなセクシーな園児をほったらかしにして。私女子高生になったら立派になってからぐれてやるモン」

早くも不良宣言の先付け手形をあみは発行していた。


産婦人科医院はとにかく副院長夫人のオメデタが話題沸騰となり長女あみはともすれば忘れがちな存在であった。いや完全に忘れられていた。


園児の送迎バスが産婦人科医院に到着をする。

「おはようございます。あみちゃんをお迎えに来ました」

産婦人科医院の玄関先に附属幼稚園送迎バスが定刻に到着する。


副院長夫人の母親はバスのクラクションでハッと気がつく。

「あっしまった。あみを忘れていた。附属幼稚園に送らないといけないわ。あみどこだっけ」

母親は慌てふためいてまずあみを探す。確か台所にいたような気がする。いや居間だったかな。あみの部屋か病棟か。とにかく探さないといけない。朝から鬼ごっことカクレンボ。

「あみはいるの。バスが来たわ」


あみは、あみで、ちゃんとひとり幼稚園の用意をしていた。朝のごはんも冷蔵庫をひとりで開けサラダとパンをなんとか食べた。

「朝はサラダが美容にいいのよ。レタスとゴボウさんが乙です」

後はごくごく牛乳さんを飲みおしまい。


玄関であみのかわいらしいお気に入りの靴をはいて園児バスに行くところだった。

「いやあねぇーママ。慌てないでちょうだい。私、遅刻なんかしないわよ。ちゃんとしていますから。あみにお任せあれ」

江戸時代から続く医系族は確かにしっかりしていた。


あみが玄関で靴をはくのを見て母親はホッとする。

「よかったわ。じゃあ行ってらっしゃい」

おしゃまなセクシー系女児あみはニッコリ笑って送迎バスの新人教諭に挨拶をする。

「おはようございます。いつも綺麗な先生。ちょっと松嶋ななこに似てますわあキャアー。うん似ているのは堀北かな」

ちゃんとお世辞を用意していた。さらに思ってもいないようなことも簡単に一言出て来た。

「堀北より可憐な一輪の赤い薔薇でございますわ」

なんとなく将来が楽しみな娘さんあみ。


言われた新人先生は、

「…」

目が点になり黙ってしまった。


あみは元気よく附属幼稚園送迎バスに乗り込む。


座席でグゥグゥ寝てる曹洞宗の孫に気がつく。

「あらまっ。また寝てるじゃん。あんまり寝ると馬鹿になるよ」

あみはその頭をポカリッとゲンコツで叩いた。


曹洞宗の孫まったく気がつかないままグウグウ寝てる。医者の娘が寺の息子を叩いた事件は揉めはしなかった。


「フゥーお手てが痛かったぁ」


送迎バスは市街地の園児を拾い集めた。附属幼稚園に全部で52名を集め到着する。

「皆さん元気に今日も御遊戯に頑張ってくださいね」

新米教諭は最後にバスを降りてきた。


この学園の附属幼稚園は小中高大とエスカレーター進学が可能だった。同じ市内にはいくつかの公立の幼稚園・保育園もあるが父兄の間では群を抜いて附属に人気がある。憧れの有名な学園だった。


幼稚園選抜試験のお受験で(ふるい)にかけられた園児たち。粒の揃った園児がここには集まっていた。


一概には賢いから附属幼稚園合格とは言えないが見た目だけはお坊っちゃんとお嬢さんだった。

「ねぇねぇ。あらまあ誰が優秀ではないの?コッチョリあみに教えてちょうだい。あみは、ものすごーくそんな些細なことが知りたいなあ」

オマセさんのあみは聞き耳を立てた。勉強は嫌いだが人の噂は大好きであった。

「附属幼稚園園児が粒揃いならば幼稚園教諭(保母)さんも粒揃いでなくちゃあね」

附属にはどんな先生がいらっしゃるのかな。


★幼稚園教諭免許の種類


・幼稚園教諭専修(院卒

・幼稚園教諭1種(大卒

・幼稚園教諭2種(短専

幼稚園の教諭先生と呼ばれる資格は三種類もある。附属幼稚園の教諭は専修(院卒業)資格が大半だった。先生がたも附属の卒業で長く学んでいたらあらまっ、知らないまに大院卒業したらしい。


附属幼稚園教育カリキュラムを紹介。


朝は園児さん元気に挨拶をしたらお外に出てひたすらお遊びになる。砂場、遊技具、幼稚園教諭と輪になってわいわい。太陽の下日光浴を兼ねて園児達は元気いっぱい走って笑って遊ぶ。教諭が若いとわいわいの時間がやたら長くなるのが特徴だった。夏にプールの水遊びが加わり幼稚園教諭はさらにテンテコマイとなる。若い可愛い教諭はビキニになられる時もあった。父兄には大変に人気があった水遊び。


附属幼稚園のおこちゃま達。規律はしっかり守り無茶な行動はしなかった。なんせいいとこのおぼっちゃまとお嬢さまばかりだ。


手に余るような園児は退学処分もあったからいつも粒は揃っていた。


朝のお遊戯で力いっぱい遊んでどろんこになったら、綺麗、綺麗して、給食の時間になる。


附属幼稚園の給食はフランス料理が主流。園児が箸やスプーンを使うことは稀れでナイフとフォークばかり。だからムニエルの魚を園児たちはナイフとフォークで上手に取り分けて食べる。


園児であれど海外旅行や海外滞在の予定のあるご子息を想定して幼稚園教育はなされていると言ったところである。


給食の前に新人幼稚園教諭は大きな声で元気よく、

「それでは皆さん。給食をいただきましょうね。手を合わせて。ハイいただきまぁ〜す」

新人先生元気も元気メリハリのある、いただきまぁ〜すをしてくれる。


それを近くにいた年長さんのチャコは。

「ちょっとォ〜うるさいわ。せっかくのムニエルが不味くなるじゃない。静かにできないの。あなた女でしょ。塩らしくしていないともらい手がいなくなるわよ。その騒がしさが将来を暗示されているプリプリ」

