第9話「片倉克也」
*賞金は、夢の値段ではない。*
>*諦めた夢の、清算金である。*
>――作者不明、競技場の落書き
第9話「片倉克也」
砂浜の喧騒が遠ざかり、湿った土と腐葉土の濃い匂いが混じり合う、鬱蒼とした密林がハルトを飲み込んだ。巨大なシダ植物が道を塞ぎ、巨木が空を覆っている。電磁障壁の白銀光が、木々の隙間から差し込んでいた。
ハルトはヴィンテージ機を走らせながら、周囲を警戒した。ドローンの羽音は止んだが、森の奥からは時折、金属が擦れる音が響いてくる。
「……静かすぎる」
懐のメダルに意識を向けた。砂浜で見せた熱量は、もうない。冷たいままだ。
金属音が、近づいてくる。
ハルトは身構えた。右方の茂みが弾け、巨大な鉄の塊が飛び出してきた。
「っ、うわあッ!?」
反射的にヴィンテージ機の歯車を噛み合わせ、横へと飛び退く。直後、さっきまでハルトがいた場所を、巨大な鉄の杭が貫いた。地面が抉れ、土煙が舞う。
「……逃がさねえぞ。金が必要なんだ。お前のマブイ、俺に寄越しな」
土煙の中から現れたのは、全身を厚い鉄板で覆った重装甲機だった。最新鋭のスマートさとは無縁の、ただ壊すためだけに造られた無骨な重機。操縦席に、年齢よりも老けて見える鋭い眼光の男が座っている。片倉克也。
「待て、俺は戦うつもりじゃ——」
「こっちはあるんだよ」
《アイアン・ベア》が地響きを立てて突進してくる。ハルトはヴィンテージ機を操作し、攻撃を捌く。重装甲機の放つ衝撃は凄まじく、真鍮の腕が悲鳴を上げた。
(将軍も、完璧な計算も、ない。あるのは五〇〇五とこいつだけだ——ならば、機体と話すしかない)
ハルトは目を凝らした。重装甲機が腕を振り上げる一瞬の隙。歯車の「遊び」を探した——あの一次試験と同じように。
「そこだッ!」
ヴィンテージ機の歯車が高速回転し、意志が運動エネルギーへと変わる。最短距離で懐に潜り込み、相手の関節部に衝撃を叩き込んだ。
片倉の操縦が乱れた。その瞬間、操縦席から古びた革の財布が落ちた。地面に叩きつけられ、中から一枚の写真が滑り出す。
ハルトの視界に、その写真が飛び込んできた。
片倉と、彼の隣で不自然なほど真っ直ぐ前を見つめる、幼い少女。その瞳には焦点がなく、世界を映していない——。
「……それは」
ハルトの動きが止まった。
片倉が慌てて写真を拾い上げ、胸元に押し込む。先ほどまでの凶暴さはなく、ただ大切なものを胸に隠す人間の顔がそこにあった。
「……あんた、そのために……」
「関係ねえだろ。……お前には、守らなきゃいけないもんがないのかよ」
片倉の言葉が、ハルトの胸に突き刺さった。
自分には、じいちゃんがいる。あのみすぼらしい模型店と、豆腐の味噌汁の匂い。目の前のこの男にも、きっと「そこ」に繋がる何かがある。
ハルトは構えを解かなかった。しかしマブイの出力をわずかに落とした。
森の奥で、何かが光った気がした。確認する暇はなかった。
懐のメダルは、冷たい。だが、それだけだ。
「……片倉。俺はじいちゃんを助けに行く。あんたの事情は知らないけど——ここで潰し合うのは、違う気がする」
長い沈黙が流れた。
《アイアン・ベア》の出力は、まだ上がったままだ。
やがて片倉が口を開いた。
「……お前、名前は」




