第41話「論理の黄昏」
第41話「論理の黄昏」
白亜の塔、第一層——論理の迷宮。
無数の数式が光の帯となって壁面を流れる、音のないデジタル空間。北条氏胤の《真・皇龍》の前に立ちはだかったのは、氏胤がかつて「理想」として描き、エジプトによって具現化された冷徹な鏡像だった。
それはマブイを一切持たない。ただ、ソロモンの超演算によって「氏胤ならこう動く」という最適解のみを最速で実行する、純粋な殺戮機械だ。
「……醜いな。かつての私が、これほどまでに無機質な欠陥品だったとは」
しかし、戦闘は氏胤の劣勢だった。白銀の雷光は、放たれる前にバリアによって拡散される。偽物が放つ追尾レーザーは、装甲が最も薄い継ぎ目を正確に狙い、白銀の装甲が次々と剥がれ落ちていく。氏胤が反射的に選ぶ回避パターン、攻撃の癖、心拍数による挙動の乱れまでがミリ秒単位で予測されている。
迷宮の壁面にソロモンの声が響いた。「北条氏胤。君の論理は、君自身というデータによって詰んでいる。自分自身に殺される気分はどうだい?」
「……黙れ。データの奴隷風情が、私を語るな」
血の滲む手で操縦レバーを引き絞った。装甲の損傷が臨界に近づいている。偽物の皇龍が三つの砲門を最大出力でチャージし始める——その動きに、一点の迷いもない。
絶体絶命の瞬間、氏胤の脳裏にあの端数の少年の姿が浮かんだ。泥の中で笑いながら、一歩ずつ進んでいた姿が。
(計算上の勝率は、零。ならば、計算そのものを破棄する)
かつての自分なら絶対に選ばない手だ。だから選ぶ。
氏胤は、機体の全リミッターを解除した。出力が暴走して自壊を招く、プロの設計者として最も論理的でない行為。
「論理を超越せぬ者に、勝利を語る資格なし」
叫びではなかった。静かな、確信だった。
《真・皇龍》の翼が、白銀から青白いプラズマの炎へと変わる。偽物の皇龍が、「自滅」という予測外の行動に一瞬の演算遅延を起こした。
氏胤はその一瞬を逃さなかった。
回避を捨て、右翼を偽物の牙に喰らわせながら、零距離まで肉薄する。
「貴様に私の未来は予測できん。……今の私は、一歩ずつ進むあの男の『愚かさ』さえも、論理として組み込んでいるのだからな」
零距離から放たれた白銀の奔流。偽物の皇龍は、その計算外の熱量を処理しきれず、頭部から結晶のように砕け散った。
静寂が戻った。片翼を失い、火花を吹く《真・皇龍》が、瓦礫の中に膝をついた。
「……ハルト、片倉。……先へ、行け」
短く、だが確かな信頼を込めて告げる。「……私の論理によれば、貴様らは……ここで終わるような端数ではないはずだ」
塔の第一層が崩れ始め、道が閉ざされる。
氏胤は目を閉じた。自身の中に残った「一」という温かな誤差を、静かに噛み締めながら。