あらまっプリプリさんであった。


附属幼稚園年長さんチャコの大人びた一言は20歳の夢見る幼稚園教諭の胸にグサァときた。ペチャパイさんだからピチャと突き刺さる。あまり弾力性はなかった。

「えっ、うるさいだなんて」

新人さん今にも泣き出しそう。あら下を向いて一目散にトイレに駆けていく。

「うわぁーん。シクシク」

泣いてしまう。どうにも耐えきれなかったらしい。


同じお部屋で年中さんはサム・あみがいた。こちらは仲良くムニエルのフランス料理を食べる。美味しいなあとパクパクしていた。


曹洞宗お寺の息子年長はグルメだった。給食の時間にはパチッと目は開く。

「今日のムニエルは白魚が今ひとつ。味が乗らないね。今が旬だという魚を使わないといけない。安いからと大量に仕入れたんだろうけど。脂身の部分が雑な味になっている。さらにホワイトクリームとの合わせがいかんなあ」

ホークでムニエルを一口しながら、

「素人丸出しの組み合わせ。このインスタントな味はどのメーカーを使っているんだろうなあ。これじゃあパリの三つ星レストランに劣る。とてもじゃあないがフランス料理としては合格点あげれないや。まったく目の玉の飛び出るくらい高い給食代取っているんだから、ちゃんとしたものを出さないといけない。グルメな園児に嫌われちゃうぞ」

と文句言いながらも全部綺麗に食べあげた。誰も見ていなければ皿まで舐めたい勢いだった。


新人幼稚園教諭はお食事のおわりを告げる。


少し優しく言う。

「それではボソ。皆さんボソボソ。そろそろ、ボソ、いいですね。いただきましたボソボソ。ぐしゅんしゅん」


元気ないなあ。


午後からは年長さんお部屋でお勉強の時間となる。


ひらがな、片仮名、お絵描き、簡単な計算。年長組は間もなく初等部に進むことを想定して幼児教育の初等化を進める。


年長の正担任は今日から産休となりいない。となると新人先生が産休代理として副担任に抜擢をされた。

「皆さんいい子ちよんですね。今日は、お買いもの計算をしましょう。いいですか」


なんだって?お買いもの計算かい。年長さんのチャコは計算が得意であった。

「チャコはね計算大好きなの。テレビドラマ見てたら計算は得意になります。慰謝料計算があるから自然に覚えてしまったわ。なるべく、ぶん取るように、弁護士と相談すると金額は増えるのが慰謝料なのね」

新人教諭は年長チャコの顔を見ながらおそるおそる買い物計算のリンゴ、みかん、バナナのプラスチックを取り出した。学習に入る。

「はい先生に、リンゴ1個頂戴。みかん2個頂戴。バナナは」

果物のお買い物ゲーム。新人教諭は園児ひとりひとりに買い物ゲームをしていく。


そしてなるべく笑顔を絶やさないように気をつけていた。


年長さんチャコの番がやってきた。


天敵はチャコである。噛みついてきそう。


「チャコちゃん。良い子だからリンゴとバナナをお買い物しましょうね」


チャコなにか知らないがこれが気に入らないらしい。


「プイ!」


横を向いて知らんプリを決めた。新人を無視してやろうと決めこむ。チャコが拗ねた。こわぁ〜


新人教諭うっすら目に涙がにじむ。またトイレに駆け込みたくなった。


「なんでチャコがおリンゴとバナナを買うのよ。そのわけが、チャコ、すごーく知りたいわ。話してちょうだい。それにおリンゴね最近高いの。だからね不経済だから買わないの。お安いのは桃かブドウさん。ダメよ高い果物なんか園児に売りつけちゃ」

わけといっても高いからと言われても。新人先生ついにその場にへたりこみ園児の前にも関わらず泣き出してしまった。


あらあらチャコが泣かせてしまった。

「あらっ、自分勝手なことですわ」

チャコ横を向いたまま嘆きます。

「最近の若い娘ときたら」

新米先生声出して泣いた泣いた。


あみとサムの年中さん組は体育館で三角ベースの試合をお遊戯する。


ビニールの玩具バットとボールでバッコン、バッコン球を打つゲーム御遊戯。


バットを使うとなるとサム登場だ。父親は元野球選手。野球の血筋はすざましかった。運動神経抜群の園児サムはビニールのバットを上段に構える。


ゆっくり投げられたボールを的確に真芯に当てる。


カキーン


当たった球は真っ直ぐにライナーでポンポン打ち返えされた。


その園児の打撃フォームは無駄なく流れる美しさがあった。年中組の幼稚園教諭は驚く。

「いろんな園児を見ているがこのサムだけはすごい」

の一言である。将来を暗示させる。


打者は替わり曹洞宗お寺の孫。年長さんだが年中の遊びにいつもなぜか入ってくる。


お昼からはその目が開いているのか閉じているのかわからないがバッドを構えた。お寺の魂でブンとバットを回したらそのままコテンと倒れた。クゥカァーと寝てしまった。


年中の先生は、まっ、いいか、いつものことだからとそのまま足を引っ張りベッドに寝かせた。


年中組のオシャマ娘あみ登場。あみは軽くバットを持ちブンブン。左バッターボックスに入る。


お!ピンクのサウスポー登場。


三編みの髪をゆらゆら垂らし、あみは、バットをブル〜ンブル〜ンと調子よく振る。球はゆっくり投げらる。


カキィーン


快音を残して打球は飛ぶ飛ぶ。なかなかやるね、あみちゃん。

「エヘヘ。あみは病院でナースさん相手にスリッパ野球やってます。廊下でパッコンパッコンしているモン。毎日かなデヘェー。もうちょっと来い。もっと打つわよ」

道理でうまいはずだ。ついでだがスリッパ卓球もかなりうまかった。こちらはひょっとして本格的にやってみたら面白いかな。


年長組のチャコにわんさか嫌がらせをさせられた新人幼稚園教諭。ワアーンと園児の前で泣いてひとり格納庫に隠れてしまう。

「もう嫌だあ。なんであんな変なヒネクレ園児がいるの。附属幼稚園は格式が高いんだよ。変なんはいないはずだあ。耐えられない。幼稚教育基本書には書いてないじゃあない園児はいらないわ。嫌い」

