第35話「金鬼の鉄槌、黄金の盤面」
第35話「金鬼の鉄槌、黄金の盤面」
廃工場の静寂を、耳を突き刺すような金属音が引き裂いた。
壁が、天井が、セナの使っていた工具さえもが、波打つような光を浴びて黄金へと変質し、その重みに耐えきれず崩壊していく。
「——価値なきものに、黄金の審判を」
瓦礫の中から歩み出たのは、鏡面仕上げの純金装甲で覆われた巨神——《金鬼》。その手には、黄金の鉄槌が握られていた。
「ハルト、下がれ! こいつが触れたものは、すべて金の出目に固定される!」
セナの警告通り、《金鬼》が床を叩くと、周囲が巨大なすごろくの目へと変貌した。
「我が領域へようこそ。ここでは、貴様らのダイスは常に『一』。私は常に『六』を振る。逆転の余地など、金の一粒ほども存在しない」
ハルトはブラック・マギを起動させるが、機体の関節が金化の影響で軋み、思うように動けない。出目を振っても磁場によってダイスが吸い寄せられ、強制的に「一」の面で止まってしまう。
「くっ……振り直しさえも封じられてるのか!」
金鬼が鉄槌を振り下ろす——その瞬間。
ドォォォォォンッ!!
横合いから飛び込んできた漆黒の影が、黄金の鉄槌を正面から受け止めた。
「セナさんの仕事は、やっぱり本物だな。……待たせたな、ハルト。凡骨のメッキ、剥がしに来たぜ!!」
修復を終えた《メタルブラックベア》だった。セナが施した新機構から立ち昇る蒸気が、黒い影のように揺れている。
「片倉! 無事だったのか!」
「ああ。……ハルト、作戦は一つだ。あいつが『一』しか出させねえってんなら、その『一』を全部、俺に預けろ!」
(——そうか。俺の一が、片倉の重みに変わるなら)
「わかった、相棒!!」
ハルトはブラック・マギの杖をメタルブラックベアの背中に接続した。魔導師の精密なマブイ制御が、黒き熊の重量級の力と直結する。
ハルトが振る、強制的な「一」の出目。しかしその「一」が出るたびに、ブラック・マギが放つ魔導の光が片倉の足元に「加速の紋章」を刻んでいく。
一マス目——片倉の拳がわずかに重くなる。
二マス目——金鬼の足元が軋んだ。
三マス目——黄金の盤面に、初めてひびが入った。
「な、何だと……!? 一を積み重ねることで……!」
「何度でもコネクトしてやりゃあ、神の出目だってブチ抜けるんだよッ!!」
一〇〇マス分の重みを右拳に宿したメタルブラックベアが、黄金の盤面を爆砕しながら跳躍した。漆黒の拳が金鬼の装甲の結合を一瞬だけ崩し——
パリンッ!!
美しいほど呆気なく、黄金の巨神が砕け散る。飛び散った金色の破片が、朝日に照らされて雪のように街に降り注いだ。
「……いい連携だったな、ハルト」
片倉がハッチを開け、親指を立てる。ハルトも吐息を漏らした。
崩れ去る金鬼の背後で、街の電光掲示板が一斉に同じ文字を映し出した。
『月、火、水、木、金……残るは、土。そして、日』
影から現れたのは、土の塊のような無骨な巨体を持つ《土鬼》。その肩に腰掛ける、太陽のような赤いマントを纏った少年。
「……あはは、金鬼まで負けちゃった。……でもいいよ。次は、ボクが相手をしてあげる」
少年の瞳には太陽の紋様が刻まれていた。その顔に、年齢と呼べるものはなかった——あるのは、ただ時間だけだ、とハルトは感じた。




