第5話「善良な人形」
>*更生処置は、罰則ではない。*
>*魂の過負荷を解消し、より安定した社会生活を保障する、*
>*人道的な支援措置である。*
>――更生局・公式声明、第四項
第5話「善良な人形」
掌に乗った一枚のプラスチックカードは、驚くほど軽かった。
「プロライセンス・暫定等級」。ハルトの顔写真と、忌々しい「五〇〇五」という数値が刻まれている。数時間前、あり得ない「三〇」という出目を出した余韻は、事務的な手続きの間に、いつの間にか消えていた。
「……プロか」
呟いたが、胸に湧くのは歓喜ではなかった。あの時、右腕を駆け抜けた熱。「頼む」と言ったあの一瞬。自分が選んだはずなのに、自分ではない何かに動かされたような、拭い去れない違和感。それが、勝利の味を砂のように無機質なものに変えていた。
養成所の門を出たところで、リクがいた。
リクも合格していた。だがその顔は青ざめ、視線は一点を凝視したまま動かない。
「リク、どうした」
「……ハルト。あそこを見ろ」
リクが指差した先に、黒塗りの大型車両が数台、音もなく停まっていた。更生局の紋章がドアに刻まれている。
車両の周囲では、数人の若者が更生局員に囲まれていた。先ほどの二次試験で氏胤に付き従っていた側近たちだ。
更生局員の一人が、特殊なデバイスを若者の後頭部にかざした。
音もなく、何かが抜けていった。
若者の瞳から、色が消えた。激しい抵抗も、悲鳴もない。ただ全身の力が抜け、膝から崩れ落ちる。数秒後、更生局員に支えられて立ち上がったその男の顔には、傲慢さも、焦りも、「自分」という個の輪郭すらも、なかった。
「……おはようございます。今日は、良い天気ですね」
日は沈みかけているというのに、男は空虚な、しかし極めて穏やかな笑みを浮かべて挨拶をした。
ハルトの背筋に、冷気が走った。
あれは更生ではない。魂を抜かれた抜け殻だ。感情という「誤差」を排除された、善良な人形。
どちらが先に動いたか分からないまま、気づけば二人は養成所の門の外に立っていた。
「勝ち続けなければ、ああなる」
リクがハルトの肩を掴んだ。指先が、痛いほど食い込む。「一回でも計算外の負けを喫したら、もう二度と自分ではいられない。だから俺は——絶対に負けるわけにいかないんだ」
——計算外。氏胤と同じ言葉だ。
ハルトは何も言わなかった。リクの手の力だけが、掌に残った。
重い足取りで水前寺模型店に帰ると、味噌汁の匂いが漂ってきた。
巌が玉ねぎを切っている。トントントン、という規則正しい音が、先ほどの静寂をかき消すように響く。
「帰ったか」
「……ああ。合格したよ、じいちゃん」
「そうか」
巌は手を止めず、それだけ言った。
ハルトは食卓に座り、祖父の背中を見つめた。節くれだった、油と鉄粉の染み込んだ手。この手もいつか、あのデバイスにかざされれば——。
考えを、止めた。
巌が鍋の火を止め、ハルトに向き直った。その目がプロライセンスを一瞥し、次にハルトの右腕を見た。
「ハルト」
「……なに?」
「……いや、なんでもない。飯にしよう」
その沈黙の重みが、プロライセンス以上の重圧としてのしかかった。
平和な食卓。湯気を立てる味噌汁。