新人幼稚園教諭は泣き虫顔からわら人形と五寸釘を用意したくなった。

「私はもっと可愛らしい園児と仲良く輪になってお遊びしたいの。そのために幼稚園の先生になったのにグスン」

手にしたハンケチが涙でくしゃくしゃになってくる。


教諭は泣きながら昔を思う。

「思えば小学の作文に将来の夢、保母さんになりたいと書いた。それはそれでよかったんだけど」


高校から進学する時は保育短大を迷わず選び夢に一歩近くなったと喜んでいた。

「でも夢はそこまでだった気がする」

保育短大在学で幼稚園教諭2級と保育士と資格を取りいざ園に就職しましょうと採用先園を探す。


が採用先はなかなか見つけられない。

「なんなのあの悪夢。公立幼稚園や保育園は教諭採用がひとりか若干名だけ。それでも応募だけはしようかと市役所に出向いたら」

ひとりとか若干名の応募に100名を越える教諭免許資格者が集まった。

「あれにはビックリこいたぁー。要は一番にならないと採用されないという話」

その自治体の採用試験を受け見事に失敗する。

「試験に落ちたことなかった私。失意のどん底にストーンと落ちたとはよく言ってみたことよ」

念願の採用を落ち夢だった幼稚園勤務は諦めてしまう。近くのスーパーでパートさんで働こうかとした。


その時に附属幼稚園教諭のコネが見つかる。

「最初にね私立はどうかなつまんないかなと嫌だったけど担当の方の話を聞いてやってみようか」

となった。


附属幼稚園教諭採用は親のコネなので簡単な面接と筆記だけだった。

「それだけで採用された附属幼稚園は悪夢なのかしら」

一息入れて涙を拭き新人幼稚園教諭は年長組に戻る。


3時には園児をまた送迎バスで送っていかなければならなかった。

「先生が泣いていちゃあいけないね」


戻りましたら年長組の教室の入り口にチャコがプイッと膨れっ面して立っていた。片手を柱に突きいかにも不満たらたらな様子だった。スケ番の園児版。

「先生〜どこに行っていたのさ。いい加減にしてよ。私探したのよ。ダメじゃん隠れていちゃあ。園児送迎バス早く準備してよ。私早く帰りたいの」

チャコは四時からのテレビ"水戸黄門"再放送が見たいからプィと膨れていた。


教諭はハイハイと小走りにバスに行く。3時には園児送迎バスは園を出て市街地に走っていく。朝来た道を反対に走り園児を順番にひとりひとり降ろしていく。

「あみちゃん、さようなら。サムくん、さよなら」

市街地は父兄がちゃんと帰りを出迎えてくれるから助かる。


さて天敵さんチャコは。


チャコは共稼ぎ家庭である。チャコには気の毒母親はいつも出迎えはしなかった。

「チャコちゃん、今日は良い子だったわね」

なぜか新人先生は皮肉を言う。チャコはバスが自宅近くになるとちゃんと座席を立つ。下車の準備をする。仲良し運転士さんにバイバイをする。

「今から私忙しいのよ」

家が近くなりバスは到着をする。


とチャコは新人先生には目もくれずチョコンと降りた。


走る走る。


「チャコちゃんさようなら」

新米教諭は憎しみを噛み殺す。笑顔はなかったがさようならだけは言う。


チャコはバスを降りてタッタタと走っていく。後ろはまず見ない。


チャコはチャコとして母親が出迎えてくれないことがたまらなく嫌だったのだ。


「私だけ誰も出迎えてくれないの。園児バスで出迎えがいないのはチャコだけ」

同じ園児にチャコの母親は出迎えないことを見られ、わかってしまうことが嫌でたまらなかった。


チャコはバスから降りたら後ろは見ないで止まらず走って走っていく。

「嫌だ。みんな見ないでちょいだい。ママがいないのじゃなくてママは忙しいの」

チャコは走り自宅の玄関の鍵を開ける。鍵は紐で体にぶら下げられていた。


部屋に入ってただいまと言っても誰もいない。あれだけワイワイとしていた幼稚園からシーンとなった部屋。


チャコが最も嫌いな時間だった。母親が帰ってくるまでがとてもとても寂しくてたまらないチャコ。


こたつの上にはおやつがありますと紙が母の字で書いてある。冷蔵庫の中を見る。母親が入れてくれたおやつのショートケーキがちょこんとあった。


「チャコはねショートケーキ好き、大好きよ。でもね、でもね、ちゃんと毎日ね、バスを出迎えてくれるお母さんが一番好きなのよ。笑顔でチャコを出迎えてくれたら後は何もいらない。だって大好きなお母さんなんだもん。みんなに自慢したいの。だからママは好きなのよ」

こたつにケーキを運びチャコは一口食べた。ショートケーキのクリームは甘くはなかった。もう一口食べてみる。やっぱり甘くはなかった。


チャコ、スプーンをカタッと置くと無情にも涙がポロポロ溢れてしまう。

「チャコは淋しくないの。チャコはね幸せな女の子だから淋しくはないの。幸せなのね」

こたつに顔を伏せたら涙がポロポロ溢れ落ちた。

「ケーキの味よくわかんないわ」


チャコ待望の水戸黄門の再放送は見るには見たが内容まで頭が働かなかった。


この印篭が〜


「目に入らないなあ」


園児送迎バスの新人先生の長いようで短い一日が終了をした。市街地を一巡した後である。


「あーあ、疲れたあ」


新人先生はバスから降りると大きく口を開け精一杯背伸びをした。


アーアー


「と、背伸びしたら発見したわ」

園児がひとりまだ寝てることを見てしまう。

「あちゃあ、住職のお孫さん荷下ろし忘れたあ」

未来の住職さまはスヤスヤ健康的な笑顔だった。

「よく寝顔を見たらお釈迦さまか道元禅師(曹洞宗)さまがお眠りになられているようですわ」

見方によってはこの子もかわいいなあと思って荷下ろしをした。

「はい、これで集配業務おしまい。長い一日でございました」

改めて背伸びをした。


附属幼稚園は園児を子役として芸能プロダクションと契約をしていた。


子役は大都会(東京・大阪)に大小の子役専門プロダクションが集中してある。それだけの需要が都市には高くあるようだった。また子役の人材が不足しているからいつもオーディションを開催して子役人材の確保に躍起であった。


