第39話「日鬼墜つ、そして零の先へ」
第39話「日鬼墜つ、そして零の先へ」
《日鬼》の掌が振り下ろされる。都市の区画を消滅させる、圧倒的な虚無の質量だった。
しかし、白熱する光の中で、新生した機体が静かに長杖を掲げた。
「——一を積み上げるのは、止まらないためじゃない。……絶望という『零』に、一歩も引かないためだッ!!」
ハルトが叫ぶと同時に、機体の背後から将軍の影が巨大な曼荼羅のように展開された。
ダイスは転がることをやめていた。ハルトの右手に握られた「一」の意志が、そのままマブイの波動となって空間を固定した——数値の外に出た、一振り。
「ボクの零が……押し返されている!?」
アサヒの顔に、初めて焦燥が走った。
「アサヒ、あんたの計算には『思い出』が入ってねえ。……俺たちが泥の中で笑いながら積み上げた、この一歩一歩の重さは、零になんか戻らねえんだよ!!」
ハルトは機体を加速させた。一歩踏み出すごとに、足元から黄金の歯車が生まれ、《日鬼》の重力場を物理的に噛み砕いていく。
「ハルト、道は作った! ぶちかませッ!!」
「不本意だが——この一撃に、北条の全エネルギーを託す!」
二人の援護を受け、ハルトは太陽の核へと飛び込んだ。
杖の先から、温かな真鍮色の光が放たれた。
それは奪われたマブイをリセットするのではなく、それぞれがあるべき場所へ、あるべき記憶へと解き放つ救済の光だった。
太陽の機体が、静かに冷えて、砕け散った。アサヒの「零のメダル」が砕け、白熱の地獄が夕暮れのオレンジ色へと戻っていく。
「……あ……あはは……。……ボク、負けちゃったんだ……」
瓦礫の上に座り込むアサヒ。その瞳から太陽の紋章が消え、普通の少年のそれに戻っていた。アサヒはしばらく空を見ていた。それから小さく言った。「……ボクも、零じゃなかったんだ」
「……終わった。本当にな……」
片倉が機体から降り、深く息を吐く。氏胤もまた、黙って夕日を見つめていた。
砕け散った零のメダルの破片が、不自然に一つの影へと集まっていく。
「——素晴らしい。これほどまでに美しい一の輝き」
廃墟のビルの影から、一人の男がゆっくりと姿を現した。白髪、エジプトのペンダントに似た装飾品——しかし全くの別物。
「……エジプトの!?」
「違う」とセナが言った。「エジプト卿さえも、この人の計算の駒として見ていた者よ」
男は将軍のマブイとアサヒの零の破片を空中で融合させ、小さな漆黒のダイスを作り出した。
ハルトは杖の先を握りしめた。(将軍——)と内心で呼びかけた。返事はなかった。しかし、機体の歯車が低く唸った。
「私はソロモン。……プロリーグという名のお遊びは終わりだ。ここからは、世界そのものを賭けた最終審判のターンだ」
ソロモンがダイスを投げると、都市の地面が巨大な幾何学模様に光り出し、海から新たな城が浮上し始めた。




