第8話「予選開幕」
*からくりキングダム参加者への通達:*
>*本大会において、参加者の安全は保障されない。*
>*同意書への署名をもって、参加の意思表示とみなす。*
>――エジプト会長名義、参加同意書第一項
第8話「予選開幕」
輸送船のハッチが、音を立てて白い砂浜へと下りた。
吐き出された受験生たちの前に広がっていたのは、南国の楽園などではない。幾重にも重なる電磁障壁の白銀光が空を覆い、逃げ場のない檻と化した絶海の孤島——からくりキングダムだ。
「……ひどい熱気だな」
ハルトはトランクを抱え、一歩、砂を踏みしめた。
「なあ、君。昨日、船で少し話したよな。水城、だったか?」
隣を歩いていた少年が、顔の汗を拭いながら声をかけてきた。田中義男。マブイ値五八〇〇。北条重工製の標準機を大事そうに抱えた、どこにでもいるプロの卵だ。
「ああ。田中……だったっけ」
「覚えててくれたか。俺さ、田舎に親がいるんだ。プロになって、少しでも仕送りしてやりたくて。正直、この島の空気にはビビってるけど、やるしかないよな」
田中は不器用に笑った。
その時、島の中央の黄金の城から、一本の光の柱が天を突いた。
『——「秩序」の選別を開始する』
エジプトの声が、島の全域に響き渡った。
直後、砂浜の各所から無数の飛行ドローンが一斉に飛び出した。
「な、なんだ!? 試験はまだ先じゃないのか!?」
田中が叫ぶ。だが返答の代わりに飛来したのは、一本の青白いレーザーだった。
機体ではなく、田中の頭部を正確に射抜いた。
「……あ」
田中の動きが止まった。抱えていた機体が、力なく砂の上に落ちる。
ハルトは息を呑んだ。田中の瞳から、光が失われていく。ただのガラス玉のような目になった。
「田中! おい、田中!!」
肩を掴んで揺さぶる。返ってきたのは、知人の声ではなかった。
「……おはようございます。今日は、とても良い天気ですね」
穏やかな、あまりにも穏やかな微笑み。
「嘘だろ……」
ドローンの一群が、ハルトを捉えた。青白いレーザーの照準が、額に重なる。
周囲でも悲鳴が上がっていた。逃げ惑う受験生、次々と変えられていく若者たち。
足が、動かなかった。
その時、指先に何かが蘇った。油と鉄粉の染み込んだ、節くれだった手の感触。温かさ。ここで立ち止まれば、あの「普通」は永遠に戻らない。
「…………ああ、そうかよ」
ハルトは歯を食いしばった。
将軍を待つのをやめた。助けを乞うのをやめた。
「じいちゃんを取り戻すまで、俺は一歩も引かねえ!!」
自らの意志でトランクからヴィンテージ機を掴み出し、砂を蹴った。迫り来るドローンの死角へと飛び込む。数値は五〇〇五しかない。マブイの使い方だって未熟だ。それでも、足が動いた。
——ドクン。
懐のメダルが、凄まじい熱を放った。
『……良かろう、小僧』
重厚で傲慢な、しかしどこか満足げな声。
『自ら動かぬ者に、我の力は貸さぬ。……ゆけ。その「一」の意志、我が増幅してやろう』
ヴィンテージ機の真鍮の歯車が、黄金の火花を散らして回転を始めた。ハルトはドローンのレーザーを紙一重で回避し、砂を巻き上げて密林エリアへと疾走した。
背後では、人形たちの穏やかな挨拶が響いている。
ハルトは二度と振り返らなかった。