テレビ・映画・舞台・CMで子役の活躍する場面は多い。子役の需要は5歳〜12歳。幼稚園の年中組〜小6あたりまで。


※中学生になると子役さんとは労働法で呼ばない。


年少の子役から始めて成長し俳優、女優にまで辿りつく道はかなり険しい。あまたいる歴代の名子役たちも成長するに従い、だんだん、お茶の間から消えてしまう。


子役が大成しない理由は様々考えられるが、


゛学年が進むと学校が忙しくなる。

・顔や体型が変わり可愛くなくなっていく。


らしい。


子役さんの親の職業はなんと言っても社長の息子令嬢さんが多い。


だから小学生子役が私立中学受験とともにオサラバしてしまうパターンがある。


やがて元子役は学校を降りて会社の専務か副社長に収まっている。


日本ではないがポーランドの大統領/首相は子役出身。ふたごで国家の最高峰にまで登りつめてしまった。大統領就任とともに子役時代の映画が人気になったとか。


附属幼稚園と大手の子役芸能プロダクションはタイアップをしていた。


粒揃いの園児が常時附属では確保ができる。


芸能プロダクションは人材確保に保険をかけたような形になるからメリットがあった。


附属幼稚園・小学部としては学園の宣伝になるから歓迎された。


テレビや映画で子役の必要な場面となると、一例として主人公の一代記がある。


幼少期-少年-青年-老年と主人公の一生をドラマで追い掛けるドラマ。


少年期なら小学高年の子役もしっかりしてセリフを覚え演技もしっかりする。幼少の子役となると難しい。子役は幼稚園児だからかなり手を焼くしセリフも長くあると思うように話さない。


だから附属幼稚園の園児を確保をして子役の演技を教えこんでいけば使って使えないこともないとなった。


附属幼稚園と提携を結ぶのは東京本社の大手の芸能プロダクションだった。


芸能プロは春先に大幅な人事移動をおこない雅人が子役担当支配人になる。雅人は2児の父親である。


雅人自身は、若い時吉本のお笑い芸人であった歴をもつ言わば芸人崩れのおじさんだった。


雅人は学校のクラスの人気者であり、また町でも面白いはずの男としてお笑いの道に入る。


が雅人のプライドは芸人になったらガタガタに崩れてしまう。

「僕の場合はふたり漫才も、ひとり漫談も、なにをやってもダメだった」

漫談は最悪で観客から、

「つめんねーことクデクデこくなゃあ」

引っ込めと言われて傷ついた。

「僕より面白いやつがあまりにも多いんだ。結局芽がでないままお笑いは首となってしまう。首になったら吉本のツテで今の芸能プロダクションに拾われた。演歌歌手の付き人から第二の人生をスタートさせることにした」

なかなかの苦労人雅人である。


演歌歌手の付き人から再スタート。


マネージャー、芸能部門部長と順調に昇進。


長年に渡り縁のある演歌部門を担当していたが最近の演歌不況のアオリから会社としては演歌部門を切り捨てる判断をする。

「売れない演歌歌手をいくら努力してマネージメントしてもダメだ」


演歌好きなマネージャー雅人は、泣く泣く演歌部門切り捨ての同意書に判を押す。


そこから心機一転、まったく関係のない子役担当となる。

「売れない演歌歌手と、これから人気の出るであろうおこちゃまと。まったく異次元の話なんだ。かなりの不安はあるが、利幅も見込める部門だから、頑張って行きたい」

2児の父親はキッパリと言い切る。


不案内な子役担当となり支配人(部長待遇)雅人は毎日が忙しくなる。


テレビ局から広告代理店から子役の手配を要請されるファックスがいつも流れてくるためだ。演歌歌手はこちらからテレビに出してくださいとお願いにいくが、子役は向こうからお願いにきた。

「こりゃ凄い。頭を下げない営業だぜ」

売れない演歌歌手はいくらでもいたが、

「売れない子役なんていないや」


支配人雅人のファックスには出演依頼のお願いがいっぱいだった。


テレビ番組のドラマ名、主役配役名、ある程度決まっている台本があれば子細にストーリーまで書いて送ってくる。


子役担当雅人は丁寧に内容を読み、テレビ局の一番欲しい子役の具体像を頭に叩き込んでいく。


この段階であの子役が最適だろうと、適任があれば、後は出演交渉を進めるだけで話は早い。

「こりゃ楽ちんだ」

が、要請が多岐にわたり、なんとも子役の具体像が、浮かばない場合、オーディションをかけて、様々な角度より子役採用を検討していく。この具体像が浮かばない場合がやっかいとなる。


適当な人選で子役を送ると大抵テレビ制作者から苦情か舞い込んで来る可能性がかなり高いからだ。


「う〜ん、このテレビ番組の娘か」

ファックスから流された企画書は欲しい子役の理想が、神経質なコメントで綿々と要求されていた。

「ダメだな手持ちの駒にこのタイプはいないや。こんな子役は、既成のプロダクションには、まずいないだろう」

雅人の知る範囲に適任な子役はいなかった。


雅人は早速会議を開き、企画書を頼りに、子役オーディションの開催を説明していく。一般公募に頼ることにした。


「企画書から判断すると、既成の子役では役が賄えないんだ。言葉悪く言えば、ズブの素人が、本能の赴くまま言いたいことを言うような子役が欲しい」

まったく厄介だ。ある程度の演技指導を受けた子役では嘘っぽいとして、ダメだとされてしまうとは。

「まあね、だから俺としてはやりがいもあるんだけどね。さて」

雅人は、企画書を片手に会議を進める。子役を探すためのオーディションの開催の指示を的確にしていく。スポンサーのお願い、マスコミへの対応、もっとも優秀な子役が集まりやすい時期の選定。


「以上、よろしく」


雅人の会議終了の挨拶とともに、一斉に、ファックスは流され、パソコンの画面には企画書の進行状態が秒単位で画面にあらわれる。


早い!


