第31話「刻まれた記憶」
第31話「刻まれた記憶」
レアハンターとの激闘を終え、《メタルブラックベア》を路地裏に隠した片倉は、重い足取りで繁華街の喧騒を避けていた。右腕に残る、マブイを無理やり繋いだ際の痺れが消えない。
「……龍を飼うってのは、楽じゃねえな」
「その痺れは、魂が『記憶』を拒んでいる証拠ですよ、片倉克也氏」
振り返ると、砂色のトレンチコートを纏った老人が立っていた。手には古びた杖、首からは黄金のホルスの目を象ったブローチ。
「誰だ、あんた」
「ハワードと申します。考古学者です。……あなたの右腕が放つマブイの色を、私はずっと待っていた。石版の守護者として、代々、この日を」
誘われるまま、片倉が連れて行かれたのは、都市の地下に隠された一室だった。旧式の鉄扉が開くと、音すら吸い込まれるような静寂が広がっていた。
部屋の中央。壁一面に、巨大な石版が鎮座している。
「……なんだ、こりゃ。すごろく……か?」
石版には、現代の《からくりすごろく》のルーツと思われる、壮大な合戦図が彫られていた。中心に座すのは、圧倒的な威厳を放つ将軍。その右脇には三つの頭部を持つ白銀の龍、左脇には漆黒の炎を吐く黒き龍。
だが、片倉が目を奪われたのはその構図だった。
「……黒龍が、将軍を守って……刺されてんのか?」
石版の中で、黒龍は自らの体を盾にし、将軍の背後から迫る影から主君を守るように描かれていた。その瞳には、狂気ではなく——悲劇的なまでの忠誠が宿っている。
(こいつも……誰かを守ろうとして、呪われたのか)
片倉は自分の右腕を見た。泥と油で汚れた、数値も才能もない凡骨の腕。この腕でアイアン・ベアを動かして、ハルトの盾になって、黒龍を包み込んだ。
「《白銀の龍》は絶対的な力を求め、神の座を目指した。……対して《黒龍》は、力を持たぬ民と、敗れゆく王を守るために、自ら呪われた泥に身を投じたと言われています」
ハワードが石版を指差した。「片倉氏。あなたが凡骨の重機でこの龍を包み込んだのは、偶然ではありません。その不器用な優しさが、数千年の時を超えて、龍の痛みを和らげた」
「……俺の、優しさだと?」
「あなたは知らなかっただけです」
片倉は黙って石版を見つめた。主君を守るために刺された黒龍。自分もまた、美咲のために——ハルトのために——刺されることを恐れなかった。
「ですが、続きがあります」
ハワードの声に緊張が混じった。「《白銀の龍》と《黒龍》が再び相見える時、それは将軍が世界を救うか、すべてを無にするかを決める、最後の審判の始まりなのです」
石版の端には、将軍の隣で静かに杖を構える機体の姿も刻まれていた——ブラック・マギだ、とハルトなら気づいただろう。
地下室を出る片倉の胸に、重圧がのしかかった。ただ妹のために金を稼ぎたかっただけだ。それだけのはずだった。
端末にハルトから着信が入る。
『片倉! 大変だ、北条氏胤が……アンティ・リーグのルールを書き換えた!』