「売れない演歌歌手は、プロダクションが手塩にかけて育てる。こんな商品を作ってきましたが歌番組に出演させてください。頼みに頼み、それでも断りを喰う。しかし、子役は型にはまったものは要求されない。手垢のまったくついていない加工されないモノを要求されている」


子役のオーディションは様々なメディアを通じお茶の間に流れ、雅人の担当する企画書の通りに、わんさかと日本中から、おこちゃまが集まった。


オーディションをやるというだけでスポンサーの宣伝効果も期待されていた。

「手垢のついていない子役が欲しい。既成の子役では、まずクライアントは、満足をしてくれない」

オーディションは、第一次、第ニ次と進むにつれて既成のプロダクション所属の子供を的確にハネしまう。所属の子役はなにか芝居がかってくるらしくダメになる。最終審査には雅人の要求したズブの素人達が元気に数人残った。


最終に残った子役の父兄は大喜びをする。まるでスター街道を掴んだごとく喜びを現す。この子役に抜擢されれば我が娘は我が息子は大スターへの道が自然と切り拓かれていると信じていた。

「まあね嘘だとは言わないが」

喜びの父兄を見たら雅人はなにも言えはしなかった。


★母親りこの場合

りこ自身女学生時代、アイドルになりたくて、幼いころからマイクを持って懸命に流行歌手を真似た女の子だった。お年頃の女子高生では様々なオーディションに写真とプロフィールを送って明日のアイドルを夢に見ていた。

「アイドルになれば、大好きなあの歌手に会えるし、顔と名前も覚えてもらえるでしょう。あわよくば、えへへ結婚もできると夢見たの」

しかしオーディションからの返事は芳しくはなかった。まったく音信不通のまま20歳を簡単に越えてしまった。

「返事がまったくないのは悲しかったなあ。幼き乙女心がピチッと傷ついてしまったわ。だから娘には私の分までスターになってもらいたいの」

母親りこは娘に自分の未果たせぬ夢を是非とも開花させてもらいたいと期待していた。娘が子役に抜擢される自信もままあった。家庭では娘と一緒になってカラオケで歌い歌唱力を鍛えていた。


★母親かなの場合

かなはごく普通の専業主婦だった。

「私がアイドルになりたいだなんてとんでもないわ。憧れたこともないの。私そんなに綺麗でないから。ただ娘がちょっと人見知りするから人前に出したら活発な女の子になるかなと思って子役応募したの。劇団に入れてもいいかなとも思うけど。でも、こうしてラッキーにも最終審査に残ったからには子役を射止めたいわ。我が娘は才能があるんかな。ちょっと自慢さんね」

最終審査に我が子が残り母親かなは娘さんを着せかえ人形にしていく。繰り返し繰り返し衣裳を自家製で作って着せ替える。元来裁縫が好きで得意な母親かなは裁縫を自慢しながら娘の舞台衣裳を作った。

「中身で勝負と言いたいけど衣裳でもひとつ勝負させてあげたいな。うちの娘は衣裳代がいりませんから子役に使ってちょうだいね」

母親かなは和裁洋裁の腕が娘のためにグンとあがったようだ。


★母親まぁゆ

「えっ、お母さんは子役をどう思いますかって。あのぉ、すいませんね。出来ましたら娘と母親は本物がいいんじゃあないかと思います。子役も母親もテレビに出れませんかしら。母娘と募集していませんかしら。テレビ番組だと母親役は(チラッ、子役応援のパンフを見て)松嶋ななこになっています。あらっ、松嶋でしたら私が母親をやっても変わらないなあニコニコ。イヤーん」

まぁゆは母娘そっくりな親子だった。単に母親が若造りなだけで。


★母親は伊藤みどり

「あら私結婚しましてよ。娘はね伊藤きみどり、なんてね。う〜ん、娘にも今フィギアをやらせているんだけど才能が今ひとつあるかどうかパッとしない。だからね子役から女優の道が楽かなと思ってね。母親は有名な美人スケーターだしね。よーし、きみどり!三回転、跳べ〜。あら、ドテンとコケちゃったわね」

娘のきみどりちゃん、コケちゃったのがはずかしいらしく、今度は背中を反らせてイナバウワーし始めた。

「こぉらー。きみどり。変な格好したらあかん

ガネー。はしたないがね」

イナバウワーは、伊藤みどりのおばさん、いたってお嫌いなようであります。


★母親は安達裕実

「こんにちは安達です。なにとぞなにとぞ娘をよろしくお願いします。なにも行き届かないふつつかな娘ですがよろしく。ハイハイ、子役に合格しましたら、母親は、ソッと袖の隅に隠れまして、我が娘の演技を見守るつもりです。はぁ、なにとぞ、よろしくお願いします」

子役が自分の娘を子役にと頼みにやってきたなあ。


オーディション結果は支配人雅人を中心にその道の専門家を交え慎重に討論をされていく。雅人は会議の終了を告げ、合格をひとり選出する。

「長らくお待たせしました。いやあ、選考に手間取りまして申し訳ありません。では、発表します」


緊張する母親たち。子供たちはなにがあるんだろうかと内容はあまり理解していないようであった。

「発表します。母親まぁゆさんね合格です。後の方ご苦労さまでした」


ちいくしょうと母親りこ悔しがる。


「あーん悔しい。せっかく岐阜の田舎からやってきたのに悔しいわあ。まるで母娘と二代続けてアイドル落選じゃないの」


母親かなは裁縫が売りだった。

「仕方ないなあ落選しちゃったかあ。また、頑張りますってね。皆さんに挨拶していきましょ」

母親かなに手を引かれていたのは娘さんだろうか真っ赤な衣裳の猿回しの猿であった。


母親伊藤みどりは不機嫌な顔をしていた。普段も同じ顔だけど。

「うちの娘は落ちたの?ターケーだわあな」


母親安達裕実の場合はどうか。

「落ちたの?いやだなあ、同情するなら、金をくれ、じゃあないな。合格をくれだわ」


支配人雅人はさっそくオーディションの結果をファックスでテレビ局に流す。後は折り返し受諾の返事を貰いこの子役委託業務は終わりとなる。

「おっ返事きたきた。よろしくお願いしますと快諾だな。やれやれ一仕事済んだ」

支配人の雅人ゆったりと椅子にもたれ安堵する。


一息ついていたらさらにファックスがガアガアー動き始めた。

「さてまた新しい子役くださいかな。どれどれ」


子役プロダクションの支配人は忙しい毎日だった


附属幼稚園の年中組あみ。


市街地にある産婦人科医院の娘である。かわいいあみのおウチは敷地内に洒落たレンガ造りの病院病棟が並び建つ。


庭が大変広く青い芝生と日本庭園が見事なコントラストを描いていた。入院中の妊婦さんが運動しながら散歩をし綺麗なお庭だことと感心する。医院の玄関横には白鳥の噴水があり夏にはあみが真っ赤なビキニを着てキャアキャア水浴びを楽しむ。噴水白鳥はあみの大のお気に入りだった。

「へへぃ白鳥からお水ピューがあみには楽しかったの。患者さんも白鳥と赤いあみは見事にマッチしているわっと褒め褒めしてくれたのね」


父は若き30歳台のドクターで副院長。祖父が院長先生になる。曾祖父は今は引退して元院長の肩書きになっている。引退してからは名誉職として日本産婦人科の会合に出席を求められ滅多に医院にはいなかった。


昨年あたりからは世界産婦人科学会にも顔を出す。ますます医院にはいなくなる。


先祖代々の医系家族。

家の蔵をゴソゴソ探したら江戸時代の半ばぐらいの巻物が出てきたことがある。内容は薬善病理、食べ合わせ、お腹の不調を治す薬草がツラツラと書かれていた。市の資料館には殿様の主治医を歴代勤めてきた家系であると記述が残る文献も飾られている。あみが世代を継ぐと20代目ぐらいになるらしかった。


学習院幼稚園にご入学された皇族敬宮愛子さまか悠仁親王が第127代と考えたら可愛らしいもんだ。


「あみは大変な家系のおウチに、お生まれあそばしたんだなあ。あみちゃんファイト。頑張るもん」

附属幼稚園年中さんのオチャメな娘あみは子役について、ちょっと考えてから答えた。

「子役さんは、まっかせておいて頂戴ね。演技は自信ありでございましてよ。でも今度ねママに新しい赤ちゃんができたからあみは嬉しいの。子役の中で姉さん役に挑戦したいなあ」


新しく生まれる赤ちゃんはきっとかわいい弟かな。

「うん、弟くんだったら頑張ってお医者様になってもらいましょ。ファイト、ぐぁんばれー、まだ見ない、おとぉ〜とくん」

近くあみはお姉さんになるんだと思うとワクワクしていた。


いつも病院のナース達に遊んでもらうままごと遊びに弟の代わりの人形さんが加わった。あみはいつも人形をしっかり抱きしめてヨチヨチとホッぺをなでなでしていた。

「早く生まれないかな、ちゃわいい弟くん」

あみ人形相手にオシメの交換を練習した。

「ぇへ。オシメぐらいなんのことないモン。オチンチンフキフキ。キャアー恥ずかしい」

あみさん姉さんになりました。




「よっこらしょと」

芸能プロの子役担当支配人雅人。(株)芸能プロダクション所属。


附属幼稚園年中組のあみのプロフィールをヨッコラショと取り出す。

「わぁーなんて可愛らしい女の子なんだ。なんでもかんでもオールマイティに役にはまってしまうぜ。名子役になるなあ。なになに親御さんは医者か。道理で上品さがあるわけだ。おしゃまな素顔と言えるな。子役の役柄はお金持ちの可愛らしいお嬢さんタイプがはまり役になるな」

雅人はお嬢ちゃまとプロフィールに書き込みをする。

「あれ?プロフィールになにか但し書きがあるぞ。なんだ?」

小さな細い字はこう書いてある。本人の希望によりK-1のリングにあがったインリンオブジョイトイみたいなM字開脚がやってみたい。是非にやりたいもん。


◎子役曹洞宗住職の孫息子


曹洞宗の代々続く由緒あるお寺の跡継ぎ息子さん。一人っ子。


市街地のお寺は大変古くなって来たため現住職が様々に壇家さんに頭をさげて寄付を募り新築をした。曹洞門下の新しいお寺さんは祖父が住職、父親が副住職。


曾祖父も最近まで元気でいらっしゃったが昨年末おなくなりになられた、合掌。


曹洞宗大学は駒沢大学、愛知学院大学、東北福祉大学系列。


副住職の父親はサッカーが得意で特待扱いで愛知高校、愛知学院と進む。同級には秋田豊(鹿島-名古屋)がいた。父親の自慢は、愛知高校時代に秋田豊と一緒にプレーをしたこと。息子が生まれハイハイする頃にJリーガー秋田豊に、

「ハァイ高い高い」

をしてもらった。その時の写真は寺の本堂にでっかいパネルとして飾られている。パネルの前にはお賽銭函が置かれかわいいと思われた壇家さんがお布施をするらしい。


チャリーン


父親は学生サッカー現役時代、走る坊主と言われ、相手チームから恐れられた。なにしろ後ろにはお釈迦仏さんがついていた。愛知学院大学でもサッカー部所属となった。


曹洞門下で20歳を越え僧侶の得度式を済ませる。よって正式に副住職に就任した。


「名刹の副住職がいつまでもターケみたいに球蹴りしている。バチ当たりがあ」

壇家さんから匿名の抗議があり父親はサッカーを諦めなければならなかった。

「あのままなあ、秋田と一緒にサッカーやっていたら初代Jリーガーになれたのになあ」

走る僧侶はユニホームの背中にお釈迦さんのマークをペタッとつけて頑張っていた。同級の秋田はどうだったんだろうか、お釈迦さんのワッペンはどこにつけていたのかな。


芸能プロダクション子役担当支配人雅人。


附属幼稚園子役名簿を見て特異な存在の寺息子を見つける。

「なんだぁーこいつ。わぁー寝惚けた顔してんなあ。寝ているんか、目が開いてないじゃんか。うんっ、ああ、お寺の子供なのか。頭の後ろから木魚たたけばシャキッとするんじゃあないか」

雅人支配人はサッカーフリーク。お寺さんと言えば、すぐ同世代の走る坊主を思い出す。雅人も学院だった。

「ははぁん、あの坊主の息子になるんか。学院でグランパスの秋田と確か一緒ぐらいだったはずだ。なんか、ある日突然、試合に出なくなっちゃったな。その後、栄の街をスーパーカブで走るボウズの袈裟姿を見た気がするなあ」


お寺の息子はどんな子役がふさわしいのか。


雅人支配人、じっくり考えを巡らしプロフィール備考欄に書き込みをする。


ボォーとしたイメージ。あまりセリフは期待出来ない。その他大勢で壁になる、電信柱になる、部屋のカーテンあたりかな。役柄、妖怪、時代劇、僧侶、お地蔵さん。動き回る役はまったくダメだね。

「特殊な部類に入りそうだ。海のジュゴンか、ゾウアザラシ。まずないと思うがお地蔵さんや鎧兜の中身とかね。大魔神中身なんかいいなあ。子魔神だとかさ」

雅人支配人、親父が球蹴りうまかったから、息子にもやらせたらどうなるかなとふと思う。


◎子役サム

なにをやらせても運動神経抜群の年中組サムは司法書士の息子さん。父親は元プロ野球選手である。

支配人雅人はこの父親の経緯に興味を持ちネットで検索をしてみる。サムの父親名と年齢を入れた。すぐに近鉄球団がヒットする。

「ドラフトは1位指名か。西武の松坂世代なんだなあ」

子役のサム運動神経は父親譲りで抜群である。

「まあなプロ野球選手だったからな。息子は野球が得意なのかな」


子役としてバットを担いでホームランを打つ野球選手。いくらでもある映画のシーンみたいだなと雅人はちょっと使い途が難しいかなと思う。


◎子役チャコ


おしゃまな性格とセリフ覚えの正確さは名子役チャコの特技だった。


すでに名子役としてのある程度のレベルに達していた。年齢も年長でありテレビ番組ではベテラン扱いだった。


「あ〜ら、やけに私を褒めてくれるじゃないの。嬉しいわね。ちょっとこっちにいらっしゃいなぁ、チュ」

チャコちゃん、なかなかおしゃまですねぇ。

「ウッフンアッハーン。そうかしら。自分ではなんとも思わなくてよ」

チャコにっこりしたら、さあっと映画スター気取り右手で前髪をかきあげた。


おしゃまな年長さんチャコは売れっ子な子役さんです。

「チャコさんは忙しくてねエヘヘッ。ハマり役に当たりましたから」


テレビ番組のチャコ。有名タレント俳優女優が両親のわがままひとり娘役がハマリ役だった。

「そうなのその通りね。父親役は幼稚園児の子もちが前提だから30〜35歳ぐらいの役者さんが多いのね。脂の乗っているトレンディー俳優が多い」

なにかとおしゃまな子役チャコはトレンディー俳優に好きな人がいるらしい。演技の中にそのそぶりは現れていた。

「嫌だあ、変な事言わないで頂戴。あの方にわかったりしたらこのチャコの恋は潰れてしまうからえへへ、秘密ですわ。誰にも言わないもん。墓場まで持っていくぞー」


ちょっとイニシャルトークしたいな。


「母親役は25〜35歳あたり。気のせいかしら離婚した女優さんがよく母親役になる。うんそんな気がするだけ。えっ、私と共演したら別れるジンクスがあるって?うーんどうかな」


年長組のチャコはなんせおませさんであった。大人のテレビドラマや映画に出演するよりも見るのが大好きだった。


子供番組やマンガはまったく見ない。


9時や10時からの連続ドラマ・映画はDVDに録画して欠かさず全部見ている。特に悲恋モノが好きで男女が燃えに燃え上がり最後に振られてしまう別れてしまう悲恋パターンは煎餅をポリポリ食べながらワクワクして見た。またはココアを飲みながらシュークリーム食べながら見るのが最高に好きであった。

「あらっわかっているわね。別れのシーンなんてゾクゾクしてしまうわ。シュークリーム食べて見るのはいいわあ。いただきたいわね。最近はイチゴパフェがお好みさんでしてね」


チャコが子役として出演したテレビドラマはなぜか見ない。

「だって私の子役の出るテレビドラマは全部幸せな家庭ばかりなんだもん。幸せな両親がいて可愛らしい娘がひとりいて。ハイハイ、幸せばかりよっとおしまい。なんかつまんないのよね」


子役担当支配人雅人。

チャコのプロフィールを開いて備考欄にすらすらなにやら書き込みを始める。

「この子は記憶抜群なのか。演技力も抜群にうまいらしいな。口のやかましさプロ顔負けなりと。マイク要らない。来年からは子供ではなく老け役で行ける」


なんでもできるんだなあ年長さん。


「あーら、嬉しいような、悲しいような。その子役の老け役ってなんですの」

チャコ頭にスポッと時代劇のかつらを被らされていた。大奥の女中頭役を子役でやるようだ。


「フガァー」


チャコはガクンと倒れてしまう。


季節は秋となる。附属幼稚園の学芸会の季節がやってきた。


学芸会と運動会はこの附属幼稚園の催し物のハイライトになる。


テレビ番組に多数の子役を輩出している附属幼稚園はイベントのあるたびに地元のテレビ局が特番を組み取りあげていた。


かなりの附属ファンも集め街角には学芸会のポスターまで貼り出されていた。


学芸会の内容はどこの幼稚園でもやるプログラムが並ぶ。


歌、ダンス、ちょっとした玉入れゲームや椅子取り遊びなどであった。


そして大きく違うのはフィナーレの劇である。


最後を飾るのは附属の園児全員揃ってのドラマ仕立ての寸劇ドラマがあった。


歴代この劇で主役を演じた園児児童は後に俳優女優の道を歩くとまで言われている。言うならばサクセスストーリーの学芸会。


附属幼稚園年長のボスはチャコちゃんになる。


おませな年長さんは必ずフィナーレの劇の主役はチャコがやりたいと決めていた。

「あーらだって私しか主役はいません。なにかご不満でもありんすかいな。今年の主役さんはなにを演じましょうかね。まさか今から、うさぎと亀、浦島太郎じゃあねぇ。もっとシャキッとしたメリハリのある恋愛ドラマにしないといけないわ。せっかくテレビカメラも入ると言うのに。そうと決まれば脚本はテレビ局の先生に依頼しましょう。トレンディドラマで勢いのある若手の先生に脚本頼みましょう」

年長のボスさんはなかなか鼻息荒い。


フィナーレ劇は毎年地元テレビの中継ドラマだった。


チャコはスモッグの袖をキリッとまくりあげ、なにをテーマにするか真剣に考える。

「うーん何がいいかな」


学芸会のフィナーレ劇担当教諭は20歳の新人教諭さん。おっと誕生日来ているから21歳になりました。おめでとうさんです。

「そうね、ひとつ増えちゃった。さて学芸会はどうしましょうか。地元のテレビ局が来て映すんでしょう。緊張しますわ。さすが附属は違う」


新人さんは昨年までの寸劇の内容を手元の資料で確認した。チラッチラッとパンフレットを眺めた。

「おごぉ〜なんじゃあゴボゴボ。幼稚園でこんなことをやるんですか」

21歳新人教諭。学芸会のリストを見てのけぞってしまった。思わずイナバウワーだ。


・冬のソナタ

・バカ殿(お笑い)

・白い巨塔

・義経/頼朝

・キムタク主演トレンディドラマ

・イチロー物語

・踊る大捜査線

・NHK朝ドラマ

・泉ピン子殺人事件


※園児が子役で出たドラマをそのままリメイクして学芸会でやる。冬ソナは日本版があり子役はあみが出ていた。


新人はあな恐ろしや附属だと改めて身震いしてしまう。改めてイナバウワーをしてしまう。

「これって本格的なドラマでしょう。なぜ園児だけでやれちゃうのかしら」

附属幼稚園フィナーレ劇は台本シナリオ演技指導をそのテレビ局のスタッフがわざわさ出張していた。


さらに、スポンサーがつき学芸会当日は幕合いにコマーシャルも入っている。そのコマーシャルも子役の園児が出演していたものを流していたから抜け目がなかった。

・味噌のコマーシャルには寺の息子

゛スポーツドリンクにはサムが出演

・チャコは静岡の霊園墓地開発のコマーシャルで大仏さんをしていた。


「一体これはなんなの?テレビ局のドラマやコマーシャルそのままじゃない」

新人教諭はつらつら資料を眺めながらちょっと考えた。


少し黙ってから、

「マツケンサンバはまだやってないみたいね。よし今年はこれいこう」

いささか得意に笑う。


マツケンは豊橋出身。附属幼稚園の園長さんが豊橋出身でマツケンと中学の同級生だった。


学芸会のお別れの曲として園長さんが音頭を取って高らかにマツケンサンバを踊るのが恒例になっていた。


オ〜レー!


「ふぇー」

新米教諭3回目のイナバウワーしたぁー


年長ボスのチャコ。出し物をじっくり考えて、

「トリノオリンピックがあったわね。野球のWBCもワールドカップもあったわ。となると」

チャコはフィギア・野球・サッカーをくっつけて

ドラマにしたいと考える。

「トレンディドラマ仕立てのスポーツものに決定。荒川のイナバウワーやりたいな。えっ新米教諭が得意ですの。なんでかな」

まずは決まったイナバウワーだ。


チャコは園児スモッグからズルズルとおこちゃま用PHSを取りだしテレビ局のディレクターに、

「あっ、もちィもちぃーアタチィ、チャコです。あのねお話があんのよ」


イナバウワーをアイスショー寸劇でやりたいから園児のコスチューム手配、脚本家への台本依頼、さらに、附属父兄達から、子供らしくないと苦情があったら、園長がマツケンしながら責任を取るようにと、根回しを頼む。


一息に伝え電話してまずは切る。


「よしと、これでイナバウワーいけるわね」

イナバウワーを園児のチャコは試しにやってみる。


グイッと反ってみた。

「がぁ〜、体が、堅いわあ。さすがに年長さんになると体が大変だわ。夜はマッサージに行かないといけないなあ。いてて」

チャコ、頚堆5・6・7番目をボキボキいわせて痛がりイナバウワー海老そりさせた。

「ふぅーイナバウワーは新米教諭さんに任せましょう。次はWBC世界野球クラッシックね。これは野球らしいわね」

チャコは野球をまったく知らなかった。

「野球はね。苦手さんだわ。テレビでイチローがなにやら吠えていたからあれをもらいましょ。じゃん拳してから吠えて(野球拳と勘違い)」


吠える?


「あとサッカーね。球を蹴ったくればいいわけね」

蹴りはチャコのお得意な分野。力一杯蹴りましょう。


チャコがテレビ局からもらった台本。


主役荒川静香(=チャコ)がトリノオリンピック出場代表を目指して猛練習する金メダルへのサクセスストーリー。


出演

フィギア男性コーチ

(荒川が密かに慕う憧れの人)

ロシア・スルツカヤ

(荒川のライバル)

イチロー(野球)

(荒川に恋をする)

川口能活(サッカー)

(荒川に恋をする) 


チャコ主役の恋愛物語がやりたいと言って準主役・端役を園児たちに振り分ける。

「これでよし。内容は簡単。荒川を巡る三角関係よ。イチロー吠えて、川口球を蹴って。荒川は恋のためにイナバウワーして新米教諭が振られてしまう」


チャコは台本を園児たちに配って回る。

「皆さん頑張って演技してね」

台本を配り終えたチャコは黄色いメガホンを手に取る。


ディレクターチェアーはチャコ専用に用意をされていた。

「よっこらしょっと。さあ練習いくわよ」



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